25 / 62
束の間の休息
しおりを挟む
永禄九年(1566年)五月 桑名城
長島を平定して二月、大鳥居城を改築して整備もひと段落つき、今日は家族水いらずでくつろいでいた。
嫡男の虎松丸も数え四歳になり、小夜の産んだ女の子、朱音と名付けられた子は数え二歳になった。そしてもう一人、虎松丸と同じ歳の小さな女の子が居た。明智珠、史実では後に細川ガラシャと呼ばれた女性だ。
源太郎はさすがに珠を見る度、微妙な気分になる。教育は、於市と小夜に任せておけば、立派な武家の娘になるだろうと思っているのだが。
虎松丸も義兄上(織田信長)から既に婚姻の打診が来ている。信長の次女の冬姫、虎松丸の二つ年上で、史実では蒲生氏郷の正室になった女性だ。
蒲生氏郷は、北畠家で小姓をしているので、誰か良い相手を見つけてあげないといけない。
「父上~、虎松丸も馬が欲しいです」
源太郎の膝の上に乗り、自分の馬をねだる虎松丸。
「虎松丸にはまだ早かろう。もう少し大きくなってからでも遅くないぞ」
源太郎がそう言うと虎松丸が頬を膨らませる。
「爺上が父上は、虎松丸位の頃から自分の馬を持っていたと聞きました」
源太郎はがっくりとする。
「フフッ、義父上は度々桑名を訪れては、虎松丸に剣術を教えて帰りますから」
於市が可笑しそうに笑いながら教えてくれた。
「はぁ~、父上は余計な事を」
「旦那様が幼き頃より、色々成されて来た事、義父上や味兵衛(井上専正)殿より聞いていますから」
前世において大賢者として生き、大往生して転生した自分と同じに考え辛く、源太郎は頭を悩ませる。
「殿、珠もお馬が欲しいです」
虎松丸に感化されて珠まで馬をねだってきた。
「はぁ~、雌の子馬を探すか……」
源太郎は仕方なく、気性の大人しい雌の子馬を探さないといけないと気が重くなった。
「仕方がないですよ旦那様。北畠の騎馬軍団は、龍馬を駆る赤鬼と怖れられていますから、虎松丸が憧れるのも無理からぬことです」
「なら虎松丸も頑張って身体を大きくせねばな」
「はい!父上の様に大きくなります」
そう元気よく答える我が子を笑顔で頷き頭を撫でる。
実際、女性としては長身の部類に入る於市と、源太郎の子供なので、将来的に見て大きくなる可能性は高い。せめて六尺(約181.8cm)あれば大型馬に乗る事も可能だろう。
永禄九年(1566年)五月 岐阜城
稲葉山麓の御所でこの館の主人、織田信長と彼の信頼する重臣、森可成が難しい顔をして話し込んでいた。
「……難儀よのう」
手にした書状を可成の方へ投げ捨てる。
書状を拾い上げ、可成が内容を一読する。
「越前国へ逃れた義秋様ですか……、同じ内容の書状を左中将様にも送っているのでしょうか?」
三人衆方の篠原長房・三好康長らが擁す、平島公方・足利義親が朝廷に従五位下左馬頭への任官を働きかけている。
従五位下左馬頭は、次期将軍が就任する官職と見なされている。つまり従五位下左馬頭に任官するという事は、将軍宣下を申請する準備が整うという事になる。
越前国の朝倉義景を頼り逃れている足利義秋が焦るのも無理からぬ事かもしれない。
「しかし此奴は相当頭の出来が良くないのぅ。神輿は軽い方が都合が良いが、神輿にすら不向きかのう」
「こんな話が通ると考えておられるのでしょうか?北近江を京極高吉に返還?若狭を武田義統に返還せよ?そのうえで朝倉に敦賀を返還して和睦?」
「馬鹿じゃろう。今更京極や武田に近江や若狭が治められる訳がなかろう。それ以前に左中将殿に何の意味がある?」
「御自分の側近に領地を与えたいのでしょうな」
「領地が欲しければ自分で獲れたわけが!」
だんだん信長の頭に血がのぼり始めた。
「北畠家が大きくなり過ぎたのでしょう。どうにかして力を削ぎたいのだと思います」
「あれは儂や左中将殿が力を付ければ付けるほど、今度は儂等の討伐を騒ぎ始めるぞ」
「実際、将軍宣下を受ければ直ぐにでも北畠家を討伐の書状を送ってこよう」
現に足利義秋は、将軍宣下を受ければ、上杉、朝倉、織田に対して北畠家討伐の命令を下す積りだった。
「だいたい、彼奴はまだ無位無官だぞ。対して北畠の先代は、正三位権中納言じゃ。義弟殿でさえ、従四位下左近衛中将だぞ。何の権限で命令しているのだ」
「では、この書状は?」
「破って捨てておけ。暫くは無視じゃ、左中将殿も同じであろう。上杉弾正少弼輝虎も北条・武田との戦さが忙しくてそれどころではあるまい」
上杉弾正少弼輝虎も将軍足利義輝に北条・武田と和睦して、三好長慶を討伐せよとの説得にも上手くいかなかった。当時よりも北条・武田との関係は悪化しており、無位無官の足利義秋の要請に応えることはない。
「平島公方の将軍宣下は、儂と義弟殿で邪魔するから問題あるまい」
三好三人衆の擁する平島公方・足利義親の将軍宣下は、織田家と北畠家で協力して朝廷に働きかけ阻止する積りだった。
