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覚醒編

12話 紫音、散る

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 蘭は、魔法で焼かれ、転げまわるブタを視界に入れながら
魔法を撃った、男を目で追っていた。

 やまさんは、魔法で焼かれた男の傍まで近寄ると

「チッ・・・生きてやがる、手加減しすぎたか・・・」

 そう蘭に当たった時の事を考え
蘭の魔法防御を貫く程度に抑えていたのだ

「ハァハァ・・・・やまさん・・・グッ・・・・なぜだ?」

仰向けになった虎亜|(こあ)は、息を整えながら、やまさんに問う

「お前見たいな、バカはもういらねぇ
 財布が無くなるのは、ちとツライが
 それ以上に、お前は、使い道がない」

その男、やまさんは、地面に落ちた、蛆虫を見る目で答えた。

 そう、やまさんは
このデブが金持ちと知ってから、事あるごとに呼び出し
仲間内での遊びや食事の支払いを、この男の持つ、カードを使っていたが
最近このデブの言動を、うっとおしく思っていたのだが
そう、仲間内でも、虎亜を嫌う人間は多くいた
だが、とうとう、このデブの、バカさ加減に飽々したのだ。


 そして右手を横に開くと先ほどと同じ魔法を発動させ
掌の上に、圧縮された炎の塊が出現させた
そして、無造作に掌の、それを、虎亜に向けて放ったのだ

「グガァッァァァアァァァーーーーーーー」

 先ほどとは違い、あまり手加減をしていない、圧縮された炎の塊が虎亜に襲いかかった
そして、全身を炎に包まれ、再び、のたうち回る虎亜、そして数秒
地面に体を擦りつけ全身の炎を消した虎亜、着ていた服は炎で焼かれ
その熱と炎で、全身に火傷を負った虎亜、その意識は既に無く
そのままでは、あと10分も立たぬ間に死ぬことは目に見えていた

蘭は、そんな虎亜を視界に入れるも、それどころではない
その魔法を使った人物は、すでにその標的を自分に移している。

そうすでに、やまさんの意識から、デブの存在は消えていた

そんな時、蘭の横に寄り添うように近づく子供、紫音
そんな気配を感じ、視線を送る蘭

「え?紫音?おまえなんで?そっちにも行っただろ?」

「・・・・・・・・・・・・・」

紫音の視線が横に泳ぐ

「紫音お前!」

「あの、、、えと、、、、生きてるから」

蘭のトーンの落ちた声に、すかさず、言い訳をした紫音である

「・・・・まぁいい、紫音、引っ込んでな」

「イヤだ! 断る!」

「・・・・・・・ハァ・・・・・・」

こうなると、私の子供達はテコでも動かないからな・・・
誰に似たのやら・・・・

そんな事を思いながら蘭は目の前にいる、何かに驚いている男達に視線を送った。



 井門、やまさんたちは、びっくりしていた
何故?この子供が此処にいるのか
子供達を捕まえに行った男2人はどうしたのかと

そう、やまさんと呼ばれた男が、虎亜を魔法で焼いていた時
蘭を含むその場にいた全員が、その行動に注目したいた時
紫音は、相手に叫び声も上げささず静かに2人の男を行動不能にしたのだ
そう、その事に気がつくものは、誰も居なかった

やまさんと比べると各下の男達2人であったが、もはや子供に負けるなど
考えもしなかった井門、そしてそんな井門に連絡が入る。

 そう、そうれは、数キロ手前で事故に見せかけて
道路封鎖をして足止めをしていた仲間からである
そろそろ足止めも限界であると。

 そんな状況の中
井門圭人は、子供を背に戦闘態勢をとる蘭を目にすると覚悟を決める。

 そう井門も切羽詰っていた
組織の上から、三千風蘭との交渉役に選ばれ
交渉するも、断られること半年
その期限は、すでに過ぎ、井門も組織からの最後通告を受けていたのだ
その為、今回の大掛かりの作戦を取ることになったのだ。



 やまさんは、ちらりと、蘭の乗っていた車の方向に視線を送る
車より向こう側、車の少し前方
そこには、意識が無いのだろう、地面に横たわる男性の姿があった
やまさんの位置からは、一人しか見えない
なら、もう1人は、車の影で、この男と同じように意識が無いのだと判断する

さっきまで、この子供を追いかけていた2人
先程、虎亜と、この女先生が戦っていた時に2人とも、無事なのは確認していた
なら、1・2分の間に、この子供が大人2人を倒したという事になる
それも・・・・・・こちらに気づかれずに・・・・

