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第二章

三十四話 婿養子、忙しく働く

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 田んぼの稲が青々と育ち、丘を駆け下りる風に揺れている。

 サミアさんやフェルミアちゃん、ヘティスちゃん、ミルちゃんの家も完成し、内装や必要な家具が揃った頃、季節は夏へと様変わりしていた。


 僕の名前は、千葉修二。三十三歳になった。

 千葉家は代々古流剣術の道場を営み、僕の幼馴染で妻の皐月は、千葉家の一人娘だった。
 彼女と結婚するにあたり、僕は婿養子となり千葉家の人間となった。

 そして何の因果か異世界に家族で降り立ち、何とか居住環境を整える事が出来た。

 そしてフーガとの出会いから契約、フェルミアちゃんとヘティスちゃんを助けた事から始まるサミアさんことサミアティアさんとミルちゃんことミルティシアちゃんの救出と、怒涛の日々を過ごしていた僕も、やっと落ち着いた生活が戻って来たと感じている今日この頃。



 図らずもこの世界に家族で降り立ち、二度目の夏を迎える。

 佐那の成長を見るのは楽しみだけど、自分の年齢はもう余り考えないようにしよう。
 何故ならこの世界のシステムとして、レベルという概念があり、そのレベルが上がれば寿命が延びるだけじゃなく、見た目も若返る事を自分達の身を以て確認できている。皐月やお義母さんはその事を大変喜んでいる。

 さて、そんな僕は、僕専用の作業小屋で地道な作業を続けていた。
 鍛治小屋として兼用しているので、窓も小さく薄暗く、季節が夏に向かうこの時期室内の温度は高く、汗を拭いながらの作業だ。


 僕とお義父さんで助け出したサミアさんは、お義母さんから機織りや裁縫を習って、フェルミアちゃんやヘティスちゃんの服を縫うようになった。ミルちゃんもお義母さんが手取り足取り裁縫を教え、自分で服を作れるよう頑張っている。

 家具が揃ったって言ったのは嘘だ。

 サミアさん達のベッドは最低限の枠組みしか出来ていない。
 今はその上に干し草を重ねてシーツで覆っている。これでもサミアさん達にとっては贅沢なベッドだと言ってくれたんだが、僕達のベッドがスプリングを組み合わせたマットレスを使っているのに、サミアさん達のベッドだけ手抜きでは、流石に僕の精神衛生上よろしくない。

 だから他の仕事の合間に、シコシコとスプリングを組み合わせている。
 今はフェルミアちゃんとヘティスちゃんが同じベッドで寝ているが、将来的な事も考えて四つ必要だから時間はかかる。

 土魔法で弾力性と耐久性を持たせた魔鋼製のスプリングをチマチマと結んで並べていると、扉を開けて皐月と佐那が顔をのぞかせた。

「どう? 出来た?」
「どう? できた?」
「ん? 皐月と佐那か。もうちょっとかな。お昼までには完成すると思う」

 扉を少し開けて顔だけをのぞかせる皐月と、その真似をして顔を出している佐那の可愛さに笑ってしまいそうになる。

「修ちゃん、ここ暑いね。これからもっと暑くなると作業するのキツイんじゃない?」
「キツイんじゃない?」
「そうなんだよな」

 僕が木工や鍛治をする作業小屋なんだけど、広さはそこそこなので、それに関しては満足しているのだが、当たり前なんだけどエアコンが無いので夏が近づく今の季節は室内の温度が上がって大変なんだ。

「ここ、暑いからフェルミアちゃんやヘティスちゃんも寄り付かないものね」
「フーガですら来ないよ」

 狼の獣人と言っても、人族との違いは耳と尻尾だけなので、暑さに対する耐性は変わらないと思うのだけど、何故かフェルミアちゃん達は寒さには強いが暑さには弱いらしい。

 聖霊獣のフーガに関しては、少々暑くても寒くても大丈夫な筈なのに……

「やっぱり冷房は必要かな」
「有ると嬉しいけど、何とかなるの?」

 エアコンを作れるのなら是非とも欲しい。

 ここにも四季はあり、冬はそれなりに寒く夏もそこそこ気温が高い。ただ日本の夏のように湿度が高くないので、日本の夏ほど過ごし難くないのが救いだ。

「任せなさい。冷蔵庫だって造ったんだから、エアコンなんてチョロいチョロい」
「ちょろい、ちょろい」
「ならお願いしようかな。でも家の後でも大丈夫だからな」
「了解。サミアさんの家にも必要だもんね」

 皐月と佐那はそのまま家に帰って行った。

 ここ、暑いもんね。

 因みに皐月の工房は、家の地下に造ってある。

 地下室だからか、気温が夏でも低く過ごしやすいんだ。

「あっ、それとお昼までに完成するなら、その後少し頼みたい事があるんだけど」
「パパになにをたのむの?」
「えっ、また何か作るの?」

 まだベッドが完成していないのに、その後に頼みたい事をわざわざ言いに来るって、何だろうと少し警戒してしまう。

 日本に居た頃と違って、少しの頼み事のレベルが違ってきている。

 日本で日常的にしていた、ゴミ出しや庭の草むしり、お風呂掃除みたいなものじゃないんだろうな。

「そろそろ夏本番じゃない?」
「そうだね。日本みたいに蒸し暑くないのが救いだけど、暑いのには変わりないね」

 皐月が作業小屋の中に入らず、顔だけ覗かせているんだ。そんな中で作業している僕が夏を身近に感じていると思うよ。

「近くの川で流れが緩やかな場所があるでしょ。そこで佐那やヘティスちゃんを遊ばせてあげたいのよ」
「……もしかして水着が欲しいとか言うのかな?」
「アッタリー! 糸の材料を採って来て欲しいの。シルクワームの糸袋ってのがあるらしいの。フーガがシルクワームの棲む場所を知ってるらしいからお願いね」
「おねがいね、パパ」
「えっ……」
「そうそう、わざわざ暑い中作業しないで、氷魔法で冷気を出せば涼しいわよ」
「すずゅしいわよ」
「へっ……」

 バタンッ!

