北畠の鬼神

小狐丸

文字の大きさ
上 下
10 / 64

10 鍛治師の息子

しおりを挟む
 天文十八年(1549年)二月

 俺は陽の差し込まない暗い小屋のような建物で、一心に槌を振るっていた。

 正直、鍛治師だった一番最初の父親に、いい思い出はない。当然だろう、棄てられたのだから。

 だけどその仕事は目に焼き付いていた。
 所詮は野鍛治、優れた太刀や鎧を造れる職人ではなかったが、一通りの仕事を覚えるには問題なかったし、それだけの能力が当時の俺にはあった。

 そして此処は伊勢の地、桑名は目と鼻の先という事は、千子村正が居るという事だ。しかもこの時期だと村正の中でも名工として有名な二代村正が現役だった。

 そうなれば、父上や兄上の力を使ってでも招いて槌を振るって貰うしかない。その技を見て身に付けようと考えるのは自然なことだった。

 村正の作は、斬味凄絶無比と言われる凄まじい斬れ味にあり、その刃から醸し出される覇気は、後の妖刀伝説が作られるのも分かる気がする。

 その村正と共に刀や槍を打つ事一年半、何とか形になったと思う。
 鍛治の師匠である藤原朝臣村正は、俺が乾いたスポンジのように技術を吸収する様を驚き呆れていたけど。

「巫山戯た弟子じゃ。桑名に他の弟子を残して来て正解じゃた。お主との差を感じて心が折れたであろうからの」
「でもこの先が長そうですね」
「当たり前じゃ。儂が道の途中なのじゃからの」

 俺が千子村正に師事したのは、一度目の人生で鍛治に興味があったからという理由もあるが、もう一つ目的もある。

 それは俺と岩正坊や六郎達の武具を造りたかったんだ。

 分かりやすいのが岩正坊。
 岩正坊は巨躯で怪力無双、氣の運用でもその内力は凄まじいのだが、性格的に細かな技術を要する得物より、金砕棒のような物を振り回す方が性に合っているらしい。正に鬼そのまんまじゃないか。

 他にもまだ一般的じゃない当世具足を更に手を加え、俺たちの動きを阻害せず、見た目にカッコイイ鎧兜が欲しかった。

 なら自分で造ってしまえと思ったんだ。

 まだまだ成長する俺や六郎、小次郎や岩正坊なんかは防具を造るにはまだ早い。だから大之丞や慶次郎の刀や槍から作り始めようと思っている。

 道順や小南、佐助には、真っ先に専用の武具を渡してある。
 忍び衆は既に、戦さの有る無しに関わらず、伊勢を中心に西国や畿内から関東まで、広範囲に活動している。彼等の装備は最優先だ。


 二度目の人生の経験から、俺には世界のポールウエポンの知識がある。どうせならそれを再現してみたいという遊び心もあった。

 日本の千鳥十文字槍や西洋のハルバード・グレイブ・バルディシュ・パルチザンなど、色々造って試してみようと思っている。

 それに千子村正には鉄砲は頼めないけど、自分で作って改造する技術を身に付けるにも丁度良かった。

 北畠家では、オリジナルの火縄銃の改良が始まったばかりだけど、出来れば将来的にはパーカッションロック式(雷管式)の前装式の旋条銃を開発したい。
 野砲も青銅製なら四斤山砲(よんきんさんぽう)くらいなら造れるだろう。

 ただ火力至上主義な訳じゃない。

 俺達には、個の飛び抜けた武力と、それが集まった集団の力がある。

 そしてそれは戦局を一撃で覆す理不尽な力。

 寡兵ながら圧倒的な武力で、大軍を蹴散らし無双するなんて、男の浪漫だと思うじゃないか。




 天文十八年(1549年)五月

 鍛治の師匠、千子村正が桑名に戻った。
 短い間だったが、とても良い時間だった。
 俺が鍛治の技術を身に付けるという事は、鍛治師に指示を出す時にも役に立つ。

 何が難しく、何処を工夫すれば良いのかをアドバイスできる。

 それは、農機具の改良や工具の開発に役立っている。

 俺も鍛治ばかりに没頭する時間がない。武芸の鍛錬や北畠家として身に付けるべき教養、領内の開発や八部衆から上がってきた情報の精査、様々な物品の販売。まだ十歳にもなっていないのに、とんだブラック企業だ。
 まぁ、それでも北畠家が滅ぼされる未来を回避する為に、自重なんてする気はない。

 この世界は、俺が生きた二回目の世界とは厳密には違う世界だと思う。俺が生きた二回目の世界では、北畠家に四男は居なかった筈だ。鬼の王だった俺が転生し、昭和、平成と生き、何の因果か戦国時代の伊勢に生まれた。

 今までに分かった畿内の大名やその勢力や動きを考えると、多分、此処は俺が知る戦国時代に極めて似た、並行世界の日本なんだろう。なら未来の心配なんかする必要はない。俺が知る歴史とは違う展開になる可能性もあり、歴史をもとに考えるのが出来なくなるだろう。それも仕方ない。俺には、もう今の家族や家臣の方が大事だからな。



 そして俺は鍛治師として、ある試みを始める。
 俺の知る歴史の中で、戦国時代最強の軍団の名を欲しいままにし、その軍団で常に先陣を駆けた赤い鎧兜に身を包んだ者達。
 そう、武田の赤備えをパクって先に有名になってやろう作戦だ。
 甲斐の田舎と違い、伊勢は畿内にも近く、赤備えの軍団が活躍すれば、直ぐに噂は広まるだろう。やったもの勝ちだ。

 さしずめ俺は北畠の赤鬼だ。
 兜の前立てに、嘗て俺の額に有った二本の角を再現するのも面白い。

 他にも色々とアイデアもある。
 あっ、そうだ。水車動力のトリップ・ハンマーを造ろう。作業が捗る事間違いない。

 水車は粉をひくのにも使えるからもっと早く作れば良かったな。

 水車があれば、水量は知れているが水を高所に引けるから、田圃は無理でも畑なら作れそうだ。

 そうそう、三河から綿花の種も手に入れ、栽培も始めている。麻も育てているので、木綿だけじゃなく麻布にも手を出している。
 綿花の栽培は、現在数を増やしている帆船に、丈夫な帆布が必要なので、道順に頼んで早い段階で手に入れていた。

 色々と仕事が多すぎて大変だ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界転移したロボ娘が、バッテリーが尽きるまでの一ヶ月で世界を救っちゃう物語

京衛武百十
ファンタジー
<メイトギア>と呼ばれる人型ホームヘルパーロボット<タリアP55SI>は、旧式化したことでオーナーが最新の後継機に買い換えたため、データのすべてを新しい機体に引継ぎ、役目を終え、再資源化を迎えるだけになっていた。 なのに、彼女が次に起動した時にいたのは、まったく記憶にない中世ヨーロッパを思わせる世界だった。 要人警護にも使われるタリアP55SIは、その世界において、ありとあらゆるものを凌駕するスーパーパワーの持ち主。<魔法>と呼ばれる超常の力さえ、それが発動する前に動けて、生物には非常に強力な影響を与えるスタンすらロボットであるがゆえに効果がなく、彼女の前にはただ面倒臭いだけの大道芸に過ぎなかった。 <ロボット>というものを知らないその世界の人々は彼女を<救世主>を崇め、自分達を脅かす<魔物の王>の討伐を願うのであった。

酒呑童子 遥かなる転生の果てに

小狐丸
ファンタジー
時は8世紀頃、一人の絶世の美少年がいた。 鍛冶屋の息子として産まれ、母の胎内に十六ヶ月過ごし、産まれた時には髪の毛も歯も生え揃い、四歳の頃には大人の知力と体力を身に付け、その才覚から鬼子と呼ばれ六歳に母から捨てられ各地を流浪した。やがて丹波国と山城国の国境にたどり着き、酒呑童子と呼ばれるようになる。  源頼光と四天王により退治されて後、彼は何度も転生する事になる。それは皮肉にも邪鬼を滅する事を強いられた人生。  そして平成の世にも転生を果たす。  そこから始まる物語。

一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫

むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。

かの世界この世界

武者走走九郎or大橋むつお
ファンタジー
人生のミス、ちょっとしたミスや、とんでもないミス、でも、人類全体、あるいは、地球的規模で見ると、どうでもいい些細な事。それを修正しようとすると異世界にぶっ飛んで、宇宙的規模で世界をひっくり返すことになるかもしれない。

婚約破棄され、平民落ちしましたが、学校追放はまた別問題らしいです

かぜかおる
ファンタジー
とある乙女ゲームのノベライズ版悪役令嬢に転生いたしました。 強制力込みの人生を歩み、冤罪ですが断罪・婚約破棄・勘当・平民落ちのクアドラプルコンボを食らったのが昨日のこと。 これからどうしようかと途方に暮れていた私に話しかけてきたのは、学校で歴史を教えてるおじいちゃん先生!?

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

処理中です...