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第壱蟲 『抑蟲』

慈噛餌徳

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<<『蟲姫』の城>>

 漆黒に浮かぶ白い大理石の机。
 そこに変わらず『彼女』は座り紅茶を嗜んでいる。

「御報告致し候。」

 そう言い暗闇から現れるは、バッタの如き頭部を携えた男。
 全身が枯葉のような色合いで醜悪な容姿。
 その肩からは半透明の翼を生やし、より昆虫じみた形相をしている。
 その様は『蟲姫』の優美で純白のものとは対照的である。

「『錫』。」

 『蟲姫』はティーカップに注がれた液体を眺めつつそう呟く。

「『抑蟲』が戻りましたで候。」

 『スズ』と呼ばれた存在は不気味な音を間接の節々から発しつつ、『蟲姫』の背後に立ちそう報告する。
 そしてその手の甲にはナダレに潜んでいた『抑蟲』が静かに佇んでいる。

「そう。」

 『蟲姫』は淡々とそう呟き、そして物憂げにカップの水面を眺めている。

「しかし此度はたった1年足らずとは……此の蟲としては随分と早かったで御座いますなぁ。」

「そう……?」

 『錫』は静止する『蟲』を小突くが、ユキの時のように笑う事も無く黙っている。

「本来、『抑蟲』の寄生期間は長期。」

「例え餌となる『負』がつきようとも他の『感情』や『記憶』を喰らうことにより、少なくとも数十年単位での寄生が可で候。まぁ飽く迄も奴の好物は『負』であります故に、『優先順位』はありますが。」

 『抑蟲』の事を語る『錫』は表情を歪ませ、笑っているような表情を見せる。

「ねぇ、一つ聞いて良いかしら?」

「如何に?」

「その『優先順位』において『身体的機能』……例えば『視覚』、『色』はどこに位置するのかしら?」

「色……でありますか?」

 『錫』は顔をしかめさせ、そう問い返す。

「ええ」

「ふむ……否、喰えぬ事も無いのでありますがそれは最下層。」

「人の子が土や石を喰らうのと同義に在り候。」

 そこまで語った後、『錫』は一つの考えを思い起こす。

「ま、まさか……」

 それはあまりに非現実的で、非合理的な考察。

「『抑蟲』が敢えて不味のモノを喰らうた……と?寄生主やその娘を思い、己が食欲を抑えていたとでも申されるので候か!?」

『錫』は信じられないという体で取り乱し、『蟲姫』に問う。

「さぁ、どうでしょう?」

 すると『蟲姫』は微かに笑みをこぼし、『錫』を見つめる。

「でもこうは考えられないかしら?」

「ニンゲンから『蟲』と成ったアナタや『生慈』がいるように、『蟲』がニンゲンの感情のほんの一握りを得る事だってあるかもしれないわねぇ?」

 『蟲姫』は意地の悪い表情を浮かべ、『錫』に笑いかけた。

「『蟲』がニンゲンに……でありますか。」

「そうなった時、一体どちらが私に、ニンゲンに尽くしてくれるのかしらねぇ?」

 『錫』はウッと身を退かせ、言葉を詰まらせる。

「まったく、あなたも意地が悪い。」

 『錫』は苦笑いをし、体を震わせる。その様は意を突かれたソレだけでなく、『彼女』に対しての恐怖も垣間見えていた。
 彼もまた、『蟲姫』に仕える一握りの『蟲』。

 『蟲姫』がその気になれば即座にその命を終わらせる事だって十分に可能なのである。

「ふふふ、意地を悪くした覚えは無いのだけどね……。」

 『蟲姫』は笑う。

 だがユキに対して見せていたような心からの笑いでは無い。

 どこか乾いた、感情の無い微笑み。

「下がりなさい『錫』……。」

 『蟲姫』は心無き笑顔から無表情となり、『錫』にそう言う。

「……御意。」

 『錫』は深々と頭を下げ、床に染み込むようにしてその場から消えた。
 『錫』のいなくなった『城』に有るは『蟲姫』ただ一人。

「『蟲』とニンゲン……本来双方は相容れぬ存在。だがニンゲンは絶えず、私を訪れる。ニンゲンは絶えず、私を求め続ける。絶えず、『蟲』の力を欲する。」

「そこに待つ結末が破滅とも知れずに……。」

 『蟲姫』。

 白い椅子に座るその彼女。

 金色の長く煌びやかな髪を垂らし、王族の如く白いドレスを着こなす。

 彼女は白き空間にてただ一人佇んでいる。

 そこで一人、ニンゲンの訪問を待ち続けている。

 悠久の時を。

 悠長な時を。

 それはまるで永久の時を過ごす孤独な人形。

 ニンゲンならざる『蟲』の女王。

 それが『蟲姫』。


「そう……私は……。」
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