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第一章
二十八話 婿養子、憤る
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フーガと森の深部で保護した獣人の子供二人。
急いで帰った僕は、フーガの背に乗せた子供を家に運んだ。
「皐月! 皐月!」
子供達を驚かさないように、それでも大きめの声で皐月を呼ぶ。
「お帰り修ちゃん、どうしたの?」
「パパ! おかえりなさい!」
家の奥から皐月と佐那が出迎えてくれた。
「修ちゃん! その子達どうしたの?」
「パパ、その子たちだれ?」
「森の深部で拾ったんだ」
「拾ったって、修ちゃん」
「パパ、ひろったのー?」
僕は二人をフーガの背から抱き上げる。
その時、二人の体が余りにも軽いので驚いた。
「どうしたんだ修二君」
「お義父さん、説明しますから、先に皐月に回復魔法を掛けて貰ってもいいですか?」
「皐月、子供達を診てあげなさい」
「う、うん、ちょっと待ってね」
僕がリビングを抜けて客間に連れて行く。
ベッドにゆっくりと寝かせると、皐月が二人の状態を診察する。
「怪我は軽いけど、極度の疲労と栄養失調ね。取り敢えずヒールを掛けておくわね」
「ありがとう皐月」
皐月が二人にヒールを掛けると細かなキズが消えた。
「おねえちゃんのお耳、わんちゃん?」
「狼さんだって」
一緒に部屋に着いて来た佐那が、背伸びして覗き込み、不思議そうに聞いてきた。
「さぁ、佐那、お姉ちゃん達をゆっくり寝かせてあげようね」
「うん」
ドアの所で待っていたお義父さんとリビングへと向かう。
「お茶淹れますね」
「ありがとうございます、お義母さん」
僕がソファーに座ると、佐那が僕の膝の上に登ってチョコンと座る。
「それで、あの子達を森で拾ったとは、どういう事なんだ?」
「はい、実は…………」
佐那を膝に抱き、お義父さんや皐月に、そのままを説明した。
「……フーガ、その囮というのは間違いないのか?」
『栄三郎殿、あの子らが付けられていたのは、奴隷用の首輪です。今どきあの様な非人道的な首輪は、正規の奴隷ではないと思われます。その上で、違法に取得した奴隷を囮目的で買い、使い捨てにする外道が居るのも事実です』
「……酷い」
「なんて事を……」
皐月とお義母さんが悲痛な表情で絶句している。
お義父さんも改めてこの世界の闇を感じているんだろう。怒りを抑えているのが僕にでも分かるという事は、相当怒っている証拠だ。
「皐月、あの首輪、呪術的な仕掛けがしてあるらしいんだけど、皐月の光魔法なら安全に解呪できないかな?」
「うん、大丈夫よ。あの程度の呪いの魔導具なんて、チョチョイのチョイで解呪しちゃうから」
「なら、大丈夫だな」
フーガによると奴隷の首輪は、呪いの魔導具らしく、光魔法で解呪しないと外れないらしい。
よくある首が絞まって死んでしまうなんて、そんな首輪じゃなくてホッとしたんだけど、そんな高性能な首輪を使い捨ての奴隷に使わないとフーガに言われてしまった。道理である。
因みに僕でも解呪や回復魔法は使えるのだが、今回は緊急性がないと思ったので診断スキルを持つ専門家の皐月に任せた方が良いと判断した。
「じゃあ、私は早速首輪を外してくるわね。何時迄もあんな首輪、可哀想だもの」
「頼むよ」
皐月が客間に行って、お義父さんが気になる事を聞いてきた。
「それで、その男達は、森の深層などに、何の目的で来たのだ?」
「ハッキリとは分かりませんが、考えられるのは森の西側の調査じゃないかと思うんです」
「調査か……」
フーガがあの子達を囮に逃げた冒険者を追って、その因果応報と言える最後を確認している事を話す。
あの森の魔物を討伐して、素材を持ち帰り儲けるには、力不足だった事。
「ただ、調査と言っても、森かそれ以上に厄介な湿地帯を抜けないと、この西側には来れないのに、調査の必要があるのかと疑問なんですよね」
「……修二君、版図を拡げる事を考えれば、そうなのだろうが、何処の国にも属さない新しい土地を発見するという事は、私たちが思っている以上に価値があるんだよ。それが豊かな土地なら余計にね」
「うーん……」
その発想はなかったな。
僕なら手を出せない土地なんて、なんの価値もないと思うのだけど、貴族や冒険者の功名にはなるのか。
「貴族なんぞ、そんなものだ。それに此処に豊かな自然と暮らしやすい土地があると知られれば、森の開拓を本気で考えるかもしれん」
『栄三郎殿、それは無理だと思われますよ。どの国の軍も、冒険者も、今の世はそれ程の強者は居ませんから』
「えっ? 高ランクの冒険者なら、この程度の森なんか楽勝じゃないのか? ただ、歩きだと日にちがかかり過ぎるから、野営が大変とかの理由じゃないのか?」
『違いますよ主人。確かに魔物がいつ襲って来るか分からない状況で、例え結界の魔導具が有ったとしても何日も野営など大変でしょうが、一番の原因は、森の魔物が強力だからです』
あれ? 僕とお義父さんは、普通に深部に行ってたよな。
「僕とお義父さんはフーガと会う前も森の奥に行ってたぞ」
『主人と栄三郎殿が異常なのです。レベルで計れない強さをもっていますから』
「ああ、なる程ね。そうなると、僕とお義父さんは、レベルは兎も角、この世界でも強い方なのか?」
そう、この世界の基準が分からないから、自分やお義父さんの位置が分からないんだ。
『私の知る限りですが、そうだと思いますよ』
「そうだったのか……」
「修二君、強さは人と比べるものではない。武術は己を磨くものだぞ」
「そうですね」
お義父さんはブレないな。常に自分を磨く事に貪欲だ。
「修二君、それよりあの子達はどうするの?」
「一度保護したからには責任もありますから、家に送り帰すにしても、送って行こうと思ってます」
話が少々逸れたところで、お義母さんが保護した二人の今後について、どう考えているのか聞いてきた。
僕としては、親が健在なら親元に帰してあげたいと思っている。
「それもあの子達から話を聞いてからだな」
「そうですね」
お義父さんがこれ以上の話は、二人の子供達が目を覚ましてからと言い、話し合いは終わった。
そこに皐月が手に首輪を持って戻って来た。
「外したわよ」
「大丈夫だった?」
「ええ、呪い自体は大した事ないもの。解呪は簡単だったわ」
「良かった」
皐月の話では、解呪すると首輪がボロボロになって簡単に外れたそうだ。
皐月から首輪を受け取り調べてみるが、もう呪いの影響がないのは僕にでも分かる。一応、アマテラス様のお陰で、僕も光魔法が使えるからな。
