51 / 361
第2部 母と娘の関係
2-1朝の行動は規則正しく分刻みが基本でしょ?
しおりを挟む
今回から『ファースト・クラス編』がスタート。
数話の間『ナギサ視点』で物語が進みます。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
朝、目が覚めると、真っ先に時計を確認する。時間は五時五十分。ほぼいつも通りだった。アラーム音は嫌いなので、目覚ましが鳴る前に目が覚めると、非常に気分がよい。
私は静かにベッドから出るが、右足を先についてしまったので、いったん中に戻ってやり直す。朝は、左足から着地するのが、私の長年のルールだ。朝のスタートが乱れると、全てが乱れるので、これだけは譲れない。
ベッドから出ると、すぐに時計のアラームをオフにした。いつも朝六時にセットしてあるが、だいたい目覚ましが鳴る、少し前には目が覚める。
次に、カーテンと窓を開けると、天気を確認。さらに『天気予報』と『風予報』も、細かくチェックする。今日は天気はいいが、風が強いようなので、練習飛行は控えたほうがよさそうだ。
風が強くても、気にせず練習飛行をする者もいる。だが、私の場合は、見習い用のマニュアル規定を、しっかりと順守していた。例えどんな事情があろうと、規則は必ず守る。それが、社会人の責務であり、私の誇りだった。
私はキッチンに移動し『クッキング・プレート』に、水を入れたポットを置いた。お湯を沸かしている間、洗面所で洗顔とスキンケアを済ませる。
戻ってくると、ティーバッグで紅茶を入れ、昨夜、作り置きしておいた、サンドイッチとサラダを、保存庫から取り出した。料理は好きだが、朝はゆっくり過ごしたいので、なるべく簡単に済ませる。
朝食をテーブルに並べると、椅子に座りホッと一息ついた。何者にも邪魔されない、朝の静かな時間が大好きだ。一人部屋ならではの、特権と言える。
〈ファースト・クラス〉の社員寮は『相部屋』と『一人部屋』の、二種類が用意されていた。入社時に希望を出し、どちらかを選ぶことができる。
個室は寮費が高いため、相部屋を選ぶ人が多い。あと『ルームメイトがいたほうが楽しいから』という理由で、選ぶ者もいる。
しかし、私の場合は、自分の時間を大切にしたいので、個室を選んだ。他人に時間を合わせたり、気を遣うのは、好きではない。決まったルールを守るには、一人で生活するのが一番だ。
ちなみに、実家は会社と同じ〈南地区〉にあり、歩いても通える距離だった。だが、会社の方針で、新人は一年間、寮暮らしが義務になっている。たとえ実家が近所でも、申請を出さなければ帰れない『全寮制』だった。
ただ、私は特別に『実家から通ってもよい』と言われた。なぜなら、母が元々この会社の社員だったことに加え、今現在、シルフィード協会の理事をやっているからだ。
でも、私はその話を丁重に断った。特別扱いされるのは嫌だし、自分の力だけで、一人前になりたかったからだ。それに『親の権力のお蔭』などとは、絶対に思われたくはない。
個室と言っても、見習い用の部屋なので、こじんまりしていた。ただ、バス・トイレ・キッチンは一通りついているので、特に不便はなかった。むしろ、これぐらいの広さのほうが落ち着くし、掃除も楽にできる。
なお、階級が上がるほど、よい部屋が提供され『スカイ・プリンセス』以上になると、かなり豪華な部屋が用意されるらしい。〈ファースト・クラス〉では、徹底した『階級制度』が、伝統的に行われているからだ。
部屋だけではなく、階級によって、使える施設も決まっている。一定以上の階級の者しか使えない、サロンや休憩室、レストランなども用意されていた。
私は静かに食事を済ませると、食器を洗ってかたずけ、ベッドに向かった。布団とシーツを、しわ一つなく綺麗に整える。それが終わると、制服に着替え、パジャマを綺麗にたたんで、ベッドの上に置いた。
