3 / 11
第2話 教練
しおりを挟む
失われた僕自身の記憶。
「かつての僕」とはどういう人間だったのか。どこで生まれ、誰と暮らし、どう育ってきたのか。何を得意とし、何が苦手だったのか。好きな食べ物、嫌いな食べ物は何だったのか。
幸いなことに知識は残っていた。地名だとか、偉人の名前だとか、警察や病院といった名称。食べ物の名前だって、色々と出てくる。ハンバーグとか寿司とか、スパゲッティとか……。
だが、そういった「知っているもの、こと」を整理する度、自分の頭の中にある不自然な空白が際立って感じられた。記憶ではなく記録だけを持っているような感覚。脳にある事典を開いてそれを読むことはできるが、それら単語に自分を絡めたイメージができない。学校に通う「僕」も、どこかで働く「僕」も、ハンバーグや寿司を食べる「僕」も、家族と一緒に暮らす「僕」も……。
もしかしたら「僕」という人間は、あの日、あの時、あの廃墟の出口で、首を折られて死んだのかもしれない。……いや、よく考えてみれば記憶が無いことに気づいたのは死ぬ直前だ。それは、覚えている。そう考えると、あの廃墟での記憶は、「今の僕」にとっての最古の記憶ということになるのか。
「明星」に身を置いて、早くも3日が経った。
「今の僕」の始まり、あの廃墟での出来事は、明日になればもう一週間も前のことになる。さらに日が経てば、一か月、二か月……一年と、もっともっと前のことになる。
それは、「かつての僕」から離れてしまうことのようで、大きな不安が感じられた。
だが、過去に囚われすぎるのも良くないだろう。
今も「僕」は生きていて、食べ物と睡眠と休息を必要とする身だ。
それに、仮の名前と住処を提供してもらっている以上、彼ら……「明星」のために働かなくてはならない。
明日は頑張るとしよう。
……「かつての僕」が得意としていたことは未だ分からないが、「今の僕」が得意とすることは見つけられた。
案外、魔術は苦手ではないらしい。
……以上。
2049.5.6.FRI. PM9:00。今日の日記、終わり。
▽
魔導組織、『明星』。
その目的は、「現世の世界と魔術の世界の狭間を取り持つこと」。
具体的な活動は、『異界』から現世へと飛び出した魔物を狩ることの他、現世の人間に対して危害を加えようとする魔術師の拘束。霊的な力を持つ道具の回収。開かれた『異界』の封印。その他、「依頼」として入ってきた業務等……多岐に渡る。
この三日間、僕はその仕事に同行できるだけの力を付けるため、ひたすらに魔術の知識を頭に詰め込み、魔術の修練を行っていた。
当然、困惑はあった。
記憶が無いとはいえ、魔術なんてものが本当に存在するとは思っていなかったし、自分がそんな術を扱えるとは到底思っていなかったからだ。
それに、最初の方は自分の記憶を取り戻すこと。そして、自分を知る者がいないかを探しに行きたいという思いが強く、まるで何も手がつかなかった。
だが、僕が目覚めるまでの間に、できる限りの調査はしたと、『明星』が集めた 、警察関連と思われる書類や行方不明者リストに目を通し……僕の写真が資料の中に一枚も無かったことを確認して、思った以上に先行きが長いことを知った。
……正直言って期待していた。誰かが、急にいなくなった「僕」のことを探してくれていたんじゃないかと、勝手に希望を抱いていた。だから、つい涙を流してしまった。けれども、もう気持ちの整理はついた。
今はひとまず、「やれること」と「やるべきこと」に集中する。そう決めた。
それからは早かった。
服も患者服めいたそれから、寝ていた三日間に用意してくれた白のYシャツと黒のズボンに着替え、『明星』の人達による「魔術師育成」のための教練を受けることとなった。
魔術の基礎知識に関しては、白衣の少女……「シノ」さんに習った。
彼女は見た目こそ子供ではあるが、その知識量と教え方に関しては、纏う白衣に見合うほどに達者だった。こちらの質問にも丁寧に、時間をかけて答えてくれたのも助かった。
特に、『属性』については かなり身を入れて勉強したし、彼女も最重要項目として熱を入れて教鞭を振るった。場所が教室のような場所だったこともあって、「教室で勉強をする『僕』」のイメージは掴むことができた。しかし、何も思い出さなかったということは、学生ではなかったのかもしれない。
兎も角、僕にとっては有意義な時間だったし、授業だと思った。
ただ、
「早く宿代と飯代と調査代を稼いでもらわなきゃならんからな。さらにここに勉強代も追加だ。さぁ、学べ、育て。お前はもう私達のモノだ」
と、くつくつ笑いながら呟くのは、シンプルに おっかなかった。
魔術の基礎鍛錬に関しては、三色メッシュの青年……「テス」さんが担当してくれた。
彼は僕が死んだ時、復活する僕を目にして、『明星』へと回収してくれた人だった。最初に会った時、その表情が暗かったのは、何故かと聞いてみると、
「もっと早く着いていれば、君を助けられたかもしれなかったから」
と言われ、派手な身なりによらず結構繊細な人だと感じた。
ただ、彼の教え方は基本的に体を動かしての実践がメインで、「習うよりも慣れろ」といったスタンスだった。場所は、射撃訓練場を思わせる薄暗い部屋の中。MRIのような機械といい、『明星』はどれほどの資金力があるのか、底が知れない。
「魔術師にとって、戦闘能力は重要だ。元々そういう仕事だからね。だから、俺から君に教えるのも、自分の身を守る以上に他者を傷つけられる技術ということになる。……やれそう?」
そう低い声で前置きをする彼に、僕は頷いて、
「よし……。じゃあ、まずは魔力を認識するとこからやろう」
と、基礎の基礎から長い時間をかけ、一対一で僕の修練に付き合ってくれた。
最終的に、魔力を光の弾として放つ基礎魔術や、魔力を用いた防御の仕方等を教わることができた。ただ、体術や近接戦を想定しての体の動きに関しても教わると思っていたがそういったことが無かったため、
「魔術師ってやっぱこう……遠距離での戦闘がメインになるんですかね?」
と聞くと、
「……………いや。近接については、別のやつが教える」
「はぁ。……でも、残ってるのは、あと……」
「……まぁ、君は何というか、イレギュラー枠だからね。即戦力に仕上げるなら、一回強く揉んでもいいって判断なんだろうが、トップも酷なことをする……。……君、死ぬなよ」
と、答え──。
▽
「いいね! やっぱり君は私と同じタイプだと思った!」
▽
──銀髪の、未目麗しい彼女……「ハト」さんによる「実戦講義」にて、僕はテスさんの言葉の意味を知った。
場所はマットが広く敷かれた運動場のような部屋。まだこんなにも広い部屋があったとは……。僕はその中で、いつも通りの白ブラウスと黒のロングスカートに身を包んだ彼女と対面した。彼女は威風堂々とした仁王立ちで、その顔にキラキラとした笑顔を浮かべ、
「魔力の使い方とか、そういう基礎は学べた?」
と僕に聞いてきた。
「はい。あとは、体術とか近接訓練とかを……えと、ハトさんが教えてくれるんですか?」
思わずそう聞いてしまう。
細い腰、しなやかな腕。身長こそ僕よりも上ではあるが、その華奢な体は乱暴に触れてしまえば折れてしまいそうで、その彼女が訓練を行うイメージは湧かなかった。
すると、彼女は僕の思考を察したのか、不満そうに頬を膨らませて、
「あれ? 疑ってる? ちょっと失礼じゃない?」
「あ、いや、その……」
「まぁいいよ! そんなの、すぐに分かることだしさ!」
そう言って、彼女は両手を床に、左膝を立て、クラウチングスタートの姿勢を取る。
「優しくしてあげるけど、痛かったらごめんね?」
僕はその言葉を聞
▽
「いいよ、そう、そこで蹴り!」
▽
「攻撃はできるだけ避けて、当たりそうなものだけ防御してね! いくよ!」
▽
「大丈夫!? 血吐いてるけど、内臓とか潰れてない……?」
▽
「立ち上がれるの偉い! 歩けてて偉い! 攻撃を、私に当てられて、偉い!」
▽
「楽しくなってきた!」
▽
「そう、『属性』の表出! うまいよ!」
▽
「使えるもの全部使って! 隙見つけたら魔力で攻撃していいよ!」
▽
「よし、じゃあ最後に! 私も『属性』使っちゃおう! 大丈夫、死なないよう気を付けるから!」
▽
……僕は、何か勘違いをしていたのかもしれない。
そりゃそうだ。勘違いだ。僕はとんだバカだった。
あんな、僕の、人の首を容易く潰せるような魔物を倒せる存在が、魔物より弱いはずがない。当然だ。しかも、それを生業としているのなら尚更だ。
