歌姫は若き王を落としたい

白藤結

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エピローグ 幸せな結末

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 澄み渡った青空が広がっていた。馬車に乗り込む直前、アルテシアはそれを見上げ、目を細める。春も終わりがけとなり、暖かな陽気だった。三ヶ月前はこんなにも暖かくなかったと思うと、否応がなく時間の経過を感じさせる。
 そのとき、「アルテシア」と背後から呼ばれた。そちらを向けば、激務に追われているからだろう、顔色の悪いフェルディナンドがいた。けれどその表情は晴れやかで、口元をほころばせている。

「幸せになれよ」

 その言葉に、胸がじんわりと温かくなった。目の奥が熱くなり、涙が溢れそうになるが、なんとかこらえる。そしてにっこりと微笑むと、「はい」と頷き、嫁入りのための馬車に乗り込んだ。



 あのあと、フェルディナンドはヴァイス将軍の騎士がアルテシアを斬ったことを大義名分に、彼らを反乱軍として捕らえたらしかった。その後戦闘が落ちつくと二国間の話し合いの場を設け、レーヴェン王国の事情を説明すれば、オズワルドは快く兵をひいてくれたそうだ。そうして戦争は犠牲を最小限にして終わったとのこと。

 すべてが伝聞形なのは、アルテシアが数日間意識を失っていて、目覚めたときにはすべてが終わってレーヴェン王国にいたからだ。ユイリアもシュミル王国軍からレーヴェン王国へと来ていて、目覚めるとすぐさま戦場に行くなんて! と叱られた。ひと通り説教が終わったあと「目覚められて、本当に良かったです」と涙ぐみながら言われ、二人で抱き合って泣いたのは今では笑い話だ。

 その数日後レーヴェン王国の王宮へと行き、フェルディナンドと二人して手紙の内容を歪めた犯人を探すことになった。
 ……ちなみに、主犯は国王だった。理由をなるべく穏やかに尋ねたところ「シュミル王国を道連れにしたかった」と言われて、思わずアルテシアは叫びかけた。何もしてこなかったのに、そうそうに国の未来を諦めて滅びるのを早めようとしたなんて正気の沙汰ではない。尻拭いはするから、ということで説得し、しばらくするとレーヴェン王国はフェルディナンドを王として新たなスタートを切ることが決まった。

 それから幾度か両国の会談の場を設け、レーヴェン王国とシュミル王国は協力をすることが決まり、とうとうアルテシアはシュミル王国に再度やって来た。

 ――今度こそ正式に嫁ぐために。



 たった二ヶ月で見間違えるほど明るくなった街並みをアルテシアに見せながら、馬車はゆっくりとこの街の中心である王宮へ向かう。そして王宮の門へ着くと、今回はちゃんと止められることなく中へ入っていった。
 ……やがて馬車が止まるとアルテシアは座席から立ち上がり、扉が開かれるのを待つ。期待と不安で胸がいっぱいで、心臓がドキドキとやかましく鳴り響いた。きゅ、と手を握りしめる。
 しばらくして扉が開かれる。そこには――。

「久しぶりだな」

 穏やかな笑みを浮かべるオズワルドがいて、手を差し出してきた。アルテシアは手を緩めながら、思わず口元を綻ばせる。

「ええ、久しぶりね」

 そう言いながらオズワルドの手を取る。そういえば硬く、武人らしい手にこうしてそっと触れるのはこれが初めてだと気づいて、頬に熱が集まった。……何となく気恥ずかしくて、幸せだった。



 ユイリアに荷解きを任せると、アルテシアは少しだけ以前と変わった廊下を歩き、オズワルドの執務室へ突入した。そこで部屋の主の手首をひっつかむと、なぜか嬉しそうに手のひらを振って見送りをするレオンを置いて庭園へ向かう。

 足早に進んで無人の庭園へやって来ると、アルテシアは彼の手を離した。向かい合うようにして立つと、これからやることに対する緊張からかじんわりと手汗が滲む。バクバクとやかましい心臓を必死に宥めようと努力していると、オズワルドが先に口を開いた。

「……前もここを歩いたな」
「え、あ……ええ、そうね」

 突然の言葉に、アルテシアは慌てて返事をする。だけど確かにそうだと思い、そう遠くない過去を思い出すと、自然と唇が弧を描いた。
 それほど期間は空いていないのに、かなり昔のことだと思えてくる。きっと、そう思うくらいに色々なことがあったからだろう。

 突然条約のために嫁げと言われてやって来たらその王は死んでいて、オズワルドが王になっていた。それでアルテシアは国のためにと無理矢理王宮に居座って、オズワルドから求婚させてやろうと私情を交えながら色々とやった。人生で初めてクッキーを作って、同じく人生で初めて刺繍をしてプレゼントをした。お茶会もして、デートもして……。

 ふと、そういえばいつから彼に惚れていたのかという疑問が湧き上がる。自覚したのは彼と一緒にここを歩いたときだったが、ユイリアに指摘されたのはその前だ。ということはかなり前から好きになっていたのだろうが、いったいいつからなのが分からない。

(まぁ、いいわ)

 アルテシアは気持ちを切り替える。いつだなんて気にしている余裕はない。……余裕がないからこそ気にした可能性もあるけれど。
 ゆっくりと深呼吸をして、口を開いた。

「――ねぇ」

 アルテシアは呼びかけた。オズワルドの深い瞳に見つめられ、どきりとする。
 ずっと聞きそびれていたことがあった。だけど戦争のあとはアルテシアもオズワルドも忙しくて、個人的に会う機会なんて皆無だったのだ。今を逃したら、きっと永遠に聞けずじまいになってしまうだろう。
 すぅ、と息を吸った。

「あの、その――」
「アルテシア」

 突然、名前を呼ばれた。「ひゃっ」と変な声が出てしまい、恥ずかしくて全身が熱くなる。思わず目を伏せた。……穴があったら入りたい。
 ……短い時間、アルテシアにとっては長い時間が経つと、オズワルドはふっ、と笑った。すっと腰を降り、アルテシアの耳元に顔を近づける。

「やはり、おまえは可愛いな」

 ゾクリと背筋が粟立つ。何故だか胸がきゅう、と締まって、顔が熱くなった。思わずふるりと身を震わせると、くつくつという笑い声が耳朶を打つ。
 あまりにも恥ずかしくてぎゅっと目を瞑ると、「うん」とオズワルドが誰にでもなく頷いた。

「そうやって恥ずかしいと顔を真っ赤にするところは可愛いし、自分なりの信念を持って突き進むところは眩しい」

 熱っぽい瞳で見つめられて、アルテシアはこれ以上ないくらい頬を朱に染めた。たぶん耳まで赤くなっている。嬉しいけど同じくらい恥ずかしくて、視線を下へやった。
 すると、オズワルドが言う。


「だから、俺も好きだ」


 ばっと勢いよく顔を上げると、オズワルドは相変わらず熱っぽい瞳で微笑んでいた。「遅れたが、告白の返事だ」と言い、いたずらっぽく笑う。
 ――好き。その言葉の意味を噛み締めて、アルテシアは破顔した。そして衝動の赴くまま彼に抱きつき、ぽつりと呟くように言う。

「……私、幸せだわ」
「……俺もだ」

 オズワルドの腕が背中に回されて、ぎゅっと締めつけられる。自身を包む熱に、アルテシアはそっと身を任せた。
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