ゆかりさんとわたし

謎の人

文字の大きさ
上 下
4 / 79
プロローグ

彼女はきっと、ひとりでも……

しおりを挟む


 
「ゆかりさんってば、まったくもう……」


 じとっ、とした抗議の視線を簡単に流しつつ、ゆかりさんはひとつ区切りを入れるようにポンと手のひらを合わせます。
〝さてと〟とでも言いたげでした。


〝いつものようにごはん食べていくでしょう? 作ってくるわ〟


 紙面にそう書いた後、ゆかりさんは立ち上がり、台所へ向かいます。
 一体どこで覚えたのか、ゆかりさんは料理上手。調理器具や食材はわたしが買ってきた物なので、問題なく触れます。


「あ、手伝わなくて大丈夫?」


 わたしも慌てて立ち上がると、ゆかりさんは平気よ、と後ろ手にひらひらと手を振り返します。
 襖の向こう、台所へと消えた背中へ、


「……あ、じゃあお風呂入れておくから」


 少し間が空いてしまってから、わたしはそう言いました。

 今の季節はまだ日が長いので夕飯という時間ではない気がしますが、ゆかりさんが用意してくれるのならわたしはいつだって大歓迎です。それほどに彼女の料理は魅力的な味がします。
 自分で作ったお弁当よりも、たまに奮発して食べに行くレストランの料理よりも。彼女の作ってくれる夕ご飯が楽しみで仕方ありません。

 鼻歌交じりに廊下に出て突き当りの風呂場に向かい、靴下を脱いでワイシャツの袖をまくり上げ、スカートを外してスパッツ姿になります。
 スポンジを使って軽く浴槽を水洗い。それからお湯を溜めます。その間、古い板張りの廊下を簡易モップで拭き掃除。

 幽霊の身の上とはいえ、ゆかりさんはひとり暮らし。ゆえに日常的な家事はひと通りこなせます。毎日それをこなしています。
 睡眠や食事もそうですが、ゆかりさんは普通の日常生活を日常的に行いたいのだそうで。炊事洗濯掃除と何でもやりたがります。
 きっと、自分で何でもできるようになったことが嬉しいのです。
 わたしもこうして手伝いに来られる日は(ほぼ毎日ですが)、出来る限りの家事を手伝っていきます。夕ご飯をごちそうになる代わりといえば十分です。

 ゆかりさんがこの家に住み続けると聞いた時、果たしてそんなことができるのだろうかと、わたしは内心不安でした。
 しかし、そんな心配をよそに、ゆかりさんはひとりでもちゃんと自活できています。健康で普通な人と何ひとつ変わらない様子で、平然と。
 そのこと自体は何よりなのですけれど……。


「でも、何か違う気がするなあ」


 ひとりで掃除を続けていると、つい独り言が多くなります。今のこの状況に、わたしとしては思うところがあるのです。ない方がおかしいでしょう。
 
 幼い頃からの友人がわたしに会うために帰って来てくれた。大変喜ばしいことです。だからそれは良いとして。
 わたしが気になるのは、ゆかりさんが普通の人と同じように振る舞おうとするところ。 

 まだ彼女の肉体と魂がひとつだった頃からそのような傾向にありました。ひとりでなんでもできるようになりたい、と。
 今まさに、その夢を叶えているのかもしれません。
 
 ただ、わたしとしては病気であることを言い訳に、もっと頼って欲しかったのです。
 わたしでなくても、ご両親や親戚の人、わたしに内緒の友達でも誰でもいい。甘えていて欲しかった。病弱な身体を引きずってまで、普通の人と同じように振る舞おうとしないで欲しい。
 わたしはずっと、そんな風に思っていました。
 状況が一変した今も、まだ少し。


「頼って欲しいなんて、我がままなのかな……。だってゆかりさんは、普通に暮らせていけるのだし。わたしが手伝いに来なくても、ひとりで、ちゃんと……」


 そんなことばかり考えていると、いつの間にか拭き掃除の手が止まっていました。

 コンコン、と乾いた音が聞こえてきます。ゆかりさんからの合図です。おそらく夕食を作り終わったのでしょう。
 わたしは慌てて掃除道具を片づけ、お風呂のお湯を止め、手を洗い、先程の縁側に面した居間へ向かいました。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がエロくて死にそうです

菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。 美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。 こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。 それは…… 限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

みちのく銀山温泉

沖田弥子
キャラ文芸
高校生の花野優香は山形の銀山温泉へやってきた。親戚の営む温泉宿「花湯屋」でお手伝いをしながら地元の高校へ通うため。ところが駅に現れた圭史郎に花湯屋へ連れて行ってもらうと、子鬼たちを発見。花野家当主の直系である優香は、あやかし使いの末裔であると聞かされる。さらに若女将を任されて、神使の圭史郎と共に花湯屋であやかしのお客様を迎えることになった。高校生若女将があやかしたちと出会い、成長する物語。◆後半に優香が前の彼氏について語るエピソードがありますが、私の実体験を交えています。◆第2回キャラ文芸大賞にて、大賞を受賞いたしました。応援ありがとうございました! 2019年7月11日、書籍化されました。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

俺の幼馴染がエロ可愛すぎてヤバい。

ゆきゆめ
キャラ文芸
「お〇ん〇ん様、今日もお元気ですね♡」  俺・浅間紘(あさまひろ)の朝は幼馴染の藤咲雪(ふじさきゆき)が俺の朝〇ちしたムスコとお喋りをしているのを目撃することから始まる。  何を言っているか分からないと思うが安心してくれ。俺も全くもってわからない。  わかることと言えばただひとつ。  それは、俺の幼馴染は最高にエロ可愛いってこと。  毎日毎日、雪(ゆき)にあれやこれやと弄られまくるのは疲れるけれど、なんやかんや楽しくもあって。  そしてやっぱり思うことは、俺の幼馴染は最高にエロ可愛いということ。  これはたぶん、ツッコミ待ちで弄りたがりやの幼馴染と、そんな彼女に振り回されまくりでツッコミまくりな俺の、青春やラブがあったりなかったりもする感じの日常コメディだ。(ツッコミはえっちな言葉ではないです)

お兄ちゃんはお医者さん!?

すず。
恋愛
持病持ちの高校1年生の女の子。 如月 陽菜(きさらぎ ひな) 病院が苦手。 如月 陽菜の主治医。25歳。 高橋 翔平(たかはし しょうへい) 内科医の医師。 ※このお話に出てくるものは 現実とは何の関係もございません。 ※治療法、病名など ほぼ知識なしで書かせて頂きました。 お楽しみください♪♪

【一話完結】3分で読める背筋の凍る怖い話

冬一こもる
ホラー
本当に怖いのはありそうな恐怖。日常に潜むあり得る恐怖。 読者の日常に不安の種を植え付けます。 きっといつか不安の花は開く。

処理中です...