専門職じゃないから、魔力の消費が増えるのがたまに傷どけど、婿養子は、ジョブに関係なくスキルを習得できるのは最大の利点だからな。
それも光魔法のレベルが上がれば、改善されていくみたいだし、成長速度の問題はあるが、ここは光魔法をじっくりと練習しておくか。
◇
お父さんとお母さん、私と妹の四人家族で、貧しくても幸せに暮らしていたの。
そんな私たちの村を奴隷商に雇われた、盗賊のような冒険者たちが襲って来たわ。
お父さんは、私たちを逃す為に戦った。
私たちは誇り高き狼の獣人、座して死を待つなんて選べない。
それにアイツらに捕まったら、死よりも酷い未来が待っている。
「フェルミア! ヘティス! 逃げるのよ!」
「「お母さん!」」
お母さんが私と妹を先に行くように叫ぶ。
妹の手を引き、涙を堪えて必死で走った私たちは、とうとう男たちに捕まったの。
私と妹は、首輪を付けられ檻の付いた馬車に放り込まれると、檻の中には酷い怪我をしたお母さんが血だらけでグッタリとしていた。
「お母さん!」
「お母さん!!」
泣きながらお母さんに縋りつく私と妹のヘティス。でもお母さんは動かない。
そこに太った商人みたいな男とガラの悪い冒険者の男が近付いて来た。
「チッ、被害ばかりで大赤字だな」
「旦那、報酬をケチらねぇでくださいね」
「分かってる。危険を冒して村一つ襲撃してガキ二人とボロボロの女一人か。泣きたくなるな」
「ガキの方は冒険者に囮用に売れるんじゃねぇですかい?」
「囮用の奴隷など、中級ポーションよりも安いではないか」
「旦那も真っ当な商いをした方がいいと思いますがねぇ」
「五月蝿い。真っ当な商いなんて旨味も少ない事をするなど、要領の悪いマヌケのする事だ」
「それで女の方はどうするんで? 娼館にでも売るんですかい?」
「こんなボロボロでは、場末の娼館でも買ってくれんわ。まあ、獣人は丈夫だから、そのうち動けるようになるだろう。それからだな」
「治療せずに放っておくと助からねぇかもしれませんぜ?」
「その時はその時だ。死ねば魔物のエサにでもするさ」
男たちがそんな話をしているのを、私と妹は動かないお母さんにしがみついて震えているしかなかった。
奴隷商館に連れて来られた私たちは、鉄格子の付いた部屋にお母さんとは別々に入れられた。
「お姉ちゃん、お腹空いたよぉ」
「ヘティス、ごめんね。我慢するのよ」
一日に一度、水みたいな粥だけが私たちに与えられる食事。
村でも貧しくて、お腹いっぱいになる事はなかったけど、此処よりはマシだった。
そんな日が何日か経ったある日、私たち姉妹をまるで盗賊みたいな冒険者が買ったの。
「なぁ、ちょっと小さくないか?」
「旦那、これでも獣人だ。囮の役割は十分果たしますよ」
「んー、値も安いし、こいつらで我慢するか」
「まいどあり」
買われた私とヘティスは、次の朝早くから森へと連れて行かれた。
此処は私もお父さんから聞いた事がある場所。名も無き森へは立ち入ってはダメだと何度も繰り返し聞いていた場所。
其処は、私たち狼の獣人が崇める聖霊獣様が治める森。
冒険者達に延々と歩かされる。
私はヘティスの手を引き、時折ヘティスをおぶりながら森の中を歩く。
この森は、浅い場所でも魔物と遭遇する回数が多かった。
見た事もない魔物が群れで襲って来る。
森を奥に進むにつれ、冒険者達も魔物との連戦に疲れているようだった。
森の中を何日歩いただろう?
私たちを腕が四本もある猿の魔物が群れで襲って来たの。
猿の魔物は、一匹では冒険者達が勝つだろうけど、その魔物は狡猾で賢かった。
冒険者達を罠に嵌め、群れで連携し、投石や蔦を使って足を引っ掛け、代わる代わる攻撃して来た。
突然、私とヘティスを冒険者が持ち上げ、前の方へと投げられた。
「クソッ! ガキ共を奥に走らせろ!」
「キャァー!」
地面に叩きつけられ痛む身体を無理矢理起こし、ヘティスの手を引き立ち上がる。
「ガキ共! 真っ直ぐ走れぇ!」
「ヒィ!」
冒険者の男に怒鳴られ、恐怖からヘティスの手を取り、言われた通りに駆け出した。
「よし! 俺たちは今のうちにズラかるぞ!」
「「「おう!」」」
後ろで冒険者達の声が聞こえるけど、私はヘティスと必死で走った。
死にたくない。
お母さん、助けて。
体に衝撃が走り、私とヘティスが吹き飛ばされる。
地面に転がり意識が遠くなる。猿の魔物が興奮した声が遠くなり、私の意識はそこで途切れた。
急いで帰った僕は、フーガの背に乗せた子供を家に運んだ。
「皐月! 皐月!」
子供達を驚かさないように、それでも大きめの声で皐月を呼ぶ。
「お帰り修ちゃん、どうしたの?」
「パパ! おかえりなさい!」
家の奥から皐月と佐那が出迎えてくれた。
「修ちゃん! その子達どうしたの?」
「パパ、その子たちだれ?」
「森の深部で拾ったんだ」
「拾ったって、修ちゃん」
「パパ、ひろったのー?」
僕は二人をフーガの背から抱き上げる。
その時、二人の体が余りにも軽いので驚いた。
「どうしたんだ修二君」
「お義父さん、説明しますから、先に皐月に回復魔法を掛けて貰ってもいいですか?」
「皐月、子供達を診てあげなさい」
「う、うん、ちょっと待ってね」
僕がリビングを抜けて客間に連れて行く。
ベッドにゆっくりと寝かせると、皐月が二人の状態を診察する。
「怪我は軽いけど、極度の疲労と栄養失調ね。取り敢えずヒールを掛けておくわね」
「ありがとう皐月」
皐月が二人にヒールを掛けると細かなキズが消えた。
「おねえちゃんのお耳、わんちゃん?」
「狼さんだって」
一緒に部屋に着いて来た佐那が、背伸びして覗き込み、不思議そうに聞いてきた。
「さぁ、佐那、お姉ちゃん達をゆっくり寝かせてあげようね」
「うん」
ドアの所で待っていたお義父さんとリビングへと向かう。
「お茶淹れますね」
「ありがとうございます、お義母さん」
僕がソファーに座ると、佐那が僕の膝の上に登ってチョコンと座る。
「それで、あの子達を森で拾ったとは、どういう事なんだ?」
「はい、実は…………」
佐那を膝に抱き、お義父さんや皐月に、そのままを説明した。
「……フーガ、その囮というのは間違いないのか?」
『栄三郎殿、あの子らが付けられていたのは、奴隷用の首輪です。今どきあの様な非人道的な首輪は、正規の奴隷ではないと思われます。その上で、違法に取得した奴隷を囮目的で買い、使い捨てにする外道が居るのも事実です』
「……酷い」
「なんて事を……」
皐月とお義母さんが悲痛な表情で絶句している。
お義父さんも改めてこの世界の闇を感じているんだろう。怒りを抑えているのが僕にでも分かるという事は、相当怒っている証拠だ。
「皐月、あの首輪、呪術的な仕掛けがしてあるらしいんだけど、皐月の光魔法なら安全に解呪できないかな?」
「うん、大丈夫よ。あの程度の呪いの魔導具なんて、チョチョイのチョイで解呪しちゃうから」
「なら、大丈夫だな」
フーガによると奴隷の首輪は、呪いの魔導具らしく、光魔法で解呪しないと外れないらしい。
よくある首が絞まって死んでしまうなんて、そんな首輪じゃなくてホッとしたんだけど、そんな高性能な首輪を使い捨ての奴隷に使わないとフーガに言われてしまった。道理である。
因みに僕でも解呪や回復魔法は使えるのだが、今回は緊急性がないと思ったので診断スキルを持つ専門家の皐月に任せた方が良いと判断した。
「じゃあ、私は早速首輪を外してくるわね。何時迄もあんな首輪、可哀想だもの」
「頼むよ」
皐月が客間に行って、お義父さんが気になる事を聞いてきた。
「それで、その男達は、森の深層などに、何の目的で来たのだ?」
「ハッキリとは分かりませんが、考えられるのは森の西側の調査じゃないかと思うんです」
「調査か……」
フーガがあの子達を囮に逃げた冒険者を追って、その因果応報と言える最後を確認している事を話す。
あの森の魔物を討伐して、素材を持ち帰り儲けるには、力不足だった事。
「ただ、調査と言っても、森かそれ以上に厄介な湿地帯を抜けないと、この西側には来れないのに、調査の必要があるのかと疑問なんですよね」
「……修二君、版図を拡げる事を考えれば、そうなのだろうが、何処の国にも属さない新しい土地を発見するという事は、私たちが思っている以上に価値があるんだよ。それが豊かな土地なら余計にね」
「うーん……」
その発想はなかったな。
僕なら手を出せない土地なんて、なんの価値もないと思うのだけど、貴族や冒険者の功名にはなるのか。
「貴族なんぞ、そんなものだ。それに此処に豊かな自然と暮らしやすい土地があると知られれば、森の開拓を本気で考えるかもしれん」
『栄三郎殿、それは無理だと思われますよ。どの国の軍も、冒険者も、今の世はそれ程の強者は居ませんから』
「えっ? 高ランクの冒険者なら、この程度の森なんか楽勝じゃないのか? ただ、歩きだと日にちがかかり過ぎるから、野営が大変とかの理由じゃないのか?」
『違いますよ主人。確かに魔物がいつ襲って来るか分からない状況で、例え結界の魔導具が有ったとしても何日も野営など大変でしょうが、一番の原因は、森の魔物が強力だからです』
あれ? 僕とお義父さんは、普通に深部に行ってたよな。
「僕とお義父さんはフーガと会う前も森の奥に行ってたぞ」
『主人と栄三郎殿が異常なのです。レベルで計れない強さをもっていますから』
「ああ、なる程ね。そうなると、僕とお義父さんは、レベルは兎も角、この世界でも強い方なのか?」
そう、この世界の基準が分からないから、自分やお義父さんの位置が分からないんだ。
『私の知る限りですが、そうだと思いますよ』
「そうだったのか……」
「修二君、強さは人と比べるものではない。武術は己を磨くものだぞ」
「そうですね」
お義父さんはブレないな。常に自分を磨く事に貪欲だ。
「修二君、それよりあの子達はどうするの?」
「一度保護したからには責任もありますから、家に送り帰すにしても、送って行こうと思ってます」
話が少々逸れたところで、お義母さんが保護した二人の今後について、どう考えているのか聞いてきた。
僕としては、親が健在なら親元に帰してあげたいと思っている。
「それもあの子達から話を聞いてからだな」
「そうですね」
お義父さんがこれ以上の話は、二人の子供達が目を覚ましてからと言い、話し合いは終わった。
そこに皐月が手に首輪を持って戻って来た。
「外したわよ」
「大丈夫だった?」
「ええ、呪い自体は大した事ないもの。解呪は簡単だったわ」
「良かった」
皐月の話では、解呪すると首輪がボロボロになって簡単に外れたそうだ。
皐月から首輪を受け取り調べてみるが、もう呪いの影響がないのは僕にでも分かる。一応、アマテラス様のお陰で、僕も光魔法が使えるからな。
専門職じゃないから、魔力の消費が増えるのがたまに傷どけど、婿養子は、ジョブに関係なくスキルを習得できるのは最大の利点だからな。
それも光魔法のレベルが上がれば、改善されていくみたいだし、成長速度の問題はあるが、ここは光魔法をじっくりと練習しておくか。
◇
お父さんとお母さん、私と妹の四人家族で、貧しくても幸せに暮らしていたの。
そんな私たちの村を奴隷商に雇われた、盗賊のような冒険者たちが襲って来たわ。
お父さんは、私たちを逃す為に戦った。
私たちは誇り高き狼の獣人、座して死を待つなんて選べない。
それにアイツらに捕まったら、死よりも酷い未来が待っている。
「フェルミア! ヘティス! 逃げるのよ!」
「「お母さん!」」
お母さんが私と妹を先に行くように叫ぶ。
妹の手を引き、涙を堪えて必死で走った私たちは、とうとう男たちに捕まったの。
私と妹は、首輪を付けられ檻の付いた馬車に放り込まれると、檻の中には酷い怪我をしたお母さんが血だらけでグッタリとしていた。
「お母さん!」
「お母さん!!」
泣きながらお母さんに縋りつく私と妹のヘティス。でもお母さんは動かない。
そこに太った商人みたいな男とガラの悪い冒険者の男が近付いて来た。
「チッ、被害ばかりで大赤字だな」
「旦那、報酬をケチらねぇでくださいね」
「分かってる。危険を冒して村一つ襲撃してガキ二人とボロボロの女一人か。泣きたくなるな」
「ガキの方は冒険者に囮用に売れるんじゃねぇですかい?」
「囮用の奴隷など、中級ポーションよりも安いではないか」
「旦那も真っ当な商いをした方がいいと思いますがねぇ」
「五月蝿い。真っ当な商いなんて旨味も少ない事をするなど、要領の悪いマヌケのする事だ」
「それで女の方はどうするんで? 娼館にでも売るんですかい?」
「こんなボロボロでは、場末の娼館でも買ってくれんわ。まあ、獣人は丈夫だから、そのうち動けるようになるだろう。それからだな」
「治療せずに放っておくと助からねぇかもしれませんぜ?」
「その時はその時だ。死ねば魔物のエサにでもするさ」
男たちがそんな話をしているのを、私と妹は動かないお母さんにしがみついて震えているしかなかった。
奴隷商館に連れて来られた私たちは、鉄格子の付いた部屋にお母さんとは別々に入れられた。
「お姉ちゃん、お腹空いたよぉ」
「ヘティス、ごめんね。我慢するのよ」
一日に一度、水みたいな粥だけが私たちに与えられる食事。
村でも貧しくて、お腹いっぱいになる事はなかったけど、此処よりはマシだった。
そんな日が何日か経ったある日、私たち姉妹をまるで盗賊みたいな冒険者が買ったの。
「なぁ、ちょっと小さくないか?」
「旦那、これでも獣人だ。囮の役割は十分果たしますよ」
「んー、値も安いし、こいつらで我慢するか」
「まいどあり」
買われた私とヘティスは、次の朝早くから森へと連れて行かれた。
此処は私もお父さんから聞いた事がある場所。名も無き森へは立ち入ってはダメだと何度も繰り返し聞いていた場所。
其処は、私たち狼の獣人が崇める聖霊獣様が治める森。
冒険者達に延々と歩かされる。
私はヘティスの手を引き、時折ヘティスをおぶりながら森の中を歩く。
この森は、浅い場所でも魔物と遭遇する回数が多かった。
見た事もない魔物が群れで襲って来る。
森を奥に進むにつれ、冒険者達も魔物との連戦に疲れているようだった。
森の中を何日歩いただろう?
私たちを腕が四本もある猿の魔物が群れで襲って来たの。
猿の魔物は、一匹では冒険者達が勝つだろうけど、その魔物は狡猾で賢かった。
冒険者達を罠に嵌め、群れで連携し、投石や蔦を使って足を引っ掛け、代わる代わる攻撃して来た。
突然、私とヘティスを冒険者が持ち上げ、前の方へと投げられた。
「クソッ! ガキ共を奥に走らせろ!」
「キャァー!」
地面に叩きつけられ痛む身体を無理矢理起こし、ヘティスの手を引き立ち上がる。
「ガキ共! 真っ直ぐ走れぇ!」
「ヒィ!」
冒険者の男に怒鳴られ、恐怖からヘティスの手を取り、言われた通りに駆け出した。
「よし! 俺たちは今のうちにズラかるぞ!」
「「「おう!」」」
後ろで冒険者達の声が聞こえるけど、私はヘティスと必死で走った。
死にたくない。
お母さん、助けて。
体に衝撃が走り、私とヘティスが吹き飛ばされる。
地面に転がり意識が遠くなる。猿の魔物が興奮した声が遠くなり、私の意識はそこで途切れた。
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