76 / 79
エピローグ
わたしと一緒に暮らしましょう
しおりを挟む「ふう……」
今日も今日とて長く続いた会話にひとつ区切りをつけ、ふと縁側の方へ顔を向けると外はとっぷりと日が暮れ、薄暗闇に包まれ始めていました。
そろそろ雨戸を閉める時間です。
さっき夕食をご馳走になったばかりだというのに、いつの間にかだなんて思うなんて不思議な感じです。
ゆかりさんと一緒に居る時は、時間の感覚が遅かったり早かったり。
良く分かりません。
それだけ楽しかったということであり、今日のその時間はもうすぐ終わりを告げます。
わたしの口から告げなければいけません。
「…………」
ゆかりさんの方へ視線を戻すと、彼女は早々とお布団を敷いて、そこに寝転がってパタパタと先の方が透けている足を上下させながら、のんびり絵を描いています。
今日はパソコンではなくスケッチの気分なのでしょう。
軽やかにペンを走らせて、白紙に線を描いていきます。
今日のお題は何でしょうか。
その完成を見られないことがとても残念でした。
「ゆかりさん」
呼び掛けに、ゆかりさんはくるりと顔だけ振り向いて首を傾げます。
すぐにわたしの表情から話の内容を読み取ったのでしょう。
ゆかりさんの微笑みが少し曇ります。
そんな彼女にこの言葉を伝えることはとても嫌なことで、やりたくないことでした。
すっかり慣れたと思っていたけれど、やっぱりダメでした。
「わたし、そろそろ帰らないと」
なんとかつっかからずにそう言うと、ゆかりさんは身を起こし、手元のスケッチブックの新しいページを開いて、そこにさらさらと文字を書きます。
〝うん。今日もありがとう、みぃちゃん。とっても楽しかったわ。長く一緒に居られる休日って素敵ね〟
その後に続くひと言に、文字を追っていたわたしの視線が釘付けになりました。
〝だから、あなたが帰ってしまうととても寂しいわ〟
寂しい。
ゆかりさんが伝えてきたその言葉に、ショックと驚きで息が止まりそうでした。
なのに心臓だけは変に高鳴って、視界がぐらぐらとします。
「…………」
黙り込んでしまったわたしに、ゆかりさんが不思議そうな視線を送ってきます。
わたしは、訊ねずにはいられませんでした。
「……ゆかりさんも、寂しいの?」
〝なあに?〟
ゆかりさんはちょんちょんと自分の耳に触れます。
わたしの声が小さくて聞き取れなかったようです。
わたしはすうっと息を吸い、
「わたしが帰ると、ひとりでいると、ゆかりさんも寂しいと感じるの?」
ゆかりさんはこくこくと二回頷いて、肯定を強調します。
つまり、彼女が伝えたい言葉は、
〝とても寂しい〟
心配そうな顔のゆかりさんに、わたしは無理やり笑顔を作って見せます。
「そう……。ゆかりさんもそうなんだ……。わたしも同じ……」
笑顔を作ったつもりでしたが、声が震えていました。
自分でもわかるくらいですから、相当です。
ゆかりさんは、そうではないと思い込んでいました。
ひとりでいることが寂しくないと。
病気から解放されたこの状況を、手に入れた自由を楽しんでいると。
でもそれは違っていて。
それだけじゃなくて。
わたしと同じように寂しいと思っていて……。
ゆかりさんは困惑の色を強くして、わたしの顔を覗き込んで、それから何事かスケッチブックに文字を書こうとして、
「ねえ、ゆかりさん。それなら」
わたしはペンを持つゆかりさんの手を掴んで持ち上げ、両手で包みます。
ひんやりとした感触が広がる中、顔を上げたゆかりさんと目が合って、息がかかるほど近くに彼女を感じて。
わたしはもう言葉を止められませんでした。
心臓の高鳴りに合わせて大きく吸った息を、
「わたしと一緒に暮らしましょう」
言葉と一緒に吐き出しました。
不思議と落ち着いた、平素と変わらないわたしの声でした。
こんなにも緊張しているのに、震えてもいなくて変に大声になっていないとは驚きです。
そんなおかしな冷静さがわたしに今し方の発言を反芻させて、途端に火が出そうなくらいに頬を真っ赤に染め上げました。
心臓が胸を突き破って飛び出しそうなくらい暴れています。
今すぐこの場から逃げ出したくて堪りません。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
校長先生の話が長い、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。
学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。
とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。
寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ?
なぜ女子だけが前列に集められるのか?
そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。
新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。
あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。
【完結】【R18百合】女子寮ルームメイトに夜な夜なおっぱいを吸われています。
千鶴田ルト
恋愛
本編完結済み。細々と特別編を書いていくかもしれません。
風月学園女子寮。
私――舞鶴ミサが夜中に目を覚ますと、ルームメイトの藤咲ひなたが私の胸を…!
R-18ですが、いわゆる本番行為はなく、ひたすらおっぱいばかり攻めるガールズラブ小説です。
おすすめする人
・百合/GL/ガールズラブが好きな人
・ひたすらおっぱいを攻める描写が好きな人
・起きないように寝込みを襲うドキドキが好きな人
※タイトル画像はAI生成ですが、キャラクターデザインのイメージは合っています。
※私の小説に関しては誤字等あったら指摘してもらえると嬉しいです。(他の方の場合はわからないですが)
和菓子屋たぬきつね
ゆきかさね
キャラ文芸
1期 少女と白狐の悪魔が和菓子屋で働く話です。 2018年4月に完結しました。
2期 死んだ女と禿鷲の悪魔の話です。 2018年10月に完結しました。
3期 妻を亡くした男性と二匹の猫の話です。 2022年6月に完結しました。
4期 魔女と口の悪い悪魔の話です。 連載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる