上 下
70 / 180
覚醒編

2話 トラウマ

しおりを挟む
 


 鈴の料理の原点は母・蘭にある
すでに蘭はその出来事を忘れているが、言えば思い出すだろう
そして、また笑い話の1つとして、笑いながら語るでだろう・・・。

 それは鈴が、まだ小学生にも成っていない時の話
紫音は父と出かけ、鈴は家の近くの公園に母・蘭と遊びに来ていた。




 砂場でママゴトをしていた2人、母親役は鈴、子供役は蘭であった
遊びで作った泥団子を、母親役の子供は、子供役の女性に手渡した

「ごはんでちゅよ、どうじょ、おたべくだちゃい」

その泥団子を、女性はニコリを微笑み、パクリパクリと食べたのだ
数分後、その女性は倒れ、動かなくなる
母親役の子供は何もできず、パニックで泣きじゃくっていた

同じく公園に遊びに来ていた、親子に助けられ
その女性は救急車で病院に担ぎ込まれるが
命に別状はなく、緊急入院となった
しかし、その女性はその晩には、とある研究所にて
青い顔で仕事をしていたのだからびっくりでもある
所員が

「なぜ食べた?泥団子を?」と聞くと

こう答えたそうだ

「娘が私の為に作ってくれたんだ
 そりゃ食べるしかないだろ
 まぁ死にそうに成るとはおもわなんだが
 死んだら、その時は、その時だ!!」

そして大笑いしたそうだ

蘭は、笑い話び1つとして終わらしたが
その出来事は、鈴の幼心に大きなトラウマを残す
普通であるならば
今後料理が出来なくなるであろう
母が死にかけたトラウマである。

 だが次の日からである、鈴は料理の勉強を始めたのは
まるで何かにとり憑かれたように
その、のめり込み用は狂気の沙汰であったが
頭の良い鈴は、それを外には出すことはなかった。

 まずは、知識である
母の好きな和食を中心に頭に叩き込む
インターネット時代、調べれば知識は転がっていた

母の口癖に

「技術も大切だが、知識がなければ、その先はないぞ」

 そう、魚の名前や、キャベツと白菜の区別すら出来なかった鈴、まず知識が無いのだ
小学校に入るまで、まず日本食における、食材を、その名前、その料理法を
出来るだけ覚え込んだ

 そして、鈴は、小学校の入学祝いに、マイ包丁をお願いする
そんな子供なんて聞いたこともない
子供にカッターですら持たせない、このご時世
5歳の子供に包丁を持たせる親はいなかったが、蘭は素直に受け入れた。

 姉御肌の蘭、やるならトコトンやれと、料理道具を一式プレゼントする
そして、資金面でも補助をした、小遣い以外に、食費としてや
いつか美味しい食べ物を食わしてくれと、これは、その投資だと
それは、鈴の真剣な瞳を見たからだろう。

 それから鈴は料理に明け暮れる
すでに、ある程度の知識を手に入れた
次は実践して技術を付けるためにと
それでも人間の食べ物として
成立できた物が作れる用になったのは半年も過ぎた頃からだ。

 それも、その筈、野菜の皮を剥くのすら
魔法や、自動調理器、ピーラーを使わず
包丁で皮むきをしているのだ
科学魔法時代、楽をしようと思えば、ある程度の事は、魔法や、自動調理器を使えば
料理の作業工程は大幅に短縮されるだろうが、鈴は一切それらに頼らなかった。

 全ては独学である
幼い鈴の狭い交友範囲に料理のできる人物はいない
もし居たとしても、その人物が5歳の子供に包丁を使うことを良しとするかは別物だからだ
その事も、幼い鈴は理解していたからこそ、祖母にすら相談してはいないし
幼馴染の母親にすら内緒であった。

 そして、どれだけの、食材をダメにしてきただろう
毒見役の紫音は、毎回言う

「これ食べる位なら、インスタント食品の方が、まだ美味いわ」

文句は言うが、毎回全部食べきる紫音

 時間が経ち、蘭が初めて、鈴の手料理を食べたのは
鈴が小学3年生になった頃である。

 それは、古くからある、普通の食事であった
リビングのテーブルを囲って座る4人の前に
ご飯に味噌汁、お吸い物に焼き魚、テーブルの中央に、大皿に盛られた肉ジャガ
これといった、特別な料理でもないが
鈴は、泥団子の件以来、蘭に食事を出すのは初めてである
鈴はそのトラウマから、緊張と心臓の鼓動は限界を超えていた。

 蘭は数日前に、鈴から招待状を貰っていた
それは鈴が事前に蘭が家に帰る日を聞いて
今日の食事会の招待状の手紙を作って送ってきてくれたのだ
こんな嬉しい招待状を貰ったのは初めてと
仕事を投げ出し帰ってきたのだ。

 ただ、蘭はテーブルの上に並ぶ料理を見るまで
期待はしてなかったが・・・

 このテーブルに、ちゃんとした手料理が並ぶなんて
引っ越してきてから、初めての事でもあるが
まぁ8歳の子供の料理
2年そこら勉強したところで、あまり期待は・・
それでも、きちんと、美味しそうな匂いがしてくる・・・と

 蘭は
泥団子の時と同じで、心から嬉しくもあった
そして
今日は病院に担ぎ込まれる事はないだろうと・・

「「「「いただきます」」」」

そして、まず味噌汁を飲んだ、蘭と、父はその味にびっくりする
美味しいのだ、鰹節から丁寧に出汁を取った味噌汁は、文句のつけようが無いくらいに

「「美味しい!」」

蘭と父の発した言葉に、ようやくホッとする鈴・・・・
そうして、鈴の頬に大粒の涙が流れ出す

「え? あれ・・・・えっと・・・うんと・・・・」

突然流れ出した涙を両手で何度もぬぐう

だが、とめどなく流れる涙は止まることがない

そして椅子に座ったまま、大声で泣きだした
そう、やっと数年にわたる、トラウマから解放されたのだ
そうして、今まで、溜まりに溜まっていた、心の内をさらけ出す

「蘭さんごめんなさい、泥団子が、泥団子がぁーーーーーーーーー」

蘭は鈴に駆け寄り、膝をついて、椅子に座って泣き叫ぶ我が子を抱きしめる
鈴も抱きしめてくれた蘭に泣きながら抱きつく

「もう大丈夫、鈴のご飯美味しいよ、本当に美味しいよ」

きつく抱きしめた我が子は、泣き叫びながら震えていた、よほど恐ろしかったのだろうと

蘭は今ようやく気がついたのだ、鈴の料理の勉強も、5歳にして包丁をねだった事も
全てがあの泥団子から始まったと、あの事が、どれだけ鈴を苦しめてきた事かを
この幼い子を、苦しめたのは、あの後キチンとケアしてあげれなかった自分だと
そして、それに気づいてあげれなかった、自分は母親失格だと、自分の愚かさを

「ごめんね、きずいてあげれなくて・・・ほんとにごめんね・・・」

そして蘭も鈴と同じく涙する、鈴達、3人の前で涙を流したのは初めてであった

そんな光景を父も涙を堪え見守るのだった。


 
しおりを挟む

処理中です...