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第4部 理想と現実

1-4何で大人たちっていつも一方的に意見を押しつけるの?

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 冷え切った空気の中、私は体をこわばらせながら、じっと耐え続けていた。とにかく空気が重い。偉い人が一人いるだけでも、空気が重くなるのに。それが十四人もいる。しかも、みんな難しそうな表情や、不機嫌そうな顔をしていた。

 人見知りしない私でも、さすがにこの状況では、緊張せざるを得ない。早くも、手に冷や汗をかき始めた。

 怖い……怖い……凄く怖い……。
 これから何が起こるか、全く予想が付かなかった。

 不安――不安――凄く不安――。
 上手く答えられるか、全然、自信がない。

 でも、昨夜のことを思い出す。『絶対に乗り切りなさいよ。あなたは、ここで終わる訳には行かないんだから』と、ナギサちゃんに、力強く言われたことを。

 そう、私はこんなところでは、終われないんだ。何としてでも乗り切らないと。

 私は、自分を奮い立たせると、拳をギュッと握りしめ、正面を見据えた。

「各理事の方々は、お手元の資料をお読みいただき、ご不明な点があれば、質疑をお願いいたします」

 正面の真ん中に座っていた男性が、静かに話し始める。どうやら、理事会の議長のようだ。

 静まり返った部屋の中に、紙をめくる音だけが響く。全員、無言のまま、真剣な表情で資料に目を通していた。

 しばらくすると、
「如月君。君は今回、なぜ呼ばれたのか、分かっているのかね?」
 左側のテーブルに座っていた男性から、質問があがった。

「……当日、お話しいただけるとのことでしたので。理由は、まだ把握しておりません。至らぬ点があれば、ご指導を、お願いいたします」

 少し間をおいてから、ゆっくり話しながら答える。

 憶測での回答は、突っ込まれる原因になるので『分からない』と答えるのが正解。これも、ナギサちゃんのアドバイスだ。

「なるほど、本人に自覚なしと。まずは、そこからかね――」
 彼は不機嫌そうに答える。

 本来なら『ちゃんと説明しない、そっちが悪いんでしょ?』と、反論したいところだ。でも、ここは我慢我慢……。

「あなたは、シルフィードとは、どう在るべきだと考えているのですか?」
 今度は右のテーブルの女性から、質問があがった。

「――この町の象徴と、全ての人の憧れとして、品行方正であるべきだと考えております」
 昨日、覚えたばかりの言葉を使い、模範的な回答を返す。

「では、君の先日の行いは、品行方正であったと言えるのかな?」
 今度は、正面の机の一番左にいた男性から、質問が来た。

 あぁ、やっぱり『ノア・マラソン』のことかも……。でも、まだはっきりと内容は言ってないし。同調すべきか、判断が難しい。基本、反論してはいけないし、どう答えるべきだろうか――?

 私が沈黙していると、
「議長、一度、主旨を話したほうが良いのでは?」
 議長の隣に座っていた男性が、発言する。

「分かりました……。えー、今回この査問会が開かれたのは、先日行われた『ノア・マラソン』についてです」

「後半、かなりの長時間において、如月風歌君が、MVに映ったわけですが。この放送は、全世界、同時中継でした。今回は、この件についての査問となります」

 議長は、淡々と必要なことだけを説明をした。

 なるほど――やっぱりアレだったのね。確かに、けっしてカッコイイ姿ではなかったし、突っ込まれるのも、しょうがない気もする。でも、あの時の記憶は、結構、曖昧だからなぁ……。

「資料の中身、および、本件に関して気になる点がある方は、続けて質疑を進めてください」

 議長は、説明が終わると黙り込んだ。見た感じ、この話には、あまり興味がなさそうだ。

「如月君に、一つ訊きたいことが有るんだが」
 今度は、左のテーブルにいた男性が、質問してきた。

「君は、なぜ今回『ノア・マラソン』に参加したのかね? 実績のために、大会やコンテストに出る者がいるのは知っている。だが、これはシルフィードの実績とは、全く関係ないものだと思うのだが?」

 彼はいぶかしげな視線を向けて来る。

「――確かに『ノア・マラソン』は、シルフィードの実績とは、直接、関係はないと思います。ただ、個人的に、挑戦をしてみたいと思ったのです……」

 単に『走るのが好きだから』という理由が大きい。でも、そのまま言うと、心証を悪くする可能性があるので、言葉をぼかしておく。

「それで、ちゃんと完走できると、思っていたのかね?」

 むっ――ここは、どう答えるべきだろう? 実際には、それなりに、自信あったんだけどなぁ。でも、結果的には、ダメダメだったし。それに、あまり自信満々な答えをすると、生意気に思われてしまうかもしれない……。