再び洗面所に行くと、ドライヤーとブラシを使い、髪を整えていく。今日は風が強いようなので、ハードスプレーで、しっかりと髪をまとめる。
髪のセットが終わると、様々な角度から、制服のしわや汚れがないかチェックし、美しく見えるよう念入りに整えた。
仕上げに、乾燥防止のリップを唇に塗る。最後に、置いてあった『研修生 ナギサ・ムーンライト』と書かれたネームプレートを、胸につけた。見習いは、社内にいる間は、必ずこのプレートを付けるのがルールだ。
ちなみに、見習い階級のうちは、社則で『化粧は禁止』されている。この規則について、文句を言っている者も多いようだ。
しかし、私は元々スキンケア用品しか使わないので、特に気にならなかった。髪と服装さえしっかりしていれば、問題はないからだ。そもそも、美しさとは、清潔さや気品、知性から生まれるものだと思う。
私は玄関に行くと、スリッパから靴に履き替え、静かに扉を開ける。時間は六時半。業務開始は九時からなので、まだ寝ている人もいる時間だ。なので、なるべく音を立てないよう、静かに歩いて行った。
寮を出ると、入り口には『スカーレッタ館』と、大きな表札が付いていた。ここから、もう少し離れたところには『アイリーン館』という、別の社員寮がある。そちらのほうは、一人前のシルフィード専用の寮だ。
なお、敷地内の建物にはすべて、バラの名前が付けられている。創始者がバラ好きだったのも有るが『気品』や『誇り』の象徴だからだ。
バラの花は、社章のデザインにも使われており〈ファースト・クラス〉と聞くと、バラをイメージする人が多い。上位階級にも、バラを冠した『二つ名』の人たちが多かった。
私は各建物を眺めながら、敷地の中をぐるっと一周する。この早朝の散歩は、日課になっていた。健康のためもあるが、仕事に向かう前に、気持ちを引き締めるためだ。一日のスケジュールを確認しながら、少しずつ気持ちを高めていった。
この時間だと誰もいないので、とても静かだ。ただ、私と同様に、早朝の散歩をしている人と、時折すれ違う。軽く朝の挨拶をし、再び歩き始めた。
ぐるりと敷地を一周し、体も気持ちも温まったところで、部屋に戻る。時間は七時少し前。まだ、出勤までは、たっぷりと時間がある。
私は机の前に座りマギコンを開くと、学習用のファイルを開いた。毎朝、出勤前に、必ず学習をしている。
私が開いたのは『基礎知識』の中の『接客マナー』だ。シルフィードにとっては、常識的な内容だが、当たり前のことを普通にこなしてこそ、一流と言える。すでに、何十回も目を通しているが、気を抜かずに真剣に読み進めていった。
切りのいいところまで読み終えると、時間は七時四十分。学習用ファイルを閉じると、次はニュースを開いた。まずは、シルフィード関連のニュースに目を通し、あとは、政治や経済、気になる話題を順に読んで行く。
最後に、もう一度、天気予報と風予報を確認してから、マギコンを閉じた。時間は八時十分。
洗面所に向かい、髪と服装をチェックし、一ミリのズレもないように、しっかり整える。
「よし、完璧ね」
身だしなみが完璧になると、再び部屋に戻って、マギコンを胸ポケットに入れた。あとは、小さなポーチを手にすると、玄関で靴に履き替え、部屋を出る。
私は寮を出ると、徒歩で三分ほどの場所にある『ノヴァーリス館』に向かった。敷地の中央にあり、最も大きな建物なので『本館』と呼ばれることが多い。
この時間は、用務員や清掃員の人だけで、シルフィードの姿はまばらだった。私はフローターを使い三階に上がると『第三ミーティング・ルーム』に向かう。
部屋に到着して扉を開けると、まだ照明も灯いておらず、誰も来ていなかった。この部屋は、百名以上が入れる大きさで、講習会などでよく使われていた。
ここでは毎朝、見習い階級の、朝のミーティングが行われる。学校のホームルームのようなものだ。
私は壁のパネルに触れ照明を灯けると、その下の机に置いてある装置に、マギコンで軽く触れた。これは、出退勤を記録するレコーダーだ。
一人前になると、本館入口のレコーダーを使えるが、見習いのうちはここでしか記録ができないため、一日に、最低二回は足を運ぶことになる。
私は最前列の左奥にある、窓際の席に着いた。ここが私の定位置である。壁についている時計を見ると、時間は八時二十分。出勤も待ち合わせも『三十分前到着』が私のルールなので、特に早過ぎることはない。
じっと窓の外を眺め、一人で静寂の時間を過ごした。私はこの静かな時間が大好きだ。時間はたっぷりあるが、マギコンは使わない。
外や他人のいる所でマギコンを使うのは、マナーが悪く感じるので、あまり好きではなかった。なので、時間が来るまでは、外を眺めたり、今日の予定を考えたりして、静かに過ごす。
八時四十分になると、少しずつ人が来始めた。これでも早いほうで、ほとんどが五十分を回ってから、急いでやってくる。
声を掛けられると、さらっと挨拶を返し、あとはただ寡黙に過ごす。朝は静かに時間を過ごしたいし、群れるのも騒ぐのも嫌いだ。
五十分を過ぎると、一気に人が増え始め、部屋の中がガヤガヤと煩くなった。私はこの時間が一番嫌いだ。耳栓でもしたいが、見た目がエレガントではないので、気持ちを静め、精神力で雑音をカットする。
残り五分を切ったところで、バタバタと駆け込んでくる者たちがいた。ギリギリに来るのは、いつも同じメンバーだ。
残り三分で全員そろい、残り一分になると、急に教室が静まり返った。間もなく、見習い担当マネージャーの『ミス・ハーネス』が来るからだ。
彼女はとても厳しく、ほんの些細な私語も許さない。気の緩んでいる者は、直ちに部屋から叩き出される。過去には、彼女によって退職させられた者も、何人もいるらしい。
彼女を『鬼教官』や『鋼鉄の女』などと言う人もいるが、私は特に厳しいとは思わなかった。言っているのは、全て正論で当たり前のことだからだ。それに、厳しさで言えば、私の母のほうが、はるかに上だった。
八時五十九分、五十秒。扉が開き、ミス・ハーネスが入って来た。毎日、一秒たりとも狂わず、この時間にやって来る。彼女が講壇の前に立つのが、ジャスト九時。おそろしく、時間に正確だ。
座っていた見習いたちが一斉に立ち上がり、緩んだ表情をしていた者も、真剣な表情に変わる。
「みなさん、おはようございます」
「おはようございます、ミス・ハーネス」
全員、大きな声で、ピタリと揃って挨拶した。
最初のころ、何十回もやり直しをさせられた、その賜物である。
「今日も〈ファースト・クラス〉の一員として恥じぬよう、誇りと責任をもって、業務に当たってください」
「はい、今日も一日、よろしくお願いいたします」
再び、全員そろって大きな声で答える。
ミス・ハーネスは、鋭い眼光で、部屋の中をじっくりと見回した。皆の間に緊張が走った。もし、ここで服装の乱れなどが有れば、名指しで厳しく注意される。しばらくして、彼女が静かに頷くと、皆ホッとした表情で一斉に着席した。
「それでは、本日の業務の割り振りと、伝達事項をお話しします」
彼女は、淡々と話を進めていく。
こうして、身の引き締まる空気の中、今日も私のシルフィードとしての一日が始まるのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『近くて遠く感じる実家で久しぶりに母との会話』
実家楽すぎて最高だしな。限界まで働かない、それが俺のジャスティス
数話の間『ナギサ視点』で物語が進みます。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
