魔女の落とし子

月暈シボ

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第二章 いにしえの巫女

第二章 第八話

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「何者だ?」
 グリフは村の内部に侵入した人影の一人に声を掛ける。統率もなく村をうろつく彼らの行動を逆手にとり、孤立した一人に狙いを定めたのだ。男と思われる人影は声に反応すると、歩みを止めてこちらを振り返った。
 淡い月明かりの映し出された男の顔に生気は感じられない。どこを見ているのかわからない目元だが、その瞳の奥は微かな燐光が輝いており、だらしなく半ば空いた口も不気味で本能的な嫌悪を覚えさせる。そして〝それ〟はグリフの呼び掛けを無視して彼の元に歩み寄ろうと再び動き始めた。
「くそ!こいつはワイトだ!」
 人影の正体を見抜いたグリフは、仲間に伝えるとともに長剣を抜いた。その動きから予兆は感じていたが、黄色い光を放つ双眸が決め手となった。

 ワイトは死者から生まれるアンデッドと呼ばれるモンスターの一種である。彼ら、もしくはそれらアンデッドモンスターは魔法により死体を素材に作られるゾンビやスケルトンのような下位のものから、最高峰の魔法儀式によって自身を不死なる者へと生まれ変わらせた、アンデッドの君主とも言える存在まで様々な種類や形態があった。
 アンデッドモンスターに共通しているのは、死を超越し自然の法則に背いた存在であり、生者の敵であるということだ。彼らの多くは自身の存続のために生きる人間を必要とする捕食者だ。その中でもワイトは典型的なアンデッドで、邪霊となった死者の霊が自身の死体に憑りつき、その身体を動かしている。
 ワイトが持つのは失った生への渇望と生者への憎しみだけとされ、積極的に人間を襲い精神力や生命力を吸い取る。そしてワイトに襲われて息絶えた犠牲者が新たなワイトとして立ち上がるのだ。

「そんな気はしていました!」
 同意を示すタリエラの返事とともに矢がワイトの頭に突き刺さる。だが、人間なら即死と思われるこの攻撃も、ワイトは身体を僅かに揺らしただけで前進を止めることはない。
「ワイトは人間の生命力を吸い取ると言われている!組み付かれるなよ!」
 村に起こった最悪の状況を思い浮かべながら、グリフは警告を発する。彼自身もワイトと相対するのは初めてであったが、過去の文献によりその生態と恐ろしさは充分に学んでいた。アンデッドに交渉は通じない。ここまで近づかれれば倒すしかなかった。
 グリフはワイトの側面に周り込みつつ斬撃を食らわせる。狙い通りに長剣はワイトの肩口から斜めに胸元までを断ち切るが、それでもワイトはグリフに手を伸ばそうとする。それを避けながら彼は蹴りを放ち、敵の身体から剣を引き抜く。
 ワイトを倒すには神官の祈りで邪霊を払うか、物理的に身体を破壊するしかなかった。器である死体が壊れれば、それを憑代にする邪霊もこの世に留まる力を失うのだ。もっとも、これはワイトがそれほど強力ではないアンデッドモンスターだから可能な手段であり、高位のアンデッドの中には強い肉体再生を持ち、物理的には無敵と言える種も存在した。
 ワイトの頭に再びタリエラの矢が突き刺さり、一瞬だけ動きを止める。その隙にグリフは大きく振りかぶった一撃を浴びせてワイトの首を切断した。頭部を失った亡者はその場に崩れ落ちると、眼窩の奥に宿らせていた怪しい光を消して動きを止めた。

「正体がわかった以上、長居は無用だ。逃げるぞ!」
「ええ!」
 そう告げながらグリフはカーシルの手を取ると、村長の家に向かって走り出した。タリエラからは素早い返事を得たものの、カーシルは呆けたように頭部を切り離された死体、かつてのワイトを見つめていたからだ。
 おそらく、彼女が感じていた嫌な気配とはこのワイトのことだったのだろうが、アンデッドモンスターという概念が欠如していたため、未だに理解出来ていないのかもしれない。
「しっかりしろ!今は逃げることに集中しろ!」
「う、うん。わかった!」
 励まされたカーシルはショックから回復出来たようで、顔を上げながら改めて返事を行う。
「よし、囲まれないように大回りをするぞ!」
 グリフはタリエラにも聞こえるように報せると、先頭に立って村の家屋を縫うように駆け抜けて行った。
 何体かのワイトをやり過ごして、馬を置いている村長の裏庭まで戻って来たグリフ達だが、まるで待っていたかのように二体のワイトが現れた。
 生者の生命力を感じ取る彼らは馬のそれを感じたのかもしれない。家畜が無意味に殺された理由がこれで判明した。グリフは馬を守るためにも前に出てワイトへ積極的な攻勢を加える。
 馬に向かっていたワイト達だが、背後により好みの生命の気配を感じたようで揃った動きで振り返る。グリフは左側のワイトを最初の標的として、首を狙って剣を降り降ろした。先程の戦闘でワイトも頭を切り落とされれば活動を止めることが知れたからだ。
 ワイトの動きは緩慢でグリフは素早かったが、斬撃は思うようにワイトの首を刎ねることは出来なかった。月明かりによる淡い光で気付くのが遅れたが、そのワイトは兜と金属鎧を纏っていたからだ。鋼鉄がぶつかり合う嫌な音を響かせてグリフの腕に衝撃が伝わった。
 相手が人間ならば例え切り裂くことは出来ずとも、打撃でかなりのダメージを与えたはずだが、ワイトは受けた攻撃に怯み事なくその腕をグリフに伸ばして捕まえようとする。それを避けるために彼は後ろに後退するしかなかった。
 その空いたスペースに便乗するように、もう一体のワイトが前に出ようとし、タリエラの矢によって迎撃される。だが、それでも前進を続けるので、タリエラは接近戦に備えて武器を剣に持ち替えようとしていた。その間、タリエラの様子を目の端に捉えながら、グリフは鎧を纏ったワイトにもう一度攻撃を仕掛けるが、やはり怯んだ様子は見せない。

 防具を着たワイトがここまで厄介だとは知りもしない知識だった。それでも三度目の攻撃を下から斬り上げて、グリフはワイトの兜を剥ぎ取ることに成功する。後は頭部を潰すだけだ。一度身体を左に振ってワイトに隙を作らせると、グリフは真上から垂直にワイトの頭を叩き割ろうと剣を振り下ろそうとした。
 その直前、彼は正面から向き合ったワイトの虚ろな顔に見覚えがあることに気付いく。もっとも、グリフはそれで剣を持つ手を緩めることはなかった。彼は自分の剣が知り合いの冒険者の頭部を喉元まで切り裂くことを見届けた。
 その冒険者の身に起こった悲劇については一旦忘れることにして、グリフはタリエラ達の援護に入る。もう一体のワイトは剣を抜いて牽制するタリエラとカーシルに圧力を掛けていた。横から襲い掛かったグリフは、これまでの苦戦の憂さを晴らすようにワイトの首を一刀両断に切り伏せた。
「うわ、すごい!」
「そういうのは後回しだ!カーシル!お前が先頭に立ってワイトのいない・・・嫌な気配がしない方に誘導してくれ!慌てなくていいからな!」
 カーシルの歓声を窘めながら、グリフは馬を出す準備を整える。彼女がアンデッドと初めて戦うショックからは立ち直りつつあるのは好ましい事実だが、今はカーシルの能力が頼りであり、はしゃがれては困るのだ。
「うん、こっち!」
 グリフの考えが正しくカーシルに伝わり、彼女は馬に跨ると仲間を誘導するために先頭に立つ。そしていつの間にか数を増していたワイト達を振り切ると、グリフ達は村を出て南側へと逃げ出した。

