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第五話

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 街から最も近い部分であることから第一層のほとんどは、冒険者達に探索し尽くされていた。その結果として、その範囲は直径一里(約四㎞)ほどであることが知られ、第二層に至る出入口が複数存在することも判明している。レイガル達が向かっているのもその中の一つだ。
 現在では第二層に繋がる通り道でしかない第一層だが、二層以下の深部から怪物が這い出して来る可能性も否定出来ない。エスティが慎重に行動するのも怪物の襲撃を予期してのことだが、警戒を怠ることの出来ない理由はもう一つあった。
 必然的に、探索を終えた冒険者達は所属するギルドに関わらず、必ずこの第一層に戻って来ることになる。その中の冒険者全てがそうであるとは限らないが、中には莫大な価値のある宝を回収して来たパーティーもあるだろう。
 制度上、回収した宝はギルドの監視所で申告するまでは、所有権が定まっていない。申告して初めて成果として認められるからだ。
 それを悪用し、この第一層で成功したパーティーを待ち伏せし、宝物を盗んだり脅して奪おうとしたりする山賊のような冒険者が存在していた。これは完全な違法行為だが、目撃者がいなければどちらの言い分が正しいかは判断するのは難しい。
 特にギルドが二つに分かれて最深部到達を競うようになってからは、このような辻強盗とも言える被害が増えていた。遺跡内では同業の冒険者でさえも安易に信用してはならないのだった。

 それらを踏まえて、慎重に森の下生えの中を歩んでいたレイガル達だが、先行するエスティが手の甲をこちらに向けながら立ち止まると、それに倣って彼もその場に固まったように動きを止める。このサインは『指示があるまではその場で動くな!』の意味があった。
「そこの茂みに身を顰めて! 息も浅くして!」
 完璧な忍び足でレイガルの元に戻って来たエスティは小声で新たな指示を出すと、自分は木陰の間から僅かに顔を覗かせて観察を続ける。
 やがてエスティの警告が正しいことが証明され、彼らの前方を四人の人影が前を横切って行く。早い発見で落ち着いた対応が取れたためだろう。彼らはレイガル達の存在には気付いていないようだ。
 その四人の内、二人がレイガルのような重装の戦士で先頭と殿を務め、残りの革鎧を纏った子供と杖を持った痩せた男を間に挟むようにして護衛している。仲間同士の関係は良好らしく、彼らは今晩食べる料理のことを語らい合いながら遠ざかって行った。
「今のは、アントンのパーティーだわ。山羊の方に所属している冒険者達・・・変な噂のない奴等だから、話し掛けても良かったんだけど・・・まあ、レイガルがあたしの言う事をしっかり聞けるか確かめられたわね。さっきの中に小さい奴がいたでしょ?あいつはアントンの仲間でケッタという小人族の盗賊なの。忍びの技に掛けては中々の腕前で、あいつに気配を嗅ぎつけられなかったのは上出来と言えるわ。そんなわけで、これから先も今みたいにあたしの指示に従ってね。そうすればお互い生きて帰れる可能性が高くなるから!」
「・・・褒められて悪い気はしないが、上手く隠れられたのはエスティのおかげだよ。良くあんなに早く気付けたな!」
 合格を言い渡されたレイガルだが、むしろエスティの能力に彼が驚きの声を上げる。あちらは四人なので戦力的に余裕があり、多少は油断していたと思えるが、探知能力ではケッタと言う小人族よりもエスティに軍配が上がったということだ。
「まあ、あたしの耳は並の人間よりも長いからね!」
「なるほど、さすが・・・いや、頼もしい・・・」
 さすがエルフ族の血を引いていると言い掛けて、レイガルは当たり障りのない言葉に変える。ハーフエルフは人間でもエルフ族でもない中途半端な立場によって、辛い生い立ちを過ごしている場合がある。その血筋については、例え本人が口にしたとしても、他人が軽々しく指摘すべきではないと途中で気付いたのだ。
「ふふ、変な気を使わなくていいのよ。あたしがハーフエルフなのは事実だからね。そんなことで怒ったりしないわ!でも、とりあえずお喋りはこれで終わり。改めて出発よ!」
 エスティの怒りの沸点を見極めるは難しいと思いながら、レイガルは再び先行する彼女の後に続く。だが、そんな猫の目のように気紛れなエスティに彼は本気で惹かれはじめていた。

「ここを知っているのはおそらく私だけ。第一層でもあれだけ警戒していたのは後を尾行されないためでもあったの」
 エスティは暖炉の奥にある隠し扉を開けると、レイガルに自信に満ちた笑みを浮かべる。先程の冒険者達をやり過ごした二人はそのまま森の中を進み、時折姿を現す山荘風の屋敷の一つに入っていった。
 もちろん、その際にはエスティによって周囲と屋敷内の索敵が充分に行なわれたのは言うまでもない。
 屋敷の中は床石まで剥がされるほど荒らされていたが、それが却ってこの入口を隠匿させていただろう。初期の探索で発見されなかったこの隠し扉は、長い間盲点として放置されていたに違いない。そんな場所を見つけたエスティの盗賊としての腕前と執念には改めて感心するしかなかった。
「じゃ、付いてきて!」
「あ、ああ!」
 早速とばかりに四つん這いになって暖炉を潜るエスティの後を、レイガルも同じように続く。既に釘を刺されていたが、彼は思わず顔を上げて先を進むエスティの後ろ姿を覗きこんでしまう。
 もっとも、彼女の背面は防寒用のマントよって覆い隠されており、絶妙な曲線を描く芸術作品のような臀部を眺めることは出来ない。
「少し待って、ここからしばらくの間はランタンを使うから」
 隠し扉を潜り抜けた先は完全な暗所だったが、火打石を打つ音が聞こえると直ぐに赤味を帯びた光が周囲を照らし出す。エスティ本人はエルフ族の血を引いているため夜目が効くので、完全にレイガルのために用意された光源だった。
「ありがとう」
「いいのよ、灯りがなくちゃレイガルは戦えないからね、仕方ないわ。ここからは、お互いの距離を詰めて行きましょう。こっちよ!」
 何から何まで手際の良いエスティに連れられて、レイガルは隠し部屋の奥に向かう。そこには途切れのない石材で加工された下に繋がる螺旋階段が設けられており、二人はゆっくりと下を目指す。
 暗闇の中、息づかいが聞こえるほどの距離に美女が存在する事実に、レイガルは男として衝動を催す。これは先程のちょっとした出来心とは比べものにならないほど醜悪な感情だ。だが、彼はありったけの理性を動員してそれを抑えつける。一時の欲望に身を任せてしまっては、せっかくの仲間を失うだけでなく、これまでのエスティからの信頼を裏切ることでもある。そんなことは愚か者のすることだった。
「・・・レイガル、あんたはスケベではあるけど、自制は出来るみたいね。やっぱり私の見込んだ男だったわ!」
 レイガルが思い詰めていたのは一瞬のことだったが、その表情から察したかのようにエスティは評価を告げる。良く見ればマントの下、彼女の右手は腰の小剣に置かれていた。
「な、なんでわかった?・・・いや、まだ・・・わからんぞ。・・・エスティみたいな美女と近くにいて変な気にならない男なんて・・・いないはずだからな」
 胸の内を見破られたレイガルは慌てるが、なんとか軽口で応酬する。
「ふふ、何よそれ!褒めているのか、前もった言い訳なのか、はっきりしないわね!」
「・・・九割褒めて、残りが言い訳・・・いや全部が褒め言葉だよ。リーダー!」
「そう、なら問題ないわ。・・・これからは、あたしの背中は任せるからね。頼んだわよ!」
「り、了解だ!」
 エスティは右手で気合を入れるようにレイガルの背中を叩くと、そのまま腕を自然体に側面に垂らす。それを見たレイガルは湧き上がる喜びを抑えて答えた。
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