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プロローグ
彼女はきっと、ひとりでも……
しおりを挟む「ゆかりさんってば、まったくもう……」
じとっ、とした抗議の視線を簡単に流しつつ、ゆかりさんはひとつ区切りを入れるようにポンと手のひらを合わせます。
〝さてと〟とでも言いたげでした。
〝いつものようにごはん食べていくでしょう? 作ってくるわ〟
紙面にそう書いた後、ゆかりさんは立ち上がり、台所へ向かいます。
一体どこで覚えたのか、ゆかりさんは料理上手。調理器具や食材はわたしが買ってきた物なので、問題なく触れます。
「あ、手伝わなくて大丈夫?」
わたしも慌てて立ち上がると、ゆかりさんは平気よ、と後ろ手にひらひらと手を振り返します。
襖の向こう、台所へと消えた背中へ、
「……あ、じゃあお風呂入れておくから」
少し間が空いてしまってから、わたしはそう言いました。
今の季節はまだ日が長いので夕飯という時間ではない気がしますが、ゆかりさんが用意してくれるのならわたしはいつだって大歓迎です。それほどに彼女の料理は魅力的な味がします。
自分で作ったお弁当よりも、たまに奮発して食べに行くレストランの料理よりも。彼女の作ってくれる夕ご飯が楽しみで仕方ありません。
鼻歌交じりに廊下に出て突き当りの風呂場に向かい、靴下を脱いでワイシャツの袖をまくり上げ、スカートを外してスパッツ姿になります。
スポンジを使って軽く浴槽を水洗い。それからお湯を溜めます。その間、古い板張りの廊下を簡易モップで拭き掃除。
幽霊の身の上とはいえ、ゆかりさんはひとり暮らし。ゆえに日常的な家事はひと通りこなせます。毎日それをこなしています。
睡眠や食事もそうですが、ゆかりさんは普通の日常生活を日常的に行いたいのだそうで。炊事洗濯掃除と何でもやりたがります。
きっと、自分で何でもできるようになったことが嬉しいのです。
わたしもこうして手伝いに来られる日は(ほぼ毎日ですが)、出来る限りの家事を手伝っていきます。夕ご飯をごちそうになる代わりといえば十分です。
ゆかりさんがこの家に住み続けると聞いた時、果たしてそんなことができるのだろうかと、わたしは内心不安でした。
しかし、そんな心配をよそに、ゆかりさんはひとりでもちゃんと自活できています。健康で普通な人と何ひとつ変わらない様子で、平然と。
そのこと自体は何よりなのですけれど……。
「でも、何か違う気がするなあ」
ひとりで掃除を続けていると、つい独り言が多くなります。今のこの状況に、わたしとしては思うところがあるのです。ない方がおかしいでしょう。
幼い頃からの友人がわたしに会うために帰って来てくれた。大変喜ばしいことです。だからそれは良いとして。
わたしが気になるのは、ゆかりさんが普通の人と同じように振る舞おうとするところ。
まだ彼女の肉体と魂がひとつだった頃からそのような傾向にありました。ひとりでなんでもできるようになりたい、と。
今まさに、その夢を叶えているのかもしれません。
ただ、わたしとしては病気であることを言い訳に、もっと頼って欲しかったのです。
わたしでなくても、ご両親や親戚の人、わたしに内緒の友達でも誰でもいい。甘えていて欲しかった。病弱な身体を引きずってまで、普通の人と同じように振る舞おうとしないで欲しい。
わたしはずっと、そんな風に思っていました。
状況が一変した今も、まだ少し。
「頼って欲しいなんて、我がままなのかな……。だってゆかりさんは、普通に暮らせていけるのだし。わたしが手伝いに来なくても、ひとりで、ちゃんと……」
そんなことばかり考えていると、いつの間にか拭き掃除の手が止まっていました。
コンコン、と乾いた音が聞こえてきます。ゆかりさんからの合図です。おそらく夕食を作り終わったのでしょう。
わたしは慌てて掃除道具を片づけ、お風呂のお湯を止め、手を洗い、先程の縁側に面した居間へ向かいました。
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