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束の間の休息

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 永禄九年(1566年)五月 桑名城

 長島を平定して二月、大鳥居城を改築して整備もひと段落つき、今日は家族水いらずでくつろいでいた。
 嫡男の虎松丸も数え四歳になり、小夜の産んだ女の子、朱音と名付けられた子は数え二歳になった。そしてもう一人、虎松丸と同じ歳の小さな女の子が居た。明智珠、史実では後に細川ガラシャと呼ばれた女性だ。

 源太郎はさすがに珠を見る度、微妙な気分になる。教育は、於市と小夜に任せておけば、立派な武家の娘になるだろうと思っているのだが。


 虎松丸も義兄上(織田信長)から既に婚姻の打診が来ている。信長の次女の冬姫、虎松丸の二つ年上で、史実では蒲生氏郷の正室になった女性だ。
 蒲生氏郷は、北畠家で小姓をしているので、誰か良い相手を見つけてあげないといけない。


「父上~、虎松丸も馬が欲しいです」

 源太郎の膝の上に乗り、自分の馬をねだる虎松丸。

「虎松丸にはまだ早かろう。もう少し大きくなってからでも遅くないぞ」

 源太郎がそう言うと虎松丸が頬を膨らませる。

「爺上が父上は、虎松丸位の頃から自分の馬を持っていたと聞きました」

 源太郎はがっくりとする。

「フフッ、義父上は度々桑名を訪れては、虎松丸に剣術を教えて帰りますから」

 於市が可笑しそうに笑いながら教えてくれた。

「はぁ~、父上は余計な事を」

「旦那様が幼き頃より、色々成されて来た事、義父上や味兵衛(井上専正)殿より聞いていますから」

 前世において大賢者として生き、大往生して転生した自分と同じに考え辛く、源太郎は頭を悩ませる。

「殿、珠もお馬が欲しいです」

 虎松丸に感化されて珠まで馬をねだってきた。

「はぁ~、雌の子馬を探すか……」

 源太郎は仕方なく、気性の大人しい雌の子馬を探さないといけないと気が重くなった。

「仕方がないですよ旦那様。北畠の騎馬軍団は、龍馬を駆る赤鬼と怖れられていますから、虎松丸が憧れるのも無理からぬことです」

「なら虎松丸も頑張って身体を大きくせねばな」

「はい!父上の様に大きくなります」

 そう元気よく答える我が子を笑顔で頷き頭を撫でる。
 実際、女性としては長身の部類に入る於市と、源太郎の子供なので、将来的に見て大きくなる可能性は高い。せめて六尺(約181.8cm)あれば大型馬に乗る事も可能だろう。






 永禄九年(1566年)五月 岐阜城

 稲葉山麓の御所でこの館の主人、織田信長と彼の信頼する重臣、森可成が難しい顔をして話し込んでいた。

「……難儀よのう」

 手にした書状を可成の方へ投げ捨てる。
 書状を拾い上げ、可成が内容を一読する。

「越前国へ逃れた義秋様ですか……、同じ内容の書状を左中将様にも送っているのでしょうか?」

 三人衆方の篠原長房・三好康長らが擁す、平島公方・足利義親が朝廷に従五位下左馬頭への任官を働きかけている。
 従五位下左馬頭は、次期将軍が就任する官職と見なされている。つまり従五位下左馬頭に任官するという事は、将軍宣下を申請する準備が整うという事になる。

 越前国の朝倉義景を頼り逃れている足利義秋が焦るのも無理からぬ事かもしれない。

「しかし此奴は相当頭の出来が良くないのぅ。神輿は軽い方が都合が良いが、神輿にすら不向きかのう」

「こんな話が通ると考えておられるのでしょうか?北近江を京極高吉に返還?若狭を武田義統に返還せよ?そのうえで朝倉に敦賀を返還して和睦?」

「馬鹿じゃろう。今更京極や武田に近江や若狭が治められる訳がなかろう。それ以前に左中将殿に何の意味がある?」

「御自分の側近に領地を与えたいのでしょうな」

「領地が欲しければ自分で獲れたわけが!」

 だんだん信長の頭に血がのぼり始めた。

「北畠家が大きくなり過ぎたのでしょう。どうにかして力を削ぎたいのだと思います」

「あれは儂や左中将殿が力を付ければ付けるほど、今度は儂等の討伐を騒ぎ始めるぞ」

「実際、将軍宣下を受ければ直ぐにでも北畠家を討伐の書状を送ってこよう」

 現に足利義秋は、将軍宣下を受ければ、上杉、朝倉、織田に対して北畠家討伐の命令を下す積りだった。

「だいたい、彼奴はまだ無位無官だぞ。対して北畠の先代は、正三位権中納言じゃ。義弟殿でさえ、従四位下左近衛中将だぞ。何の権限で命令しているのだ」

「では、この書状は?」

「破って捨てておけ。暫くは無視じゃ、左中将殿も同じであろう。上杉弾正少弼輝虎も北条・武田との戦さが忙しくてそれどころではあるまい」

 上杉弾正少弼輝虎も将軍足利義輝に北条・武田と和睦して、三好長慶を討伐せよとの説得にも上手くいかなかった。当時よりも北条・武田との関係は悪化しており、無位無官の足利義秋の要請に応えることはない。

「平島公方の将軍宣下は、儂と義弟殿で邪魔するから問題あるまい」

 三好三人衆の擁する平島公方・足利義親の将軍宣下は、織田家と北畠家で協力して朝廷に働きかけ阻止する積りだった。

「では次は、比叡山そして三好ですな」

 可成の言葉に信長が頷く。

 史実では、足利義昭を奉じて上洛を果たした信長だが、この世界での義昭は無位無官のまま終わる可能性も出て来た。

 既に足利将軍家の権威は必要がない程に地に堕ちていた。

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