 マイペースに言いたい事だけ言って皐月と佐那は行ってしまった。

 僕はガックリとその場に転がる。

「魔法で冷気かぁ~、どうして気が付かないかなぁ」

 水魔法の上位属性に氷魔法があるが、これは水魔法の熟練度が上がれば使えるようになるという訳じゃなく、魔力制御と確固としたイメージさえ掴めれば使えるようになる。

 この世界の一般的な常識として、水魔法の熟練度を上げていく先に氷魔法があると考えられているのは、水魔法の熟練度が高くなれば、魔力制御の熟練度も当然上がっているところからくる誤解だと思う。

「……本当だ、涼しくなったよ」

 寝転んだ状態で、部屋の中を冷気で冷やしてみると、本当に作業小屋の中が涼しくなった。

「しかも使う魔力量がこれっぽっちって……」

 しかもハラタツ事に、魔力効率の良い魔法らしく、これなら一日中使っても平気だ。

 何時迄も腐ってちゃ仕事が進まないので、気合いを入れて起き上がり、残りの作業を続ける。

 お義母さんの作ったマットレスの外側に、スプリングを並べて組んだ物を入れ、何とか四人分のマットレスを完成させる。



 家で皆んなでお昼ご飯を食べて、僕は防具を装備する。

 サミアさん達の家が完成してからも、お昼ご飯と晩ご飯は一緒に食べる事が多い。朝ご飯だけはそれぞれで食べる事が多いかな。

『主人、では行きましょうか。それと木の棒を何本か用意しておいた方がいいと思います』
「了解。しかし、木の棒って、嫌な予感しかしないんだけど……」

 シルクワームがどんな魔物か分からないけど、何となく想像は出来る。

「パパ、いってらっしゃい!」
「はい、行ってくるね~」
「キャハハハッ!」

 佐那を抱き上げ頬ずりする。

「お気を付けて下さい」
「修お兄ちゃん、行ってらっしゃい」
「お兄ちゃん、行ってらっしゃい」
「修二お兄ちゃん、気を付けて下さい」
「うん、頑張って一杯採って来るよ」

 サミアさんやフェルミアちゃん、ヘティスちゃん、ミルちゃんにも見送られて家を出る。
 フェルミアちゃんやヘティスちゃん、ミルちゃんからは、修お兄ちゃんとか修二お兄ちゃんとか呼ばれるようになった。

「修二君、序でに肉も頼む」
「はい、分かりました」

 お義父さんから肉のリクエストがあった。

 肉のストックは十分に有るが、無限収納の中に入れておけば腐る事はないので、獲れる時に獲っておくのが僕とお義父さんの方針だ。

「じゃあ行こうかフーガ」
『では背中に乗って下さい』

 最近、家の中では普通の狼サイズで過ごしているフーガが、元の巨狼サイズへと戻る。

 僕がフーガに跨ると、フワリとフーガが地面から浮き上がり空を駆け始める。

「晩ご飯までに帰って来るのよーー!」

 皐月の声を聞きながら、フーガは一気に加速する。

 日本で暮らしていた頃より忙しいのは何故だろう。





 お義父さんから頼まれた食肉の確保を、ここまで来る道中で済ませ、目的地へとたどり着いた。

 フーガに連れて来て貰ったのは、北の山脈地帯の麓付近。

 フーガがフワリと降り立つ。

「ここら辺なのか?」
『はい。気配を探れば主人なら分かると思います』

 フーガから降りて周囲を見回し、この場所で間違いないのか確認する。

 地面は土が露出した場所が多く、雑草や木もまばらだ。

 フーガに言われた通りに気配を探ってみると、確かに土の中に居るよ。それも一匹や二匹じゃないな。

『主人、棒の用意を』
「……了解」

 両手に棒を二刀流で持った瞬間、計ったかのように地面から何本ものニョロニョロが姿を現した。
 直径 10 センチ、地面から出た長さは1メートル50センチほどの白いミミズ。皐月なら悲鳴ものの外見だ。
 それが何本も地面から出て来てニョロニョロと蠢いている。

「うわぁ~、本当にでかいミミズなんだな」
『はい、危険度は低いのですが、数は纏まって生息していますから』

 一応、鑑定しておくか。

・シルクワーム Eランク

 地中に生息し、近寄る獲物を糸で絡め取り捕食する。
 シルクワームの吐き出す糸は伸縮性に優れ、丈夫な布に加工できる。


「これって糸袋の採取じゃなかったの?」
『糸袋を錬金術で加工して糸にも出来るのですが、シルクワームが直接吐き出した糸を集める方が簡単ですから』

 二本の棒を操り、僕を目掛けて吐き出される糸を、綿アメを巻き取るように棒へと巻き付ける。

 もう何本目かの棒か分からないくらい糸で一杯になった頃、シルクワームが地面の中に潜ってしまった。

「あれ?」
『流石に永遠に糸を吐くのは無理ですから』
「ああ、それで逃げ出したのか」

 糸が巻き付けられた棒を無限収納に入れ、フーガと休憩する。

「ふぅ、量は十分確保できたから、あとはお義母さんにお任せだな」
『……甘いと思いますよ』
「やっぱり?」
『ええ、主人も裁縫スキルを習得しましたから』
「だよなぁ」

 僕は千葉家の何でも屋だからな。

 色々と頼まれている案件を考えると溜息が出るよ。



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