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第十話

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「やっぱり嬉しいのかしら?」
ギルド二階の応接室で改めて自分の登録証を取り出したレイガルは、隣に座るエスティに問い掛けられる。
「まあ、それなりには。出来ればエスティに早く追い付きたいけどな」
「ふふふ、それはちょっと気が早いわね。第四段階に評価されている冒険者は全体の一割もいない。あたしだって、やっとその壁を越えたくらいなのだから。レイガルに簡単に追い付かれたら堪らないわ!ねえ、メルシア、あなたもそう思うでしょ?」
 レイガルの言葉に苦笑を浮かべながらエスティは前に座っているメルシアを会話に誘う。
「・・・簡単にエスティへ追い付けるとは思えませんが、レイガルは戦闘で危険な役目を率先して請け負っています。私の冒険者として評価が彼より上なのは、記憶のこともありますが、不自然さを感じています」
「もう、メルシアは本当に真面目ね。そこが可愛いところでもあるのだけど・・・。男は甘やかしちゃ駄目なの。褒めると直ぐ調子になるからね!」
「なるほど、そうような駆け引きが必要なのですね。覚えておきます」
「ええ、いつか役に立つ日が来るはずよ!」
 メルシアの素直な反応にエスティは満足気な顔を示す。性格的には方向性が異なる彼女達だが、エスティが姉のような立場で接し、メルシアがそれを自然に受け入れることで二人は良好な関係を築いていた。
「俺は褒められるとやる気が出る・・・いやなんでもない」
 意気投合する二人に対抗するようにレイガルは呟くが、エスティの冷たい視線を浴びて口を濁す。今はメルシアに男の対処方を教えているのだから、余計な口を出すなとのことだろう。
仕方なく彼は再び手にした登録証に目を向ける。そこには星を象ったと思われる焼印が自分の名前の後ろに一つ記されていた。これはレイガルが第二段階の冒険者としてギルドに認められた証だった。

 前回の冒険で多くの魔道具を回収し、更に〝山羊小屋〟側の敵対的冒険者を連行したレイガル達はその功績を認められ、それぞれギルドの評価を一段階上げていた。これによりエスティは第四段階に昇格し、名実ともにトップレベルの冒険者となる。
本来はこの上に最高位の第五段階が存在するのだが、現在その評価を得ている者は〝古井戸〟には存在しないので、この第四段階が現時点での最高位と言えた。
そしてレイガルとメルシアも階級を上げて、第二段階と第三段階に至っている。特にレイガルはやっと駆け出し冒険者から一皮むけたというわけだ。
 更には、パーティーの代表であるエスティが第四段階に到達したことで、彼女にはこれからの活動を奨励するためとして特別報奨金が〝古井戸〟の最高責任者である領主の長男から与えられることになった。今、彼らが応接室で待機しているのもそれを待つためである。
報奨金自体も有難いが、次代の支配者になるかもしれない領主の長男と顔合わせ出来るのは大きな成果と言えるだろう。彼が領主となった場合にはこれを縁に家臣として取り立てられる可能性もある。
レイガルとしては権力者に媚びるつもりはなかったが、あちら側から会って褒美をくれると言うのであれば断る理由はなかった。

 しばらくするとレイガル達は呼び出しを受けて部屋を移動する。本来なら人に会うだけなので、武装の必要はないのだが、彼らはほぼ完全武装の状態でいる。今身に付けていないのは、防寒用のマントと背負い袋ぐらいだろう。
貴人に会うには相応しくない格好のように思えるが、これはギルド側からの要望なのでレイガル達に常識がないわけはない。もっとも、この姿がある意味、彼ら冒険者の正装と言えた。
「こちらへ」
 中年女性の指示に従い、リーダーのエスティ、メルシア、レイガルの順に部屋の中に入る。女性の洗練された態度と落ち着いた色合いながらも仕立ての良い服装から、彼女はギルドの職員ではなく貴族の側近と思われた。
 部屋の奥には、左右の衛兵に守られながら領主の長男と思われる一人の少年が豪華な椅子に座っている。年の頃は十二、三歳くらいだろうか、顔付きは利発さを感じさせながらも、綺麗に整っておりなかなかの美少年だ。
それまでは大人しく座って待っていたようだが、レイガル達の入室を知ると喜色を隠しきれないように顔を綻ばせた。
「コリン様、彼らが今回素晴らしい功績をこのギルドに齎した、冒険者達でございます」
 入室を促した女性が戻って椅子の左隣に立つと、領主の長男コリン・エクザートにレイガル達の紹介を始める。会見では主催者側の指示に従うようにと言われているので、レイガルはその様子を眺めながら出方を待つ。
「皆、若いですね。それに凛々しい!」
「・・・ええ、前途が期待される方々です。では、皆さんコリン様にご挨拶を」
 コリンのやや熱を帯びた態度とは対象的に、女性はエスティに視線を送ると挨拶を促した。
「お会いできて光栄です。コリン様、リーダーを務めるエ・ストネールです」
 やや簡潔ながらも、エスティは完璧な仕草と微笑みでお辞儀と挨拶を終える。怒らせた時の彼女を知るレイガルとしては同じ人物とは思えなかったが、やはりエスティはどんなことにでも対応できるだけの能力があるようだ。
「メルシアと申します。多少ですが、根源魔術を嗜んでおります。コリン様、今回はお招き頂いて感謝致します」
「レイガルです。コリン様にお会いできて光栄です」
 メルシアに続いてレイガルもお辞儀とともに挨拶を告げる。貴人に自己紹介するなど彼には初めての経験ではあったが、前の二人を真似ることでなんとかその場を乗り切った。
「では、エ・ストネール殿。コリン様から金子が与えられます。前へ」
 挨拶を終えると先程の女性が会見を進め、言われたとおりエスティが前に出る。やがて別の側女がエグザート家の紋章が入った皮袋をお盆に乗せて現れると、コリンを経由して手渡される。
「心ばかりの気持ちです。これからも頑張って下さい!」
「お気持ち感謝致します」
 少年らしい屈託のない台詞にエスティも笑みを浮かべて皮袋を受け取った。
「あ、あの・・・レイガル殿は魔物と戦ったことがあるそうですね?!」
 これで会見が終わりと思っていたところで、レイガルは唐突にコリンから話し掛けられる。なんとなく彼が自分を見つめていたように感じていたが、どうやら勘違いではなかったようだ。『リーダーのエスティではなく、なぜ自分が?』という疑問が沸くが、男同士ということで声を掛け易かったのだろう。
「ええ、もちろん。これまで何種類かの魔物と戦かったことがあります」
「おお!もしかすると、その顔の傷も魔物に付けられたのですか?」
「ああ、これは・・・そうです。ミノタウルスと呼ばれる牛頭の怪物と戦い、私の顔めがけて繰り出された角を僅差で交わした時に負った傷です。あと一瞬遅れていたら、今この場に私はいなかったでしょう!」
 コリンが求めている〝モノ〟を理解したレイガルは話を合わせる。彼は魔物との戦い等の、血沸き肉躍るような冒険譚を聞きたがっているのだ。
顔の傷はこの街に来る前に騎兵の槍によって負った傷だが、正直に話すより魔物や怪物との戦いで生じたとした方が盛り上がると思われた。それにミノタウルスとは実際に戦って倒しているので、全てが嘘というわけではなかった。
「おお、ミノタウルスから! で、ではレイガル殿はミノタウルスを倒したのですね?!」
どうやらコリンはレイガルを歴戦の冒険者と思いこんでいるようだ。
「はい、倒しました。と言っても私一人だけで倒したのではなく、そこのエスティとメルシアと協力して倒したわけですが」
「そちらの女性方と・・・その戦いの様子を詳しく聞かせてくれませんか?」
「コリン様、次の公務が控えておりますので、それはまたの機会に・・・」
「そうか・・・そうであった。わかった・・・では、エスティ殿、メルシア殿、それにレイガル殿、これからも遺跡の探索に励み街に繁栄を齎せて欲しい!」
 メルシアとの出会いも含んだミノタウルスとの遭遇戦を一から説明するのは面倒だとレイガルが思っていると、側近の女性が興奮気味のコリンを嗜めて会話を遮る。
それにより会見は収束に向かい、レイガル達は最後に褒美と会見の感謝を伝え退室する。中途半端なところで打ち切られてはいたが、ギルドマスターであるコリンには良い印象を持たれたようだった。
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