 朝日が上がるまでワイト達から逃げ続けたグリフ達は、自身と馬のために休憩を取った。アンデッドの多くは陽の光を嫌う。一般的にワイトは古代の墓に埋葬されていた遺体が邪霊化したものとされている。
 本来なら地下墳墓で蠢いているべき存在であり、光の神々の主神、法と峻厳を司るユラント神が創り出した太陽の
下で、亡者達が大手を振って歩けるわけがないのだ。
「昨日、襲ってきたワイトの中に知った顔を見た。カルコムの調査に出ていたパーティー、ディエッタの仲間の・・・ラーゴって名前だったと思うが、その彼がいた」
 交代での仮眠を終えたグリフは、刻んだ干し肉を入れただけの粗末なスープを飲みながら、二人の仲間に告げた。食事としては味気ないが、そのままでは消化に悪い干し肉を柔らかくし、身体を温める効果があった
「なんてこと!彼はユラントの神官戦士です!」
「ああ、ディエッタ達は回復役をやられたことになるな」
「それはかなり不味い・・・では、カルコムに向かっていたディエッタさん達もナイム村と同じようにワイトに襲われたということでしょうか?!」
 タリエラもユラント神の信者であるので、ラーゴとは以前から顔見知りだったのだろう。やりきれないような顔を浮かべるが、やがてグリフの言葉の意味に感づいた。
「ああ、カルコムに向かっている途中か、街に到着してからだかは判断出来ないがワイト化している以上、襲われたのは確かだろう。いずれにしろカルコムもあまり良い状況ではないだろうな・・・」
 タリエラの質問にグリフは控えめに表現するが、事態は絶望的だった。ナイム村で死体が見つからなかったのは運び出されたり、どこかに埋められたりしたからではない。ワイトとなって自分の足で移動したからだ。
 仮に連れ去られたと思っていた村人全員が、ワイトに変貌させられたとすると、およそ八十体のワイトが誕生したことになる。更にカルコムはこの地域の主要な街であり、ナイム村よりも遙かに多くの人口を抱えている。その街がワイトに襲われたとすると悪夢以外の何者でもない。
「・・・しかし、このワイトはどこからやって来たのでしょう?ワイトが村を襲うなんて聞いたことがありません!」
「問題はそこだ!カルコムは鉱山で成り立っている街だから、幾つもある鉱山の一つが古代の墓を掘り当てたのかもしれない。だが、それしてもこれほどの規模で被害が出るのは異常だ。ワイトに殺された者が新たなワイトになるとはいえ、ワイト自体は動きが鈍く、積極的に徒党を組むような知恵はない。また、最初に襲われた村や街も被害が拡大する前に逃げ出すなり、ローアンに報せようする者が現れるはずなのだ・・」
 グリフはそこで溜息を吐く。状況は彼の常識を超えていたのだ。

「誰かが操っているんじゃないかな?」
「ワイトを?!」
 手詰まりになりつつあった論議に、それまで大人しく二人の話に耳を傾けていたカーシルが加わった。下手にワイトについて知識を持っていたグリフは、ゾンビやスケルトンのような魔法で作られる下級なアンデッドとは違い、自律型のアンデッドであるワイトを操る者がいるという発想が持てなかったのである。
「うん、昨日の動く死体・・・ワイトを!」
「え、ひょっとするとカーシル、お前も出来るのか?!」
 自信を持って答えるカーシルにまさかと思いながら問い掛ける。
「僕には出来ないよ!しようとも思わないし!でも、あの死体が持つ嫌な気配、グリフが言う邪霊というのは霊的には僕が頼みごとをする精霊や祖霊に似た性質を持っていたんだ。だから、なんらかの魔法に長けた者なら、頼んだり命令したりすることが出来ると思う」
「ワイトを従えることが出来るのか・・・」
 慌てて否定するカーシルだが、彼女の言葉にグリフは驚愕する。これまでにもゾンビやスケルトンを使役する悪の魔法使いについては噂や話を聞いたことはあったが、それがワイトとなると話は違ってくる。
 作り出すのに魔力を必要とするゾンビやスケルトンと違い、自己増殖するワイトには理論的な制限はない。悪意を持った者がワイトを自由に操れるとなると、街の一つや二つはあっという間に陥落させることが可能だろう。 
 もし自分なら馬車の荷台に数体のワイトを隠して街に侵入し、夜になってから適当に解き放つだけだ。考えただけでも、身の毛もよだつおぞましい行為だが、それはまさに今の状況を説明出来る推測だった。
「では何者かが、ワイトを操ってナイム村、いえカルコムを含むこの地域一帯を支配しようとしているわけですか?」
「ということになるな・・・」
 タリエラの結論にグリフは頷く。現時点では想像の範囲でしかないが、おそらくは十中八九の割合で真相を言い当てているに違いなかった。

 その後も議論を交わしたグリフ達だったが、予定通りにカルコムへの調査を行うことに決める。ワイトの軍勢に襲われる可能性もあったが、彼らには幸いにして亡者の気配をいち早く察知出来るカーシルがいる。そして、同じ宿を拠点とする冒険者、ディエッタ達の消息も気になった。
 最悪、ワイトに敗れ全員が亡者の群れに加わっているのかもしれないが、現在確認しているのはラーゴだけである。彼らは冒険者としては熟練の域に達していたから、一人や二人は生き残っている可能性がある。冒険者仲間が近くで危機を迎えていることを知りながら、何の手立てをせずに見過ごすわけにはいかない。
 こうしてグリフ達は事件の真相とディエッタ達の安否を掴むためカルコムへの旅路を再開させた。
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