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1話 ゆかりさんとわたしと、図書室にて
半分正解
しおりを挟む「あ、またわたし……。ごめん、ゆかりさん」
ゆかりさんは静かに首を横に振って、わたしを見つめる瞳に優しい色を乗せてくれます。
その優しさが、わたしの焦りをどこかへ消し去ってしまいました。
ゆかりさんは、スケッチブックに文字を書きます。
〝ひとつずつ考えていきましょう〟
「う、うん。そうだね。えっと……。どこからにしようか」
〝すべてを解き明かす必要はないし、そんなことはできないわ〟
「どういうこと?」
〝無視できる問題もあるということ〟
ゆかりさんはスケッチブックを裏返します。
わたしが文字を読んでいる間にもわたしの返しを先読みして、そこに言葉を書きつけているのです。
〝みぃちゃんにとって、重要なのはどれかしら。どれが分かると、あなたの疑いが晴れるかしら?〟
わたしは慎重に考えてから言います。
「それはやっぱり、誰が、かな? それにどうしてやったのかが根拠になると思う」
ゆかりさんはこくりと頷きます。
良かった、合ってた。
ゆかりさんは少し長い文章を書いているのか、それでも相当な速筆で紙面に文字を書きます。
書き終えて、スケッチブックを見せてきます。
〝疑いを晴らすためには真犯人とその動機、これははっきりさせなければいけないこと。そしてその手段。これは今ここではっきりさせることはできないわ。事件から時間が経過した今では、物的証拠が手に入らないもの。だから想像で補いましょう〟
「え、そんなことしていいの?」
驚くわたしに、ゆかりさんはあっさりと言います。
いいえ、気にした様子もなく書いた言葉を見せてきます。
〝私たちは探偵でも警察でもない。ましてこの件に関してはそういう組織が必要ないんだから適当でいいのよ〟
「んー……まあ確かに。学校の中だけで解決すべき問題なのかもしれないけれど」
ゆかりさんの書いた通り、わたしたちには(ゆかりさんは頭が良いですが、それでも)特別な推理力も捜査力もなく。
どんな仕掛けを施したのかは物的証拠がなくては立証できません。
適当は言い過ぎかもしれませんが、自由な発想で良いのでしょう。
「うん。じゃあ、真犯人と動機で考えてみましょう……って、ちょっと待って」
わたしはそこで重大なことに気づいてしまいました。
どうしてそこに思い至らないのか不思議になるくらいの、単純な気づき。
あの時、耳にした会話が頭の中を流れていきます。
―――あの二人が色水の犯人でなかった場合、他にああいう悪戯を仕掛けた人物がいるってことになってしまうから。その犯人は捜し出さないと。
―――でも、先生。そんなことができる人なんていませんよ。だって、昨日の図書当番の人が戸締りの際にきちんと見回りをしているはずですから。
―――だからもし、そんな仕掛けができるのは、今日の放課後あの図書館に居て、あの二人があそこにいた時に色水を仕掛けることができたのは、あなたたち二人だけ。そういうことになるのよね。
そう、色水を仕掛けることができたのはわたしと相原さんだけ。
わたしじゃない。
ということは……。
「……じゃあ、真犯人は、色水を仕掛けて本ごとあの二人をびしょ濡れにしたのは、……相原さん?」
わたしの呟きに、ゆかりさんは沈黙を返します。
「でも!」
動機は? どうして本好きな相原さんが、本を汚すようなことを?
そう言いかけて、すぐに気づきました。
逆なのです。本が好きだからこそ、それを汚すあの二人が許せなかった。
つまり。
「あの二人がよく放課後の図書室で密会していることを知っていて、どこにいて何をするかを分かっていて、あの二人のせいになるように仕掛けを作動させて本を汚した……? そして二人を退学へ追い込んだ……。そういうことなの?」
自分で言っていて信じられませんでした。あの相原さんが……。
いいえ、わたしと彼女はほんの数時間程度の付き合いしかないはずで、彼女のことなど何も分かっているはずなくて……。
しかし、それでも分かっているのは、彼女が本好きで、それを汚すような人を強く嫌っていることだけ。
だからこそ、自分の辿り着いた真相が信じられません。
本を汚してまで仕返しを優先した彼女の気持ちを想像できませんでした。
「…………」
黙り込んでしまったわたしは、縋るようにゆかりさんを見上げます。
ゆかりさんはわたしの視線から意を汲んで、ゆっくりと頷いて、スケッチブックに答えを書きます。
〝半分正解〟
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