魔女の落とし子

月暈シボ

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第一章 戦士グリフと銀髪の少年

第二十話

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 痒みを感じて首を掻こうとしたグリフは、右手が彼の思い通りに動かないことに気付くと微睡の中から目を覚ました。そして自分が手足を縛られて、倉庫に閉じ込められていたことを思い出す。
 早朝にガルドの屋敷を訪れたグリフは、応答したタリエラにこれまでの事情を話した結果、身ぐるみを剥がされてここに監禁されているのだ。
「ふう・・・」
 芋虫のように寝転びながらもグリフは肩を使って器用に首を掻くと、満足の溜息を吐く。状況は予断を許さないほど逼迫していたが、痒みは抗うことの出来ない欲求だった。
 人心地付いたところでグリフはカーシルの心配をする。思えば、二人が出会ってから離ればなれとなるのはこれが初めてのことだ。時間にすれば半月ほどの付き合いに過ぎないが、グリフにとってはかけがえのない相手となっている。もっとも、今出来るのは彼が無理をせずに無事でいることを願うだけだった。
 しばらくすると、倉庫の外から人の話し声が聞こえて来る。おそらく、それらはセレメとレスゲンを連れて戻って来たガルドとタリエラであり、これから自分の処遇を決めるために話し合うに違いなかった。グリフは何があっても真実を訴えようと決意と覚悟を固めた。

「ここに捕えています」
 倉庫の扉が開かれると中にタリエラの言葉が響き渡る。倉庫内は壁側に大型の木箱が数個置かれているだけで他に荷物はなく広い空間となっている。
「・・・グリフだ!」
 床に這いつくばりながらも、顔を向けるグリフを見たレスゲンは絞り出すような声を上げる。
「待って下さい!油断の出来ない奴です。うかつに近づかないように!」
 駆け寄ろうとしたレスゲンをタリエラが制止する。彼女は弓と細身の剣で武装しており、油断ない視線でグリフを睨みつける。彼が下手な動きを見せるようものなら、いつでも躊躇なく武器を使うつもりなのだろう。
「彼は・・・あのグリフだと思うか?」
 奥から杖を突きながらガルドがかつての仲間セレメとレスゲンに問い掛ける。その顔の右目には眼帯が巻かれ、人生で負った皺が刻まれていた。
「待って!その前に確かめさせて、彼には姿隠しを使う仲間がいるのよ!」
 セレメは紋様と豪華な宝石で飾られた杖を振るい呪文を唱える。それは付近で活性している魔力を調べるための感知魔法だ。
「大丈夫そうね・・・始めましょう」
「ええ。とは言え、このままでは話をさせるにも無理がありますね。私が立たせましょう」
 満足いく結果が出たセレメの許可を受けてタリエラがやや乱暴にグリフを立たせる。恩人であるパラミアを殺された恨みを隠しきれないのだろう。

「・・・あなたは何者?何故、十二年前のグリフの容姿をしているの?」
 グリフへの粗末な扱いにセレメは微かな笑みを浮かべると、昨晩のやりとりを惚けるように質問をぶつけた。
「それは昨日の夜に話しただろう。俺は本人だ。〝魔女の森〟にしばらく捕らわれていて、外に出た時には十二年の時が流れていた。その理由は俺にもわからない。だが、それはどうでも良いことだ!それよりも俺にとって重要なのは、俺と仲間を裏切ったレスゲン!いやセレメ!お前達に裏切りの代償を受けさせることだ!お前達は俺達を踏み台にして手柄を捏造してローアンの守備軍に取り入ろうとしたのだろう!俺にはわかっているんだ!まったく、セレメ!お前はとんでもない毒婦だよ!俺と恋仲になったのは、俺がローアンの従騎士に推薦させたからだろう!魔術士とは言え、女であるお前は軍の中枢に入ることは出来ないからな。それで俺が従騎士を辞退したことで、レスゲンに乗り換えたんだ。最終的にはレスゲンを操ってローアンを内側から瓦解させるなり、弱体化させる予定なのだろう。黒幕はお前なんだ!」
「こいつ!」
 グリフに糾弾されたことでレスゲンは腰の剣に手を掛ける。彼は鎧こそ身に着けていなかったが、騎士らしく金で象眼された剣を腰から下げていた。
「おやめなさい、レスゲン。追いつめられた裏切り者が、ガルドを味方に付けようと嘘を吐いているだけよ。いや、もしかしたら、罪の意識から逃れるために、自分で作り出した妄想に逃げ込んだのかもしれない。もしそうだとしたら。もう話をするだけ無駄かもしれないわね」
 真っ先に顔色を変えると思われたセレメだが、挑発には乗らず。グリフの話の信憑性どころか、正気そのものに疑問を投げ掛けるように呟いた。
「そ、そうだ、狂人の戯言だ!」
「やはり、本物グリフだったか・・・」
 レスゲンの追従に続き。ガルドが溜息とともに呟いた。今までのやりとりでグリフが本人だと納得したのだ。

