上 下
139 / 361
第4部 理想と現実

2-4文才はないけど頑張ってお手紙を書いてみよう

しおりを挟む
 夜、静まり返った屋根裏部屋で。私は机の前に正座し、空中モニタ―を凝視していた。コンソールを使って、文字を打っては消してを、かれこれ三十分ほど繰り返している。

 普段、文章を書いたりとか全くしないので、なかなか進まない。そもそも、昔から作文とかって、物凄く苦手なんだよね。先ほどから、何をやっているかと言えば、企画書のデータファイルを作っているのだ。

 昼間、町内会の会議のあと、リリーシャさんに『ホワイト・ウイング・フェア』の件を、お願いしようとした。だが、いざ言おうとしたら、なかなか言い出せなかった。

 つい先日、大量に電話が掛かってきたことや、査問会の件で迷惑をかけたばかりで、言い辛かったからだ。頭を下げて、強引にお願いすれば、優しいリリーシャさんのことだから、OKしてくれそうな気がする。

 しかし、毎度毎度、力押しや強引なやり方は、いかがなものかと思ったのだ。『ノア・マラソン』の件で懲りたし、たまには、知的にクールに行かないとね。

 そこで、無い知恵を振りしぼって考え『企画書を書いて提出してみようという』という結論に至った。でも、もちろん、企画書なんて一度も書いたことはない。

 ただ、私は言葉だと、ボキャブラリが少ないので、上手く伝えられる自信がなかった。土下座で頼むのは、あくまで最終手段だから、それに頼っちゃいけないし。

 文章なら、もっとスマートに説明できると思ったんだけど、やってみると、これがなかなか難しい。そもそも私、文才が全然ないし……。

 うんうん唸っていると、メッセージの着信音が鳴り響く。送信者名を確認すると、ユメちゃんからだった。

 実に、ナイスタイミング! いつも、行き詰った時は、ユメちゃんとの会話が、一番の清涼剤だからね。

『風ちゃん、こんばんは。起きてるー?』
『こんばんは、ユメちゃん。めっちゃ、目が冴えてるよ!』
 頭を使いすぎて、眠気は吹っ飛んでしまった。
 
『また、勉強してたの?』
『今日は、企画書を書いてたんだけど。さーっぱり、上手く書けなくて』
『珍しいね。何かオリジナルのイベントでもやるの?』

 流石はユメちゃん、いつもながら鋭い。

『実は、東地区商店街の人たちが『風歌フェア』をやろうと言い出してね――』
『凄い! もしかして、こないだのノア・マラソン効果?』

 ノア・マラソン効果なんて言うと、物凄く聞こえがいいけど。いい効果だけじゃないからね。むしろ、悪いことのほうが、多かった気がする……。

『まぁ、そんな感じ。でも、断ったんだよね』
『えぇー、何で?!』
『こないだのノア・マラソンの件で、ちょっと協会から注意されちゃって』

 もちろん、査問会の件は言えるわけがない。

『嘘っ、信じられない!! あんなに頑張ってたのに、協会って最低じゃん!』
『いや、新人はもっと本業を努力すべきって。物凄く、ごもっともな事なんで』
『でも、酷すぎない? 褒めるならまだしも、注意するなんて』

 私も、最初はそう思ってた。けど、段々時間が経ってきて冷静に考えたら、理事の人たちの言い分も、もっともだと分かって来た。特に、ナギサちゃんのお母さんの言葉は、まさに的を得ていたと思う。

『その件は納得してるから、全然、大丈夫。ただ、今はあまり目立つこと、出来ないんだよね』

 この町では、シルフィードというだけで、かなり目立つ。なので、かなり慎重に行動しなければならなかった。

『それで、別の企画を考えてるの?』
『そんな感じ。でも、企画自体はあるんだ。私じゃなくて〈ホワイト・ウイング〉と商店街のタイアップ企画』

 会社の知名度も、それなりにあるし。何より、リリーシャさんがいるから、来てくれる人は多いと思う。

『いいじゃないそれ! 楽しそうだし、きっとたくさん人が集まると思うよ』
『ただ、どうやって、リリーシャさんにお願いしようか、迷ってて……』

 アリーシャさんの一件があって以来、かなり親密になった気がする。物凄く、話しやすくなったし、リリーシャさんの笑顔も自然になった。

 でも、やっぱり私って、まだまだ、リリーシャさんには、遠慮してる部分があるんだよね。尊敬もあるけど『極力、迷惑かけちゃいけないなぁ』って、常に考えてしまう。初めて出会った時から、お世話になりっぱなしなので――。

『普通に話すんじゃ、ダメなの?』
『うん、通常だと、高額の「ライセンス料」が掛かるらしいんだ。だから、ちょっと厳しそうなんだよね』

 百万ベル以上とか、いくら商店会でも、簡単に出せる金額じゃないよね。私なんか、全く想像もつかない、異次元の金額だし。

『つまり、タダでやってもらえるように、お願いするってこと?』
『平たく言うと、その通りなんだよね――』
『あー、なるほど。確かにそれは、企画書やプレゼンが必要だよね』

 ユメちゃんと話すと、いつも思うけど。何で私より年下で、なおかつ学生の子が、ここまで察しがいいうえに、そんな難しい言葉を知っているんだろうか……? ユメちゃん、天才なの?

『何か、上手い企画書の書き方ってないかな? 一度も書いたことないから、よく分からなくて』

 今まで、そんなもの書く機会がなかったし。文章なんて、読書感想文ぐらいしか、書いたことないんだよね。

『私も書いたことないから、詳しくは分からないけど』
『だよねー』

 そりゃ、学生じゃ企画書なんて書かないよね。そもそも、年下の子にする話題じゃないよねコレ。

『でも、上手く書く必要はないと思うよ』
『ん、どういうこと――?』 

『風ちゃんは、何でその企画をやりたいの?』
『それは、商店街の人たちには、いつもお世話になっているから。どうしても、力になりたくて』

 今までの、恩返しみたいな感じかな。あと、みんなには、いつも笑顔でいて欲しいと思う。とっても明るい人たちだから。

『なら、それでいいんじゃない?』
『えっ、それだけ? 企画書の書き方を調べたら、費用対効果とか、イベント実行のメリットとか書かないと、いけないみたいだけど』

 実は、その部分で、ずっと頭を抱えていたのだ。グラフや図表も、あったほうがいいようなことが書いてあるけど。作ったこと無いから、さっぱり訳わかんない。そもそも、数字は超苦手なんだけど……。

『でも、風ちゃんは、利益のために、やりたいんじゃないんでしょ?』
『うん、みんなに喜んでもらいたいだけ』

 イベントに、どれぐらいの効果があるかとか。数字的なことは、私には全く分からなかった。ただ、商店街の人たちに、喜んで欲しいだけだ。

『それで、いいんじゃない? 想いを伝えるのに、上手さや数字は必要ないよ』
『うーむ。とは言っても、どうやって書けばいいのかなぁ?』

『ならば、手紙を書くつもりで書いてみたら?』
『あぁ、なるほど。それいいね!』

 リリーシャさんに、お手紙かぁ。いつも傍にいるから、そういうのやったこと無いよね。でも、手紙なら、上手く気持ちを伝えられるかも。

『手紙なら、一杯書かなくてもいいし、上手い必要もないと思うよ』
『確かにそうだね。ありがとう、やってみるよ』
『うん、頑張って!』

 いつもながら、ユメちゃんのアドバイスは的確だ。というか、これじゃ、どっちが年上だか分かんないよね――。

『でも「風歌フェア」も、見てみたかったなぁー』
『いやいや、私なんて、ただの見習いシルフィードだし。そんなのやっても、誰も人来ないよ』

 普通、新人シルフィードが、イベント・タイアップなんて、しないからね。

『そんなことないよ。超がんばってる姿見て、ファンになった人、きっと一杯いると思うよ』
『いやー、どうだろ? って、もしかしてMV見てた……?』

『うん、超見てた。〈ホワイト・ウイング〉所属って出てたから、風ちゃんだって、すぐに分かったよ』
『そういえば、本名も社名も、思い切り出ちゃったんだよね。ハズカシー』

 二人しかいない会社だから、見る人が見れば、すぐに分かってしまう。しかも、うちの会社、思った以上に、知名度あるみたいだし。

『恥ずかしくなんかないよ!! 超かっこよかった! 惚れ直したもん』
 いや、惚れ直すって――。ちょっと照れちゃうじゃん。

『最後なんか、もうボロボロで、歩くのもやっとだったし』
 おそらく、私の人生の中で、一番ボロボロだったと思う。陸上部の合宿で、丸一日、思いっ切りトレーニングしたあとだって、あそこまで疲れたこと無いもん。

『でも、最後まで諦めずに進み続けた。そうでしょ?』
『まぁ、結果的にはね。でも、全然、納得してないんだ。次に出る時は、絶対に、時間内に完走するつもりだから』

 自重しつつも、すでに、次回の出場も視野に入れていた。ほとぼりが冷めたら『地道にトレーニング始めようかなぁ』って、密かに考えている。

『風ちゃんらしいね、そのチャンジ精神。普通、あんな状況になったら、もう二度と走らないと思うけど』

 まぁ、そうかもしれない。でも、私はダメなんだよねぇ。あぁいう中途半端なの、物凄く納得いかなくて。普段は、色んなことに大雑把だけど、一度決めたことは、絶対にやり通さないと、気が済まないから。

『一度、決めたら、何があっても、絶対にやり通すよ。ノア・マラソンの完走も、今回のイベントも』 
『うん、それでこそ、風ちゃんだね』

 その後も、色んな世間話で盛り上がった。いやー、お蔭で企画書も上手く書けそうだし、すっごく元気出てきた。いつもありがとね、ユメちゃん。

 私の素直な気持ちを、そのままリリーシャさんに伝えてみようと思う。背伸びして、上手くやる必要はないよね。不器用なりに、精一杯、頑張るのが、私のやり方なんだから……。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

次回――
『ぶっつけ本番がお祭りの醍醐味だよね』

 まかせてください、こう見えて本番には強いですから
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

母の全てを送るまで

くろすけ
エッセイ・ノンフィクション
この話を執筆したのは、今月に母方の最後の血の繋がりがある祖母を見送り、ようやく母方の全てを見送ったとの安堵と後悔、私の回顧録としての部分もあり、お見苦しい点は多々あると思いますが見て頂けますと幸いです。 誤文、乱文をご了承の上読み進めて頂ければと思います。

「月を抱く少年 ~ほうき星とわたしの回顧録~ 」

時空 まほろ
児童書・童話
宇宙の童話ファンタジー物語です。

自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!

ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。 ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。 そしていつも去り際に一言。 「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」 ティアナは思う。 別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか… そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。

噂好きのローレッタ

水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。 ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。 ※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです) ※小説家になろうにも掲載しています ◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました (旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)

よくある婚約破棄なので

おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。 その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。 言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。 「よくある婚約破棄なので」 ・すれ違う二人をめぐる短い話 ・前編は各自の証言になります ・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド ・全25話完結

【完結】スキルが美味しいって知らなかったよ⁈

テルボン
ファンタジー
高校二年生にもかかわらず、見た目は小学生にも見える小柄な体格で、いつものようにクラスメイトに虐められてロッカーに閉じ込められた倉戸 新矢(くらと あらや)。身動きが取れない間に、突然の閃光と地震が教室を襲う。 気を失っていたらしく、しばらくして目覚めてみるとそこは異世界だった。 異色な職種、他人からスキルを習得できるという暴食王の職種を活かして、未知の異世界を仲間達と旅をする。

私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。

木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。 彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。 それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。 そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。 公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。 そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。 「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」 こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。 彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。 同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。

俺の相棒は元ワニ、今ドラゴン!?元飼育員の異世界スローライフ

ライカタイガ
ファンタジー
ワニ飼育員として働いていた俺は、ある日突然、異世界に転生することに。驚いたのはそれだけじゃない。俺の相棒である大好きなワニも一緒に転生していた!しかもそのワニ、異世界ではなんと、最強クラスのドラゴンになっていたのだ! 新たな世界でのんびりスローライフを楽しみたい俺と、圧倒的な力を誇るドラゴンに生まれ変わった相棒。しかし、異世界は一筋縄ではいかない。俺たちのスローライフには次々と騒動が巻き起こる…!? 異世界転生×ドラゴンのファンタジー!元飼育員と元ワニ(現ドラゴン)の絆を描く、まったり異世界ライフをお楽しみください!

処理中です...