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第4部 理想と現実

1-6どんなに大変でも自分より凄い人の背中を追い続けたい

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 私は、先ほど言われた『力ある者は何をやっても正しく評価され、力なき者は何をやっても間違った評価をされる』という言葉を、何度も思い返していた。頭の悪い私でも、彼女が言おうとしていたことは、何となく分かった。

 他の理事の人が言っていた通り『身の程をわきまえるべき』ということなのだろう。間違ったことは、してないと思う。それでも、新人の分際で、目立ち過ぎてしまったのは事実だ。それが、悪しき行為として、捉えられてしまったのだろう。

 ただ、あの女性の言葉からは、他の理事たちと違って、悪意を感じなかった。最後にかけられた言葉も、静かに私を諭すような感じがした。だから、私を心配して、言ってくれたのかもしれない。

 でも、今回の件で、改めて思い出した。シルフィード業界が、厳しい『階級社会』だということを。今まで出会った、上位階級の人たちが、あまりにも優しかったから、すっかり忘れてた。

 はぁー……頑張って、早く昇級しないとダメだ。下っ端のままだと、言いたいことも、やりたいことも出来ないなんて。まぁ、シルフィード業界に、限ったことじゃないと思うけど。やっぱり、世の中は厳しいなぁ――。

 私は、ため息をつきながら、エア・ドルフィンが停めてある駐車場に向かった。無事に終わったはずなのに、だんだん気分が落ち込んでくる。

 とぼとぼ駐車場に歩いて行くと、
「ちょっと、大丈夫なの風歌?」
 聴き慣れた声が聞こえてきた。 

「えっ……何でここに?」
 私のエア・ドルフィンのすぐそばに、ナギサちゃんが立っていたのだ。

「その、ちょっと通りかかったから。軽く様子を見に来ただけよ――」
 ナギサちゃんは、私からサッと視線をそらす。

 いや、通りかかったって、ここ〈中央区〉だよ。練習飛行で来る場所じゃないし。まして〈シルフィード協会〉なんて、特別な用がない限り、絶対に来ない場所だ。おそらく、心配で見に来てくれたのだろう。

「それで、どうだったのよ……?」  
「いやー、それがね。超大変で、精神的にグッタリだよー」

 普通に仕事を終えた時の、十倍は疲れた。肉体的な疲労は割と平気だけど、精神的な疲労は、あまり耐性がないんだよね。

「ちゃんと、昨夜、教えた通り、無難にやり通したの?」
「んー、それがね。ちょっと一言、反論したら、一斉に突っ込まれちゃって。こっち一人に、あっちは十人以上いるんだから、ズルイよね」

 あの取り囲まれた状態で、一斉に厳しい言葉を言われたときは、本当に死ぬかと思った。言葉の暴力が、これほど辛いとは――。

「だから『はい』か『いいえ』で、必要最低限だけ答えるように、言ったじゃないの。何でわざわざ、余計なこと言うのよ?」
 ナギサちゃんは、私をにらみつける。

「うー……だって、あまりにも酷いこと言うからさぁ。こっちの意見を全く聴かずに、根も葉もないこと言うから。つい、カッとなっちゃって」 
「そんなの、最初から分かってたじゃないのよ――」

 ナギサちゃんは、顔に手を当てながら、大きくため息をついた。

「査問会に呼ばれる時点で、すでに風歌のことを疑っているんだから。好意的な意見が、出るわけないでしょ? そのことも、昨夜ちゃんと説明したじゃない」
「うぐっ……。はい、その通りです」

 昨夜、ファミレスから帰ってきたあと、ナギサちゃんから連絡があった。結構な時間をかけて、対処法をレクチャーしてくれていたのだ。

 その際に『風歌はすぐに熱くなりやすいから、冷静に対処すること。あと、余計なことを言わないよう、くれぐれも注意しなさい』と、言われたんだった。

「まぁ、終わったことは、しょうがないわ。それより、査問会はどうなったのよ?」

「最初は、かなり荒れてたんだけど、途中で女の人が入ってきてね。そしたら、急に室内が静かになって。すっごく綺麗で、なんか物凄いオーラを発している人で。凄く威張ってた人たちが、急に大人しくなっちゃって。ビックリしたよ」

 今思い出すだけでも、本当に凄かった。扉から入った瞬間、空気が一瞬で変わったもん。何か、その人の体から、強烈なエネルギーでも出てるような感じがした。とても上品な感じなんだけど、物凄く力強くて。

「――そう。それで、最終的な処分は、どうなったの?」 
「それがね、奉仕活動三日で、詳細は後日連絡するって……」

 奉仕活動って、なにやるんだろ? ボランティアみたいなのかな?

「軽く済んで、よかったじゃない。本来なら、営業停止処分でも、おかしくなかったはずよ」

 ナギサちゃんは、少しホッとした表情を浮かべた。

「うん、他の理事の人たちは、営業停止処分にするべきだって、言ってたんだけど。その女性が、上手く話をまとめてくれたんだ」

「それにしても、あの人、本当に凄かったなぁ。他の人たち、全然、逆らえなくて。何か『プラチナ・ローズ』って言われてたけど、あの人の名前なのかな?」

 もし、あの人が来てくれなければ、どうなっていたか分からない。それにしても、凄く上品で、カッコイイ人だった。

「相変わらず、風歌は何も知らないのね……。『白金の薔薇』プラチナローズは、現役時代の二つ名で、元シルフィード・クイーンよ。『完璧な才女』や『最も気高いシルフィード』と言われていたの」

 ナギサちゃんは、ため息交じりに説明してくれる。

「なるほど、そうだったんだ。確かに、すっごく気高い人だった。綺麗で威厳があって。でも、シルフィード・クイーンって、あんなに発言力あるんだね?」

「上位階級、特にシルフィード・クイーン以上になると、絶大な発言力があるのよ。ただ、あの人は特別。人を圧倒するほどの、気高さや威厳を持つ人は、他にいないわ。それに、引退後、さらに凄みを増した感じがするわね」

 ナギサちゃんは、淡々と話していたが、どことなく嬉しそうな感じもする。

「へぇー、そうなんだ。ずいぶん詳しいんだね、あの人のこと」
「私の母なんだから、詳しいのは当然よ」

 ナギサちゃんは、サラッと答えた。

「えっ――? えぇーー?! あの人、ナギサちゃんの、お母さんだったのー!!」
 
 そんなこと、聴いてないし!! いるならいるって、最初から言っといてよ!

「って、ちょっと、声が大きすぎるわよ。前にも言ったでしょ、母が協会の理事をやっているって」
「あぁー、そういえば……」

 なるほど、あの人を見た瞬間、誰かに似てると思ったら、ナギサちゃんのお母さんだったんだ。顔も似てるけど、何よりも雰囲気が似てる。こう、人を寄せ付けないような、ピリッとした空気みたいな。

 でも、全てにおいて、ナギサちゃんを一回り、パワーアップさせた感じだ。ナギサちゃんも、大人になったら、あんな感じになるのかな――?

「そういえば、ナギサちゃん、前に『強いシルフィードになりたい』って言ってたけど。もしかして、お母さんみたいに、なりたいってこと?」
「……えぇ、そうよ。気高いシルフィード、というより、気高く生きたいだけ」 

 そっかー、ナギサちゃんは、お母さんを目指してたんだ。確かに、あの気高さには、憧れるよね。誰もが、恐れ敬う存在になったら、気持ちいいだろうなぁ――。

 私が目指すのは、リリーシャさんみたいな、柔らかいシルフィードだから、方向性は違うけどね。でも、自分より凄い人の背中を、追い掛けたくなる気持ちは、よく分かる。

「でも、ナギサちゃんは、今でも十分に気高いと思うけど」

「母に比べたら、足元にも及ばないわよ。その目で直接、見たんでしょ? あの絶対的な強さを。私には、人を圧倒するほどの、地位も名声も力も、何一つ持ってないのだから……」

 私だって、それは同じだよ。ナギサちゃん以上に、何も持ってないもん。

「なんて言うか、お互い大変だよね。物凄い人の背中を、追い掛けるのって。私も、リリーシャさんの足元にも及ばないもん。全ておいて、天と地ほどの差があり過ぎて、気が遠くなっちゃうよ――」

 しかも、さらにその上には、アリーシャさんの存在があるから、とんでもなくハードルが高い。

「そもそも、風歌がリリーシャさんと比較すること自体が、おこがましいわよ。子供でも知ってるようなことすら、知らないくせに」
「んがっ……。今日一番の、キツイ突っ込みだよ」

 ちょっ、言い方――。傷心中なんだから、もっと優しい言葉を掛けてよね。まぁ、ストレートな物言いは、いかにも、ナギサちゃんらしいけど。

「何を馬鹿なこと言ってるのよ。さっさと行くわよ」 
「どこ行くの?」 

「とりあえず、お茶にしましょ。毎度毎度、風歌が問題を起こすせいで、こっちもグッタリよ」

「うぅ……いつもごめんなさい。でも、今回は本当にありがとね。ナギサちゃんのお蔭で、無事に終わったよ」
 何かある度に、いつもナギサちゃんを頼ってるもんね。

「別に、私は何もしてないわよ。ほら、行くわよ」  
 ナギサちゃんは、サッと顔を背け、自分のエア・ドルフィンに乗り込む。

 今回は、ナギサちゃんのお母さんにまで、助けてもらったし。本当に、助けてもらってばかりだ。ダメだなぁ、私――。 

 これからは、ちゃんと正しく評価されるために、しっかり力を付けて行こう。あと、いざという時、誰かの力になれるためにもね……。


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次回――
『人間運が大事なら私って割とツイてるほうなのかな?』

 よい人に交わっていると、気づかないうちによい運に恵まれる。
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