「――初参加でしたので、確証はありませんでした。ただ、完走するつもりで、走っておりました」

 ゆっくりと、言葉を選びながら、慎重に答える。

「その結果、あの醜態をさらしたと?」
 彼は冷たく言い放つ。

 ぐっ……。本当のことなので、反論できない。走っている時は、必死過ぎて全く気が付かなかったが、あとで動画を見たら、あまりのひどい姿に驚いた。確かに、カッコよくはなかったけど、醜態とまで言わなくても――。

 私が答えに詰まっていると、

「君はなぜ、二十五キロ地点で、ハーフゴールに入らなかったのかな? あの時点では、まだ普通に走れていたのでは?」

 今度は正面の男性から、質問があがる。

 まぁ、言いたいことよく分かる。というか、物凄く正論だよね。無茶をせずに、あそこでゴールしていれば、何事もなく終わったはずだ。でも、途中で諦めるのは、私の性に合わないし……。

「――あの時点では、体力も充分でしたし、足もケガをしておりませんでした。そのため、完走を目指しました」

 もちろん、あの時点では、後々怪我をすることなど考えてもいなかった。それに、天気も持ちそうだと思っていた。そもそも、失敗を恐れていたら、何も挑戦できない訳だし。ただ、そんな余計なことは、発言できないけど……。

「しかし、初参加であれば、途中で切り上げるのが、常識的な判断ではないのかな? 天候も微妙だったわけだし」

「もし、あそこで判断を誤らなければ、シルフィードのイメージを、著しく落とすことは無かったはずだ。それに、見たくもない姿を、誰も見ずに済んだのではないかと思うのだが?」

 正論ではあるが、あからさまに言葉にトゲがあり、心に突き刺さる。物凄く、嫌味ったらしい言い方だ。

 判断ミスがあったのは、素直に認めている。でも『シルフィードのイメージダウン』って程のことだったかな? たくさんの人たちが、本気で応援してくれたし、スピでの評価も、みんな好意的だった。

「おっしゃる意味が、よく分からないのですが? 確かに、後半は普通の走りができませんでした。ですが、スポーツマンシップに則り、正々堂々、最後まで走り切りました。特に、大会のルールに抵触する部分は、なかったと思います」

 私はカチンと来て、思わず本音を言ってしまった。

 だって、応援してくれた人たち全てが、否定された気がしたんだもん。あの時は、私と応援してくれていた人たちが、一体になっていた。私はあの時、全ての人と、一緒に走ってる気持ちになっていたから。

 あんな、ボロボロになって走り切った後も、皆とても暖かい言葉を掛けてくれた。『元気が出た』『勇気が出た』『自分も頑張ろうと思った』など。カッコよくはなかったけど、けっして無駄な走りでも、見たくない走りでも無かったと思う。

「君はシルフィードを、何だと思っているのかね? スポーツ選手でもなければ、見世物でもないのだよ!」

「その通りです。シルフィードとは、気品と美しさにあふれる存在。だからこそ、皆から尊敬と憧れを受けているのです。あのような、野蛮でみっともない姿を、見せるものでは有りませんよ!」

「自分の非を、認めることすら出来ないのか? なぜ、皆が貴重な時間を割いて、このような話をしていると思っているのだ? シルフィード以前に、人としての良識を疑うね」

「そもそも、シルフィードが『ノア・マラソン』などに出ること自体が、間違っているのではないか? 一人前ならまだしも、見習いが何をやっているんだ? 他に、もっと学ぶべきことが有るだろう?」

 私が反論した途端、周囲から、一斉に集中攻撃が始まった。

 あぁ――こういうことなんだ。なぜ、必要以上に話さず、大人しくしているように言われたのか、ようやく意味が分かった。確かに、これは酷すぎる……。

 まだ、向こうの世界にいたころ。『シルフィードになりたい』と進路希望を出して、三者面談になった時のことを思い出す。こちらの意見を、ろくに聴きもせずに、一方的に反論された。

 なんで、大人って、こうも一方的なんだろう? 若者の可能性の芽を摘むのが、大人の仕事なんだろうか――?

 私の心は、怒りで一杯になっていた。と同時に、言ってもどうせ聴いてもらえないのも、理解する。

 この人たちは、最初から、私の意見を聴くつもりはなかったのだろう。ただ、常識や自分の意見を、押し付けたいだけだ。結局、どこの世界も、大人たちは変わらない。

 その後も、次々と飛んでくる言葉の弾丸に、私はひたすら耐え続けた……。 


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次回――
『力がないと正しく評価されないって世の中は厳しい……』

 自分を過大評価する者を、決して過小評価してはならない。
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