朝、目が覚めると、真っ先に時計を確認する。時間は五時五十分。ほぼいつも通りだった。アラーム音は嫌いなので、目覚ましが鳴る前に目が覚めると、非常に気分がよい。
私は静かにベッドから出るが、右足を先についてしまったので、いったん中に戻ってやり直す。朝は、左足から着地するのが、私の長年のルールだ。朝のスタートが乱れると、全てが乱れるので、これだけは譲れない。
ベッドから出ると、すぐに時計のアラームをオフにした。いつも朝六時にセットしてあるが、だいたい目覚ましが鳴る、少し前には目が覚める。
次に、カーテンと窓を開けると、天気を確認。さらに『天気予報』と『風予報』も、細かくチェックする。今日は天気はいいが、風が強いようなので、練習飛行は控えたほうがよさそうだ。
風が強くても、気にせず練習飛行をする者もいる。だが、私の場合は、見習い用のマニュアル規定を、しっかりと順守していた。例えどんな事情があろうと、規則は必ず守る。それが、社会人の責務であり、私の誇りだった。
私はキッチンに移動し『クッキング・プレート』に、水を入れたポットを置いた。お湯を沸かしている間、洗面所で洗顔とスキンケアを済ませる。
戻ってくると、ティーバッグで紅茶を入れ、昨夜、作り置きしておいた、サンドイッチとサラダを、保存庫から取り出した。料理は好きだが、朝はゆっくり過ごしたいので、なるべく簡単に済ませる。
朝食をテーブルに並べると、椅子に座りホッと一息ついた。何者にも邪魔されない、朝の静かな時間が大好きだ。一人部屋ならではの、特権と言える。
〈ファースト・クラス〉の社員寮は『相部屋』と『一人部屋』の、二種類が用意されていた。入社時に希望を出し、どちらかを選ぶことができる。
個室は寮費が高いため、相部屋を選ぶ人が多い。あと『ルームメイトがいたほうが楽しいから』という理由で、選ぶ者もいる。
しかし、私の場合は、自分の時間を大切にしたいので、個室を選んだ。他人に時間を合わせたり、気を遣うのは、好きではない。決まったルールを守るには、一人で生活するのが一番だ。
ちなみに、実家は会社と同じ〈南地区〉にあり、歩いても通える距離だった。だが、会社の方針で、新人は一年間、寮暮らしが義務になっている。たとえ実家が近所でも、申請を出さなければ帰れない『全寮制』だった。
ただ、私は特別に『実家から通ってもよい』と言われた。なぜなら、母が元々この会社の社員だったことに加え、今現在、シルフィード協会の理事をやっているからだ。
でも、私はその話を丁重に断った。特別扱いされるのは嫌だし、自分の力だけで、一人前になりたかったからだ。それに『親の権力のお蔭』などとは、絶対に思われたくはない。
個室と言っても、見習い用の部屋なので、こじんまりしていた。ただ、バス・トイレ・キッチンは一通りついているので、特に不便はなかった。むしろ、これぐらいの広さのほうが落ち着くし、掃除も楽にできる。
なお、階級が上がるほど、よい部屋が提供され『スカイ・プリンセス』以上になると、かなり豪華な部屋が用意されるらしい。〈ファースト・クラス〉では、徹底した『階級制度』が、伝統的に行われているからだ。
部屋だけではなく、階級によって、使える施設も決まっている。一定以上の階級の者しか使えない、サロンや休憩室、レストランなども用意されていた。
私は静かに食事を済ませると、食器を洗ってかたずけ、ベッドに向かった。布団とシーツを、しわ一つなく綺麗に整える。それが終わると、制服に着替え、パジャマを綺麗にたたんで、ベッドの上に置いた。
再び洗面所に行くと、ドライヤーとブラシを使い、髪を整えていく。今日は風が強いようなので、ハードスプレーで、しっかりと髪をまとめる。
髪のセットが終わると、様々な角度から、制服のしわや汚れがないかチェックし、美しく見えるよう念入りに整えた。