見るからに、この子供が、そんな戦闘技術を持っているとは思えない
なら、魔法かスキルか、スキルの可能性は低い、スキルであるなら
手持ちの資料に、記載があるはずだ、、、、
まて・・・・・・・双子の兄の方、魔法資質10段階で2だったはず
そんな子供が、彼らを倒すほどの魔法が使えるものなのか・・・・

やまさんの、背筋に冷や汗が流れた

この女先生は、強い、喧嘩、それもタイマンなら
もしかしたら此処にいる全員より強いだろう
まぁ、それだけだ、怖くはない、魔法格闘となれば俺の方が強いだろう

だが、この子供は、危険だ
理由は分からない、だが長年培った経験から
やまさんの、頭の中のアラームが、徐々に大きくなってゆく
そう、この場で一番危険度が高いのは、この子供だと判断をくだす。


 でも、そんな素振りは一切見せず、行動にうつった。


 視線の先には蘭がいる、そう蘭と対峙するように移動し
両腕を軽く広け、手のひらを上に向け
先程、虎亜を焼いた魔法を機動させようとした
それは、危険と判断した紫音に攻撃を仕掛けるためである
敵意は蘭に向けていたが、隙を付いて、紫音を倒すためであったが


「ちょっと、まってくれ」


井門は、魔法を発動させようとしていた、やまさんを呼び止めた

やまさんは、声の出処に振り向き
井門に視線を送ると、井門は軽く首を横に振った
そして、やまさんは、何かを諦めたかの用に
両腕を軽く開いたまま、手首を振る

そして、井門にその場を譲り、蘭までの道を開けた


それを見た井門は、蘭に向けて進み出た

肩にマシンガンを下げた井門だが
懐に右手をいれ、拳銃を取り出し蘭に向けて構え
左手で、綺麗に7:3に分かれた髪の毛をなぞり

「さて、三千風先生、時間切れのようです
 素直に付いて来てもらえば、3人の安全は確保します」

蘭は、軽く笑い

「ハッ 断る」
 
  パン!

軽い破裂音
 
蘭は、井門の持っていた拳銃の先が指している場所を見る
そこは、蘭の左脚の太ももである
丈の長い白衣に穴が空き、そこから白衣が赤に染まってゆく
それを確認すると、脳が撃たれた事に築き、脳は激痛を左足に送る
さすがの蘭もその表情が歪み膝をついた・・・。

 いや、蘭の目にはその拳銃は確認でき
その弾道起動をも推測していた
そう、その弾道は確実に外れていた・・・
そうなのだ、井戸も威嚇の為撃っただけで
当たるとは思っていなかった
そう、初めて引く引き金に
震えた手が弾道を狂わせた!

 これが、ある程度距離が有れば
蘭は避けれただろうが
予想弾道を外れた弾丸を避けるには
距離がなさすぎた。

蘭は井門を見上げ
そこには、何かを決断した男の顔があった


紫音は、蘭と井門の間に割って入り
蘭を庇うように両腕を左右に大きく開き、叫んだ

「鈴!」

その声が鈴に届く前に、すでに鈴は行動していた

拳銃の発砲音に膝を付いた蘭、白衣は一部赤く染まっていくの見て
鈴は、車を降りて蘭に走り寄っていた

そして両手を蘭の左脚にかざし、回復魔法を発動させた

この世界の科学魔法で用意られる回復魔法
それは、シオンやリルの居た、前の世界からすれば
初歩の初歩、最下級の回復魔法に近いものである
この世界のでは、最高位の聖職者か、スキル持ちでも
中級クラスの回復魔法が限度であるだろう

そう、どんだけ、力があろうとも
拳銃で穿った穴はすぐに治ることはない
そして、常に回復魔法をかけ続けなければ
その効果はそこで止まるのだ

そんな子供達を見て眉間にしわを寄せる井門
そして、再度、蘭に声をかける

「三千風先生、今度は、お子さんの足を打ちますよ
 もう観念して付いて来てもらえませんか・・・・・・」

その声は、切羽詰まった男の感情が乗り、苦しく重たい物であった

井門にとっても苦渋の選択である
ここで、もし三千風蘭の拉致に失敗すると
自分は確実に、この件から外される
そうなると今後、組織の連中が、三千風先生を勧誘するため
あらゆる手段を用いることは、容易に想像できるのだ
そう、最悪この子供たちの命に関わると・・・
それを、させない為にも、ここで説得したいのだ

そして、蘭も、井門を睨みつけるが
足をヤられ、戦えなくなった自分では、この男達から逃げる事ができないと
半ば腹を決め・・・

「わかったよ、井門圭人、子供の安全は保証してくれるんだろうな」

その言葉で、井門も、ホッと息を吐き

「はい、従って頂けるなら、安全は保証します、戻り次第医者も手配しますので
 しばらく安静にしてもらえると、嬉しいです」

「あぁ、足をやられては、もう逃げれないしな・・・・・」

そして、膝を落とした蘭と井門の間に立ちふさがる紫音のケツを右手で叩き

「紫音もういい、下がれ」

そして鈴の頭を撫で

「鈴もありがとうな」

「・・・・うん・・・・・」

鈴も蘭の撃たれた左脚を魔法で回復しながら
その瞳に涙を浮かべ静かに頷いた

そう、蘭が諦め、この男達に従うことにしたのだ
鈴も諦めるしかなかった、いや、もう蘭(母)が無事であるなら
一瞬、過去のトラウマが鈴の頭によぎるが
今は、命さえあれば、それだけでいいと、涙を浮かべていた


そんな蘭を見て井門は、緊張が解けたのか
構えていた拳銃を懐にもどした

そして、我が道を行く、場の空気が読めない子供が一人

そう紫音である

この状況でも、紫音は逃げ切る方法が無いかと、考えを巡らす

そう、相手のリーダー的存在は、やまさんと呼ばれている男
だが、この場の責任者は、このメガネの男、なら、この2人を
どうにかすれば、逃げ切れると答えをだした

そして、井門が拳銃を懐にしまうと
井門の目の前にいた紫音は、すかさず、その考えを行動に移す




「ガコ!」




紫音の頭に、そんな音が響いた






 もう一人、紫音と同時に動いた男がいた、やまさんである
紫音が、蘭のそばに現れた時から、警戒していた
大人2人を人知れず倒した子供、それを警戒するなと言う方がオカシイだろう
そう、やまさんと、もう2人、先程蘭と戦っていたこの2人も
同じく、紫音に警戒をしていた
だが、3人共それを表情や行動に出すことはない
子供1人、増えたところで気にしないと言わんばかりに・・・
3人とも、その出身は違えど、やはりプロであった。



 紫音が井門を襲おうと、動くその初動、それを感知し動き出す、やまさん
そう、紫音に気づかれず、井門の左横近くに移動していた
すでに速度強化の魔法を自身にかけていた、やまさんは
紫音の手が井門に届く前に
その紫音の右即頭部を蹴り飛ばしたのだ。

 肉体強化、速度強化そして
もともとの身体能力や、技術によって繰り出された
その蹴りは、まさに神速の蹴り

それは、井門に神経を集中していた紫音の意識外からの一撃となった

紫音は、井門に攻撃を仕掛ける手が届く寸前、その視界、世界がゆれる
音が聞こえる、いや、脳に音が響く、その前に頭に衝撃が・・・

いや、もう何が先か、何が後か、そんな事は分からない

その一瞬で紫音の意識は飛び
9歳の男の子は、真横に、10数メートル吹っ飛ぶ
意識の無いその身体は、錐揉|(きりも)み状に回転し
力の抜けた四肢は不規則に暴れていた

その光景を視認出来たのは、やまさん達3人だけである
蘭・鈴・井門の3人は、目の前に居たはずの
紫音がいきなり消えた事に気がつくのに、コンマ数秒の時間がかかった


そして、紫音は、井門達のトレーラーのコンテナに頭から叩きつけられ
糸の切れた操り人形の如く、コンテナの壁を、ずり落ちるように、地面に落ち
糸もなく、抗う力もない、人形の用に道路に横たわった、紫音


やまさんの蹴りにより、すでに脳が衝撃を受けていたのだが
頭をコンテナ強く叩きつけられ
落ちる際には、後頭部を地面に打ち付けるように落ちた



地面に落ち、アスファルトの冷たさに、うっすらと、意識を取り戻す紫音


取り戻した意識・・・・いや、そこに意識と言う物は無い

必要以上に、脳は揺れ強打し、その働きを放棄した

それでも、その両目は見開かれ、その視界に、蘭と鈴がいた・・


紫音は今、視える全ての世界が光輝き透けて見えていた
その全てがステンドグラスの用に光に反射し、キラキラと七色に輝く
羽の生えた天使すら飛んでいたのかもしれない
そう、見たことも聞いたこともない、その美しい景色が広がる
もし天国が有るなら、こんな景色だろうと・・・・

いや、すでに働いていない脳に、そんな判断はできないだろう
そこには、その光景が美しいと思える感情も心もない
その光景を見た記憶を・・・すでに、働いていない脳では記憶すらしていないだろう


横たわる紫音
目を見開いていたが、その瞳には光はない
それは、個と言う意思が存在しない肉体

紫音は、生きた屍とかした・・・・・・・

 
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