それでも、奇策とか、僕が習ったような魔力を発射しての遠距離狙撃とか……イメージで言うと、熊撃ち、みたいな。そういった、猟銃が魔術に、獲物が獣から魔物に変わっただけ、みたいな。そういう倒し方をしてるって、無意識に、そう思っちゃってたのかな。
ハッキリ言おう。
魔術師は、化け物だ。
彼女に限らず、きっと、彼らも皆そうなんだろう。
そして──首が取れようと、内臓が破裂しようと、全身をバラバラに引き裂かれようと、元通りになる僕も、魔術師だ。
……──と、色々考えてみたが、結局この実戦が一番僕のためになった。
魔術師の闘争、人外の狩りとはどういったことなのか。魔力をどう使えばいいのか。
人の殴り方と蹴り方。殴られた時、蹴られた時どのように避ければ、防御すればよいのか。
知識だけだった『属性』の使い方。自分の傷がどのようにして治るのか。
……「今の僕」とはどういう存在なのか。
実に多くのことを学べた。
特に、一番の収穫だと思ったのは。
「よく頑張ったね! 君は凄いよ!」
彼女のはつらつとした励ましと、太陽のような笑顔を、間近で拝めたこと。
そう心中で思い、彼女への慕情が「本物」であることを知り、苦笑した。
▽
「ハハハハハ! お前頭がおかしいんじゃないのか!?」
三日間、彼らの教練を終えて、そのレポート……というよりかは感想文に近い……を提出し、シノさんに読んでもらったところ、彼女は嬉しそうな顔をして言った。
「アイツと、ハトと本気でやり合って、それで無事? 五体満足? ハハハッ! んで、その感想が『ためになった』って……いや、確かに私は学べ、育てとは言ったが、ここまでかぁ~ッ! アハハハハハッ!」
ヒィーッ、と彼女はオレンジの髪を振り乱し、足をバタつかせて大爆笑する。どうやらツボに入ったようで、時折激しく咳き込んでは息を整えようとし、また笑いをこらえ切れずに咳き込む。それを繰り返していた。正直、この三日間で見た彼女の姿で、一番「子供っぽい」仕草だなと感じられた。
「あぁ~っ、トップも酷いことをするとは思ったが、順応してしまうお前もお前だ。お前の天職は間違いなく魔術師だよ! ハハハハハッ」
「いや~そうですかねぇ?……そう言えば、テスさんも言ってましたけど、トップって……」
「うん? ……あ~私のことだと思ってたのか?」
「まぁ、ご自分で『偉いひと』って言ってましたんで」
そう言うと、ようやく落ち着いたのか、シノさんは何度か深呼吸をした。
「まぁね、そりゃ間違っちゃいない。でもトップじゃないよ。私は三番目だ。今いる面々……お前やハトやらの中では、私が一番『偉いひと』になるのかね」
三番目。それを聞いて、新たな疑問が浮かんできた。
「『明星』のメンバーってどれくらいいるんです?」
「あ~……ちょっと待ってろよ……」
シノさんはぶつぶつと呟きながら指折りで数えていき、
「お前を含めて7人だ。お前がまだ会ってないのは、トップとナンバーツー、あとお前が入る一か月前に来たばかりの新入りだな。……以外に少ないって思ったか?」
また僕の考えを見抜いたように言う。僕は頷く。
「まぁ、人数が少ないのは不安に思うかもしれんが、安心しろ。世界の危機レベルの修羅場には駆り出されんさ。なんせ一番強いトップが中の上くらいだからな。……さて、『クレイン』」
「!」
思わず背筋が伸びる。名前で呼ばれたのは、この三日間で初めてのことだ。
ハトさんとの実戦の時とは質感の違う緊張が背に走るのを感じた。
「もう少し修練を積ませようかと思ったが、お前は想像以上のスペックの持ち主らしい。それに、この三日間で少し仕事が溜まってしまっている。そこで、お前と誰かもう一人……二人で組んで仕事をこなしてもらおうと思う」
それは、初めての任務。
『明星』の一員としての、第一歩。
「しばらく忙しくなるし、色々な場所を飛び回ることになるだろう。……色々なものを見て、色んなことをやってみろ。案外、すんなりと記憶が戻るかもしれんな?」
▽
──紫煙が漂う寂れたバーの中で、二人の男が話していた。
「仕事だ。……『明星』を知っているか」
黒いスーツに身を包み、色付きメガネをかけた男が問う。
「ああ、ヤツらに目論見を潰された犬どもが、よく吠えてるのを耳にする。……それで?」
