ゆかりさんとわたし

謎の人

文字の大きさ
上 下
2 / 79
プロローグ

ゆかりさんは幽霊です

しおりを挟む


 布団を畳むのを手伝いながら、ちらりと彼女の様子を横目でゆかりさんを見つめるわたしです。
 どうやらわたしが来るまでずっと眠っていたらしい彼女は、まだ寝ぼけ眼をこすりながらあくびを噛み殺しています。

 彼女は夜型です。朝に寝て夕刻に目覚め、静かな夜を過ごします。
 不規則な生活はあまり良くないのですが、ゆかりさんは自分の身体に合わせた生活をしているかもしれないと思うと、強く言うことができません。
 普通であるわたしの常識で、普通ではない彼女を注意することはできないのです。


「……ん?」


 無邪気な様子を楽しむあまり、知らずの内に顔がほころんでいたのでしょう。ゆかりさんがわたしの方を向いて、首を傾げてきました。
〝なあに?〟というジェスチャーです。


「ううん。何でもない」


 そんな可愛い仕草も相まって、ますます口元が緩んでしまいます。
 彼女との会話はいつもわたしを楽しい気分にさせてくれる、ちょっとした魔法のようなものなのです。

 そう、これがわたしたちの会話。
 
 ゆかりさんは、言葉に声を乗せて発することを滅多にしません。まったくしゃべれないわけではないのですが、少なからず無理をしなければ声を出せないそうです。
 
 彼女は普通ではありません。ゆかりさんは幽霊です。

 ……ええ、分かっています。こんなことをいきなり口にすれば、きっと正気を疑われてしまうことでしょう。
 ですが、事実彼女には実体がありません。壁や床、それからわたしの身体なんかをすり抜けることができます。
 身体の内側がひやりとするような奇妙な寒気がするので、唐突にされるのはあまり好きではありませんが、とにかく。
 ゆかりさんは魂だけの存在としてここに、この古めかしい家屋に住み着いている。そういうことらしいです。

 わたしもはじめはびっくりしました。
 ゆかりさんは重い病を患った病人でした。いつからその病気なのかといえば、それはこの世に生を受けたその瞬間から。ゆかりさんは、生まれつき遺伝的な疾患を持っています。 
 その病気の正式名称は舌を噛んでしまいそうなほどに複雑で長く、わたしの拙い頭ではとても覚えていられませんが、とにかく。
 ゆかりさんは重度の病気を患った病人であり、そしてそれは、まだ決定的な治療法が見つかっていません。現代医学において、研究の対象となり得る奇病だそうです。

 わたしと同い年でありながら学校に通うこともできず、日長一日ひとり孤独に床に臥せっているばかりの日々。そんな寂しい生活がいよいよ終わりを告げようというその日、わたしはそこに立ち会いました。
 ゆかりさんから最後の言葉を耳にして、ゆっくりと瞼が閉じていくその瞬間。わたしはショックで泣くこともできず、ただただ呆然としていました。
 
 が、しかし。

 ゆかりさんが長く深い眠りに就いた、その翌日のことです。
 現実味を帯びない宙ぶらりんの気持ちを抱えたまま、ついいつもの癖でゆかりさんの家を訪ねたわたしは、驚きのあまりへたり込んでしまいました。
 ゆかりさんは何もなかったかのようにしれっとした顔で縁側に腰掛け、死にそうな顔をしてやって来たわたしに笑顔を見せ、手など振るものですから、もう……。
 その時のわたしの慌てようと言ったら。

 それから早三年。さすがに慣れました。
 とても奇妙な関係かも知れません。けれど、良いのです。大好きな親友の笑顔をまた見ることができて、とても満足しています。
 もう二度と見ることがないと思っていた優しい微笑みに、また会うことができたのです。これを幸せと言わず何と言うことができるでしょうか。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

膀胱を虐められる男の子の話

煬帝
BL
常におしがま膀胱プレイ 男に監禁されアブノーマルなプレイにどんどんハマっていってしまうノーマルゲイの男の子の話 膀胱責め.尿道責め.おしっこ我慢.調教.SM.拘束.お仕置き.主従.首輪.軟禁(監禁含む)

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

小児科医、姪を引き取ることになりました。

sao miyui
キャラ文芸
おひさまこどもクリニックで働く小児科医の深沢太陽はある日事故死してしまった妹夫婦の小学1年生の娘日菜を引き取る事になった。 慣れない子育てだけど必死に向き合う太陽となかなか心を開こうとしない日菜の毎日の奮闘を描いたハートフルストーリー。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

処理中です...