「では次は、比叡山そして三好ですな」
可成の言葉に信長が頷く。
史実では、足利義昭を奉じて上洛を果たした信長だが、この世界での義昭は無位無官のまま終わる可能性も出て来た。
既に足利将軍家の権威は必要がない程に地に堕ちていた。
長島を平定して二月、大鳥居城を改築して整備もひと段落つき、今日は家族水いらずでくつろいでいた。
嫡男の虎松丸も数え四歳になり、小夜の産んだ女の子、朱音と名付けられた子は数え二歳になった。そしてもう一人、虎松丸と同じ歳の小さな女の子が居た。明智珠、史実では後に細川ガラシャと呼ばれた女性だ。
源太郎はさすがに珠を見る度、微妙な気分になる。教育は、於市と小夜に任せておけば、立派な武家の娘になるだろうと思っているのだが。
虎松丸も義兄上(織田信長)から既に婚姻の打診が来ている。信長の次女の冬姫、虎松丸の二つ年上で、史実では蒲生氏郷の正室になった女性だ。
蒲生氏郷は、北畠家で小姓をしているので、誰か良い相手を見つけてあげないといけない。
「父上~、虎松丸も馬が欲しいです」
源太郎の膝の上に乗り、自分の馬をねだる虎松丸。
「虎松丸にはまだ早かろう。もう少し大きくなってからでも遅くないぞ」
源太郎がそう言うと虎松丸が頬を膨らませる。
「爺上が父上は、虎松丸位の頃から自分の馬を持っていたと聞きました」
源太郎はがっくりとする。
「フフッ、義父上は度々桑名を訪れては、虎松丸に剣術を教えて帰りますから」
於市が可笑しそうに笑いながら教えてくれた。
「はぁ~、父上は余計な事を」
「旦那様が幼き頃より、色々成されて来た事、義父上や味兵衛(井上専正)殿より聞いていますから」
前世において大賢者として生き、大往生して転生した自分と同じに考え辛く、源太郎は頭を悩ませる。
「殿、珠もお馬が欲しいです」
虎松丸に感化されて珠まで馬をねだってきた。
「はぁ~、雌の子馬を探すか……」
源太郎は仕方なく、気性の大人しい雌の子馬を探さないといけないと気が重くなった。
「仕方がないですよ旦那様。北畠の騎馬軍団は、龍馬を駆る赤鬼と怖れられていますから、虎松丸が憧れるのも無理からぬことです」
「なら虎松丸も頑張って身体を大きくせねばな」
「はい!父上の様に大きくなります」
そう元気よく答える我が子を笑顔で頷き頭を撫でる。
実際、女性としては長身の部類に入る於市と、源太郎の子供なので、将来的に見て大きくなる可能性は高い。せめて六尺(約181.8cm)あれば大型馬に乗る事も可能だろう。
永禄九年(1566年)五月 岐阜城
稲葉山麓の御所でこの館の主人、織田信長と彼の信頼する重臣、森可成が難しい顔をして話し込んでいた。
「……難儀よのう」
手にした書状を可成の方へ投げ捨てる。
書状を拾い上げ、可成が内容を一読する。
「越前国へ逃れた義秋様ですか……、同じ内容の書状を左中将様にも送っているのでしょうか?」
三人衆方の篠原長房・三好康長らが擁す、平島公方・足利義親が朝廷に従五位下左馬頭への任官を働きかけている。
従五位下左馬頭は、次期将軍が就任する官職と見なされている。つまり従五位下左馬頭に任官するという事は、将軍宣下を申請する準備が整うという事になる。
越前国の朝倉義景を頼り逃れている足利義秋が焦るのも無理からぬ事かもしれない。
「しかし此奴は相当頭の出来が良くないのぅ。神輿は軽い方が都合が良いが、神輿にすら不向きかのう」
「こんな話が通ると考えておられるのでしょうか?北近江を京極高吉に返還?若狭を武田義統に返還せよ?そのうえで朝倉に敦賀を返還して和睦?」
「馬鹿じゃろう。今更京極や武田に近江や若狭が治められる訳がなかろう。それ以前に左中将殿に何の意味がある?」
「御自分の側近に領地を与えたいのでしょうな」
「領地が欲しければ自分で獲れたわけが!」
だんだん信長の頭に血がのぼり始めた。
「北畠家が大きくなり過ぎたのでしょう。どうにかして力を削ぎたいのだと思います」
「あれは儂や左中将殿が力を付ければ付けるほど、今度は儂等の討伐を騒ぎ始めるぞ」
「実際、将軍宣下を受ければ直ぐにでも北畠家を討伐の書状を送ってこよう」
現に足利義秋は、将軍宣下を受ければ、上杉、朝倉、織田に対して北畠家討伐の命令を下す積りだった。
「だいたい、彼奴はまだ無位無官だぞ。対して北畠の先代は、正三位権中納言じゃ。義弟殿でさえ、従四位下左近衛中将だぞ。何の権限で命令しているのだ」
「では、この書状は?」
「破って捨てておけ。暫くは無視じゃ、左中将殿も同じであろう。上杉弾正少弼輝虎も北条・武田との戦さが忙しくてそれどころではあるまい」
上杉弾正少弼輝虎も将軍足利義輝に北条・武田と和睦して、三好長慶を討伐せよとの説得にも上手くいかなかった。当時よりも北条・武田との関係は悪化しており、無位無官の足利義秋の要請に応えることはない。
「平島公方の将軍宣下は、儂と義弟殿で邪魔するから問題あるまい」
