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第十四話
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所々に魔法の照明が配置された城館の中をエスティに導かれながらレイガル達はゆっくりと進む。元より歳月による風化が見られない遺跡内だが、城の中は一段と整えられていた。
廊下の床や所々に掲げられた幾何学模様のタペストリーには、埃や汚れは一切なく極めて清潔だ。曲がり角から箒を持った女中とばったり出くわしても驚きはしないだろう。
そんな当時の匂いを残しつつ住居者だけが綺麗に消え去った廊下で、エスティは見るからに重厚な扉の前で足を止める。この部屋の探索を開始するのだろう。
これまでも幾つかの扉を見つけてはいたが、彼女は軽く聞き耳を立てたのみで後回しにしていた。順々に部屋を探索する戦法もあるが、今回彼女は自身の盗賊としての勘が囁いた場所から攻略するつもりなのだ。
しばらく中の様子と鍵、更には罠を調べていたエスティだが、どうやら鍵等は掛かっていないらしく、一度背後に視線を送り仲間達に準備を促すとドアノブを回した。万が一に備え身構えるレイガルとメルシアであったが扉は静かに開いた。
「どうやらここはかつての主人の書斎のようですね」
「ええ、そのようね!ざっと見ただけでも凄い収穫だわ!」
一旦、探索の目処を付けたエスティにメルシアが見解を告げ、それに彼女は掌を顔の前でぴったりと組みながら笑顔を見せて答える。
まるで子猫でも見つけた少女のようだが、それは無理もないことだった。部屋の中には貴重な知識の宝庫と思われる古代の書物が壁一面の書架に埋まっていたからだ。それだけでもかなりの金額になるはずだが、これ以外にも、宝石で飾られた魔法の光を放つ光源体、魔力の付与されたローブ、杖等の魔導具を見つけ出していた。
もっとも、ローブと杖は直ぐにメルシアに与えられて戦力向上に充てられた。正式に彼女の物にするには買戻しが必要だが、遺跡内では使える物は使うのが鉄則だ。
「とは言え、本番はこれからね・・・」
そう口にしたエスティの声にはこれまでの浮かれた感情は消えている。彼女は書架の後ろに何かしらの隠された空間があることを突き止めていた。これからそれを開くつもりなのだ。レイガル達冒険者からすれば、既に宝物庫にも等しい書斎ではあるが、書架の後ろにはそれ以上の宝もしくは秘密が隠されているに違いなかった。
「しばらく、隠し部屋を開けるに集中するから回りの警戒を頼むわね!」
エスティは両手の指を慣らしながら盗賊の七つ道具を取り出すと、秘密の隠し扉に立ち向う。
魔法の素養がないと自分でも認めるレイガルだが、エスティ見つけ出した隠し部屋が高度な魔法あるいは錬金術の実験室であったことは理解出来た。
何しろ、狭い部屋の中央に置かれた作業台の上には禍々しい(彼はそう判断した)数々の道具や品物が雑多に置かれていたからだ。小人族もしくは人間の子供と思われる頭蓋骨に、黒く乾いた染みが残る金色の盥、灰色に濁った球形の水晶の玉等、彼に理解出来る物だけでもこれだけの怪しい代物があった。
「レイガル。わかっていると思うけど、まだ触っちゃ駄目よ。まずはメルシアに鑑定してもらってからだからね!」
もう耳に胼胝ができるほど聞かされた警告ではあるが、レイガルは無言で頷く。魔導具の中には触るだけで効果が発動する呪物と呼ばれる代物も存在する。さすがに、見るからに怪しいこれらをメルシアの許可なく触る気にはならなかった。
「魔力関知によると、魔力が込められた品物はその灰色の水晶だけのようです。それと、この部屋の主人が残した備忘録でしょうか・・・羊皮紙の束がありますね。解読してみましょう」
「ええ、それと水晶はあなたに任せるわ。あたしはそれ以外の品物を調べる。・・・この金の盥に付いているのは何か血のようね・・・人間でないと良いのだけれど」