仕上げに、乾燥防止のリップを唇に塗る。最後に、置いてあった『研修生 ナギサ・ムーンライト』と書かれたネームプレートを、胸につけた。見習いは、社内にいる間は、必ずこのプレートを付けるのがルールだ。
ちなみに、見習い階級のうちは、社則で『化粧は禁止』されている。この規則について、文句を言っている者も多いようだ。
しかし、私は元々スキンケア用品しか使わないので、特に気にならなかった。髪と服装さえしっかりしていれば、問題はないからだ。そもそも、美しさとは、清潔さや気品、知性から生まれるものだと思う。
私は玄関に行くと、スリッパから靴に履き替え、静かに扉を開ける。時間は六時半。業務開始は九時からなので、まだ寝ている人もいる時間だ。なので、なるべく音を立てないよう、静かに歩いて行った。
寮を出ると、入り口には『スカーレッタ館』と、大きな表札が付いていた。ここから、もう少し離れたところには『アイリーン館』という、別の社員寮がある。そちらのほうは、一人前のシルフィード専用の寮だ。
なお、敷地内の建物にはすべて、バラの名前が付けられている。創始者がバラ好きだったのも有るが『気品』や『誇り』の象徴だからだ。
バラの花は、社章のデザインにも使われており〈ファースト・クラス〉と聞くと、バラをイメージする人が多い。上位階級にも、バラを冠した『二つ名』の人たちが多かった。
私は各建物を眺めながら、敷地の中をぐるっと一周する。この早朝の散歩は、日課になっていた。健康のためもあるが、仕事に向かう前に、気持ちを引き締めるためだ。一日のスケジュールを確認しながら、少しずつ気持ちを高めていった。
この時間だと誰もいないので、とても静かだ。ただ、私と同様に、早朝の散歩をしている人と、時折すれ違う。軽く朝の挨拶をし、再び歩き始めた。
ぐるりと敷地を一周し、体も気持ちも温まったところで、部屋に戻る。時間は七時少し前。まだ、出勤までは、たっぷりと時間がある。
私は机の前に座りマギコンを開くと、学習用のファイルを開いた。毎朝、出勤前に、必ず学習をしている。
私が開いたのは『基礎知識』の中の『接客マナー』だ。シルフィードにとっては、常識的な内容だが、当たり前のことを普通にこなしてこそ、一流と言える。すでに、何十回も目を通しているが、気を抜かずに真剣に読み進めていった。
切りのいいところまで読み終えると、時間は七時四十分。学習用ファイルを閉じると、次はニュースを開いた。まずは、シルフィード関連のニュースに目を通し、あとは、政治や経済、気になる話題を順に読んで行く。
最後に、もう一度、天気予報と風予報を確認してから、マギコンを閉じた。時間は八時十分。
洗面所に向かい、髪と服装をチェックし、一ミリのズレもないように、しっかり整える。
「よし、完璧ね」
身だしなみが完璧になると、再び部屋に戻って、マギコンを胸ポケットに入れた。あとは、小さなポーチを手にすると、玄関で靴に履き替え、部屋を出る。
私は寮を出ると、徒歩で三分ほどの場所にある『ノヴァーリス館』に向かった。敷地の中央にあり、最も大きな建物なので『本館』と呼ばれることが多い。
この時間は、用務員や清掃員の人だけで、シルフィードの姿はまばらだった。私はフローターを使い三階に上がると『第三ミーティング・ルーム』に向かう。
部屋に到着して扉を開けると、まだ照明も灯いておらず、誰も来ていなかった。この部屋は、百名以上が入れる大きさで、講習会などでよく使われていた。
ここでは毎朝、見習い階級の、朝のミーティングが行われる。学校のホームルームのようなものだ。
私は壁のパネルに触れ照明を灯けると、その下の机に置いてある装置に、マギコンで軽く触れた。これは、出退勤を記録するレコーダーだ。
一人前になると、本館入口のレコーダーを使えるが、見習いのうちはここでしか記録ができないため、一日に、最低二回は足を運ぶことになる。
