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第二十一話 ホクト王都へ
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新緑の薫りが辺りに漂い、柔らかな陽射しが包む街道を走る馬車が二台。
一見すると地味に見えるがシッカリとした造りのその馬車は、貴族が乗るに相応しい風格を備えていた。
ホクトとサクヤが週の内、二日を冒険者として活動を始めておよそ二年が経った。
新年を迎え、ホクトとサクヤも十二歳となるこの年の春、ヴァルハイム領から王都へ向かい走る馬車があった。馬車には護衛の騎士が随行している。
パチッ、「ちょっ、それ、待った!」
「父上、またですか」
広い馬車の中には、ホクトとサクヤの他にヴァルハイム子爵でホクトの父カインと第二夫人のフローラ、サクヤの父バグスと母のエヴァ、ホクトが生まれた頃からずっと身の回りの世話をしてくれているアマリエが乗っていた。その他の使用人は後ろの馬車に乗っている。
その馬車の中でホクトとカインが何をしているかと言えば、ホクトが気まぐれに作った将棋だった。
当然、駒に書かれた文字やその意味はこの世界でも通じないので、文字が読めない人の為を考えてチェスの様に駒の形で分かるように変えている。
魔物が蔓延り盗賊や山賊に怯え戦争の脅威に晒さるこの世界で、生きる事に精一杯の人々には娯楽と呼ばれるモノが極端に少ない。
此の所領地の躍進と治安の安定を成し遂げたヴァルハイム子爵領では、娯楽に飢えていた民の間で爆発的に広まったモノが幾つかあった。
子供でも遊べるリバーシやスゴロク、上質な紙の開発に苦労したがトランプも製作された。
これらの娯楽道具はロマリア王国はもとより、近隣諸国で爆発的に広まり、カインの商会には莫大な資金が集まる事となる。それに伴いホクトの懐にも少なくない報酬が支払われている。
それに加え、この二年でホクトとサクヤは冒険者ランクもDランクまで上がっており、その報酬や魔物素材の売却もあり、ホクトのアイテムボックスの中には、白金貨が少なくとも五十枚はある事を父のカインですら知らない。
「王手です父上」
「あっ!…………ダメだ、詰んでるな」
十二歳の息子に負けてガックリと肩を落とすカイン。
「ふふっ、どうせ勝った事なんか無いんだから、そんなに落ち込まないでよ」
「母上、さすがにそれは父上が可哀想です」
負けて落ち込むカインに酷い追い討ちをかけるフローラ。
「何時も仲が良いわね、あなた達」
対面に座るエヴァ達が微笑んで見ていた。
不自然に揺れない馬車の中での対局を終えたカインとホクト。この揺れない馬車もホクトとサクヤによる魔改造の賜物だった。重量軽減・空間拡張・振動吸収とてんこ盛りだ。
「…………それで入学試験までの間、何か予定はあるのか」
立ち直ったカインがホクトに聞く。
この春からロマリア王国立学園の入学試験を受ける為に王都へ向かっているのだが、試験まではまだ日にちがある。
ちなみにホクトとサクヤは、寮に入らず王都にあるヴァルハイム家の屋敷から学園に通う事が決まっている。現在、領地の屋敷には長男のアルバンが留守を守りながら統治の勉強をしている。次男のジョシュアと第一夫人のジェシカは王都の屋敷を守っている。貴族出身のジェシカが表向きの付き合いを引き受けているのだ。
「父上の剣を鍛えたという鍛治師を紹介して頂きたいです」
ホクトはこの際、有り余る資金で自分とサクヤの装備を整えようと考えていた。
「あゝ、ガンツに会いたいのか。ガンツはドワーフの鍛治師の中でも神匠と呼ばれる名工だからな。ホクトが装備を造って貰えるかはガンツ次第だが、一応私から紹介状を書いておくよ」
「ありがとうございます」
「お礼はまだ早いよ」
カインがニヤニヤと笑う。
「どういう事ですか?」
ホクトが首をかしげる。父の珍しいいたずらっ子の様な笑顔に不安になるホクト。
「実はガンツはへそ曲がりの偏屈親父でね、私の時も剣を打つのに魔物素材を調達して来ないと剣を打たないなんて言ってたな。ホクトはどんな無茶を言われるか楽しみだね」
「……いや、父上、どうして楽しみなのですか。凄く意地悪な笑顔ですし」
「ガンツかぁ~、懐かしい名前ね~」
「母上もご存知なんですか?」
懐かしそうにそう言うフローラに聞く。
「そうよ~、バグスやエヴァも顔馴染みよね」
「ホクト、ガンツはなぁ、俺達が冒険者として活動していた時に装備を造って貰ったんだ」
ホクトの父カインは貴族家の五男に生まれ、家を継げないカインは、得意だった剣の腕を頼りに冒険者を目指した。冒険者として活動するうちフローラやバグス達と出会い意気投合し、やがてパーティーを組んで一緒に冒険する様になった。
カインはオーソドックスにロングソードと盾を使い、バグスは大剣を使う。フローラとエヴァは魔法色で、フローラは攻撃寄りでエヴァは回復と補助魔法を使う。冒険者時代のカイン達の装備はガンツが造った物らしい。カインとバグスは今もガンツが打った剣を大事に使っている。
「魔物素材って言っても、僕達学園に入学したらあまり遠出は出来ないよ。王都の近くで武器や防具の良い素材になる魔物なんていないでしょ」
王都の近隣では常に魔物の駆除がされている為、強い魔物はいない事は知られている。
「ホクト、そこで迷宮が重要になってくるんだ」
「迷宮ですか?」
ホクトも迷宮の事は本の知識で知っている。ダンジョンコアが有り魔物が徘徊する異界と言われている。迷宮では様々な魔物素材と宝が手に入ると言う。
「あゝ、王都の近くでは未だ踏破されていない最古の迷宮と死霊王の迷宮の二つが有るけど、難易度が高いよ」
「迷宮かぁ…………」
迷宮に挑むのも面白いかもしれない。王都での生活が楽しみになって来たホクトだった。
一見すると地味に見えるがシッカリとした造りのその馬車は、貴族が乗るに相応しい風格を備えていた。
ホクトとサクヤが週の内、二日を冒険者として活動を始めておよそ二年が経った。
新年を迎え、ホクトとサクヤも十二歳となるこの年の春、ヴァルハイム領から王都へ向かい走る馬車があった。馬車には護衛の騎士が随行している。
パチッ、「ちょっ、それ、待った!」
「父上、またですか」
広い馬車の中には、ホクトとサクヤの他にヴァルハイム子爵でホクトの父カインと第二夫人のフローラ、サクヤの父バグスと母のエヴァ、ホクトが生まれた頃からずっと身の回りの世話をしてくれているアマリエが乗っていた。その他の使用人は後ろの馬車に乗っている。
その馬車の中でホクトとカインが何をしているかと言えば、ホクトが気まぐれに作った将棋だった。
当然、駒に書かれた文字やその意味はこの世界でも通じないので、文字が読めない人の為を考えてチェスの様に駒の形で分かるように変えている。
魔物が蔓延り盗賊や山賊に怯え戦争の脅威に晒さるこの世界で、生きる事に精一杯の人々には娯楽と呼ばれるモノが極端に少ない。
此の所領地の躍進と治安の安定を成し遂げたヴァルハイム子爵領では、娯楽に飢えていた民の間で爆発的に広まったモノが幾つかあった。
子供でも遊べるリバーシやスゴロク、上質な紙の開発に苦労したがトランプも製作された。
これらの娯楽道具はロマリア王国はもとより、近隣諸国で爆発的に広まり、カインの商会には莫大な資金が集まる事となる。それに伴いホクトの懐にも少なくない報酬が支払われている。
それに加え、この二年でホクトとサクヤは冒険者ランクもDランクまで上がっており、その報酬や魔物素材の売却もあり、ホクトのアイテムボックスの中には、白金貨が少なくとも五十枚はある事を父のカインですら知らない。