手分けをして作業台の品物を調べる二人の尻目にレイガルは、手持ち無沙汰から作業台に置かれていた本を手に取る。黒革で装丁された表紙には古代語で表題が書かれているが、もちろん彼には古代語の理解など出来るはずもない。内容を確かめるというよりは、絵や図面を眺めるつもりだ。
期待どおり本には多くの図面が描かれていた。初期の頁には様々な生き物の絵が描かれており、進めるごとに動物図鑑と思われる要素が濃くなってくる。と思えば、中盤には人間とエルフ族を比べるような絵柄があったり、最後の方には蝶の一生と思われる卵から芋虫、蛹や繭、そして成虫に変化する様子を詳しく記していたりと、何を主題した書物であるのかは、絵を見た限りでは判別出来なかった。
「あら、レイガルは古代語が読めるの?」
「そんなわけないさ、軽く絵を見ていただけだよ。生き物に関する本のようだ。そっちは何かわかったかい?」
「ええ、幾つかね。この頭蓋骨、エルフのモノだわ。ここの窪みが深いでしょこれはエルフ族の特徴なのよ。それにこの盥は純金に間違いないわ」
「エルフ族か・・・そう言えばこの本にも人間とエルフを比べるような図があったな」
「それはどこに?!」
指摘を受けてレイガルはその頁をエスティに見せる。エルフ族の子供の髑髏とエルフのことが描かれた謎の書物。最初はレイガルをからかっていた彼女だったが、重なった要素に何かを感じ取ったようだ。
「本当ね・・・エルフと人間の肉体的特徴を比べている箇所がある。そもそも、何の本かしらこれ・・・メルシア。そっちの調べものは終わった?次はこれを見て欲しいのだけど」
エスティは本を閉じるとメルシアに向き直って進捗具合を尋ねる。パーティーの中で古代語を読めるのは彼女だけだからだ。だが、メルシアは羊皮紙を手にしたままエスティの問い掛けがまるで耳に入っていないかのように、そこに書かれている古代語の文章に括目しているだけだった。
「メルシア・・・ねえ、大丈夫?!」
「あ、はい・・・なんでしょう。すいません、つい集中してしまって・・・」
「そう、なら良いんだけれど。そっちは何かわかった?あとこれがどんな内容なのか、ざっくりでいいから教えてくれる?」
「ええ、この羊皮紙は・・・やはりこの部屋の主人の備忘録でした。実験や研究の成果等を書き留めていたようです。それと、この水晶は中が空洞になっており魔法生物であるホモンクルスの培養槽として使われていたと思われます。一定の温度を保つ魔力が付与されていたので魔法感知に反応したのです。もっとも、中のホモンクルスは流石にもう跡形もなく溶けてしまったようですが。・・・ちなみに、この書物の題は生命の神秘と書かれていますね。少し時間を下さい」
「ええ、構わないわ。お願いね」
一時は心此処にあらずといったメルシアだったが、エスティの問いに丁寧に答えると更に渡された本を読み始める。何事にも生真面目な彼女なので、古代文明時代の貴重な知識に直接触れたことで、研究心が溢れ出たのかもしれない。
その後、メルシアにより書物の詳しい内容が判明する。この本は古代人のネスケラードと言う人物によって書かれており、人間としての物理的限界、特に寿命の延長や老化の阻止を魔法技術でどのように克服するか読者に問い掛けることが主題となっていた。
詳しい内容としては、一時は長寿のエルフ族を模範としようしていたが、やがて考えを改めて昆虫が幼虫から成虫に変る過渡期である繭や蛹が鍵を握るのではないかと記されているらしい。
エルフ族の血を引くエスティに限らず、レイガルにとってもおぞましい内容ではあるが、隠し部屋の秘密を突き止めたことで彼らは城内の探索を再開させる。何しろ、調べるべき部屋はまだ数多く残されていた。
「価値の高いお宝を優先的に持って帰るのは当たり前だが、外のあいつを何とかしないと、どうにもならないな」
夕食の席でレイガルは仲間達に語り掛けた。干し肉をお湯で戻したスープと乾燥させた果物、それに堅焼きパンという味気のない食事ではあったが、疲労した身体には本来以上に美味しく感じられる。
レイガル達は隠し部屋を始めとする城内の中から多くの宝を見付け出していた。その総量は三人ではとてもじゃないが一度に持ち出せないほどだ。それだけに、最初に地上に持ち帰る宝を吟味するわけだが、その前に根本的な問題、城の外にいるワイバーンの脅威を解決しなければならかった。
「せめて遺跡内にも夜がくれば・・・」
もしものことを口にしても仕方がなかったが、レイガルは続いて願望を口にする。地下遺跡にはこの第五層のように果てしない青空を造り出している区画があるが、その空が時間によって変化することはない。常に正午と思われる明るさが維持されていた。これでは闇に乗じて逃げることは不可能だった。
「それは言っても仕方ないわね・・・。それに外のワイバーンについては、あたしもずっと考えていたわ。それで・・・この城に残された資材を使ってあのワイバーンを倒す策を考えてあるのだけど、聞いて貰えるかしら?問題点や改良点があったら指摘してよね!」
エスティは意を決したように自分の作戦を仲間達に語り始めた。
背後に迫る風切り音が鼓膜を震わせる度にその距離が縮んでいるのをレイガルは自覚していた。後ろを振り向きたい願望と恐怖による吐き気を堪えながら、彼はただひたすら脚を前に動かすことだけに集中する。
ワイバーンは極めて強力な怪物だ。これを倒すには、パーティー全員が与えられた役目を完璧に熟さなくてはならない。戦いを有利に運ぶ戦地、城門前まで誘き出すのが彼に与えられた最初の仕事である。
本来ならこの役目は脚が早く身軽なエスティにこそ相応しい仕事と言えたが、彼女にはもっと重要な役目が与えられている。また、もう一人の仲間メルシアにも根源魔術士に相応しい役割がある。三人という少人数パーティーでは消去法からしてレイガルが囮役を引き受けるしかなかった。
「はあ・・・はあ・・・」
昨日と同じく鎧の重さに喘ぎ声を上げるレイガルだが、城門まで辿り着きさえすれば仲間が助けてくれる。今日もそれを信じて走り続けた。
「伏せて!」
城門まで間もなくとなった位置で警告が発せられ、レイガルは伏せると言うよりは前のめりに倒れる。続いて激しい突風が砂埃とともにその背中を過ぎ去る。ワイバーンが真上を飛び去ったのだ。肝を冷やす彼だが、直ぐに横に転がりながら上体を起こした。
立ち上がったレイガルの視界に、土で覆ったタペストリーに隠れていたはずのエスティが、ワイバーンの後ろ脚にロープを見事に絡ませている様子が映る。これこそが投擲能力に優れた彼女に課せられた仕事だ。
ロープも上から土を掛けて隠されていたが、反対側の端は城内に続いており中の柱に結び付けられている。再び飛び上がろうとするワイバーンだが、やがてロープの長さが限界となると、しなった張力により制御を失い城の壁に叩きつけられた。激しい衝突音とともに獣の悲鳴と思われる咆哮が辺りに響き渡る。
周囲にはワイバーンの絶叫が未だ残っていたが、それを打ち消すように炸裂音が新たに響く。メルシアの攻撃魔法〝火球〟の効果だ。エスティと同じく土とタペストリーを被りながら隠れていた彼女は、城で手に入れた杖の先端でワイバーンの翼を指し示し、その被膜を紅蓮の炎で焼き焦がした。
レイガルが誘き出したワイバーンを隠れていたエスティがロープで一時的に自由を奪い、更にメルシアがその翼にダメージを与え完全に飛行能力を奪う。これこそがエスティの考え出した対ワイバーン戦術だった。
「下がれ、メルシア!」
作戦は大成功と言うべき結果になったが、翼を損傷したワイバーンは蜥蜴のように這いずりながら、怒りを持ってこちらに迫ってくる。さすがの〝火球〟でも一撃でワイバーンに致命傷を与えるほどの威力はない。レイガルは本来の役目、仲間を守る壁役として前方に踊り出た。
上から迫る尾の毒針をレイガルは盾で弾いて躱す、まともに受けては質量の差で潰されてしまうはずだが、僅かに曲線を描く丸盾は攻撃を逃がしながらそれに耐える。装備を新調した成果はここでも現れていた。
