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第一章 戦士グリフと銀髪の少年
第十八話
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「なーご!」
次の瞬間、猫の鳴き声を聞いたグリフは驚きながらその方向に振り向く。寝台の天蓋の上から一匹の黒猫がグリフ達を見下ろしていた。
「くそ!」
グリフは悪態を吐いて、使い魔の存在を失念していたことを悔いた。セレメは根源魔法の使い手である。別名黒魔法とも呼ばれるこの魔法の使い手は、戦闘に関する魔法を得意としているが、ある程度の技量を持つ者は小型の動物を使い魔として従えさせることが出来た。
かつてグリフの膝の上で甘えていた猫とは別種だが、おそらくこの猫はセレメの今の使い魔で部屋に待機させていたのだろう。突然、机の上から読みかけの本が勝手に浮き上がれば不審に思うのは当然だ。
そして使い魔と主人の感覚は普段から共有されている。セレメが自身の寝室で何かしらの異変が起きていることを察したに違いなかった。
「逃げるぞ!」
とりあえず目的の手紙を書物に挟んだグリフはカーシルに告げる。姿を隠せると言っても相手も魔術士ならば対策の仕方は色々ある。かつてはセレメに助けられたグリフだが、敵に周った魔術士の厄介さを思うと早く逃げることこそが最適だと判断した。
扉を開けて廊下に出た頃には、一階から階段を駆け上がる数人の足音と声が響いて来た。グリフ達は廊下の壁にへばりつくようにして、現れた武装した二人の男とメイドの三人をやり過ごす。彼らが扉の前で何か怒鳴っているのを無視してグリフ達は速やかに階段を降りて行った。
「おそらく賊は姿を消しているわ!手当り次第に角を叩いて回りなさい!絶対に逃がしてはだめよ!」
一階に辿り着くとセレメが扉から半ば身体を乗り出してメイドに向かって喚くように指示を出している。
おそらくは風呂に入る寸前であったのだろう、結い上げていた髪は降ろされて、ドレスがずり落ちないように手で抑えていた。そんなで格好でなければ真っ先に寝室に戻っていたと思える形相だ。
「カーシル、メイドを・・・あの白と黒の服を着た女の方を眠らせることが出来るか?」
グリフはカーシルに耳打ちする。本来はセレメとはこの段階で直接会う予定ではなかったが、こうなってしまっては事情を説明する他ないと判断した。
「姿隠しを一旦止めるなら出来るよ!」
「よし、ギリギリまで近づいて合図をしたらやってくれ!」
「うん」
グリフは軽いヒステリーを起こしているセレメ達にゆっくり近づいて機会を見定めるとカーシルに命じた。
「今だ!」
突然姿を現した二人の男にセレメとメイドは驚きの表情を浮かべるが、カーシルに触れられたメイドはその場に崩れ落ちる。それとは逆に抵抗する素振りを見せたセレメだが、もう一人の男グリフを見つめると目を見開いたまま、その場で氷ついたように立ち尽くした。
眠りに落ちたメイドの身体を慌てて抱えたグリフは、そのまま浴室と思われる部屋にカーシルとなだれ込む。セレメは素直に後ろに退くと、かつての恋人を黙って見守った。
「・・・驚いたと思うが、俺はこうして生きている」
メイドを床に寝かせ、カーシルとともに部屋に入ったグリフは扉を閉めると、青い顔を浮かべるセレメに告げた。十二年ぶりに再会した恋人に掛ける言葉としてはロマンチックの欠片もないが、グリフにもそこまでの余裕はなかった。
「・・・本当にグリフなの?あの日の・・・昔のままじゃない!」
「〝魔女の森〟に捕らわれていたんだ。若いままの理由は俺にも詳しくは説明出来ないが、俺は間違いなく本物だ」
「どうして今頃!私がどんな気持ちでいたかわかるの!」
そう言うとセレメはその場で膝を着いて泣き崩れる。
「済まない。謝って許されると思えないが、これでも急いだくらいなんだ」
グリフは彼女に合わせるため、片膝をついて会話を続ける。
「・・・でも、どうして私達を裏切ったの?!」
「そう、それを報せに来たんだ。本来ならもう少し時間を掛けて説得するつもりだったんだが、見つかってしまい直接説明することにした。真相はセレメにとっては辛い現実となるから・・・」
グリフはここで言葉を濁すと、レスゲンの正体をこのまま暴露するか悩んだ。
「教えて!何があったの?!」
「わかった・・・出来るだけ手短に話す」
セレメの瞳に強い決意を見たグリフは彼女を信じると、外の世界では十二年前とされる真相を語った。
「そんな!夫・・・レスゲンが!?」
グリフの話しを聞き終えたセレメは動揺を隠しきれない様子で問い掛ける。レスゲンの妻である彼女にすれば到底受け入れられない事実なのだ。
「信じられないのもわかるが、俺が生きてここにいるのが証拠の一つだ。ドレニアの間者だったのなら、今こうしてここにいる訳がないだろう!」
「・・・そうね。それで、グリフはこれからどうするつもりなの?!」
「それは・・・はっきりとは言えない。一時は裏切りの代償としてレスゲンを殺してやるつもりだったが、十二年も経っていると、それはもう意味がない行為のようにも思える。正直言えば、こうしてセレメに再会出来たことで、一つの区切りが着いた気がする」
「・・・駄目よ。私も辛いけど、真実を公にするべきよ!パラミアの死が浮かばれないわ!」
「確かにパラミアの死は無駄には出来ない!・・・セレメならそう言ってくれると信じていたよ!」
グリフはセレメがいち早く自分の語る真実を受け入れてくれたことで、新たな勇気が湧いてくるのを感じた。
「まずは私が、夫の・・・レスゲンの書斎を密かに調べてみるわ。何か証拠が見つかるかもしれない!・・・進展があったら教えるから連絡先を教えてくれる?」
「実は今も〝飛竜の涙亭〟を拠点としているんだ」
「・・・その辺は昔と変わらないのね。了解したわ。・・・ところで彼はグリフの新しいお仲間かしら?姿を隠していたのは彼の魔法?」
セレメは頷くと、それまで黙って二人のやり取りを見守っていたカーシルの存在を問い掛けた。先程の説明では、レスゲンの裏切りには直接関係ないため彼が魔女の息子であることは伏せていたが〝姿隠し〟の魔法がカーシルの仕業であると見抜いたようだ。
「ああ、新しい仲間のカーシルだ。可愛い奴だろ」
「カーシル君、初めまして、私はセレメよ。グリフを助けてくれてありがとう。私からも礼を言うわ!」
「・・・うん」
自己紹介を受けたカーシルだが、短く頷いただけに止める。自分から喋ることは少ないが、話し掛ければ気さくな笑顔を見せる彼らしからぬ、そっけない態度だ。
「とりあえず、名残惜しいが今日はこれで〝飛竜の涙亭〟に戻ろうと思う。セレメ、ここを出るため上手く手引きしてくれないか?」
グリフはぎこちない空気を感じると、セレメに問いかける。浴室のあるこの部屋に閉じ籠ってからそれなりに時間が経過しており、使用人達が女主人の姿が見えないことに疑問を抱く頃と思われたからだ。
「そうね。私の勘違いだったと伝えてくるわ。ほとぼりが冷めたら、手引きをするからしばらくここで待っていて!」
「ああ、頼む!」
グリフは部屋を出るセレメを見送るとその背中に呟いた。
「・・・グリフ、あの人は嘘を吐いていたよ!」
「なんだって?!どこが嘘だったんだ?というか、カーシルは嘘を見抜けるのか?」
カーシルが小声で漏らした告白に、グリフは驚きとともに問い掛けた。
「うん、あの人の言葉は・・・たぶん全部嘘だと思う。だから僕はあの人のことが嫌いになったんだ。嘘がわかるというか、強い精神の働きが伝わってきた。あの人は・・・グリフをとても憎んでいたよ!」
「・・・そんな馬鹿な!」
「・・・本当だよ。信じて!グリフ!」
怒りを込めて詰め寄るグリフにカーシルは怯えて涙を浮かべるが、腕を伸ばしてグリフの手を握ろうとする。セレメを侮辱されたと思ったグリフはその手を振り払おうと一瞬力を込めるが、触れられた指先にどこか遠い昔に感じた温かさを思い出すとそのまま優しく握り返した。
「確かめる!姿を消してくれ!」
グリフはそう告げるとカーシルを連れて慎重に部屋を出た。近くに人影がないことを確認すると、グリフはそのまま物音のする二階に向かう。
おそらくセレメは寝室を調べている使用人達に事情を説明しに行ったはずだ。その会話を盗み聞くため階段を上がろうとしたところで、前から使用人達を連れたセレメが現れる。
声を抑えているので内容は聞き取れなかったが、セレメの指はしっかりと浴室の部屋を示していた。その説明で武装した二人の男が頷く。
これを見た後のグリフの行動は大胆かつ早かった。カーシルの手を引くと脇目も振らず食堂に向かい厨房を抜けて屋敷を出る。更に門衛をやり過ごすと街の暗闇に溶け込んだ。
そして南の下町に足を踏み入れ、名も知らない路地の影を見付けると、グリフはそこに崩れるように座り嗚咽を漏らして泣いた。
次の瞬間、猫の鳴き声を聞いたグリフは驚きながらその方向に振り向く。寝台の天蓋の上から一匹の黒猫がグリフ達を見下ろしていた。
「くそ!」
グリフは悪態を吐いて、使い魔の存在を失念していたことを悔いた。セレメは根源魔法の使い手である。別名黒魔法とも呼ばれるこの魔法の使い手は、戦闘に関する魔法を得意としているが、ある程度の技量を持つ者は小型の動物を使い魔として従えさせることが出来た。
かつてグリフの膝の上で甘えていた猫とは別種だが、おそらくこの猫はセレメの今の使い魔で部屋に待機させていたのだろう。突然、机の上から読みかけの本が勝手に浮き上がれば不審に思うのは当然だ。
そして使い魔と主人の感覚は普段から共有されている。セレメが自身の寝室で何かしらの異変が起きていることを察したに違いなかった。
「逃げるぞ!」
とりあえず目的の手紙を書物に挟んだグリフはカーシルに告げる。姿を隠せると言っても相手も魔術士ならば対策の仕方は色々ある。かつてはセレメに助けられたグリフだが、敵に周った魔術士の厄介さを思うと早く逃げることこそが最適だと判断した。
扉を開けて廊下に出た頃には、一階から階段を駆け上がる数人の足音と声が響いて来た。グリフ達は廊下の壁にへばりつくようにして、現れた武装した二人の男とメイドの三人をやり過ごす。彼らが扉の前で何か怒鳴っているのを無視してグリフ達は速やかに階段を降りて行った。
「おそらく賊は姿を消しているわ!手当り次第に角を叩いて回りなさい!絶対に逃がしてはだめよ!」
一階に辿り着くとセレメが扉から半ば身体を乗り出してメイドに向かって喚くように指示を出している。
おそらくは風呂に入る寸前であったのだろう、結い上げていた髪は降ろされて、ドレスがずり落ちないように手で抑えていた。そんなで格好でなければ真っ先に寝室に戻っていたと思える形相だ。
「カーシル、メイドを・・・あの白と黒の服を着た女の方を眠らせることが出来るか?」
グリフはカーシルに耳打ちする。本来はセレメとはこの段階で直接会う予定ではなかったが、こうなってしまっては事情を説明する他ないと判断した。
「姿隠しを一旦止めるなら出来るよ!」
「よし、ギリギリまで近づいて合図をしたらやってくれ!」
「うん」
グリフは軽いヒステリーを起こしているセレメ達にゆっくり近づいて機会を見定めるとカーシルに命じた。
「今だ!」
突然姿を現した二人の男にセレメとメイドは驚きの表情を浮かべるが、カーシルに触れられたメイドはその場に崩れ落ちる。それとは逆に抵抗する素振りを見せたセレメだが、もう一人の男グリフを見つめると目を見開いたまま、その場で氷ついたように立ち尽くした。
眠りに落ちたメイドの身体を慌てて抱えたグリフは、そのまま浴室と思われる部屋にカーシルとなだれ込む。セレメは素直に後ろに退くと、かつての恋人を黙って見守った。
「・・・驚いたと思うが、俺はこうして生きている」
メイドを床に寝かせ、カーシルとともに部屋に入ったグリフは扉を閉めると、青い顔を浮かべるセレメに告げた。十二年ぶりに再会した恋人に掛ける言葉としてはロマンチックの欠片もないが、グリフにもそこまでの余裕はなかった。
「・・・本当にグリフなの?あの日の・・・昔のままじゃない!」
「〝魔女の森〟に捕らわれていたんだ。若いままの理由は俺にも詳しくは説明出来ないが、俺は間違いなく本物だ」
「どうして今頃!私がどんな気持ちでいたかわかるの!」
そう言うとセレメはその場で膝を着いて泣き崩れる。
「済まない。謝って許されると思えないが、これでも急いだくらいなんだ」
グリフは彼女に合わせるため、片膝をついて会話を続ける。
「・・・でも、どうして私達を裏切ったの?!」
「そう、それを報せに来たんだ。本来ならもう少し時間を掛けて説得するつもりだったんだが、見つかってしまい直接説明することにした。真相はセレメにとっては辛い現実となるから・・・」
グリフはここで言葉を濁すと、レスゲンの正体をこのまま暴露するか悩んだ。
「教えて!何があったの?!」
「わかった・・・出来るだけ手短に話す」
セレメの瞳に強い決意を見たグリフは彼女を信じると、外の世界では十二年前とされる真相を語った。
「そんな!夫・・・レスゲンが!?」
