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3話 ゆかりさんとわたしと、校舎裏にて
嬉しいニュースと、
しおりを挟む裏口のドアを撥ね飛ばす勢いで病院に駆け込んだわたしは、受付も通らずそのままゆかりさんの病室へ向かいました。
エレベータなんて待っていられません。
五階まで止まらずに階段を駆け上がると白い廊下が真っ直ぐに伸び、その先に個室があります。
この病院の医院長でもあるゆかりさんのお祖父さんが、ゆかりさんのために用意した病室です。
ゆかりさんの身体はここで眠っているはず。
そのままの勢いで病室へ飛び込もうとしていたわたしは、目の前の扉が開いたので急ブレーキ。
中から出てきたのはゆかりさんのお母さんで、わたしを見つけてびっくりした笑みを作り、
「あら、みぃちゃん。ちょうど今連絡しようと―――」
「ゆ、ゆ、ゆかりさんはっ!」
「わっ、ちょっと、しぃぃー」
病院内ではアウトなほど大きな声を出してしまったわたしは、ひとまず落ち着くように言われ、深呼吸をするように指示されました。
そうです、この階にはゆかりさんの他にも重篤な患者さんの病室があるのです。
騒がしくして安静を妨害するようなことをしてはいけませんでした。
わたしは一度息を止めて、それから深く息を吸って吐き出します。
「大丈夫?」
「はい……」
ゆかりさんのお母さんの落ち着いた声が耳に届いて、わたしも幾分か冷静さを取り戻しました。
呼吸もさっきよりずっと深く吸うことができます。
そんなことに気づくと、膝ががくがくしていることも分かりました。立っているのがつらいほど。
運動不足のつけでした。
ゆかりさんが目を覚ました。
それは単なるかもしれないだとしても、わたしにとってとんでもない一大事なことで。
それにしたって取り乱しすぎでした。
慌てることも不安に駆られることもありません。だって、これが初めてじゃないのですから。
そう、三年前幽霊となったゆかりさんがある日突然姿を消して、同時に病室で眠る肉体が目を覚ます、ということは何度かあったことでした。
そうです、これはゆかりさんが居なくなっていた時点であり得た可能性。
行きついていた答え。
病室で眠るゆかりさんが目を覚ました。だから霊体の方はお家に居ない。生霊とはそういう存在。
ただ、それだけのこと。
何をそんなに混乱して騒ぎ立てるようなことがあったでしょうか。
今さらながら恥ずかしさが込み上げてきます。
思えば、ゆかりさんが目を覚ました時に冷静に落ち着いて行動できた試しなどなく。
毎回こうやってゆかりさんのお母さんに迷惑をかけてしまっていました。
「落ち着いた、みぃちゃん」
「はい……。すいません、騒いでしまって……」
「そうよ、まったくもう。気を付けてね。……っていても、仕方ないか。そんなこと気にしている余裕なかったんだから」
しゅん、と項垂れるわたしの頭を撫でながら、お母さんは苦笑しつつ続けます。
「それにしても毎回どうして分かるのかしらねえ。連絡を入れる前にこうやって飛んできてしまうんだもの。ゆかりったら、テレパシーか何か送っているのかしら? 今から起きるよーって。ふふっ」
「じゃあやっぱり、ゆかりさんは……」
「ええ、今日のお昼ごろに。一通りの検査はさっき済んだわ。起きているうちにやらないと分からないものもあるから。ちょっとぼんやりしているけれど、病状は悪化していない。数値的には、前回目を覚ました時よりちょっと良くなっているかな?」
「本当ですか!」
「ええ。ほんの気休め程度だけどね。それでも、ね?」
「はいっ」
ゆかりさんのお母さんの問いかけに、わたしは嬉しさのあまり大きく頷きを返しました。
悪化しているとか手の施しようがないとか、そんな言葉を聞くより遥かに明るい話題です。
ゆかりさんの病気が良くなっている。
その事実だけが、わたしの心の支えとなってくれるのです。
何よりも、わたしなんかよりもずっと病気に詳しいお母さんがこんなに嬉しそうな顔をしているのです。
きっとゆかりさんは大丈夫……。
そんな安堵が込み上げてきて、瞳を潤ませます。
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