「王手です父上」
「あっ!…………ダメだ、詰んでるな」
十二歳の息子に負けてガックリと肩を落とすカイン。
「ふふっ、どうせ勝った事なんか無いんだから、そんなに落ち込まないでよ」
「母上、さすがにそれは父上が可哀想です」
負けて落ち込むカインに酷い追い討ちをかけるフローラ。
「何時も仲が良いわね、あなた達」
対面に座るエヴァ達が微笑んで見ていた。
不自然に揺れない馬車の中での対局を終えたカインとホクト。この揺れない馬車もホクトとサクヤによる魔改造の賜物だった。重量軽減・空間拡張・振動吸収とてんこ盛りだ。
「…………それで入学試験までの間、何か予定はあるのか」
立ち直ったカインがホクトに聞く。
この春からロマリア王国立学園の入学試験を受ける為に王都へ向かっているのだが、試験まではまだ日にちがある。
ちなみにホクトとサクヤは、寮に入らず王都にあるヴァルハイム家の屋敷から学園に通う事が決まっている。現在、領地の屋敷には長男のアルバンが留守を守りながら統治の勉強をしている。次男のジョシュアと第一夫人のジェシカは王都の屋敷を守っている。貴族出身のジェシカが表向きの付き合いを引き受けているのだ。
「父上の剣を鍛えたという鍛治師を紹介して頂きたいです」
ホクトはこの際、有り余る資金で自分とサクヤの装備を整えようと考えていた。
「あゝ、ガンツに会いたいのか。ガンツはドワーフの鍛治師の中でも神匠と呼ばれる名工だからな。ホクトが装備を造って貰えるかはガンツ次第だが、一応私から紹介状を書いておくよ」
「ありがとうございます」
「お礼はまだ早いよ」
カインがニヤニヤと笑う。
「どういう事ですか?」
ホクトが首をかしげる。父の珍しいいたずらっ子の様な笑顔に不安になるホクト。
「実はガンツはへそ曲がりの偏屈親父でね、私の時も剣を打つのに魔物素材を調達して来ないと剣を打たないなんて言ってたな。ホクトはどんな無茶を言われるか楽しみだね」
「……いや、父上、どうして楽しみなのですか。凄く意地悪な笑顔ですし」
「ガンツかぁ~、懐かしい名前ね~」
「母上もご存知なんですか?」
懐かしそうにそう言うフローラに聞く。
「そうよ~、バグスやエヴァも顔馴染みよね」
「ホクト、ガンツはなぁ、俺達が冒険者として活動していた時に装備を造って貰ったんだ」
ホクトの父カインは貴族家の五男に生まれ、家を継げないカインは、得意だった剣の腕を頼りに冒険者を目指した。冒険者として活動するうちフローラやバグス達と出会い意気投合し、やがてパーティーを組んで一緒に冒険する様になった。
カインはオーソドックスにロングソードと盾を使い、バグスは大剣を使う。フローラとエヴァは魔法色で、フローラは攻撃寄りでエヴァは回復と補助魔法を使う。冒険者時代のカイン達の装備はガンツが造った物らしい。カインとバグスは今もガンツが打った剣を大事に使っている。
「魔物素材って言っても、僕達学園に入学したらあまり遠出は出来ないよ。王都の近くで武器や防具の良い素材になる魔物なんていないでしょ」
王都の近隣では常に魔物の駆除がされている為、強い魔物はいない事は知られている。
「ホクト、そこで迷宮が重要になってくるんだ」
「迷宮ですか?」
ホクトも迷宮の事は本の知識で知っている。ダンジョンコアが有り魔物が徘徊する異界と言われている。迷宮では様々な魔物素材と宝が手に入ると言う。
「あゝ、王都の近くでは未だ踏破されていない最古の迷宮と死霊王の迷宮の二つが有るけど、難易度が高いよ」
「迷宮かぁ…………」
迷宮に挑むのも面白いかもしれない。王都での生活が楽しみになって来たホクトだった。
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