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第一話 輪廻転生の果てに

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 時は8世紀頃、日の本の貧村に一人の絶世の美少年がいた。

 多くの女性が恋い焦がれ叶わず、想いを遂げれなかった恨みが黒い霧の様に纏わり付き、彼を鬼にしたという。

 鍛冶屋の息子として産まれ、母の胎内に十六ヶ月過ごし、産まれた時には髪の毛も歯も生え揃い、四歳の頃には大人の知力と体力を身に付けていた。その才覚から周りや親からまでも鬼っ子と呼ばれ疎まれ、六歳に母から捨てられ各地を流浪した。やがて丹波国と山城国の国境にたどり着いた少年は、鬼の頭領【酒呑童子】と呼ばれるようになっていた。

 京洛を恐怖と混沌に陥れた鬼の王。

 一条天皇の勅により源頼光と四天王が鬼退治に乗りだす。毒酒を飲ませられ、身体が麻痺した酒呑童子は首を切られ成敗される。

 その後、彼は何度も転生する事になる。それは皮肉にも神により邪鬼を滅する事を強いられた人生。

 その宿業故か彼は常に苛烈な人生を強いられた。


 時には戦国の世に武将として。

 ある時は江戸の僧侶として。

 また明治期の軍人として。

 その度に人の世に潜む邪鬼を、邪鬼が取り付き鬼となったモノを滅する事を強いられた。

 そして彼は平成の世に転生を果たす。




 京都の街を一人の少年が歩いていた。

 秋の風が金木犀キンモクセイの香りを少年のもとへ届ける。

 修学旅行での自由時間、他の生徒が友人同士で自由時間を満喫するなか、涼しげな瞳の少年は独り何かを目指して歩いていた。

 少年の名前は、天童  北斗(テンドウ  ホクト)十七歳の高校二年生。
 死を司る神、北斗星君から付けられた不吉な名前はその宿業故か……、魂に紐付けさせたのか。
 千年以上の昔、京で暴れまわった鬼の頭領、酒呑童子が何度目かの転生を果たした現在の器。
 北斗は今世でも美しい黒髪で長身の絶世の美少年だった。
 邪鬼を滅する宿命故に、彼は極力人と関わらずに生きて来た。ただ一人の例外、幼馴染の少女を除いて。

 何度も繰り返す転生の人生において、北斗は常に過酷な人生強いられた。それは酒呑童子だった北斗に神が課した贖罪の人生。その宿業からは今世でも逃れられず、北斗は天涯孤独な人生を歩んで来た。


 タンッ!  京都の街を歩きながら、足下の黒い塊を踏みつける北斗。
 黒い塊は北斗に踏まれると煙のように霧散する。


「北斗君!」

 背後から鈴の鳴るような可憐な声で北斗を呼び止める声が掛かる。聞き慣れた声に北斗が振り返ると、そこにはストレートの黒髪を腰まで伸ばした息を呑むほど美しい絶世の美少女がいた。

 整い過ぎた顔の造形、細く長い手脚、激しく主張するその胸、細く括れた腰から形の良いヒップ。

 神々しい程の美しさを誇る彼女は北斗の幼馴染。

 名前を琴乃葉  咲耶(コトノハ  サクヤ)。

「咲耶か、皆んなと一緒に行かなかったのか?」

「もう、北斗君一人で行かないでよ」

「いや、咲耶この街は危険だ。千年もの永きに渡って呪詛が渦巻いている。俺も咲耶を護りきれるか自信がないんだ。もし咲耶に何かあったら、俺は悔やんでも悔やみきれない」

 千年以上の間、陰陽師の結界の中で渦巻いている呪詛のお陰で、京都の地は霊的に危険な状態だった。

「危険なのは北斗君も同じでしょう。私も北斗君に何かがあったら嫌だもの」

 酒呑童子として生きた記憶、そして転生して邪鬼を滅する事を強いられ、幾度かの人生を生きて来た特異な存在の北斗。そして彼に寄り添う咲耶も唯人ではなかった。

 彼女は木花咲耶姫(コノハナノサクヤヒメ)の分け御霊が、何の因果か人の身体に顕現した、神気を宿す少女だった。
 ただ、酒呑童子だった頃の力に加え、転生する度に身に付けた力と術、邪鬼を滅する力を持った北斗とは違い、咲耶は普通の人と変わりはない。それ故に北斗は咲耶の事が心配だった。
 何度も繰り返す転生人生において、初めて愛おしく思い命を賭しても護りたい大切な存在が咲耶だった。



 その時、北斗と咲耶の周りの空気が変わった。

 秋深い時期にも関わらず生ぬるい風が吹く。

 暗雲が立ち込め始め陽の光を遮る。

 急に空が破けたような雨が降り始める。


「咲耶!逃げろ!」

「北斗君!」

 尋常ならざる危機を感じ取った北斗が咲耶に叫ぶ。しかしそれは少し遅過ぎた。
 北斗と咲耶の目の前に、大量の黒い煙の様なモノが集まり始め、やがてそれは三メートル程の鬼の形をとり始める。

「ちっ!邪鬼のレベルじゃねえぞ!」

 それはこれまで何度も滅して来た邪鬼とは一線を画した鬼だった。

 北斗は人としての今の脆弱な身体を恨む。

 何度かの転生した人生においても、これ程の邪鬼に遭遇した事は無かった。この脆弱な人の身体で咲耶を護りながら戦えるか自信がない。

 それでも北斗は全身に気を巡らせ強化すると、黒い邪鬼へと対峙する。

 太い腕を滅茶苦茶に振り回す邪鬼の腕を、紙一重で躱し逸らし受け流す。躱しながらも攻撃に転じる北斗。

「ちっ、あんまり効かないな」

 当たれば一撃で終わるだろう圧倒的な攻撃を、千二百年の永きに渡り磨いた技と、酒呑童子だった頃の僅かに使える力の残滓で躱し受け流す。

 永遠に続くかとも思える千日手が続き、このままでは人の身の北斗が先に力尽きるだろう。

 ここで北斗は覚悟を決める。己の命を燃やし尽くしてでも邪鬼を滅して咲耶を護る。

 北斗の纏う気が膨れ上がりその目が紅く染まる。

 北斗は邪鬼の懐に入ると、足の裏から螺旋の力を腰へと連動させ、命を燃やした渾身の一撃を叩き込んだ。

「北斗君!」

 咲耶が悲鳴の様な声をあげ北斗に駆け寄る。

 北斗の一撃を受けた巨大な邪鬼は、渦巻く黒い霧となり北斗を包み込もうとする。

 咲耶は必死に北斗の背中に抱きつく。





 黒い霧が霧散した後、突然の雨が嘘のように晴れ渡る。そして、その場所に少年と少女の姿は消えていた。


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