グリフの話しを聞き終えたセレメは動揺を隠しきれない様子で問い掛ける。レスゲンの妻である彼女にすれば到底受け入れられない事実なのだ。
「信じられないのもわかるが、俺が生きてここにいるのが証拠の一つだ。ドレニアの間者だったのなら、今こうしてここにいる訳がないだろう!」
「・・・そうね。それで、グリフはこれからどうするつもりなの?!」
「それは・・・はっきりとは言えない。一時は裏切りの代償としてレスゲンを殺してやるつもりだったが、十二年も経っていると、それはもう意味がない行為のようにも思える。正直言えば、こうしてセレメに再会出来たことで、一つの区切りが着いた気がする」
「・・・駄目よ。私も辛いけど、真実を公にするべきよ!パラミアの死が浮かばれないわ!」
「確かにパラミアの死は無駄には出来ない!・・・セレメならそう言ってくれると信じていたよ!」
グリフはセレメがいち早く自分の語る真実を受け入れてくれたことで、新たな勇気が湧いてくるのを感じた。
「まずは私が、夫の・・・レスゲンの書斎を密かに調べてみるわ。何か証拠が見つかるかもしれない!・・・進展があったら教えるから連絡先を教えてくれる?」
「実は今も〝飛竜の涙亭〟を拠点としているんだ」
「・・・その辺は昔と変わらないのね。了解したわ。・・・ところで彼はグリフの新しいお仲間かしら?姿を隠していたのは彼の魔法?」
セレメは頷くと、それまで黙って二人のやり取りを見守っていたカーシルの存在を問い掛けた。先程の説明では、レスゲンの裏切りには直接関係ないため彼が魔女の息子であることは伏せていたが〝姿隠し〟の魔法がカーシルの仕業であると見抜いたようだ。
「ああ、新しい仲間のカーシルだ。可愛い奴だろ」
「カーシル君、初めまして、私はセレメよ。グリフを助けてくれてありがとう。私からも礼を言うわ!」
「・・・うん」
自己紹介を受けたカーシルだが、短く頷いただけに止める。自分から喋ることは少ないが、話し掛ければ気さくな笑顔を見せる彼らしからぬ、そっけない態度だ。
「とりあえず、名残惜しいが今日はこれで〝飛竜の涙亭〟に戻ろうと思う。セレメ、ここを出るため上手く手引きしてくれないか?」
グリフはぎこちない空気を感じると、セレメに問いかける。浴室のあるこの部屋に閉じ籠ってからそれなりに時間が経過しており、使用人達が女主人の姿が見えないことに疑問を抱く頃と思われたからだ。
「そうね。私の勘違いだったと伝えてくるわ。ほとぼりが冷めたら、手引きをするからしばらくここで待っていて!」
「ああ、頼む!」
グリフは部屋を出るセレメを見送るとその背中に呟いた。
「・・・グリフ、あの人は嘘を吐いていたよ!」
「なんだって?!どこが嘘だったんだ?というか、カーシルは嘘を見抜けるのか?」
カーシルが小声で漏らした告白に、グリフは驚きとともに問い掛けた。
「うん、あの人の言葉は・・・たぶん全部嘘だと思う。だから僕はあの人のことが嫌いになったんだ。嘘がわかるというか、強い精神の働きが伝わってきた。あの人は・・・グリフをとても憎んでいたよ!」
「・・・そんな馬鹿な!」
「・・・本当だよ。信じて!グリフ!」
怒りを込めて詰め寄るグリフにカーシルは怯えて涙を浮かべるが、腕を伸ばしてグリフの手を握ろうとする。セレメを侮辱されたと思ったグリフはその手を振り払おうと一瞬力を込めるが、触れられた指先にどこか遠い昔に感じた温かさを思い出すとそのまま優しく握り返した。
「確かめる!姿を消してくれ!」
グリフはそう告げるとカーシルを連れて慎重に部屋を出た。近くに人影がないことを確認すると、グリフはそのまま物音のする二階に向かう。
おそらくセレメは寝室を調べている使用人達に事情を説明しに行ったはずだ。その会話を盗み聞くため階段を上がろうとしたところで、前から使用人達を連れたセレメが現れる。
声を抑えているので内容は聞き取れなかったが、セレメの指はしっかりと浴室の部屋を示していた。その説明で武装した二人の男が頷く。
これを見た後のグリフの行動は大胆かつ早かった。カーシルの手を引くと脇目も振らず食堂に向かい厨房を抜けて屋敷を出る。更に門衛をやり過ごすと街の暗闇に溶け込んだ。
そして南の下町に足を踏み入れ、名も知らない路地の影を見付けると、グリフはそこに崩れるように座り嗚咽を漏らして泣いた。
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