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畿内の支配者

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 元亀二年(1571年)一月 伊勢国  桑名城

 阿波国と四国を残し、畿内のほぼ全域を支配下に置いた北畠家は、広がり過ぎた領内の内政に追われていた。
 これも毛利家が臣従してくるという、源太郎としても驚きの事件が起こり、領内の統治に時間が取れる余裕が出来た所為なのだが。

 正月の松の内も明け、平常運転に移った桑名は、今日も人で溢れていた。
 東の武田家はジリ貧となり、関東の北条氏康や病で先は短いと情報を得ている。
 西と東の圧力が弱まったこの時、源太郎は急激に拡大した領内の統治に力を入れようとしていた。



 播磨から桑名に報告を兼ねて戻って来ていた明智光秀に源太郎が聞く。

「十兵衛、姫路城の縄張りはどうなった?」
「はっ、縄張りは完成しました。現在は物資の輸送と職人の調達を行なっています」

 現在、姫路城には島清興が残っている。
 毛利家が臣従したことで、姫路城の意味合いは変わってきている。
 それでも重要な位置にあるのには間違いないので、大々的に建て直す事は決まっていた。
 姫路城は、前世の記憶にあるモノ以上の城を築くべく、例の如くコッソリと基礎工事と堀の掘削をするつもりだ。勿論、土魔法のゴリ押しで……

「あと、二条城の築城と京の整備計画は半兵衛頼むぞ」
「計画は遅延なく進んでいます。主上も殊の外御喜びだとか」
「まぁ、朝廷には正月に献上品と献金をたっぷりとしているからな」

 これも公家との繋がりが強い北畠氏の宿命か、朝廷をあからさまに蔑ろには出来ない。
 室町幕府は事実上消滅したが、朝廷の権威は侮れない。とても貧乏ではあるが。

 四国を制する為に、姫路城を拠点として開発を進める事が決まっていた。姫路は、その先の九州征伐も見据えた城にするつもりだ。

「北近江は今浜の城と城下町が完成し、南近江の大津城も完成しました。北国街道の整備もほぼ完成致しました」
「紀伊国は今暫くかかりそうだな」

 竹中半兵衛の近江の開発状況の報告を受け、満足そうに源太郎は頷き、後回しになっている紀伊国の状況を聞く。

「彼処はじっくりと進めるより仕方ありませんね」

 宗教天国だった紀伊国は、今では徹底的に叩かれて、極僅かな抵抗勢力が残る程度だ。それも人数を集めて一揆を起こそうとしても人が集まらず、たいした抵抗勢力となっていない状況なのだが、だからといって従順な者ばかりではないのだが。

「義兄上殿は苦戦しているようだな」
「はい、腐っても武田という事でしょう」

 美濃と尾張の二国を治める義理の兄でもある織田弾正忠信長。対武田には辛くも勝利したが、織田家の被害も大きかった。それを立て直しているのだが、武田家とは未だ戦争状態が続いている。
 武田家は信濃のほとんどを失い、国力はドン底にまで落ち込んだ。何より常勝軍団の武田家を支えた多くの家臣を喪った事が一番の痛手だろう。
 戦国最強の赤備えは今や、本家を一蹴した北畠の赤備えが、地獄の赤鬼軍団として恐れられている。
 三河も相変わらず安定とは程遠い状態だ。既に織田家の属国と言っても差し支えない状態にまでになってしまっている。
 関東の雄、北条氏は後北条氏を栄させた三代北条氏康が病で先は短いとの報せを聞いていた。嫡男の氏政は愚かではないが、凡庸だと聞いている。武田が弱体化した今がチャンスではあるのだが、上杉、里見と敵対する今、西へと対応する余裕はないだろう。西への守りを箱根山に頼っている時点で、北畠家にとって怖くはないと源太郎は思っている。北畠家には強力な水軍があるのだから。

「暫くの間、東は気にせず領内の統治に力を注ぐべきかと思います」
「某もそう思います」

 半兵衛の意見に十兵衛も賛同する。勿論、源太郎もそのつもりだった。

「北畠家は急激に大きくなり過ぎた。城を築き街を造り、街道を整備し、湊を造りと、工兵部隊も休む暇もない」
「人も育てねばなりませんしな」
「士官希望者は多いのですが、旧来の価値観を棄てれぬ者は、家内に馴染まぬでしょうからな」

 北畠家は基本的に領地を与えない。
 更に勝手に税を取ったり、賦役を命じる事を禁じている。公事に人を募る時は、日当と食事を支給する事と取り決められている。
 旧来の価値観を引き摺る者は、農民に重税を課し、賦役を命じ、領地に勝手に関所を設け銭を取る。
 北畠家もつい最近まではそうだった。源太郎が当主となって、不要な関所を破却するまで、桑名から伊勢神宮までの距離に、数えるのもバカらしい数の関所が在ったのだから。

 北畠領内では、貨幣経済が浸透している事も、変化に対応出来ない旧来の武士には戸惑う原因の一つだろう。

「三好家もジリ貧です。急ぐ事はないでしょう」
「土佐一条氏から助力を泣きつかれるやもしれませんが、毛利が片付いた今、四国も急ぐ程の事はありません」
「だな、無秩序に領地が広がるのは百害あって一利なしだろう」

 願わくばこの一年、領内の統治に専念させて欲しいと、源太郎は切に願った。



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