グラスに注がれた琥珀色の酒を飲み干しながら、皮膚が乾ききったミイラ然とした男が答える。
「お前には『明星』のヤツを一人消してもらう」
「……なるほど。犬呼ばわりして悪かったよ」
包帯の男は続けて、
「細かい指定はあるか? 若いのがいいとか、女がいいとか」
「ない。見つけ次第殺せ。証明として指を切り落としてここに持ってこい。期日は1週間後の14日まで。報酬は……『結晶』はここの店主に預けておく。終わったら店主に指を渡して報酬を受け取れ」
「オー、ケィ~……承った」
包帯の男はテーブルに金を置くと、椅子に掛けていた黒のコートと、煤けたシルク・ハットを手に取る。
「ああ、最後に……」
店に出る直前、コートを羽織り、帽子を被ったミイラ顔の男は問う。
「全部燃やしちまったら、炭になった指を持ってきゃいいか?」
「そうなったら、報酬は無しだ。……行け」
包帯の男は口角を吊り上げ、店を出た。
「かつての僕」とはどういう人間だったのか。どこで生まれ、誰と暮らし、どう育ってきたのか。何を得意とし、何が苦手だったのか。好きな食べ物、嫌いな食べ物は何だったのか。
幸いなことに知識は残っていた。地名だとか、偉人の名前だとか、警察や病院といった名称。食べ物の名前だって、色々と出てくる。ハンバーグとか寿司とか、スパゲッティとか……。
だが、そういった「知っているもの、こと」を整理する度、自分の頭の中にある不自然な空白が際立って感じられた。記憶ではなく記録だけを持っているような感覚。脳にある事典を開いてそれを読むことはできるが、それら単語に自分を絡めたイメージができない。学校に通う「僕」も、どこかで働く「僕」も、ハンバーグや寿司を食べる「僕」も、家族と一緒に暮らす「僕」も……。
もしかしたら「僕」という人間は、あの日、あの時、あの廃墟の出口で、首を折られて死んだのかもしれない。……いや、よく考えてみれば記憶が無いことに気づいたのは死ぬ直前だ。それは、覚えている。そう考えると、あの廃墟での記憶は、「今の僕」にとっての最古の記憶ということになるのか。
「明星」に身を置いて、早くも3日が経った。
「今の僕」の始まり、あの廃墟での出来事は、明日になればもう一週間も前のことになる。さらに日が経てば、一か月、二か月……一年と、もっともっと前のことになる。
それは、「かつての僕」から離れてしまうことのようで、大きな不安が感じられた。
だが、過去に囚われすぎるのも良くないだろう。
今も「僕」は生きていて、食べ物と睡眠と休息を必要とする身だ。
それに、仮の名前と住処を提供してもらっている以上、彼ら……「明星」のために働かなくてはならない。
明日は頑張るとしよう。
……「かつての僕」が得意としていたことは未だ分からないが、「今の僕」が得意とすることは見つけられた。
案外、魔術は苦手ではないらしい。
……以上。
2049.5.6.FRI. PM9:00。今日の日記、終わり。
▽
魔導組織、『明星』。
その目的は、「現世の世界と魔術の世界の狭間を取り持つこと」。
具体的な活動は、『異界』から現世へと飛び出した魔物を狩ることの他、現世の人間に対して危害を加えようとする魔術師の拘束。霊的な力を持つ道具の回収。開かれた『異界』の封印。その他、「依頼」として入ってきた業務等……多岐に渡る。
この三日間、僕はその仕事に同行できるだけの力を付けるため、ひたすらに魔術の知識を頭に詰め込み、魔術の修練を行っていた。
当然、困惑はあった。
記憶が無いとはいえ、魔術なんてものが本当に存在するとは思っていなかったし、自分がそんな術を扱えるとは到底思っていなかったからだ。
それに、最初の方は自分の記憶を取り戻すこと。そして、自分を知る者がいないかを探しに行きたいという思いが強く、まるで何も手がつかなかった。
だが、僕が目覚めるまでの間に、できる限りの調査はしたと、『明星』が集めた 、警察関連と思われる書類や行方不明者リストに目を通し……僕の写真が資料の中に一枚も無かったことを確認して、思った以上に先行きが長いことを知った。
……正直言って期待していた。誰かが、急にいなくなった「僕」のことを探してくれていたんじゃないかと、勝手に希望を抱いていた。だから、つい涙を流してしまった。けれども、もう気持ちの整理はついた。
