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1話 まりあの恋慕

勇気を持って告白を

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「で? 杏奈がこれを見せたがっていたっていうのは……お。なるほど、こういうことか」


 灯夜は雑誌をパラパラと捲り、小さく折り目のついたページを開いた。

 見開きのページをいっぱいに使って、まりあによく似た若い女性モデルの写真が何枚も掲載されている。

 まったく、見事なプロポーションだった。

 身体は自然体に固くならず、それでいてアグレッシブに見せるようにポーズを取り、布地の少ない水着を着て、肌の柔らかさを惜しみなく曝け出す。

 また別の一枚では、髪をたくし上げてうなじを晒し、首筋から背中を通してヒップへの優雅な曲線を描く。

 楚々とした純白のワンピースを纏い、クッションに埋めた横顔は、時折憂いな表情を見せる。

 かと思えば、腕で胸を柔らかく持ち上げ、うねるように腰を逸らして、蠱惑的な眼差しで見る者の心を鷲掴みにする。

 今若者に大人気の読者モデル。
 まりあの姉の杏奈だ。


「そういえば、あいつ言ってたな。写真撮ったから今度見せてあげるって」


 杏奈のモデル写真を眺めながら、灯夜は「ほー」と感心して口元を緩めた。

 瑞々しい素肌を惜しみなく晒す幼馴染に対して邪念は一切なく、ただただ純粋に杏奈の活躍を喜んでいるように見えた。


「つかぬ事を聞くけどさ、灯夜さんはお姉ちゃんのこういうお仕事どう思っているの?」
「ん? どうって、素直に尊敬しているぞ。同い年でしっかりとした仕事をしているだなんてさ。見ろ、見開きで載せてもらってるのあいつだけだぞ。本人インタビューもあるし。知り合いがみんなから慕われる人気モデルだなんて、誇らしいよ。自慢したいくらいさ」
 

 この模範解答に、まりあは「なるほど?」と不審顔。 


「で、お姉ちゃんがこうして誰彼構わず素肌を晒している件についてはノーコメントであると?」
「……いや、それは、な。……なんか、棘のある言い方だな……」


 まりあの追及を受け、灯夜は若干言葉に詰まった。

 腕を組んで考えに耽り、真剣に思い悩んで、それから答えを出した。


「……ん、正直喜ばしいばかりじゃないけれど、口にはしない。このままいけば、事務所の専属モデルにだってなれる。モデルの仕事は小さい頃からのあいつの夢だ。俺は隣でずっとそれを応援してきたからな。くだらない嫉妬心で邪魔したくないんだよ」


 灯夜は、わずかな陰りを覗かせる渋い笑みで、しかし「文句はない」と言い切った。

 つられたように、まりあも小さく微笑みを作る。


「灯夜さんならそう言うと思った」
「まりあは違うのか?」
「もちろん、すごいとは思うんだけどね」


 まりあは、言葉端を濁す。
 素直に喜べない自分がいるのは確かだ。

 杏奈の身体は同性のまりあから見ても羨ましいと思うほどに、美しく均整がとれている。

 手足はスラリと細く、腰のくびれがはっきりわかる。
 なのに何故、こんなにも胸が大きいのか。

 杏奈をひと目見てどこが一番印象に残るかと言ったら、紛うことなく胸部で揺れる凶悪な二つの肉塊に違いない。
 
 血を分けた妹であるはずのまりあには、その片鱗すら見られないというのに。


「ねえ、灯夜さんはお姉ちゃんの身体のどこが好き?」
「は?」
「やっぱり胸? Dカップ、大きいもんね。私と違って」
「い、いやさっきのは不可抗力だろ……。というか、どうしてそんなこと聞くんだ?」


 思春期の男が年下の女の子相手に胸がどうこう語るのは、些かハードルが高過ぎる。

 そわそわと身体を揺らして気まずい話を早々に切り上げる灯夜に、まりあはぐいっと詰め寄った。


「お願い、教えて。私、真剣なの」


 まりあが向けるまっすぐな眼差しを前に、灯夜は困ったように小さく呻き、


「……強いて言うなら、くびれとか、かな。他の女子と比べて綺麗だし、腹回りがすっきりしているのは良いと思うぞ」
「他の子と比べて?」
「ああっ、違うぞ! 水泳部の女子と比べてだ! 部活の時にはどうやったって目に入るんだって!」
「そっ、それじゃあお兄ちゃんはお腹が好きなの? お顔やお胸やお尻よりも、お腹を重視する系男子?」

「ああ、まあ……。そうかも知れないな」
「どうしてお腹なの? 将来子供ができた時のことを想定しているの? 判断基準は耳を当てやすそうかどうか?」
「そんなこと考えるかっ! どこで覚えてきたんだそんな言葉っ。それに、どうしてって言われてもな……」
「さ、触りたい?」

「……思わなくもないかも知れないな」
「そ、そっか。うん。……お兄ちゃんの腹筋も見事なものだと思うよっ」
「別に張り合っているつもりはないんだが……」


 灯夜は咳払いをひとつ。
 恥ずかしい話は終わりだとばかりに、暴走気味のまりあを押しのける。


「さっきからどうした、まりあ。呼び方とか、体がどうとか。変だぞ?」
「え。いや、別に……」


 まりあは楚々と身を引いて、ソファに座り直す。

 前髪などいじってごまかそうとするが、灯夜はすっかり疑心を抱いた半眼を向けてくる。


「隠すなよ。最近様子がおかしいぞ。変によそよそしくするのは止せ。気になるだろ?」
「うう……」


 こうして真正面から見つめられると、正直弱い。

 まりあは耳まで真っ赤にしながら、草花を咀嚼するウサギの如くもごもごと口を動かし、


「……じ、実は、そのぅ」


 心の惑いを勢いに変えて、今この場で告白する決断を下す。


「私……、私ね、お兄ちゃんのことが―――っ」


 その時だった。


「おっ待たせー、灯夜くぅん!」
「うおっ、杏奈!? 馬鹿、お前……っ」


 底抜けに明るい笑顔と、甘く弾む鈴のような声。

 予期せぬ闖入者はリビングに突入するなり灯夜を押し倒し、その場の空気すべてを掻っ攫っていった。
 
 
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