三好三人衆の擁する平島公方・足利義親の将軍宣下は、織田家と北畠家で協力して朝廷に働きかけ阻止する積りだった。
「では次は、比叡山そして三好ですな」
可成の言葉に信長が頷く。
史実では、足利義昭を奉じて上洛を果たした信長だが、この世界での義昭は無位無官のまま終わる可能性も出て来た。
既に足利将軍家の権威は必要がない程に地に堕ちていた。
13
お気に入りに追加
3,139
あなたにおすすめの小説
スキルポイントが無限で全振りしても余るため、他に使ってみます
銀狐
ファンタジー
病気で17歳という若さで亡くなってしまった橘 勇輝。
死んだ際に3つの能力を手に入れ、別の世界に行けることになった。
そこで手に入れた能力でスキルポイントを無限にできる。
そのため、いろいろなスキルをカンストさせてみようと思いました。
※10万文字が超えそうなので、長編にしました。
はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~
緋色優希
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。
転生の水神様ーー使える魔法は水属性のみだが最強ですーー
芍薬甘草湯
ファンタジー
水道局職員が異世界に転生、水神様の加護を受けて活躍する異世界転生テンプレ的なストーリーです。
42歳のパッとしない水道局職員が死亡したのち水神様から加護を約束される。
下級貴族の三男ネロ=ヴァッサーに転生し12歳の祝福の儀で水神様に再会する。
約束通り祝福をもらったが使えるのは水属性魔法のみ。
それでもネロは水魔法を工夫しながら活躍していく。
一話当たりは短いです。
通勤通学の合間などにどうぞ。
あまり深く考えずに、気楽に読んでいただければ幸いです。
完結しました。
全能で楽しく公爵家!!
山椒
ファンタジー
平凡な人生であることを自負し、それを受け入れていた二十四歳の男性が交通事故で若くして死んでしまった。
未練はあれど死を受け入れた男性は、転生できるのであれば二度目の人生も平凡でモブキャラのような人生を送りたいと思ったところ、魔神によって全能の力を与えられてしまう!
転生した先は望んだ地位とは程遠い公爵家の長男、アーサー・ランスロットとして生まれてしまった。
スローライフをしようにも公爵家でできるかどうかも怪しいが、のんびりと全能の力を発揮していく転生者の物語。
※少しだけ設定を変えているため、書き直し、設定を加えているリメイク版になっています。
※リメイク前まで投稿しているところまで書き直せたので、二章はかなりの速度で投稿していきます。
憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
異世界人生を楽しみたい そのためにも赤ん坊から努力する
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕の名前は朝霧 雷斗(アサギリ ライト)
前世の記憶を持ったまま僕は別の世界に転生した
生まれてからすぐに両親の持っていた本を読み魔法があることを学ぶ
魔力は筋力と同じ、訓練をすれば上達する
ということで努力していくことにしました
転生テイマー、異世界生活を楽しむ
さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。
内容がどんどんかけ離れていくので…
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ありきたりな転生ものの予定です。
主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。
一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。
まっ、なんとかなるっしょ。
不死王はスローライフを希望します
小狐丸
ファンタジー
気がついたら、暗い森の中に居た男。
深夜会社から家に帰ったところまでは覚えているが、何故か自分の名前などのパーソナルな部分を覚えていない。
そこで俺は気がつく。
「俺って透けてないか?」
そう、男はゴーストになっていた。
最底辺のゴーストから成り上がる男の物語。
その最終目標は、世界征服でも英雄でもなく、ノンビリと畑を耕し自給自足するスローライフだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
暇になったので、駄文ですが勢いで書いてしまいました。
設定等ユルユルでガバガバですが、暇つぶしと割り切って読んで頂ければと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる