上 下
240 / 363
第6部 飛び立つ勇気

5-2予想外の所から舞い込んだ仕事の依頼とは……

しおりを挟む
 夕方の五時半ごろ。私は一日の仕事を終えたあと、街の上空を散歩していた。途中で、夕飯と翌朝のパンを買って、そのあと、のんびり散歩してから、アパートに向かう。町の灯りがつき始める、この時間の空が大好きだ。

 ちなみに、お給料は上がったものの、パンと水だけの、質素な生活は続けている。なぜなら、お客様が、全くいない日々を過ごしているからだ。一日中、町を飛んでも、やっと一人見つけられるぐらい。お客様が、一人も見つからない日も多い。

 結局、今日も、町中を飛び回っただけで、一日が終わってしまった。しかも、今週は、まだ一度も、営業が出来ていない。さすがに、何日もお客様が見つからないと、へこんでくる。

 ただ、決して、お客様がいない訳じゃない。〈グリュンノア〉は、世界でも有数の観光都市で、毎日、沢山の観光客が訪れているからだ。

 しかし、多くの観光客は、お目当てのシルフィードに会社に、事前に予約を入れている。特に、人気シルフィードは、予約なしでは、絶対に無理なので。

 しかも、私と同じで、飛び込みでお客様を探しているシルフィードは、非常に多い。なので、ただでさえ少ない、フリーのお客様の、奪い合いのようになっている。努力はしているけど、現実は、なかなか厳しいものだ。
 
 ロクにお客様をとれない状態で、贅沢をする気には、なれなかった。質素な生活は、自分への戒めであり、初心を忘れないためでもある。

 私は、アパートが見えてくると、ゆっくり高度を落として行く。すると、入口のあたりに、見慣れない、大きな黒い機体が停まっていた。

「ノーラさんの……じゃないよね? ノーラさんの機体って、全部スポーツタイプだし。あれ、どう見ても、お金持ちが乗る、高級機だよね」

 機体の幅も長さも、普通の機体よりも、大きめになっている。高級感あふれる黒いボディーは、古びたアパートには、物凄く不釣り合いだ。

 私は、アパートの庭に着陸すると、パンの袋を大事に抱え、早足で入り口に向かった。余計なことを気にしても、しょうがない。私には、全然、関わりのない世界なので。

 さーて、帰ったら、サッと夕飯済ませて、お勉強するかなぁー。

 だが、歩き始めてすぐに、声を掛けられた。
「申し訳ございません。少しだけ、お時間よろしいでしょうか?」
「はい――?」 

 声のほうに視線を向けると、タキシード姿の、初老の男性が立っていた。身なりや風格を見れば、ただ者じゃないのが分かる。でも、全く見ず知らずの人だ。そもそも、この世界に、お金持ちの知り合いなんていないし。

「私、リチャードと申します。〈ホワイト・ウイング〉の、如月風歌様で、間違いございませんでしょうか?」
「は、はい……。間違いございません」

 妙に丁寧なので、私も、普段、使い慣れない言葉遣いになってしまう。

「実は、如月様に、折り入ってお願いがあるのです」
「お願い? 私にですか――?」

 人気シルフィードであれば、まだしも。私みたいな、無名の新人なんかに、何の用だろうか? でも、私が〈ホワイト・ウイング〉所属なのも、知ってるようだし。うーむ、謎すぎる……。

「実は、当家のお嬢様ことで、ご相談に、乗っていただきたいのです」
「へっ――?」
 
 さーっぱり、話が見えてこない。そもそも、何でお嬢様の相談が、私みたいな小市民のところに……? 私、お嬢様の知り合いなんて、いたっけ?

 パッと、思い浮かんだのは、二人。ナギサちゃんと、アンジェリカちゃんだ。でも、あの二人なら、直接、話があるはずだし。そもそも、相談なんか、全く必要なさそうだけど。それに、私なんかに、相談しないよね。

「今、お時間は、大丈夫でございますか?」
「えっ、はい――。大丈夫でございます」

『場所を変えて話しましょう』ということで、私は、先ほど見た、大きな黒いエア・カートに案内された。後部は、向かい合わせのシートになっており、妙に広々している。中に入ると、あまりの広さに、唖然とする。
 
 私が、ポカーンとしている内に、静かに空に飛びあがって行った……。


 ******


 私は〈南地区〉にある、カフェ〈エトランゼ〉に来ていた。内装は、物凄く豪華で、高級そうなじゅうたんに、高い天井には、大きなシャンデリア。敷居で、各テーブルが仕切られており、私たちは、そのさらに奥にある個室にいた。

 その部屋の中央にあるテーブルに、私はリチャードさんと、向かい合わせに座っている。テーブルには、ティーカップにティーポット。さらに、三段重ねの、ケーキ・スタンドが置かれていた。

 ケーキ・スタンドには、焼き菓子やケーキなどが、綺麗に盛り付けてある。お茶もケーキも、いかにも高級そうだ。とても美味しそうだけど、いくらするのか気になって、なかなか手が出せない。

 私が固まっていると、リチャードさんが、声を掛けて来る。
「甘いものは、お嫌いでしたか?」
「いえ、そんなことは――」 

「ご遠慮なく、お召し上がりください」
「は……はい。では、いただきます」

 私は、緊張する手でトングを持つと、そっとケーキを取る。フォークで小さく切って、一口、食べて見るが、滅茶苦茶おいしい。一瞬、頬が緩むが、すぐに真顔に戻った。

 いかん、いかん。ケーキ食べに来たわけじゃ、ないんだから……。

「その、ところで、お話というのは――?」
「はい、そのことなのですが。実は、当家のお嬢様の、お力になって頂きたいのです」

「はぁ……。具体的に、どのようなことをすれば?」 
「是非、お嬢様に、お会いして頂けませんでしょうか?」

 彼の目は真剣かつ、やや深刻そうでもあった。会うだけなら、簡単だけど。何か、込み入った事情がありそうだ。

「会うだけなら、別に構いませんが。私なんかで、お役に立てるのでしょうか?」
「はい、如月様にしか、お願いできない事でございます」

 私にしかできない? いったい、どういうこと?

「その、お嬢様というのは、どんな人なんですか?」
「お嬢様は、長いこと部屋に籠っておりまして。外に出ることが、できないのです」

「何か、重い病気なのですか?」
「はい――。お医者様でも、治すことが出来ませんので」

 リチャードさんの表情が、急に暗くなる。かなり、症状がが悪いのだろう。私は、彼の表情を見て、すぐに心を決めた。誰かの力になれるなら、断る理由などない。

「分かりました。私にできることなら、何でもします」
「おぉ、本当ですか! 感謝いたします、如月様」

「でも、何で私なのですか? 私は、医者でもないですし。まだ、新人のシルフィードなのに」

「お嬢様は、シルフィードに、強く憧れております。それに、以前『ノア・マラソン』で、如月様の走る姿を見て、ずいぶんと勇気づけられたようでして」 

 あぁー、なるほど、そういうことね。シルフィードに憧れてるだけなら、人気シルフィードに頼んだ方がいいと思う。でも『ノア・マラソン』に参加したシルフィードって、私が史上初みたいだし。確かに、私にしか出来なさそうだ。

「そうですか。私なんかで、お役に立てるのであれば、喜んで」
「お嬢様は、よく如月様のお話しをしております。世界一のシルフィードだと」
「そんな……。私は、まだ無名の新人ですけど」

 いくら何でも、それは誇張し過ぎだ。でも、ちょっと――。いや、かなーり嬉しいけど。

「そのようなことは、特に関係ないのだと思います。人が誰かに憧れるのは、肩書ではありませんので。お嬢様にとって、如月様は、世界でただ一人の、ヒーローなのでしょう」

 それは、何となく分かる。私がリリーシャさんに憧れているのは、別に『スカイ・プリンセス』だからではない。彼女自身に、憧れているからだ。だから私は『グランド・エンプレス』のアリーシャさんよりも、リリーシャさんに惹かれている。

 もし、そのお嬢様が、本当に、私をそう思ってくれているなら、とても光栄なことだ。一度、会って、ちゃんとお話ししてみたい。

「分かりました。私、彼女のヒーローとして、頑張ります。彼女を、元気づけて上げれば、いいんですよね?」

「はい。是非とも、よろしくお願いいたします。お嬢様は、きっと、大喜びされると思います。これで、元気になってくだされば……」

 私はふと、車椅子の少女の、エリーちゃんを思い出した。私みたいな新人でも、誰かの力になれるなら、全力で頑張りたい。ただ、今度の子の場合は、部屋から出られないぐらい、重症のようなので、ちょっと心配だけど――。

「でも、いきなり会って、大丈夫ですか? かなり、具合が悪いんですよね? 急に会って、病状が悪化したりしませんか?」

「その点は、大丈夫でございます。部屋から出られないだけで、生死をさまよう病状では有りませんので。普通に会話をする程度は、特に問題ないと思います」

「そうですか……」

 それを聴いて、ちょっとだけ安心した。とはいえ、病気の人に会うのは、やっぱり緊張する。健康な人とは、当然、会話の内容も、変わって来るからだ。

「如月様のご予定は、いかがでございますか? お仕事がお休みの、ご都合の良い日がありましたら、お願いできますでしょうか?」
「でしたら、次の水曜日は、お休みですので。もし、そちらのご都合が良ければ」

「はい、もちろん、大丈夫でございます。なにとぞ、お嬢様のことを、よろしくお願いいたします、如月様」
「あの――精一杯、頑張ります!」
 
 一瞬『お力になれるかどうかは、分かりませんが』と答えようとしたが、その言葉を呑み込み、別の言葉に変えた。なぜなら、リチャードさんが深々と頭を下げ、物凄く真剣だったからだ。

 彼を見れば、いかにその子のことを、大事に想っているかが、ヒシヒシと伝わって来る。仕事で仕えているからではなく、純粋に心配しているのだろう。

 私の力で、病気がよくなるとは思えないけど。少しでも役に立てるなら、やれることは、何だってやろう。シルフィードは、幸運の使者なのだから……。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次回――
『私が訪れたのは異世界のような大豪邸だった』

 異世界が存在するのは現実世界だ
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ゆったりおじさんの魔導具作り~召喚に巻き込んどいて王国を救え? 勇者に言えよ!~

ぬこまる
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれ異世界の食堂と道具屋で働くおじさん・ヤマザキは、武装したお姫様ハニィとともに、腐敗する王国の統治をすることとなる。 ゆったり魔導具作り! 悪者をざまぁ!! 可愛い女の子たちとのラブコメ♡ でおくる痛快感動ファンタジー爆誕!! ※表紙・挿絵の画像はAI生成ツールを使用して作成したものです。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

異世界転移「スキル無!」~授かったユニークスキルは「なし」ではなく触れたモノを「無」に帰す最強スキルだったようです~

夢・風魔
ファンタジー
林間学校の最中に召喚(誘拐?)された鈴村翔は「スキルが無い役立たずはいらない」と金髪縦ロール女に言われ、その場に取り残された。 しかしそのスキル鑑定は間違っていた。スキルが無いのではなく、転移特典で授かったのは『無』というスキルだったのだ。 とにかく生き残るために行動を起こした翔は、モンスターに襲われていた双子のエルフ姉妹を助ける。 エルフの里へと案内された翔は、林間学校で用意したキャンプ用品一式を使って彼らの食生活を改革することに。 スキル『無』で時々無双。双子の美少女エルフや木に宿る幼女精霊に囲まれ、翔の異世界生活冒険譚は始まった。 *小説家になろう・カクヨムでも投稿しております(完結済み

魔力ゼロの出来損ない貴族、四大精霊王に溺愛される

日之影ソラ
ファンタジー
魔法使いの名門マスタローグ家の次男として生をうけたアスク。兄のように優れた才能を期待されたアスクには何もなかった。魔法使いとしての才能はおろか、誰もが持って生まれる魔力すらない。加えて感情も欠落していた彼は、両親から拒絶され別宅で一人暮らす。 そんなある日、アスクは一冊の不思議な本を見つけた。本に誘われた世界で四大精霊王と邂逅し、自らの才能と可能性を知る。そして精霊王の契約者となったアスクは感情も取り戻し、これまで自分を馬鹿にしてきた周囲を見返していく。 HOTランキング&ファンタジーランキング1位達成!!

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

高難易度ダンジョン配信中に寝落ちしたらリスナーに転移罠踏まされた ~最深部からお送りする脱出系ストリーマー、死ぬ気で24時間配信中~

紙風船
ファンタジー
 入るたびに構造が変わるローグライクダンジョン。その中でもトップクラスに難易度の高いダンジョン”禍津世界樹の洞”へとやってきた僕、月ヶ瀬将三郎はダンジョンを攻略する様を配信していた。  何でも、ダンジョン配信は儲かると聞いたので酔った勢いで突発的に始めたものの、ちょっと休憩してたら寝落ちしてしまったようで、気付けば配信を見ていたリスナーに居場所を特定されて悪戯で転移罠に放り込まれてしまった!  ばっちり配信に映っていたみたいで、僕の危機的状況を面白半分で視聴する奴の所為でどんどん配信が広まってしまう。サブスクも増えていくが、此処で死んだら意味ないじゃないか!  僕ァ戻って絶対にこのお金で楽な生活をするんだ……死ぬ気で戻ってやる!!!! ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様でも投稿しています。

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

処理中です...