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1話 まりあの恋慕
憧れの、お姉ちゃん
しおりを挟む杏奈と灯夜は恋人として正式にお付き合いをしている。
その衝撃的な事実が明かされたのは、夏休みの初日。まりあがプールで溺れたその日だ。
もともと灯夜に会いに行くという杏奈の付き添いで、まりあは市民プールへ遊びに行った。
「二人ともほんと仲良いんだから。付き合っちゃえばいいのに」
アルバイトの休憩時間、仲睦まじく昼食を取る二人に嫉妬して口を突いて出た軽口が、そのまま事実となってしまった。
足のつかない深いプールへ飛び込むという愚行に走ったのも、二人と一緒にいるのが気まずかったせいもある。
別に、男女交際を始めたからといって、二人の態度が急に変わったわけではない。
おかしな距離感を抱いてしまったのは、まりあの方だ。
ただなんとなく、本当にぼんやりと、夢見ていた。
いつも優しく、素朴な人柄で、けれどいざという時は誰よりもかっこいい、大好きな幼馴染のお兄ちゃん。
彼と口づけを交わすのは、きっとまりあだけなのだと。
ありもしない幻想に酔い痴れていた過去の己を、全力でぶん殴りたい気分だ。
「ふぐうううう~~……っ」
声が漏れないように枕に顔を埋めながら、想いの限り嘆き喚く。
くぐもった自身の声が鼓膜を震わせ、虚しく、どこまでも空虚に、霧散していく。
杏奈のことが羨ましくて堪らない。
まりあの欲しいものすべて、彼女が持っている。
灯夜のこと然り。体形のこと然り。
「……」
酷く不貞腐れた面持ちのまま、まりあはファッション雑誌を広げ、ページをめくる。
杏奈が掲載されているページには、右上に小さく折り目を付けていた。
何度も見た。
その度に思う。
なんて綺麗なんだろう、と。
ほっそりとした手足、美しいくびれ、大きな胸もさることながら、こちらを見つめる輝かしい瞳に惹きこまれる。
たっぷりと杏奈の魅力の虜に陥り、やがて感嘆が入り混じった吐息を漏らす。
行き着く思考の果てはいつも同じだ。
「こんな風にはなれないな……」
まりあは、壁際の姿見を見やり、衣装ダンスから青地のオーバーオールを引っ張り出した。
上衣とスカートを脱ぎ捨て、下着のショーツ一枚になる。
オーバーオールに袖を通し、鏡の前に立った。
雑誌の中で杏奈も披露していた裸オーバーオールである。
初めて見た時はなんて恥ずかしい格好なのだろうと、我が姉ながら羞恥を弁えてもらいたいと、激しく身悶えたものだが……。
扇情的な姉の姿は、何をするにもずっと頭の片隅に残ったままで。
気づけば、同じタイプのオーバーオールを購入していた。
姿見の前で雑誌の姉を真似てポージング。
膝立ちになり、後ろ髪を掻き上げ、軽く顎を上げる。
背筋をくの字に反り返らせ、口元に妖艶な笑みを張り付ける。
鏡の全面に映し出されるは、胸もなければくびれもない、布地にすっぽりと収まる寸胴ボディ。
なんだこれは。ふざけているのか。
「く……っ」
目の前の現実に耐え切れず、まりあは膝を屈する。
胸の大きさが圧倒的に足りない。
杏奈とまりあの間には、比較するにも値しない、途方もない隔たりが存在していた。
六つ差という年齢の開きを考慮してなお届かない、遥かなる高み。
目指す頂はあまりに遠かった。
「死にたい……」
ついぞ漏らしてしまった禁止用語。
抗うことのできない真実を突き付けられ、呟くように零れ落ちたのは、どこまでも虚しい願望だった。
「私も、あんな風になれたらいいのに……」
それに応える声があった。
「なれるよ」
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