その間にもメルシアとエスティが短剣と魔法による攻撃を続ける。飛行能力を奪った後でもワイバーンは恐ろしい存在だが、レイガル達は徐々に巨大な敵を弱らせ、追い詰め、最後に彼が長剣で首を落とすことで、かつてない強敵に止めを刺した。
廊下の床や所々に掲げられた幾何学模様のタペストリーには、埃や汚れは一切なく極めて清潔だ。曲がり角から箒を持った女中とばったり出くわしても驚きはしないだろう。
そんな当時の匂いを残しつつ住居者だけが綺麗に消え去った廊下で、エスティは見るからに重厚な扉の前で足を止める。この部屋の探索を開始するのだろう。
これまでも幾つかの扉を見つけてはいたが、彼女は軽く聞き耳を立てたのみで後回しにしていた。順々に部屋を探索する戦法もあるが、今回彼女は自身の盗賊としての勘が囁いた場所から攻略するつもりなのだ。
しばらく中の様子と鍵、更には罠を調べていたエスティだが、どうやら鍵等は掛かっていないらしく、一度背後に視線を送り仲間達に準備を促すとドアノブを回した。万が一に備え身構えるレイガルとメルシアであったが扉は静かに開いた。
「どうやらここはかつての主人の書斎のようですね」
「ええ、そのようね!ざっと見ただけでも凄い収穫だわ!」
一旦、探索の目処を付けたエスティにメルシアが見解を告げ、それに彼女は掌を顔の前でぴったりと組みながら笑顔を見せて答える。
まるで子猫でも見つけた少女のようだが、それは無理もないことだった。部屋の中には貴重な知識の宝庫と思われる古代の書物が壁一面の書架に埋まっていたからだ。それだけでもかなりの金額になるはずだが、これ以外にも、宝石で飾られた魔法の光を放つ光源体、魔力の付与されたローブ、杖等の魔導具を見つけ出していた。
もっとも、ローブと杖は直ぐにメルシアに与えられて戦力向上に充てられた。正式に彼女の物にするには買戻しが必要だが、遺跡内では使える物は使うのが鉄則だ。
「とは言え、本番はこれからね・・・」
そう口にしたエスティの声にはこれまでの浮かれた感情は消えている。彼女は書架の後ろに何かしらの隠された空間があることを突き止めていた。これからそれを開くつもりなのだ。レイガル達冒険者からすれば、既に宝物庫にも等しい書斎ではあるが、書架の後ろにはそれ以上の宝もしくは秘密が隠されているに違いなかった。
「しばらく、隠し部屋を開けるに集中するから回りの警戒を頼むわね!」
エスティは両手の指を慣らしながら盗賊の七つ道具を取り出すと、秘密の隠し扉に立ち向う。
魔法の素養がないと自分でも認めるレイガルだが、エスティ見つけ出した隠し部屋が高度な魔法あるいは錬金術の実験室であったことは理解出来た。
何しろ、狭い部屋の中央に置かれた作業台の上には禍々しい(彼はそう判断した)数々の道具や品物が雑多に置かれていたからだ。小人族もしくは人間の子供と思われる頭蓋骨に、黒く乾いた染みが残る金色の盥、灰色に濁った球形の水晶の玉等、彼に理解出来る物だけでもこれだけの怪しい代物があった。
「レイガル。わかっていると思うけど、まだ触っちゃ駄目よ。まずはメルシアに鑑定してもらってからだからね!」
もう耳に胼胝ができるほど聞かされた警告ではあるが、レイガルは無言で頷く。魔導具の中には触るだけで効果が発動する呪物と呼ばれる代物も存在する。さすがに、見るからに怪しいこれらをメルシアの許可なく触る気にはならなかった。
「魔力関知によると、魔力が込められた品物はその灰色の水晶だけのようです。それと、この部屋の主人が残した備忘録でしょうか・・・羊皮紙の束がありますね。解読してみましょう」
「ええ、それと水晶はあなたに任せるわ。あたしはそれ以外の品物を調べる。・・・この金の盥に付いているのは何か血のようね・・・人間でないと良いのだけれど」
手分けをして作業台の品物を調べる二人の尻目にレイガルは、手持ち無沙汰から作業台に置かれていた本を手に取る。黒革で装丁された表紙には古代語で表題が書かれているが、もちろん彼には古代語の理解など出来るはずもない。内容を確かめるというよりは、絵や図面を眺めるつもりだ。
期待どおり本には多くの図面が描かれていた。初期の頁には様々な生き物の絵が描かれており、進めるごとに動物図鑑と思われる要素が濃くなってくる。と思えば、中盤には人間とエルフ族を比べるような絵柄があったり、最後の方には蝶の一生と思われる卵から芋虫、蛹や繭、そして成虫に変化する様子を詳しく記していたりと、何を主題した書物であるのかは、絵を見た限りでは判別出来なかった。
「あら、レイガルは古代語が読めるの?」
「そんなわけないさ、軽く絵を見ていただけだよ。生き物に関する本のようだ。そっちは何かわかったかい?」
「ええ、幾つかね。この頭蓋骨、エルフのモノだわ。ここの窪みが深いでしょこれはエルフ族の特徴なのよ。それにこの盥は純金に間違いないわ」
「エルフ族か・・・そう言えばこの本にも人間とエルフを比べるような図があったな」
「それはどこに?!」
指摘を受けてレイガルはその頁をエスティに見せる。エルフ族の子供の髑髏とエルフのことが描かれた謎の書物。最初はレイガルをからかっていた彼女だったが、重なった要素に何かを感じ取ったようだ。
「本当ね・・・エルフと人間の肉体的特徴を比べている箇所がある。そもそも、何の本かしらこれ・・・メルシア。そっちの調べものは終わった?次はこれを見て欲しいのだけど」
エスティは本を閉じるとメルシアに向き直って進捗具合を尋ねる。パーティーの中で古代語を読めるのは彼女だけだからだ。だが、メルシアは羊皮紙を手にしたままエスティの問い掛けがまるで耳に入っていないかのように、そこに書かれている古代語の文章に括目しているだけだった。
「メルシア・・・ねえ、大丈夫?!」
「あ、はい・・・なんでしょう。すいません、つい集中してしまって・・・」
「そう、なら良いんだけれど。そっちは何かわかった?あとこれがどんな内容なのか、ざっくりでいいから教えてくれる?」
「ええ、この羊皮紙は・・・やはりこの部屋の主人の備忘録でした。実験や研究の成果等を書き留めていたようです。それと、この水晶は中が空洞になっており魔法生物であるホモンクルスの培養槽として使われていたと思われます。一定の温度を保つ魔力が付与されていたので魔法感知に反応したのです。もっとも、中のホモンクルスは流石にもう跡形もなく溶けてしまったようですが。・・・ちなみに、この書物の題は生命の神秘と書かれていますね。少し時間を下さい」
「ええ、構わないわ。お願いね」
一時は心此処にあらずといったメルシアだったが、エスティの問いに丁寧に答えると更に渡された本を読み始める。何事にも生真面目な彼女なので、古代文明時代の貴重な知識に直接触れたことで、研究心が溢れ出たのかもしれない。
その後、メルシアにより書物の詳しい内容が判明する。この本は古代人のネスケラードと言う人物によって書かれており、人間としての物理的限界、特に寿命の延長や老化の阻止を魔法技術でどのように克服するか読者に問い掛けることが主題となっていた。
詳しい内容としては、一時は長寿のエルフ族を模範としようしていたが、やがて考えを改めて昆虫が幼虫から成虫に変る過渡期である繭や蛹が鍵を握るのではないかと記されているらしい。
エルフ族の血を引くエスティに限らず、レイガルにとってもおぞましい内容ではあるが、隠し部屋の秘密を突き止めたことで彼らは城内の探索を再開させる。何しろ、調べるべき部屋はまだ数多く残されていた。
「価値の高いお宝を優先的に持って帰るのは当たり前だが、外のあいつを何とかしないと、どうにもならないな」
夕食の席でレイガルは仲間達に語り掛けた。干し肉をお湯で戻したスープと乾燥させた果物、それに堅焼きパンという味気のない食事ではあったが、疲労した身体には本来以上に美味しく感じられる。
レイガル達は隠し部屋を始めとする城内の中から多くの宝を見付け出していた。その総量は三人ではとてもじゃないが一度に持ち出せないほどだ。それだけに、最初に地上に持ち帰る宝を吟味するわけだが、その前に根本的な問題、城の外にいるワイバーンの脅威を解決しなければならかった。
「せめて遺跡内にも夜がくれば・・・」
もしものことを口にしても仕方がなかったが、レイガルは続いて願望を口にする。地下遺跡にはこの第五層のように果てしない青空を造り出している区画があるが、その空が時間によって変化することはない。常に正午と思われる明るさが維持されていた。これでは闇に乗じて逃げることは不可能だった。
「それは言っても仕方ないわね・・・。それに外のワイバーンについては、あたしもずっと考えていたわ。それで・・・この城に残された資材を使ってあのワイバーンを倒す策を考えてあるのだけど、聞いて貰えるかしら?問題点や改良点があったら指摘してよね!」
エスティは意を決したように自分の作戦を仲間達に語り始めた。
背後に迫る風切り音が鼓膜を震わせる度にその距離が縮んでいるのをレイガルは自覚していた。後ろを振り向きたい願望と恐怖による吐き気を堪えながら、彼はただひたすら脚を前に動かすことだけに集中する。
ワイバーンは極めて強力な怪物だ。これを倒すには、パーティー全員が与えられた役目を完璧に熟さなくてはならない。戦いを有利に運ぶ戦地、城門前まで誘き出すのが彼に与えられた最初の仕事である。
本来ならこの役目は脚が早く身軽なエスティにこそ相応しい仕事と言えたが、彼女にはもっと重要な役目が与えられている。また、もう一人の仲間メルシアにも根源魔術士に相応しい役割がある。三人という少人数パーティーでは消去法からしてレイガルが囮役を引き受けるしかなかった。
「はあ・・・はあ・・・」
昨日と同じく鎧の重さに喘ぎ声を上げるレイガルだが、城門まで辿り着きさえすれば仲間が助けてくれる。今日もそれを信じて走り続けた。
「伏せて!」
城門まで間もなくとなった位置で警告が発せられ、レイガルは伏せると言うよりは前のめりに倒れる。続いて激しい突風が砂埃とともにその背中を過ぎ去る。ワイバーンが真上を飛び去ったのだ。肝を冷やす彼だが、直ぐに横に転がりながら上体を起こした。
立ち上がったレイガルの視界に、土で覆ったタペストリーに隠れていたはずのエスティが、ワイバーンの後ろ脚にロープを見事に絡ませている様子が映る。これこそが投擲能力に優れた彼女に課せられた仕事だ。
ロープも上から土を掛けて隠されていたが、反対側の端は城内に続いており中の柱に結び付けられている。再び飛び上がろうとするワイバーンだが、やがてロープの長さが限界となると、しなった張力により制御を失い城の壁に叩きつけられた。激しい衝突音とともに獣の悲鳴と思われる咆哮が辺りに響き渡る。
周囲にはワイバーンの絶叫が未だ残っていたが、それを打ち消すように炸裂音が新たに響く。メルシアの攻撃魔法〝火球〟の効果だ。エスティと同じく土とタペストリーを被りながら隠れていた彼女は、城で手に入れた杖の先端でワイバーンの翼を指し示し、その被膜を紅蓮の炎で焼き焦がした。
レイガルが誘き出したワイバーンを隠れていたエスティがロープで一時的に自由を奪い、更にメルシアがその翼にダメージを与え完全に飛行能力を奪う。これこそがエスティの考え出した対ワイバーン戦術だった。
「下がれ、メルシア!」
作戦は大成功と言うべき結果になったが、翼を損傷したワイバーンは蜥蜴のように這いずりながら、怒りを持ってこちらに迫ってくる。さすがの〝火球〟でも一撃でワイバーンに致命傷を与えるほどの威力はない。レイガルは本来の役目、仲間を守る壁役として前方に踊り出た。
上から迫る尾の毒針をレイガルは盾で弾いて躱す、まともに受けては質量の差で潰されてしまうはずだが、僅かに曲線を描く丸盾は攻撃を逃がしながらそれに耐える。装備を新調した成果はここでも現れていた。
その間にもメルシアとエスティが短剣と魔法による攻撃を続ける。飛行能力を奪った後でもワイバーンは恐ろしい存在だが、レイガル達は徐々に巨大な敵を弱らせ、追い詰め、最後に彼が長剣で首を落とすことで、かつてない強敵に止めを刺した。
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