私は最前列の左奥にある、窓際の席に着いた。ここが私の定位置である。壁についている時計を見ると、時間は八時二十分。出勤も待ち合わせも『三十分前到着』が私のルールなので、特に早過ぎることはない。
じっと窓の外を眺め、一人で静寂の時間を過ごした。私はこの静かな時間が大好きだ。時間はたっぷりあるが、マギコンは使わない。
外や他人のいる所でマギコンを使うのは、マナーが悪く感じるので、あまり好きではなかった。なので、時間が来るまでは、外を眺めたり、今日の予定を考えたりして、静かに過ごす。
八時四十分になると、少しずつ人が来始めた。これでも早いほうで、ほとんどが五十分を回ってから、急いでやってくる。
声を掛けられると、さらっと挨拶を返し、あとはただ寡黙に過ごす。朝は静かに時間を過ごしたいし、群れるのも騒ぐのも嫌いだ。
五十分を過ぎると、一気に人が増え始め、部屋の中がガヤガヤと煩くなった。私はこの時間が一番嫌いだ。耳栓でもしたいが、見た目がエレガントではないので、気持ちを静め、精神力で雑音をカットする。
残り五分を切ったところで、バタバタと駆け込んでくる者たちがいた。ギリギリに来るのは、いつも同じメンバーだ。
残り三分で全員そろい、残り一分になると、急に教室が静まり返った。間もなく、見習い担当マネージャーの『ミス・ハーネス』が来るからだ。
彼女はとても厳しく、ほんの些細な私語も許さない。気の緩んでいる者は、直ちに部屋から叩き出される。過去には、彼女によって退職させられた者も、何人もいるらしい。
彼女を『鬼教官』や『鋼鉄の女』などと言う人もいるが、私は特に厳しいとは思わなかった。言っているのは、全て正論で当たり前のことだからだ。それに、厳しさで言えば、私の母のほうが、はるかに上だった。
八時五十九分、五十秒。扉が開き、ミス・ハーネスが入って来た。毎日、一秒たりとも狂わず、この時間にやって来る。彼女が講壇の前に立つのが、ジャスト九時。おそろしく、時間に正確だ。
座っていた見習いたちが一斉に立ち上がり、緩んだ表情をしていた者も、真剣な表情に変わる。
「みなさん、おはようございます」
「おはようございます、ミス・ハーネス」
全員、大きな声で、ピタリと揃って挨拶した。
最初のころ、何十回もやり直しをさせられた、その賜物である。
「今日も〈ファースト・クラス〉の一員として恥じぬよう、誇りと責任をもって、業務に当たってください」
「はい、今日も一日、よろしくお願いいたします」
再び、全員そろって大きな声で答える。
ミス・ハーネスは、鋭い眼光で、部屋の中をじっくりと見回した。皆の間に緊張が走った。もし、ここで服装の乱れなどが有れば、名指しで厳しく注意される。しばらくして、彼女が静かに頷くと、皆ホッとした表情で一斉に着席した。
「それでは、本日の業務の割り振りと、伝達事項をお話しします」
彼女は、淡々と話を進めていく。
こうして、身の引き締まる空気の中、今日も私のシルフィードとしての一日が始まるのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次回――
『近くて遠く感じる実家で久しぶりに母との会話』
実家楽すぎて最高だしな。限界まで働かない、それが俺のジャスティス
0
お気に入りに追加
97
あなたにおすすめの小説
母の全てを送るまで
くろすけ
エッセイ・ノンフィクション
この話を執筆したのは、今月に母方の最後の血の繋がりがある祖母を見送り、ようやく母方の全てを見送ったとの安堵と後悔、私の回顧録としての部分もあり、お見苦しい点は多々あると思いますが見て頂けますと幸いです。
誤文、乱文をご了承の上読み進めて頂ければと思います。
自称ヒロインに「あなたはモブよ!」と言われましたが、私はモブで構いません!!
ゆずこしょう
恋愛
ティアナ・ノヴァ(15)には1人の変わった友人がいる。
ニーナ・ルルー同じ年で小さい頃からわたしの後ろばかり追ってくる、少しめんどくさい赤毛の少女だ。
そしていつも去り際に一言。
「私はヒロインなの!あなたはモブよ!」
ティアナは思う。
別に物語じゃないのだし、モブでいいのではないだろうか…
そんな一言を言われるのにも飽きてきたので私は学院生活の3年間ニーナから隠れ切ることに決めた。
噂好きのローレッタ
水谷繭
恋愛
公爵令嬢リディアの婚約者は、レフィオル王国の第一王子アデルバート殿下だ。しかし、彼はリディアに冷たく、最近は小動物のように愛らしい男爵令嬢フィオナのほうばかり気にかけている。
ついには殿下とフィオナがつき合っているのではないかという噂まで耳にしたリディアは、婚約解消を申し出ることに。しかし、アデルバートは全く納得していないようで……。
※二部以降雰囲気が変わるので、ご注意ください。少し後味悪いかもしれません(主人公はハピエンです)
※小説家になろうにも掲載しています
◆表紙画像はGirly Dropさんからお借りしました
(旧題:婚約者は愛らしい男爵令嬢さんのほうがお好きなようなので、婚約解消を申し出てみました)
よくある婚約破棄なので
おのまとぺ
恋愛
ディアモンテ公爵家の令嬢ララが婚約を破棄された。
その噂は風に乗ってすぐにルーベ王国中に広がった。なんといっても相手は美男子と名高いフィルガルド王子。若い二人の結婚の日を国民は今か今かと夢見ていたのだ。
言葉数の少ない公爵令嬢が友人からの慰めに対して放った一言は、社交界に小さな波紋を呼ぶ。「災難だったわね」と声を掛けたアネット嬢にララが返した言葉は短かった。
「よくある婚約破棄なので」
・すれ違う二人をめぐる短い話
・前編は各自の証言になります
・後編は◆→ララ、◇→フィルガルド
・全25話完結
【完結】スキルが美味しいって知らなかったよ⁈
テルボン
ファンタジー
高校二年生にもかかわらず、見た目は小学生にも見える小柄な体格で、いつものようにクラスメイトに虐められてロッカーに閉じ込められた倉戸 新矢(くらと あらや)。身動きが取れない間に、突然の閃光と地震が教室を襲う。
気を失っていたらしく、しばらくして目覚めてみるとそこは異世界だった。
異色な職種、他人からスキルを習得できるという暴食王の職種を活かして、未知の異世界を仲間達と旅をする。
私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。
木山楽斗
恋愛
伯爵令嬢であるアルティリアは、婚約者からある日突然婚約破棄を告げられた。
彼はアルティリアが上から目線だと批判して、自らの妻として相応しくないと判断したのだ。
それに対して不満を述べたアルティリアだったが、婚約者の意思は固かった。こうして彼女は、理不尽に婚約を破棄されてしまったのである。
そのことに関して、アルティリアは実の父親から責められることになった。
公にはなっていないが、彼女は妾の子であり、家での扱いも悪かったのだ。
そのような環境で父親から責められたアルティリアの我慢は限界であった。伯爵家に必要ない。そう言われたアルティリアは父親に告げた。
「私は私で勝手に生きていきますから、どうぞご自由にお捨てになってください。私はそれで構いません」
こうしてアルティリアは、新たなる人生を送ることになった。
彼女は伯爵家のしがらみから解放されて、自由な人生を送ることになったのである。
同時に彼女を虐げていた者達は、その報いを受けることになった。彼らはアルティリアだけではなく様々な人から恨みを買っており、その立場というものは盤石なものではなかったのだ。
俺の相棒は元ワニ、今ドラゴン!?元飼育員の異世界スローライフ
ライカタイガ
ファンタジー
ワニ飼育員として働いていた俺は、ある日突然、異世界に転生することに。驚いたのはそれだけじゃない。俺の相棒である大好きなワニも一緒に転生していた!しかもそのワニ、異世界ではなんと、最強クラスのドラゴンになっていたのだ!
新たな世界でのんびりスローライフを楽しみたい俺と、圧倒的な力を誇るドラゴンに生まれ変わった相棒。しかし、異世界は一筋縄ではいかない。俺たちのスローライフには次々と騒動が巻き起こる…!?
異世界転生×ドラゴンのファンタジー!元飼育員と元ワニ(現ドラゴン)の絆を描く、まったり異世界ライフをお楽しみください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる