魔女の落とし子

月暈シボ

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第一章 戦士グリフと銀髪の少年

第三話

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 街が動き出す気配を感じると、グリフは寝台から転げるように起き出した。昨夜の宴会の酒はまだ完全に抜け切れておらず微かな頭痛を感じるが、何かの胸騒ぎを覚えて睡眠を早めに切り上げたのだ。
 まだ重い瞼を擦りながら身支度を整えたグリフは、自室を出て酒場と食堂を兼ねた宿屋の一階へと降りて行く。
 彼が常宿とする〝飛竜の涙亭〟は冒険者の溜まり場となっている旅籠屋だ。
 元は旅商人を想定した平凡な宿だったらしいのだが、商人達が新たな傭兵や護衛役の冒険者を雇う商談の場として使い出したことで、いつしか依頼の斡旋場と比較的安価な宿泊先として冒険者の間に定着していた。

 階段から降りたグリフは一階にいる人の多さに驚く。安普請であるが一度に五十人は収容出来る食堂には、朝だというのにあちこちのテーブルで人だかりが出来ていたからだ。
 幾つかのグループで会話が繰り広げられているが、のどかな朝の会話という様子ではなく、どこか不安な顔つきの者が多いように感じられる。
 一般的に冒険者は宵っ張りの傾向が強い、仕事の関係で朝早く出掛ける場合もあるが、これほどの人数の冒険者達が朝の食堂をたむろする光景はグリフには初めてのことだ。彼が感じた胸騒ぎとは彼らが立てる物音だったのだ。
 もっとも、この状況が想定外なのはグリフだけではないようで、給仕役の少年が疲れた顔を浮かべながら必死に注文の料理を運んでいる。朝食と昼食を同時に食べるような宿泊客が多い〝飛竜の涙亭〟では、朝の時間帯に待機している従業員は彼一人だけなのだ。
 グリフはそんな込み合う中で仲間であるガルドの顔を見付けると、この状況の原因を求めて彼の座るテーブルへと向かった。

「おはよう、ガルド、ロンデル。そしてザーラム卿。皆、慌てているようですが、この騒ぎは何なのです?」
 ガルドの傍らの席に腰を降ろしながら、グリフは男達に声を掛ける。ロンデルはこの〝飛竜の涙亭〟の主人であり、ザーラムはローアンの正式な騎士だ。
 以前にグリフを従騎士への任官に誘ったのも彼であり、ローアンを拠点とする冒険者を監督もしくは監視する役目を担っている。
 冒険者が持つ情報網や能力は正規軍も無視することは出来なかったし、金次第では何でもする彼らを完全な自由にさせるわけにはいかないからだ。グリフはこの騒ぎの元凶は彼が持ってきた何らかの情報のためだろうと推測していた。
「ああ、グリフ。そろそろ起こしに行こうかと思っていたところだ。えらい自体になったぞ!ドレニアが軍を動かした!」
「ドレニアが?!」
 ガルドの熱を帯びた声に聞いたグリフは驚きながら、再確認するために問い掛ける。
 元々、ローアンはアーブリユ公国に領土的野心を持つドレニア王国に対抗するための最前線として発展した城塞都市である。
 だが、この十数年の間は小規模の部隊が小競り合いをする程度で小康状態を保っていた。
「本当だ!数千規模の軍勢が南の国境付近に終結しつつある。昨日の未明に斥候部隊の生き残りが報せに戻った!」
 ガルドの言葉を保証するようにザーラムがグリフに語る。従騎士への誘いは断っていたが、父の古い知り合いということもあり、グリフとの関係は今でも切れてはいない。彼が言うのならば間違いのない事実なのだろう。
 そして、多少の時間差はあるもののローアン防衛を務める騎士のザーラムが冒険者達にその一大事件を報せるあたり、ローアンにとってはあまり良い状態ではないように思われた。
「そういうことか・・・」
「ああ、これからこの店も忙しいことになるぞ・・・」
 納得するグリフに今度はロンデルが奇妙な顔で呟いた。ローアンに拠点を置く冒険者達は正規兵ではないが、非常事態では遊軍としてローアンの戦力に加わることを前提とされている。
 もちろん、それは仕事として正式に依頼されるので報酬も支払われる。ロンデルが奇妙な顔をするのも戦争への不安と店の運営への期待が半々の二面性からだろう。
 もっとも、ローアンの街がドレニアに制圧されるようなことがあれば、ローアン軍に協力した冒険者は戦闘員と見做され捕虜となり、最悪の場合処刑される可能性もある。
 あるいは戦争に巻き込まれるのを避けるため、ローアンから逃げ出す考えもあるが、ローアン軍と住人がドレニアを撃退した後に、街を見捨てた冒険者がこれまで通りに仕事を続けられるはずもなく、ローアンの冒険者達は正規軍に協力するか、もしくは早い段階で街を見捨てて逃げ出すかのどちらか一つを選ばねばならないと思われた。

「俺達はどうする?」
 その後、幼い娘の泣き声に気付いて厨房に戻ったロンデルと情報交換を終えて席を立ったザーラムを見送りながら、グリフはガルドに問い掛ける。
「こればかりは、全員の意見を聞かないとな・・・。そういうわけで、私はパラミアとセルメを呼んでくる。グリフ、お前はレスゲンを起こしてくれ。お前達が朝食を終える頃には二人を連れて戻って来られるだろう」
「了解した」
 パラメアは神官としてユラント神殿、セレメは魔導士の講師として私塾に身を置いており、宿屋暮らしの男性メンバーとは違い、それぞれローアンに住む場所と本職を持っている。
 彼女達が〝飛竜の涙亭〟に顔を出すのは、冒険者の仕事や約束がない限り、本職を終える夕方以降だ。ドレニア挙兵の噂を聞きつけてやって来る可能性もあったが、こちらから呼びに行くのが確実だとガルドは判断したようだ。
 ガルドを見送ったグリフは頼まれた通りに仲間のレスゲンを起こすため、二階へと続く階段へと向かう。
 全員が揃えばこれからの方針を決める大事な話となると思われたが、彼の気持ちは既に決まっていた。
 アーブリユ公国に生まれ、二年もの間、拠点として暮らした街ローアンから逃げ出すことなどは露にも考えられなかった。
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