魔女の落とし子

月暈シボ

文字の大きさ
上 下
27 / 50
第二章 いにしえの巫女

第二章 第四話

しおりを挟む
 その後、グリフは日が暮れる頃まで精霊を感じられるよう精神を研ぎ澄ましていたが、水の声を聞いたと思えたのは、あの一度きりだった。
 頃合いと見た彼はカーシルにそれぞれの鍛錬の終了を宣言すると、予定通りに交代で盥の水を使って身体を拭き清める。そして新しい衣服に着替えた彼らは、気分を新たにして宿の一階へと降りた。仲間のタリエラを出迎えるためである。
 タリエラはローアンの街で成功したガルドの養女なので〝飛竜の涙亭〟に部屋を借りる必要はなく自宅から通って来る。冒険者となった彼女だが、依頼で街を出る時以外は実家の稼業に携わっており、グリフ達と合流するのは時間の余裕が出来る夕暮れ以降になった。今夜は夕食を摂りながら次に受ける依頼について話し合うつもりだ。
 グリフはいつもの窓際のテーブルを確保すると、とりあえず麦酒を二人分注文する。それをゆっくり飲みながら、タリエラが現れるのを待つつもりである。

「いつも仲が良いことで!・・・まあ、こんな可愛い娘を一人にさせておけないか!」
 麦酒を運んで来たナスラが、冷やかすようにグリフ達に声を掛ける。彼女はこの〝飛竜の涙亭〟の跡取り娘で、酒場と食堂を兼ねた一階を取り仕切っている。大体は厨房の奥にいるようだが、人手が足りない時はフロアで給仕の手伝いをしていた。
 彼女は一時期、カーシルを見麗しい美少年と勘違いして気を寄せていたのだが、そのカーシルが女性と判明してからは、グリフに対して気を持つような態度を示していた。
 もっとも、カーシルとの仲がこれで冷めたというわけでなく、グリフはナスラがカーシルの世話を焼いてくれているのを知っていた。宿屋の一人娘であるナスラにとっては、カーシルは姉の気分を味わえる相手なのかもしれない。
「食事は仲間が揃ってから改めて頼む」
 グリフはナスラを追っ払うようにそれだけを伝える。ナスラを嫌っているわけではないが、彼女がいるとどうしても、カーシルを女性と意識させられてしまう。彼女は女と呼ぶにはまだ数年は早い。それまではグリフもカーシルを女としてではなく仲間であり、剣術の弟子として扱おうと心に決めていた。
「あらら、邪険にされちゃった。じゃ、カーシルちゃんまたね!」
「うん、また!」
 ナスラはカーシルの返事に手を振って応えると厨房へと戻っていった。その様子を眺めながらグリフは気分を変えるため運ばれたばかりの麦酒に手を伸ばした。

「なるほど。そのナイム村というは、以前のレーブ村を更に奥地に進んだ位置にある村なのか・・」
 タリエラと合流したグリフは、彼女が持って来た依頼を確認するように問いかけた。レーブ村とはグリフ達がタリエラと知り合うきっかけとなった、荷馬車の護衛で訪れた村の名前である。タリエラの今回の依頼とは、そのレーブ村の更に先にあるナイム村への訪問、正確には調査と偵察だった 
「そうです。予定通りならば、うちの者達が三日前にはその村から戻って来ているはずなのですが、まだなんの連絡もないのです。それで父が情報を集めたのですが、ナイム村から二日ほどの距離にあるカルコムとも連絡が取れなくなっているそうなのです。そちらについては既にローアン軍が依頼者となって冒険者に調査が依頼されていると聞いています」
「・・・カルコムというと、コルシャス山脈地帯か」
 タリエラの補足説明を受けてグリフは頭の中に地図を思い浮かべる。カルコムとはコルシャス山脈の麓にある鉱山街のことで、歴史的にはローアンからの開拓者が原住民のドワーフ族と共同で作り上げた街だ。
 人間とドワーフ族は異種族同士ではあるが、神代の戦いではともに光の神側に立って戦ったとされ、鉱物の発掘と冶金技術を得意するドワーフ族と、商業や農耕を得意とする人間とは比較的に相性が良く、カルコムの街は大きな問題もなく発展した街となっていた。
 そのカルコムから二日の距離ということはナイム村もコルシャス山脈地帯にあるか、かなり近接した場所にあるということだろう。

「ええ、その通りです。どうやら、以前ディエッタさんが指摘したことが現実になったのかもしれません。こちらは未確認ですが、コルシャス山脈地帯にある他の村の幾つかも音信不通になっているそうです。父は早くこの事件についての情報を掴むと同時に、うちの者の安否を知りたいと思っています。それで信頼できる冒険者としてグリフに頼んだというわけです!」
「そういうことか。・・・早速だが、報酬はいくらなんだ?」
 グリフは納得して頷いた。裏切ったセレメ達を除くと、ガルドとグリフは唯一生き残ったかつての仲間同士である。グリフも同じようにガルドを信頼しており、胸の内は依頼を請けるつもりで固まっていたが、冒険者として報酬の話を聞く前に承諾することは出来なかった。
「この事件のなんらかの手掛かりを見つけることが出来たら、それぞれ金貨二枚と銀貨十枚、根本的解決を達成したのなら金貨十枚、それとは別にうちの者四人を無事に連れて戻ることが出来たら、一人につき金貨五枚を追加でお支払します。また、道中の費用は全てこちら持ちです」
「それは太っ腹だな!いや、ガルドはこの依頼をそれほど重く見ているということか・・・」
 報酬額を聞いたグリフは最初、喜色を示すがコルシャス山脈地帯のような広い範囲で連絡のつかない事態が起こっていることを考慮すると、妥当な額と考えを改めた。この依頼では、脅威となる敵、もしくは現象の正体がまったくの不明なのだ。

「ええ、ですからグリフには、事件の解決よりも手掛かりと、うちの者の救助を主軸に動いて欲しいそうです」
「なるほど。というわけで、カーシルはどう思う?今回の依頼はこれまでとは違い、かなり厄介そうだぞ?」
「もちろん、僕は構わないよ。ガルドさんの頼みだしね!」
 念のためカーシルに確認をするが彼女は迷わず答える。ガルドからの依頼ということもあり、彼女もいつもに増してやる気のようだ。
「よし、依頼を請けよう!」
「ありがとうございます。もちろん私も参加しますが、いつものように扱ってください」
 グリフの決断にタリエラは微笑みながらそう告げる。依頼者の身内でもあるが仲間として接して欲しいとのことだろう。
「ああ、それで出発だが、出来るだけ早い方が良いのだろう?」
「ええ、明日の朝一番に出発しましょう。それと、今回は馬をこちらで用意しますので、夜明け頃にうちの屋敷に来て下さい。それまでに準備をしておきますので」
「わかった。なら今夜はこれで解散しよう。俺達は寝る前に、他の冒険者にこの事件について聞き込みをしてみる」
「ええ、お願いします!」
 それでグリフ達は打ち合わせを切り上げると、それぞれの役目を果たすために解散とした。幾つかの冒険者グループと接触したグリフ達だが、残念ながら芳しい情報は得られなかった。
 ただ、カルコムの調査を依頼されたパーティーは、あのディエッタが所属する冒険者グループであることが判明する。彼女達は今日の朝にはカルコムに旅立っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?

甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。 友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。 マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に…… そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり…… 武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

処理中です...