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2話 捕食者を喰らう者
初めての冒険の顛末
しおりを挟む「ああ、良かった無事だったんですね。他の二人はどこに? はぐれてしまったのですか?」
「……」
特徴である長い耳がピクリと揺れて、こちらの呼びかけに反応を示します。
が、瞳は焦点があっておらず、表情はどこか胡乱気で、足元は覚束ず、見ていて酷く不安定です。
何かあったことは間違いありません。
「実は私たちも襲われて。何があったのか詳しく聞かせて―――」
「もし。それから離れてください」
静かな警告。
次いで、ひゅっ、という風切り音。
欠片ほどの容赦もなく木刀が振り下ろされ、私の眼前でリーフさんの頭部をかち割りました。
「……え?」
「はっ!」
あまりの出来事に、絶句。
そうしている間にもスライムイーターさんは追撃を加え、リーフさんのわき腹を強打。華奢な身体を凄まじい勢いで吹き飛ばしました。
背筋を震わせる、ぐしゃりという音。壁に叩きつけられた時と地面に落ちた時とで、計二回。
絶対夢に見るやつですよ、これ……。
「な、な、なん……っ」
「落ち着いて」
「なにしてんの!」
悪鬼羅刹の如き所業を痛烈に非難しながら、急ぎ倒れたリーフさんに駆け寄ろうとします。
が、スライムイーターさんは私の動きに先んじて、がっしりと私の肩を掴んでいました。
「よく見なさい」
「な、なに、を……?」
語調強めにぴしゃりと言われて、浮き足立っていた気持ちが一気に静まり返ります。
冷や水ぶっかけられたというのはこういうことでしょう。
そして、はっきり醒めた眼で改めてリーフさんを見て、
「……うっ」
疑問よりも先に吐き気を催しました。
あろうことか、割られた頭部からずるりと中身を露出させながら、リーフさんは身体を起こそうともがいるのです。
あまりのおぞましさに一歩身を引きます。
後ろにいたスライムイーターさんにぶつかる形で抱き止められました。
「手遅れだったようです」
「手遅れって……」
「彼女はスライムに寄生されてしまったのです」
スライムイーターさんは冷えた声色で淡々と言葉を発します。
「見てみなさい」という指示なので仕方なく、私は嫌々リーフさんの方に視線を戻します。
ひしゃげた頭部からずるっと滴り落ちたのは、粘り気のある体組織。
見紛うことなき、スライムです。
血液を多分に含み、赤黒く染まったスライムは、ずるずるとその身を引きずりながら、再びリーフさんの肉体へ戻ろうとします。
目、鼻、耳、口。
穴という穴からスライムが滲み出ては、また体内へ引っ込み、リーフさんの手足が壊れたように痙攣します。
「なん、なの。あれは……っ」
「スライムの核はああして作られます。スライムは繁殖の際、人や獣の中に肉体の一部を寄生させ、宿主を乗っ取るのです。そして肉の身体を栄養素にし、内側から徐々に溶かして大きく成長していく」
言葉が出ませんでした。
私が嬉々として首から下げていた物の正体は、つまり……。
「ううっ」
堪らず隅っこへ駆けて行って、膝を折ります。
口元を押え、臓腑を押し上げる横隔膜を収めようと深呼吸を繰り返せば、噎せ返るほどの血と臓物の匂いが、地下水道を流れる生活排水のそれと混ざり合い、嗅覚器官に多大なダメージを与えます。
濃厚な空気が渦巻いているようでした。
ぶっちゃけ、人死なんて飽きるほど見てきたつもりですが、慣れるようなものでもないようです。
「怪物が獲物を捕らえる目的は二つに一つ。捕食か繁殖か。スライムもそうだというだけの話です」
スライムイーターさんの声が、不思議と木霊のように頭の中で響き、ぐらぐらと脳みそを揺らしてくるようです。
「ここまで浸食されてしまえば、もはや"女神の祝福"があっても救えません。せめて安らかに」
懐から取り出したのは、先と同じ水薬の入った小瓶。
「中身はわたしが調合した、対スライム用の聖水。要するに、彼らにとっての猛毒です」
宙へと軽く放った小瓶は、リーフさんの足元で音を立てて砕け、中身をぶちまけました。
本能からか、スライムはそうと知らず、触手を伸ばして水薬を体内へ吸い取り……、
「――――――――――――――――――――――――っ!!!!」
瞬間、水路内にこの世の物とは思えない絶叫が迸りました。
最悪なことに、人の悲鳴、そのものでした。
リーフさんが痛みに呻き、喉を震わせ、叫んでいるのです。
ひしゃげた頭部を振り乱し、死んだ体を仰け反らせ、スライムのようにその身を弾ませます。
「まさか、まだ意識が……?」
「当然です。母体が死んでは寄生できませんから」
信じられないと首を振ると、スライムイーターさんはまたもあっさりと肯定してのけました。
「スライムを産み育てるわけではないのです。身体を浸食され、意識を乗っ取られる。母体は徐々にその自我を無くしていき、やがてスライムとして生まれ変わる。それがスライムに捕食された者の辿る末路です」
「……」
言葉を失い、呆然と思い返します。
もしもあの時助けてもらわなければ、私も、リーフさんのように……。
「運が良かったですね。女神様に感謝いたしましょう」
褒め言葉じみた酷い皮肉に、私は何も言い返すことはできませんでした。
重傷者 一名
行方不明者 二名
死者 一名
それが、私にとって初めての冒険の顛末でした。
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◆なろう版で指摘頂いたので恋愛ジャンルからファンタジージャンルに変更します。恋愛ものと思って読んで下さった皆さまごめんなさい。
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◆なろう版にて多くの感想を頂いています。
その中で「声が出せない以外は健康で優秀」という設定に違和感があるとご指摘を頂きました。確かに障碍というものは単独で発現するものではないですし、そのあたり作品化するにあたって調べが足りていなかった作者の無知によるものです。
ですので大変申し訳ありませんが、現実世界ではない「魔術もある異世界」の話ということで、ひとつご容赦願えればと思います。誠に申し訳ありません。
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