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「門限は…ないっすけど」

彼が自分の服を見つめて固まる。

あ…制服か。
ていうか、あたしもなに高校生なんか引き止めてんだ。

「あ、そうだよね!急にごめん。ハンカチありがとう」

「…ご飯食べましたか?」

「え?」

カサッと彼の手元で音がして視線を移すと野菜やら何やら見える買い物袋。

「よかったらうちでご飯食べていきますか」

予想外すぎる展開。
たった今高級フレンチ料理を食べたあたしのお腹はいっぱいだ。

それに23歳の女が一人暮らしの高校生の部屋に上がり込むのはどうかと…。

「…いいの?」

「はい。一人で食べるよりは」

「じゃあっ、お言葉に甘えて…?」

あたしも何考えてるんだろう。
でも正直…学生の男の子がどんな暮らししてるのか気になる。
しかもイケメンで自炊もちゃんとしてるなんてハイスペック過ぎるんですけど。

この子、学校でもモテるだろうなぁ…。

歩き出す彼の隣を歩いているとやたらと人目が気になって少し後ろに下がった。

そりゃそうか。
こんな体のラインが出てる派手な服装の女と高校生が歩いてたら誰だって不審に思うよね。

「…?」

「あぁ、気にしないで。ちゃんと後ろにいるから」

「はい」

時々振り向いてくれる彼に笑顔で返しながらついて行くとたどり着いたのはごく普通のアパート。


「お邪魔しま~す」

「すぐ作るんで適当に座っててください」

「えっ、あたしもなんか手伝うよ」

うーんと少し悩んだ彼はキッチンのすぐ後ろに椅子を持って来た。

「ここ座って話し相手でもしてください」

「え~、そんなんでいいの?」

戸惑っているあたしに見向きもせず彼は淡々と野菜を切り始めた。

男の人が料理している姿って…結構魅力的だなぁ。

そういえば、突然家に上がっちゃったけど全然散らかってない。
むしろあたしの家より綺麗にしてる。

「まだ高校生なのにしっかりしてるねぇ。料理も家事も自分でしてるんでしょ?」

「まぁ、実家いる時もやってたんで」

「そうなの?ご両親は?」

「父さん出張が多くてそんなに家に帰ってこない人なんで」

「へぇ~お父さん、仕事忙しいんだね」

子供1人置いて出張多いって…結構稼いでるお父さんだったりして。

「ずっと、一人暮らししたくてわがままきいてもらったんです」

「なるほど。でもそれを許してくれるっていいお父さんじゃん~。経済面でも余裕あるんじゃない?」

「余裕はそんなにないと思います。少しでも力になりたくて俺もバイトしてますけど、バイトの給料なんてたかが知れてるので自炊は必須です」

なんていい子なんだろう。
あたしなんて、両親に黙って都会に出てきてそれから連絡すらしてないのに。

「自炊できる男子はモテるよ~」

「ナナミさんはなんのお仕事してるんですか?」

「え?あたしは…えっと」

こんな全身ブランドものだらけの女で無職なんて怪しすぎるよな。

だけど男誑かしてお金巻きあげたりパパ活してるなんてこんな純粋な男の子に言える訳ない。

いっそのことキャバクラとか言っておこうかな。


「パン屋さん!」

「へー。いいですね」


…本当にあたしって何考えてるんだろう。

この子に嫌われたくないとか、悪く思われたくないと思ってるんだと思う。

「パン屋朝早いですよね。見かけによらず毎日頑張ってるんですね」

「……うんっ」

「俺の母さんも昔パン屋で働いてたんです。今はもう働けなくなっちゃいましたけど」

「なにかあったの?」

「俺が中学生のときから癌でずっと入院してます」

「え…そうなの?」

「父さんが出張増えたのも、入院費含めて結構金かかるから頑張って働いてくれてるんだと思います」

「…そうなんだ」

「俺も早くナナミさんみたいに社会人になって真面目に働きたいです。ここまで育ててくれた親に親孝行しないと」

「……」

「……」

「あ、別に寂しいとかそういう感情はもうないんで可哀想とか思わないでくださいね」

「いや…違くて」

「?」

「ただ…いい子だなって」

そうボソっと呟いたあたしが気になったのか、一度だけ手を止めて振り返り優しく微笑んでくれけどあたしは笑顔を返せなかった。

一瞬でも、この子のお父さんと関係を持ってお金をもらえたらなんて考えた自分をぶん殴りたい。

いや、そもそもあたしってこういう人間だったのか。

女の特権を利用して男を誑かして、楽してお金を稼いでるあたしなんかとこの子が同じな訳ないじゃん。

今まで自分がしていることに罪悪感なんて感じたことはなかったのに、この子といると自分が汚い大人だって思い知らされる。

あたしなんかが、頑張ってるとか、可哀想とかそんなこと言えないよ。

だから、何も言葉が出てこなかった。

「嫌いなものないですか?」

「…うんっ。好き嫌いしないよ」

この部屋に不釣り合いなギラギラのバックがやけに眩しくて、イスの下に隠した。
手首についてる何百万の時計もそのカバンの中に入れて。

少しでも、彼に近づきたくなったから。


「もう出来ますよ」

「…え!?美味しそう~」


小さいテーブルに並べられた2人分の生姜焼きとネギと豆腐のお味噌汁。

久しぶりに見た家庭的で質素なご飯。

その味はどこの高級レストランのフルコースよりも美味しかった。


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