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プロローグ
ゆかりさんは幽霊です
しおりを挟む布団を畳むのを手伝いながら、ちらりと彼女の様子を横目でゆかりさんを見つめるわたしです。
どうやらわたしが来るまでずっと眠っていたらしい彼女は、まだ寝ぼけ眼をこすりながらあくびを噛み殺しています。
彼女は夜型です。朝に寝て夕刻に目覚め、静かな夜を過ごします。
不規則な生活はあまり良くないのですが、ゆかりさんは自分の身体に合わせた生活をしているかもしれないと思うと、強く言うことができません。
普通であるわたしの常識で、普通ではない彼女を注意することはできないのです。
「……ん?」
無邪気な様子を楽しむあまり、知らずの内に顔がほころんでいたのでしょう。ゆかりさんがわたしの方を向いて、首を傾げてきました。
〝なあに?〟というジェスチャーです。
「ううん。何でもない」
そんな可愛い仕草も相まって、ますます口元が緩んでしまいます。
彼女との会話はいつもわたしを楽しい気分にさせてくれる、ちょっとした魔法のようなものなのです。
そう、これがわたしたちの会話。
ゆかりさんは、言葉に声を乗せて発することを滅多にしません。まったくしゃべれないわけではないのですが、少なからず無理をしなければ声を出せないそうです。
彼女は普通ではありません。ゆかりさんは幽霊です。
……ええ、分かっています。こんなことをいきなり口にすれば、きっと正気を疑われてしまうことでしょう。
ですが、事実彼女には実体がありません。壁や床、それからわたしの身体なんかをすり抜けることができます。
身体の内側がひやりとするような奇妙な寒気がするので、唐突にされるのはあまり好きではありませんが、とにかく。
ゆかりさんは魂だけの存在としてここに、この古めかしい家屋に住み着いている。そういうことらしいです。
わたしもはじめはびっくりしました。
ゆかりさんは重い病を患った病人でした。いつからその病気なのかといえば、それはこの世に生を受けたその瞬間から。ゆかりさんは、生まれつき遺伝的な疾患を持っています。
その病気の正式名称は舌を噛んでしまいそうなほどに複雑で長く、わたしの拙い頭ではとても覚えていられませんが、とにかく。
ゆかりさんは重度の病気を患った病人であり、そしてそれは、まだ決定的な治療法が見つかっていません。現代医学において、研究の対象となり得る奇病だそうです。
わたしと同い年でありながら学校に通うこともできず、日長一日ひとり孤独に床に臥せっているばかりの日々。そんな寂しい生活がいよいよ終わりを告げようというその日、わたしはそこに立ち会いました。
ゆかりさんから最後の言葉を耳にして、ゆっくりと瞼が閉じていくその瞬間。わたしはショックで泣くこともできず、ただただ呆然としていました。
が、しかし。
ゆかりさんが長く深い眠りに就いた、その翌日のことです。
現実味を帯びない宙ぶらりんの気持ちを抱えたまま、ついいつもの癖でゆかりさんの家を訪ねたわたしは、驚きのあまりへたり込んでしまいました。
ゆかりさんは何もなかったかのようにしれっとした顔で縁側に腰掛け、死にそうな顔をしてやって来たわたしに笑顔を見せ、手など振るものですから、もう……。
その時のわたしの慌てようと言ったら。
それから早三年。さすがに慣れました。
とても奇妙な関係かも知れません。けれど、良いのです。大好きな親友の笑顔をまた見ることができて、とても満足しています。
もう二度と見ることがないと思っていた優しい微笑みに、また会うことができたのです。これを幸せと言わず何と言うことができるでしょうか。
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