今はひとまず、「やれること」と「やるべきこと」に集中する。そう決めた。
それからは早かった。
服も患者服めいたそれから、寝ていた三日間に用意してくれた白のYシャツと黒のズボンに着替え、『明星』の人達による「魔術師育成」のための教練を受けることとなった。
魔術の基礎知識に関しては、白衣の少女……「シノ」さんに習った。
彼女は見た目こそ子供ではあるが、その知識量と教え方に関しては、纏う白衣に見合うほどに達者だった。こちらの質問にも丁寧に、時間をかけて答えてくれたのも助かった。
特に、『属性』については かなり身を入れて勉強したし、彼女も最重要項目として熱を入れて教鞭を振るった。場所が教室のような場所だったこともあって、「教室で勉強をする『僕』」のイメージは掴むことができた。しかし、何も思い出さなかったということは、学生ではなかったのかもしれない。
兎も角、僕にとっては有意義な時間だったし、授業だと思った。
ただ、
「早く宿代と飯代と調査代を稼いでもらわなきゃならんからな。さらにここに勉強代も追加だ。さぁ、学べ、育て。お前はもう私達のモノだ」
と、くつくつ笑いながら呟くのは、シンプルに おっかなかった。
魔術の基礎鍛錬に関しては、三色メッシュの青年……「テス」さんが担当してくれた。
彼は僕が死んだ時、復活する僕を目にして、『明星』へと回収してくれた人だった。最初に会った時、その表情が暗かったのは、何故かと聞いてみると、
「もっと早く着いていれば、君を助けられたかもしれなかったから」
と言われ、派手な身なりによらず結構繊細な人だと感じた。
ただ、彼の教え方は基本的に体を動かしての実践がメインで、「習うよりも慣れろ」といったスタンスだった。場所は、射撃訓練場を思わせる薄暗い部屋の中。MRIのような機械といい、『明星』はどれほどの資金力があるのか、底が知れない。
「魔術師にとって、戦闘能力は重要だ。元々そういう仕事だからね。だから、俺から君に教えるのも、自分の身を守る以上に他者を傷つけられる技術ということになる。……やれそう?」
そう低い声で前置きをする彼に、僕は頷いて、
「よし……。じゃあ、まずは魔力を認識するとこからやろう」
と、基礎の基礎から長い時間をかけ、一対一で僕の修練に付き合ってくれた。
最終的に、魔力を光の弾として放つ基礎魔術や、魔力を用いた防御の仕方等を教わることができた。ただ、体術や近接戦を想定しての体の動きに関しても教わると思っていたがそういったことが無かったため、
「魔術師ってやっぱこう……遠距離での戦闘がメインになるんですかね?」
と聞くと、
「……………いや。近接については、別のやつが教える」
「はぁ。……でも、残ってるのは、あと……」
「……まぁ、君は何というか、イレギュラー枠だからね。即戦力に仕上げるなら、一回強く揉んでもいいって判断なんだろうが、トップも酷なことをする……。……君、死ぬなよ」
と、答え──。
▽
「いいね! やっぱり君は私と同じタイプだと思った!」
▽
──銀髪の、未目麗しい彼女……「ハト」さんによる「実戦講義」にて、僕はテスさんの言葉の意味を知った。
場所はマットが広く敷かれた運動場のような部屋。まだこんなにも広い部屋があったとは……。僕はその中で、いつも通りの白ブラウスと黒のロングスカートに身を包んだ彼女と対面した。彼女は威風堂々とした仁王立ちで、その顔にキラキラとした笑顔を浮かべ、
「魔力の使い方とか、そういう基礎は学べた?」
と僕に聞いてきた。
「はい。あとは、体術とか近接訓練とかを……えと、ハトさんが教えてくれるんですか?」
思わずそう聞いてしまう。
細い腰、しなやかな腕。身長こそ僕よりも上ではあるが、その華奢な体は乱暴に触れてしまえば折れてしまいそうで、その彼女が訓練を行うイメージは湧かなかった。
すると、彼女は僕の思考を察したのか、不満そうに頬を膨らませて、
「あれ? 疑ってる? ちょっと失礼じゃない?」
「あ、いや、その……」
「まぁいいよ! そんなの、すぐに分かることだしさ!」
そう言って、彼女は両手を床に、左膝を立て、クラウチングスタートの姿勢を取る。
「優しくしてあげるけど、痛かったらごめんね?」
僕はその言葉を聞
▽
「いいよ、そう、そこで蹴り!」
▽
「攻撃はできるだけ避けて、当たりそうなものだけ防御してね! いくよ!」
▽
「大丈夫!? 血吐いてるけど、内臓とか潰れてない……?」
▽
「立ち上がれるの偉い! 歩けてて偉い! 攻撃を、私に当てられて、偉い!」
▽
「楽しくなってきた!」
▽
「そう、『属性』の表出! うまいよ!」
▽
「使えるもの全部使って! 隙見つけたら魔力で攻撃していいよ!」
▽
「よし、じゃあ最後に! 私も『属性』使っちゃおう! 大丈夫、死なないよう気を付けるから!」
▽
……僕は、何か勘違いをしていたのかもしれない。
そりゃそうだ。勘違いだ。僕はとんだバカだった。
あんな、僕の、人の首を容易く潰せるような魔物を倒せる存在が、魔物より弱いはずがない。当然だ。しかも、それを生業としているのなら尚更だ。
それでも、奇策とか、僕が習ったような魔力を発射しての遠距離狙撃とか……イメージで言うと、熊撃ち、みたいな。そういった、猟銃が魔術に、獲物が獣から魔物に変わっただけ、みたいな。そういう倒し方をしてるって、無意識に、そう思っちゃってたのかな。
ハッキリ言おう。
魔術師は、化け物だ。
彼女に限らず、きっと、彼らも皆そうなんだろう。
そして──首が取れようと、内臓が破裂しようと、全身をバラバラに引き裂かれようと、元通りになる僕も、魔術師だ。
……──と、色々考えてみたが、結局この実戦が一番僕のためになった。
魔術師の闘争、人外の狩りとはどういったことなのか。魔力をどう使えばいいのか。
人の殴り方と蹴り方。殴られた時、蹴られた時どのように避ければ、防御すればよいのか。
知識だけだった『属性』の使い方。自分の傷がどのようにして治るのか。
……「今の僕」とはどういう存在なのか。
実に多くのことを学べた。
特に、一番の収穫だと思ったのは。
「よく頑張ったね! 君は凄いよ!」
彼女のはつらつとした励ましと、太陽のような笑顔を、間近で拝めたこと。
そう心中で思い、彼女への慕情が「本物」であることを知り、苦笑した。
▽
「ハハハハハ! お前頭がおかしいんじゃないのか!?」
三日間、彼らの教練を終えて、そのレポート……というよりかは感想文に近い……を提出し、シノさんに読んでもらったところ、彼女は嬉しそうな顔をして言った。
「アイツと、ハトと本気でやり合って、それで無事? 五体満足? ハハハッ! んで、その感想が『ためになった』って……いや、確かに私は学べ、育てとは言ったが、ここまでかぁ~ッ! アハハハハハッ!」
ヒィーッ、と彼女はオレンジの髪を振り乱し、足をバタつかせて大爆笑する。どうやらツボに入ったようで、時折激しく咳き込んでは息を整えようとし、また笑いをこらえ切れずに咳き込む。それを繰り返していた。正直、この三日間で見た彼女の姿で、一番「子供っぽい」仕草だなと感じられた。
「あぁ~っ、トップも酷いことをするとは思ったが、順応してしまうお前もお前だ。お前の天職は間違いなく魔術師だよ! ハハハハハッ」
「いや~そうですかねぇ?……そう言えば、テスさんも言ってましたけど、トップって……」
「うん? ……あ~私のことだと思ってたのか?」
「まぁ、ご自分で『偉いひと』って言ってましたんで」
そう言うと、ようやく落ち着いたのか、シノさんは何度か深呼吸をした。
「まぁね、そりゃ間違っちゃいない。でもトップじゃないよ。私は三番目だ。今いる面々……お前やハトやらの中では、私が一番『偉いひと』になるのかね」
三番目。それを聞いて、新たな疑問が浮かんできた。
「『明星』のメンバーってどれくらいいるんです?」
「あ~……ちょっと待ってろよ……」
シノさんはぶつぶつと呟きながら指折りで数えていき、
「お前を含めて7人だ。お前がまだ会ってないのは、トップとナンバーツー、あとお前が入る一か月前に来たばかりの新入りだな。……以外に少ないって思ったか?」
また僕の考えを見抜いたように言う。僕は頷く。
「まぁ、人数が少ないのは不安に思うかもしれんが、安心しろ。世界の危機レベルの修羅場には駆り出されんさ。なんせ一番強いトップが中の上くらいだからな。……さて、『クレイン』」
「!」
思わず背筋が伸びる。名前で呼ばれたのは、この三日間で初めてのことだ。
ハトさんとの実戦の時とは質感の違う緊張が背に走るのを感じた。
