魔女の落とし子

月暈シボ

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第一章 戦士グリフと銀髪の少年

第十五話

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 日暮れを迎えた頃、グリフはカーシルを部屋に残して下に降りると一人で情報収集を開始した。この時間帯ならば多くの冒険者が集まり出すからである。そして、カーシルを残したのは彼の容貌が目立ち過ぎるからだ。
銀髪の美少年を連れて聞き込みをしては彼らこそが、話の種として広まってしまうだろう。夕食も部屋で摂ることにしていた。
 しばらくして、グリフはナスラの話の裏取りとセレメとガルドに関する話をそれとなく聞き出した。彼女の話は間違いのない事実であり、ガルドは大商人として、セレメはレスゲンの妻としてローアンに存在しているのは間違いことが知れた。
また、その過程でグリフは〝飛竜の涙亭〟の主人であるロンデルが病によって引退状態であることも知る。十二年前の自分を良く知る彼を避けるために、明日には宿を変えようと思っていたがその必要はなくなった。

「仕事を見つけて来た。明日はガルドのところに行く!」
 二人分の食事と麦酒を乗せたお盆を抱えて部屋に戻ったグリフは、カーシルに説明を始める。
「ガルドってグリフの仲間だった人だよね?」
 テーブルの上から羊皮紙の端切れと筆、インク壷を片付けるとカーシルは確認するように問い掛ける。彼は留守番の間、西方語の単語の書き取りを命じられていた。
「ああ、そうだ。ガルドはかつての仲間で、今はこの街で成功した商人だ。それで商人なら、冒険者を募集していないかと思って探したら、目論見通り護衛の依頼をここに発注していたんだ。
ガルドはかなり手広く商売をしているらしく、人手不足のようだった。それで、いきなり会いにいくよりは、こうして依頼を請けて近づくことにした。何しろ金も貰えるしな!」
 盆をテーブルに乗せると、グリフは椅子に腰を降ろし更に言葉を続ける。ガルドが人手不足なのは報酬が安いからだが、そこまでは彼も説明しなかった。
ガルドが依頼した仕事は、ローアンから近隣の村を行き来する小規模な取引の護衛だ。この程度は駆け出しの冒険者が受けるような仕事なので、報酬が低いのはやむを得ないのだが、ガルドは相場から一割ほど低い額を提示していた。
おそらく商人として成功するには、このようなところで費用を削る必要があるのだろう。また、グリフとしては、かつての恋人だったセレメのことも気に掛かっているのだが、同時に二つのことは出来ないのと、レスゲンの妻となった彼女と再会する心の準備がまだ整っていないので、まずはガルドに集中したのだった。
「一応、お前と俺の二人でローアンから片道三日の距離にあるレーブ村までの護衛を受けた。事後承諾になるが構わないだろう?明日の朝一番で簡単な顔合わせを受けて合格となったら、そのまま出発する手筈だ」
「グリフと一緒なら僕は構わないよ!」
 カーシルの屈託のない返事にグリフは微笑むと麦酒の杯を手に取った。
「おし、じゃ夕食を食べたら明日に備えて早めに寝るぞ!」
「うん、じゃ、乾杯だね」
「ああ、ここの麦酒は上手いけど今日は一杯だけだぞ」
 グリフは自分に言い聞かせるようにカーシルに宣言すると、喉を鳴らして麦酒を飲んだ。

 翌日の早朝、グリフ達は部屋を引き払うとガルドの屋敷に向かった。かつては〝飛竜の涙亭〟の一部屋を長期契約で借りていたグリフだが今はそのような余裕はなく、残り少ない資金でやりくりする必要があるのだ。
 ガルドの屋敷はローアン市街地の北部に位置しており、想像以上に大規模だった。これだけを見ても彼が商人として成功しているのは明らかだが、屋敷の敷地内には数多くの倉庫とそれらを流通するための複数の馬車や厩を用意しており、使用人達が既に今日の商いを開始している。ガルドはかなり手広く商材を扱っているに違いなかった。
 グリフはその中から監督役と思われる人物に〝飛竜の涙亭〟で依頼を受けたことを伝えると屋敷内の待合室へと通された。
「さすがにお茶は出されないか」
 グリフは部屋を眺めながらカーシムに話し掛ける。彼らが通された部屋は地味で質素な部屋だ。応接椅子が置かれてはいるがクッションは薄く、上客を持てなすようなものではない。おそらく仕事相手に会わせて、商談する部屋をいくつか用意しているだろう。駆け出しの冒険者ならこんなものだろうとグリフは納得した。
「僕達はもてなす価値がないってこと?」
「そうだ。・・・だが、ちょっと直接的過ぎる表現だな。カーシル、お前はまだ西方語に慣れていないから、俺以外と話す時は少し柔らかい表現に変えた方が良い。誤解を招くかもしれない」
「・・・僕達は、ガルドさんと、それほど親しくないしね」
「それでいい」

 グリフが苦笑しながらカーシルを褒めたところで部屋にノックの音が響く、屋敷の人間がやって来たのだ。
 現れたのはグリフより三つか四つ程年上と思われる女性だ。やはり、これほどの規模の商会となると、代表のガルド本人が出て来ることはないようだ。もしかしたらと、思っていたグリフは一先ず安堵した。
「初めまして。私は今回のレーブ村までの買い付けで責任者となるタリエラと申します。ええっと〝飛竜の涙亭〟から斡旋された。クリスさんとカーシルさんですね?契約の前に簡単に素性等を聞かせてもらってもよろしいでしょうか?」
 タリエラは女性にしては背が高めで、長い黒髪を無造作に束ねている。顔付きはちょっとした美人だが、切れ長の目とやや太い眉は意志の強さを感じさせた。
 身体には使い古された革鎧を覆っており、腰には細身の剣を下げている。商人というよりは彼女自身も冒険者のようだ。時間を無駄にしたくない性格なのだろう。グリフ達との握手を終えると直ぐに要件に入った。
「イアデルの郊外から、仕事を求めてローアンにやって来たのですね?」
「ええ。俺が前にいたパーティーが解散したんで、甥のカーシルと組んで再出発を目論んでローアンに出て来たんです。こっちには仕事が多いって聞いていたんでね」
「なるほど」
 頷きながらタリエラはグリフ達を値踏みするように見つめる。グリフよりもカーシルに費やす視線の方が多いようだが、それは仕方がない。何しろ彼は場違いなほどの美少年だからだ。
 カーシルには前以って、自分との関係は叔父と甥であると言い含めている。当初は兄弟としようとしたグリフだが、自分がカーシルほどの美形でないのと、髪も黒に近い茶色であることを考慮して泣く泣く叔父で妥協したのだ。
「クリスさんは経験のある冒険者のようですが、カーシルさんはこのような仕事をするには、いささか若いのでは?こちらとしても報酬を支払う以上、戦力として期待できる方を雇いたいのです」
 やはりそう来たか。とグリフは胸の中で舌打ちする。カーシルの見た目は十代前半でせいぜい十二、三歳といった具合だ。着ている革鎧もほぼ新品で整った顔付きもあり、どうみても強そうには見えない。ある意味タリエラの指摘は当然でグリフも予期していた。

「こいつはこう見えても、先月十四になったばかりですし、祈祷魔法が使えるんです。なんならここでお見せしましょうか?」
 グリフは用意していた台詞を述べる。カーシルの年齢については水増ししたハッタリだが、この手のことは口で説明するよりも実際に見せた方が早い。グリフはこのような事態に備えて、祈祷魔法の使い手であるカーシルから可能な魔法を聞き出しており、もっとも劇的な効果を表す技を指定していた。
「・・・その若さで魔術士?いや祈祷魔法なら不思議ではないか・・・」
 自身に満ちたグリフの反論にタリエラにやや面食らったように呟く。半信半疑と言った様子だ。
「よし、カーシル見せてやれ!」
「うん、わかった!」
 カーシルは魔女の森でグリフを助ける時に使った、あの独特の囁くような詩を唱えると、その場から溶けるように姿を消した。まさに忽然と見えなくなったのだ。
「・・・そっそれは!凄い、本当に魔法を?!・・・いや、失礼しました。カーシルさんが貴重な魔術士であることは理解しました。あなた方に協力して頂けるなら心強いと思います。報酬について説明してよろしいでしょうか?」
 姿を隠したカーシルに驚くタリエラだが、しばらくすると自分を取り戻したのか、先のことを詫びると、契約の詰めに入り出した。
「ええ、お願いします。カーシルもういいぞ!」
 グリフの声でカーシルが姿を現す。いきなり具現化したようにも見えるが、カーシル自身が変化したわけではない。これは観測者の視覚に働き掛けて認識を誤魔化したに過ぎず、カーシル自身はどのような変化もせずに座り続けていた。
 だから、タリエラが腕を伸ばせば触覚として彼を捕えることは可能だった。いずれにしてもカーシルはその実力をタリエラに認めさせた。
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