魔女の落とし子

月暈シボ

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第二章 いにしえの巫女

第二章 第十話

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 目指す廃坑は直ぐに見つかった。この周囲にはこれ以外にも鉱物が枯渇したか、採算が取れなくなったと思われる廃坑の入口が多数あったが、ディエッタの分身とも言える使い魔の案内により、迷う事なく到着することが出来た。
 それ以外にもグリフ達はディエッタの置かれている状況を聞き出しており、(正確には質問攻めにして、情報を取り出した)彼女達のパーティーは坑道の物置部屋とされていた空間に立て籠もっていることが判明した。
 そして、生き残っているパーティメンバーは三人で、その内ディエッタを含むもう一人が戦闘可能であり、残った一人は深手を負っていて一刻も早い治療が必要とのことだった。

 ワイトが待ち受ける坑道に突入するグリフ達だが、無策に飛び込んだわけではなかった。ディエッタ側も中から連動して戦う手筈を整えていたし、グリフ達には切り札となるカーシルがいた。
 彼女は精霊を操る祈祷魔法の使い手であり、地中である坑道は大地の精霊が活発な場所だ。カーシルは大地の精霊を操って一時的な土の壁を作ることが出来る。これを活用すれば、ワイトを各個分断することが可能なのだ。
 入口から離れた場所に馬を留めたグリフ達は手筈通りに坑道へ侵入する。当然のごとくグリフが先頭に立ち、二番目をタリエラ、そして殿はランタンを持つカーシルが務める。光源を確保しながら魔法によるワイトの分断と、カラスの使い魔を通してディエッタからの指示を伝えるのが彼女の役目だ。

「来たぞ!」
 暗闇に浮かぶワイトの双眸が前方に現れるとグリフは告げた。亡者の群れが互いの身体を押すようにグリフ達に殺到する。光の加減で奥まで見通すことは出来なかったが、少なく見ても二十体近くはいる。これだけのワイトを一気に相手をするとなると、熟練の冒険者パーティーでも苦しい戦いとなるだろう。
 だが、次の瞬間カーシルの魔法が発現し、前の二体のワイトの背後に〝土壁〟を作った。人間ならば、後続と遮断されたことで取り乱すはずだが、ワイトはそのまま自身の渇望を満たすことだけを願って前進を続ける。グリフはタリエラの弓がその内に一体に突き刺さるのを確認すると、距離を詰めて斬り掛かった。
 二体ずつに孤立させたワイトはグリフ達の敵ではなく、同じ戦術で六体目のワイトを倒した段階でグリフ達は予定どおり後退を始める。ある程度の頭数を減らし後はワイトの群れを入口付近に集めて、ディエッタ達が隠れている部屋から出る時間稼ぐのだ。

「準備が出来たって!」
 ワイトに対して牽制しながら後退していたグリフは、後ろから発せられたカーシルの警告で身構えた。彼らの計画では入口付近に集めたワイトを、ディエッタが後ろから〝火球〟の魔法で一網打尽にする手筈となっていたからだ。彼女が距離を誤れば魔法に巻き込まれる恐れがあった。だが、カーシルの魔法によりその心配は杞憂に終わる。グリフの前に〝火球〟の余波を防ぐための新たな〝土壁〟が下からせり上がった。
 狭い廃坑の壁と空気を震撼させる爆発音がグリフ達にも届いた。それを合図にしてカーシルは〝土壁〟を解除する。密集自体にあるとしてもワイトの数は多数であり、撃ち漏らした敵がディエッタ達を襲うと思われたからだ。ディエッタの能力では〝火球〟を使用するのは一日に一回が限度であるらしく、もう魔力は残されていないのだ。
 焼き焦げた死体の山を越えてグリフは、ディエッタ達を襲う生き残りのワイト目掛けて全速力で駆け寄った。彼女達は身体の一部を燃え上がらせている三体のワイトに襲われていて、苦しい防戦を繰り広げている。ディエッタと思われる細身の人影が坑道の地べたに力なくしゃがみ込み、彼女の前に立ってワイトと戦う革鎧を着た仲間を見つめていた。だが、その冒険者は今にもワイト達に組み伏せられようとしている。
「おお!」
 気合の雄叫びとともに背後から必殺の一撃を繰り出したグリフは、中央のワイトの頭を脳天から胸元までに真っ二つに割った。そのまま剣を引き抜き、左側のワイトを次の獲物をするために間合いを詰める。対峙する相手が一体となった革鎧の冒険者は、援軍の登場で力を得たように体勢を整えると攻勢に転じた。タリエラの援護もあり、ワイトの残党はやがてただの骸へと戻っていった。

「はぁ・・・まじで助かったぜ!」
 息を整えるのも待ちきれないように、金髪を短く刈りこんだ革鎧の冒険者がグリフ達に礼を告げる。荒っぽい言葉使いだが、その冒険者は女性であり、顔にはこれ以上にない笑顔を浮かべていた。グリフはその身体特徴から彼女が、ディエッタのパーティーで盗賊を担当しているミージアだと思い出した。
「怪我はない?」
「ああ、あたしは大丈夫だ!だが、ディエッタと特にナフラルがやばいんだ!早く診てくれないか!」
 グリフの後ろから問い掛けるカーシルにミージアは縋りつくように言葉を返す。
「私は大丈夫ですわ!魔力を使い切ってはいますが、怪我はありません!ナフラルを!」
 近くに蹲っていたディエッタもそれだけを伝えると、立て籠もっていたと思われる横穴に指を示す。
「わかったよ!」
「頼む!こっちだ、来てくれ!」
 頷くカーシルとタリエラを連れてミージアが横穴へと入って行った。グリフもそれを追おうとしたが、その前に地べたに座るディエッタに手を伸ばす。この坑道にいたワイト達は殲滅したはずだが、万が一残っているとも限らない。孤立させるわけにはいかなかった。

「・・・お礼を言いますわ」
 差し出されたグリフの手を前にして、一瞬だけ考え込んだディエッタはそう告げると素直に手を取った。プライドの高い彼女ではあるが、変な意地は無意味と思ったのかもしれない。
「でも、よく私の使い魔を見つけてられましたわね・・・。食料が尽きて自力での突破を考えていた矢先でした・・・」
 ディエッタはグリフに支えられて立ち上がると溜息とともに呟いた。〝飛竜の涙亭〟で見かける彼女はいつもお洒落で身綺麗な恰好をしていたが、今の彼女はかなり薄汚れた姿だ。精神的にも追いつめられていたに違いない。
「カーシルがカラスの悲鳴を聞き取ったんだ。あいつは見た目こそ若いが、相当な実力者だ。礼なら彼女に告げるんだな!」 
 グリフはディエッタが以前にカーシルの年齢を気にしていたことを思い出すと、やや皮肉気味に告げる。カーシルが冒険者となっていなければ、彼女達はどうなっていたかは想像に難くない。
「確かに、そのようですわね・・・」
 ディエッタがカーシルの実力を認めたことで、グリフもそれ以上は嫌味を口にしなかった。 

 ディエッタ達の救出と合流に成功すると彼らは速やかに坑道から抜け出した。そのグリフ達を空高い位置にある陽の光が出迎える。ランタンの淡い灯りに慣れていたグリフは、その強烈な光に思わず顔を顰めるが、心地良さと頼もしい力を感じた。
 だが、それを堪能する余裕はない。カーシルの証言から他の廃坑にもワイトが潜んでいることが判明したからだ。時刻はまだ正午前後と思われたが、陽が照らしている時間は貴重であり無駄にすることは出来ない。一刻も早くこの地から離れる必要があった。
 怪我を負っていたディエッタ達の仲間、男性の戦士のナフラルはカーシルの治療で一命を取り留めたが、精神疲労が激しく意識は取り戻せずにいた。致命傷さえも一瞬で回復させるカーシルの〝癒し〟ではあるが、精神の衰弱までは治すことができないのだ。
 そのような理由もあり、グリフ達はやむを得ずナフラルを馬に括りつけて運ぶことにする。残りの二頭は籠城を続けていたディエッタとミージアに貸し出すつもりでいたが、ミージアはそれを辞退して、ナフラルを乗せた馬の引率役を志願した。
 ナフラルを治療したカーシルに泣きながら感謝をしていたところを見ると、この二人は特別の関係のようだった。もちろん、それに異を唱える者はおらず、残る二頭の一頭をディエッタに、残った馬はグリフ達で交代に乗ることにして移動を開始した。
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