「もう少し修練を積ませようかと思ったが、お前は想像以上のスペックの持ち主らしい。それに、この三日間で少し仕事が溜まってしまっている。そこで、お前と誰かもう一人……二人で組んで仕事をこなしてもらおうと思う」
それは、初めての任務。
『明星』の一員としての、第一歩。
「しばらく忙しくなるし、色々な場所を飛び回ることになるだろう。……色々なものを見て、色んなことをやってみろ。案外、すんなりと記憶が戻るかもしれんな?」
▽
──紫煙が漂う寂れたバーの中で、二人の男が話していた。
「仕事だ。……『明星』を知っているか」
黒いスーツに身を包み、色付きメガネをかけた男が問う。
「ああ、ヤツらに目論見を潰された犬どもが、よく吠えてるのを耳にする。……それで?」
グラスに注がれた琥珀色の酒を飲み干しながら、皮膚が乾ききったミイラ然とした男が答える。
「お前には『明星』のヤツを一人消してもらう」
「……なるほど。犬呼ばわりして悪かったよ」
包帯の男は続けて、
「細かい指定はあるか? 若いのがいいとか、女がいいとか」
「ない。見つけ次第殺せ。証明として指を切り落としてここに持ってこい。期日は1週間後の14日まで。報酬は……『結晶』はここの店主に預けておく。終わったら店主に指を渡して報酬を受け取れ」
「オー、ケィ~……承った」
包帯の男はテーブルに金を置くと、椅子に掛けていた黒のコートと、煤けたシルク・ハットを手に取る。
「ああ、最後に……」
店に出る直前、コートを羽織り、帽子を被ったミイラ顔の男は問う。
「全部燃やしちまったら、炭になった指を持ってきゃいいか?」
「そうなったら、報酬は無しだ。……行け」
包帯の男は口角を吊り上げ、店を出た。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
とあるおっさんのVRMMO活動記
椎名ほわほわ
ファンタジー
VRMMORPGが普及した世界。
念のため申し上げますが戦闘も生産もあります。
戦闘は生々しい表現も含みます。
のんびりする時もあるし、えぐい戦闘もあります。
また一話一話が3000文字ぐらいの日記帳ぐらいの分量であり
一人の冒険者の一日の活動記録を覗く、ぐらいの感覚が
お好みではない場合は読まれないほうがよろしいと思われます。
また、このお話の舞台となっているVRMMOはクリアする事や
無双する事が目的ではなく、冒険し生きていくもう1つの人生が
テーマとなっているVRMMOですので、極端に戦闘続きという
事もございません。
また、転生物やデスゲームなどに変化することもございませんので、そのようなお話がお好みの方は読まれないほうが良いと思われます。
辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~
雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。
辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。
しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。
他作品の詳細はこちら:
『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】
『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】
『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』
【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】
おじ専が異世界転生したらイケおじ達に囲まれて心臓が持ちません
一条弥生
恋愛
神凪楓は、おじ様が恋愛対象のオジ専の28歳。
ある日、推しのデキ婚に失意の中、暴漢に襲われる。
必死に逃げた先で、謎の人物に、「元の世界に帰ろう」と言われ、現代に魔法が存在する異世界に転移してしまう。
何が何だか分からない楓を保護したのは、バリトンボイスのイケおじ、イケてるオジ様だった!
「君がいなければ魔法が消え去り世界が崩壊する。」
その日から、帯刀したスーツのオジ様、コミュ障な白衣のオジ様、プレイボーイなちょいワルオジ様...趣味に突き刺さりまくるオジ様達との、心臓に悪いドタバタ生活が始まる!
オジ専が主人公の現代魔法ファンタジー!
※オジ様を守り守られ戦います
※途中それぞれのオジ様との分岐ルート制作予定です
※この小説は「小説家になろう」様にも連載しています
もふもふ大好き家族が聖女召喚に巻き込まれる~時空神様からの気まぐれギフト・スキル『ルーム』で家族と愛犬守ります~
鐘ケ江 しのぶ
ファンタジー
第15回ファンタジー大賞、奨励賞頂きました。
投票していただいた皆さん、ありがとうございます。
励みになりましたので、感想欄は受け付けのままにします。基本的には返信しませんので、ご了承ください。
「あんたいいかげんにせんねっ」
異世界にある大国ディレナスの王子が聖女召喚を行った。呼ばれたのは聖女の称号をもつ華憐と、派手な母親と、華憐の弟と妹。テンプレートのように巻き込まれたのは、聖女華憐に散々迷惑をかけられてきた、水澤一家。
ディレナスの大臣の1人が申し訳ないからと、世話をしてくれるが、絶対にあの華憐が何かやらかすに決まっている。一番の被害者である水澤家長女優衣には、新種のスキルが異世界転移特典のようにあった。『ルーム』だ。
一緒に巻き込まれた両親と弟にもそれぞれスキルがあるが、優衣のスキルだけ異質に思えた。だが、当人はこれでどうにかして、家族と溺愛している愛犬花を守れないかと思う。
まずは、聖女となった華憐から逃げることだ。
聖女召喚に巻き込まれた4人家族+愛犬の、のんびりで、もふもふな生活のつもりが……………
ゆるっと設定、方言がちらほら出ますので、読みにくい解釈しにくい箇所があるかと思いますが、ご了承頂けたら幸いです。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
異世界から帰ってきた勇者は既に擦り切れている。
暁月ライト
ファンタジー
魔王を倒し、邪神を滅ぼし、五年の冒険の果てに役割を終えた勇者は地球へと帰還する。 しかし、遂に帰還した地球では何故か三十年が過ぎており……しかも、何故か普通に魔術が使われており……とはいえ最強な勇者がちょっとおかしな現代日本で無双するお話です。
前回は断頭台で首を落とされましたが、今回はお父様と協力して貴方達を断頭台に招待します。
夢見 歩
ファンタジー
長年、義母と義弟に虐げられた末に無実の罪で断頭台に立たされたステラ。
陛下は父親に「同じ子を持つ親としての最後の温情だ」と断頭台の刃を落とす合図を出すように命令を下した。
「お父様!助けてください!
私は決してネヴィルの名に恥じるような事はしておりません!
お父様ッ!!!!!」
ステラが断頭台の上でいくら泣き叫び、手を必死で伸ばしながら助けを求めても父親がステラを見ることは無かった。
ステラは断頭台の窪みに首を押さえつけられ、ステラの父親の上げた手が勢いよく振り下ろされると同時に頭上から鋭い刃によって首がはねられた。
しかし死んだはずのステラが目を開けると十歳まで時間が巻き戻っていて…?
娘と父親による人生のやり直しという名の復讐劇が今ここに始まる。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
全力で執筆中です!お気に入り登録して頂けるとやる気に繋がりますのでぜひよろしくお願いします( * ॑꒳ ॑*)
さようなら、家族の皆さま~不要だと捨てられた妻は、精霊王の愛し子でした~
みなと
ファンタジー
目が覚めた私は、ぼんやりする頭で考えた。
生まれた息子は乳母と義母、父親である夫には懐いている。私のことは、無関心。むしろ馬鹿にする対象でしかない。
夫は、私の実家の資産にしか興味は無い。
なら、私は何に興味を持てばいいのかしら。
きっと、私が生きているのが邪魔な人がいるんでしょうね。
お生憎様、死んでやるつもりなんてないの。
やっと、私は『私』をやり直せる。
死の淵から舞い戻った私は、遅ればせながら『自分』をやり直して楽しく生きていきましょう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる