魔女の落とし子

月暈シボ

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第二章 いにしえの巫女

第二章 第十六話

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「え!僕のせいなの!」
 長々とヴェルニアの一人語りに付き合っていたカーシルは、最後に責められるように問い掛けられて驚きの声を上げる。内容自体は理解出来たが、それがどうして自分に繋がるのか、わからない。
 眠りについている見ず知らずの他人を起こそうなどと思ったこともないし、ましては神々の争いに関わろうと思ったこともない。自分の長所と言えば、精霊の声を聞き取れるだけだ。
 力を感じ取ったと訴えているが、そっちが勝手に起きたのだけではないかと、逆に言い返したいくらいである。カーシルはかつてグリフに酒場では〝イチャモン〟を付けられないよう気を付けろと助言されたことを思い出した。言い掛かりをつけては喧嘩を吹っ掛ける行為のことだ。
 彼女はこれが〝イチャモン〟かと認識すると、ついでに教えられた対処方法を思い出そうとした。
「惚けているの?あなたは私の力を感じて調べに来たのではないの?!」
 そんなカーシルの様子にヴェルニアが目を見開いてその青い瞳を煌めかせた。まるで心の中まで覗こうとするようだ。
「・・・ち、違うよ!僕はあなたなんて知らないし、そもそも興味なんてないよ!」
 相手の自意識過剰な様子に心の中で悲鳴を上げながらも、カーシルは自分の意志をはっきり伝える。〝イチャモン〟を付けられたらその場でしっかり相手に意志を表示しろとグリフから教えられていたからだ。
 そして、彼が自分に伝えていた言葉をもう一つ思い出した。『カーシル、お前はやがてすっごい美人になるだろうが、自意識過剰にはなるなよ!慎みのない女はみっともないからな!』と、その頃は西方語の語彙を完全に理解出来ていなかったこともあり、グリフのちょっとした警告程度と思っていたが、実際にそのような人物に触れたことで、確かにそういう気質の人間は非常に厄介だと理解した。
 思えば〝お母様〟もどちらかと言えば似たような性質を持っている。力を持った女性は似たような性質に至るのだろうかと、カーシルは推測を巡らすと、グリフの警告が間違っていなかったことを再確認するとともに、自分はそうはなりたくないと自分を戒めた。
「え、そんな・・・」
 カーシルのエメラルドのような目を見据えていたヴェルニアだが、おそらく彼女にも嘘や感情を見抜く力があるのだろう。少女が本心を語り自分を反面教師としたことを知ると、落胆したような声を上げる。
 これまで数多くの敵対者から憎悪や嫌悪を向けられた経験を持つヴェルニアも、このような真っ向から対峙するわけでもない奇妙な感情を持たれたのは初めてだったので、それに対してどう反応を示すべきなのかわからなかったのだ。
「あの・・・巫女様の耳に入れたいお話しが・・・」
 これまで部屋の外に待機していたはずの痣を持った女が、微妙な空気となった二人の元に歩み寄ると、困ったような顔をしながら小声で話し掛けた。会話を邪魔するだけでも恐れ多いのに、主人が落胆する場面にも居合わせてしまいばつが悪いようだ。

「何ごと?」
 ヴァルニアは一瞬で威厳に満ちた顔を取り戻すと、女からの報告を耳打ちで受け取った。
「その対処はあなたに任せます」
「仰せのままに!」
 恐れていた叱責がなかったようで、命令を受けた女は嬉々とした様子で部屋を去って行く。
「カーシル殿、あなたの配下の者達が閉じ込めていた部屋から逃げ出したそうです。約束ではあなたが私との面会に応じたことで命の保障をしたそうですが、自身から逃げ出したとするならば約束は反古にされたということになります」
 隠す気はないのか、ヴァルニアはもったいぶった口調でカーシルに説明するように告げる。もっとも、カーシルもグリフに授けた自身の加護の効果で、彼が動き出していることには気付いていた。それに、自分の知るグリフは捕まっても大人しくしているような性格ではないから、ある程度は予想出来たことだ。
「じゃ、僕もこれで!」
「ふふふ、そういうわけいきません!もっと時間を掛けて話し合うつもりでしたが、あなたを野放しにしてしまうと、いずれ厄介な敵に成り得るかもしれない・・・。あなたには今ここで私の同志となるか、新たな輪廻の旅に赴くか選んでもらわねばなりません。もちろん拒否すれば配下の者達にも同じ道を歩んでもらいます!」
 立ち上がりながら、別れを告げたカーシルにヴェルニアが選択を突き付けた。
「どっちも嫌だね!」
 目の前の女が素直に退出を認めるとは思っていなかったカーシルだが、理不尽な要求に燃え上がるような怒りを露わにして言い放った。婉曲な表現ではあるが、要は奴隷になるか死ねと言っているのだ。回りくどい分、余計にいやらしく感じられた。それと同時に自分がこのような激しい感情を胸に秘めていたことを知る。
「それは圧倒的強者のみが許される選択です!」
 ヴァルニアも立ち上がりカーシルを見つめる。怒りをぶつけられた彼女だが、まるで心地良いそよ風を受けたような顔を浮かべている。その様子にカーシルは目の前の女が決して理解出来ない存在であることに気付いた。
「ダメだ、こいつ!」
 カーシルはグリフから覚えた西方語で呟いた。
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