「・・・レスゲン、そんなこと言っていていいのか?お前も時が来れば捨てられる立場だぞ!」
 グリフは旗色の悪さを感じると、矛先をセレメからレスゲンに切り替えた。
「俺はお前を、八つ裂きにして殺してやろうと願っていたが、真相に辿り着いた今では逆に同情しているんだ。俺は裏切れる方だったが、運命がほんの少しずれていたら俺がそこの厚化粧の女に誑かされて仲間を裏切っていたのかもしれないんだからな!ある意味、俺達の中でお前が一番の被害者かもしれない。いつまでその女が大人しくしているかな?」
「・・・なんだと?!」
 レスゲンはグリフに怒りつつも妻であるセレメに確かめるように視線を向ける。認めたくなかったが、この指摘は彼の奥底に秘めている妻への疑惑だった。そのセレメは顔を真っ赤にした恐ろしいまでの形相でグリフを睨み付けている。
「それに、そこの年増女!レスゲンを上手く操っているつもりだが、こいつは俺の止めをしっかり刺せないようなグズ野郎だぞ!何しろ俺が死んでいれば、今更こんなことにはならなかったのだからな!例え俺をここで始末したとしても、いずれまた別のボロが出て来るだろうさ!!」
「このクソガキ!」
 衰えつつある容姿を指摘されたセレメは怒りの声を上げる。この手が効果的だと気付いたグリフは最後の一押しとばかりに追撃を掛けた。
「ああ、俺はまだ若いからな!今思えば、なんでお前みたいな性悪ババアに惚れたのか信じられないぜ!どうせ、今じゃ胸も垂れているんだろう?!いや、胸は昔から垂れ気味だったか?!ははは!」
「・・・ふっふざけんるじゃないわよ!私が誘惑したら直ぐその気になったくせに!私だって任務じゃなければ、あんたなんか相手にしなかったわよ!」
 グリフの容赦のない毒舌に、セレメは激しい怒りとともに言い返す。

「ボロを出したのはセレメ、お前だったな!」
 それまで二人のやりとりを聞いていたガルドが静かに告げた。
「こ、これは言葉のあやよ・・・」
「いや、グリフを誘惑したのは任務のためだと、はっきり聞いたぞ!タリエラ、お前も聞いただろう?」
「ええ、私も聞きました」
「セレメ、お前は目的のためにグリフに近づき、彼が従騎士への任官を辞退したことで、レスゲンに鞍替えしたのだな?この事実は先ほどのグリフの証言に一致するぞ!」
「・・・そうね、確かに言ったかもね。だから何よ?!」
 最初は誤魔化そうしたセレメだが、ガルドに追及されると不敵な笑みを浮かべて居直った。そして手にした杖を見せびらかすように振るう。 
「グリフ・・・あんたは厄病神よ!今更出て来なければ、最後の仲間のガルドとその養女も死なずに済んだのだからね。レスゲン、全員を始末するわよ!罪はグリフに何とでも擦り付けられるわ!とりあえず先にグリフを殺しなさい!今度は確実にね!」
 セレメの命令を受けたレスゲンは剣を引き抜くと、手足の自由を奪われているグリフに斬り掛かった。彼の中にもセレメの正体に対する疑惑が渦巻いていたが、既に自分の運命が彼女に握られていることは自覚している。破滅を防ぐには、ガルドもろとも十二年前の亡霊を始末するしかないのだ。

「残念だが!」
 まともに動けはしないと思われたグリフだが、手足の縛っていた縄を容易く引き千切ると、タリエラから剣を受け取ってレスゲンに立ち向かった。予め縄に切れこみを入れて不測の事態に対処出来るようにしていたのだ。
「くそお!」
 必殺の一撃を防いだグリフの思いがけない動きにレスゲンは悪態を吐いた。
「射るわよ!」
 タリエラが番えた弓矢を向けて、レスゲンを援護しようと呪文を唱えるセレメに警告を発する。 
「あ、あんた達、最初からグルだったのね!」
 詠唱を中断したセレメは怒りを露わに吐き捨てるようにガルドに告げた。
「そうだ、お前達が口を滑らせて尻尾を出させるために、ひと芝居打ったのだ。ここまで上手くいくとは思っていなかったが、グリフの罵倒がよほど堪えたようだな!」
「ど、どうするセレメ?」
 グリフを牽制しつつレスゲンはセレメを守るため後ろに下がる。グリフもそれに合わせるように足の不自由なガルドを庇う位置に移動した。
「まだ、大丈夫よ・・・。今更、こいつらの証言を信じる者がいるもんですか!」

「そうかな?」
 無理に笑おうとしたセレメだが、倉庫の奥から突然響いた声に更に顔をひきつらせた。無造作に置かれていた箱の中から複数の人影達が現れたからだ。その中には銀髪が特徴の少年の姿もある。
 姿隠しの魔法に警戒していた彼女だが、それに気を取られるあまり、箱の中に隠れるという原始的なトリックに引っ掛かったのだ。
「話は全て聞かせて貰ったぞ!十二年前の事件については改めて詳しい調査をする必要があるようだな!」
 箱の中から現れた四人の人物の中で、最も年長者と思われる男がレスゲンに向かって命令するように告げた。
「た、隊長・・・」
 その男の顔を横目で見つめたレスゲンの顔は血の気を失って青ざめる。彼はかつて冒険者の監督役をしていた騎士で今やローアン騎士隊の隊長となったザーラムだった。
「まさか、この歳で朝からこんな真似をするとは思わなかったが、昔の馴染みの言葉は信じてみるものだな・・・」
 独り言のように呟くザーラムの前に護衛役と思われる武装した騎士が二人前に立つ。それと同時に最後の一人であるカーシルもグリフの後ろに走り寄って背中越しに語り掛けた。
「上手くいったみたいだね!」
「ああ、これでこいつらに報いを受けさせることが出来る。カーシル、お前の協力があったからこそだ!」
 グリフは笑顔を浮かべると後ろ手にカーシルの身体を軽く叩いて、これまでの彼の尽力に感謝を示した。
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