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「今日はもう遅いし、早くお風呂に入っておいで」

「あ、はい」

部屋に入れられてすぐ、お風呂に行ってこいと言われ、それに頷いた。明日からも仕事探しをするなら、きちんとした生活を心がけるべきであると、自分で思ったからだ。

「ゆっくりしておいで。俺は、リビングにいるから」

「わかりました」

笑顔で返事をし、苦しい胸の内を隠す。そして、そのままお風呂に向かい、シャワーを浴びる。

「ニセモノ、偽物、にせもの!」

全て、偽りの世界。今、この瞬間の現実だけが、本物。私が生きてきた今までの記憶は全て、偽物。そのことが頭を支配する。

「おかあ、さん、おとう、さん……」

優しかった両親が、本当は今世のクソだなんて、信じたくない。今でも思い出すだけで震えが来る。病気をして、苦しい思いをしているのに、それを見て高笑いする母親と、見苦しいと言って蹴りつけてくる父親。

幼い日の事だった。その時は苦しくて、両親が優しくないことも受け入れられなくて、ただひたすら、涙を流しながら二人に手を伸ばしていた記憶がある。

当たり前ながら、その手は取られるどころか、踏みつけられたんだけれど。

「生まれてこないほうがよかった、ねぇ……。本当、そのとおりね」

過去に私に直接、そう言った人がいた。最初は、虐待されているのを知っていて、そんなことを言うだなんて最低だと思っていた。だけど、それは事実だった。

私という存在なんて、消えてなくなってしまえばよかったのかもしれない。そもそも、ループしている時点で可笑しいのだ。

「千鶴、髪の毛を乾かしてあげるよ」

シャワーを浴びてもすっきりしない頭のまま、貸してもらっているスウェットを着てリビングへ向かう。ドアを開けたところで、そう声をかけられた。髪の毛は透さんが乾かすと言って、ここへ来た初日から彼がしてくれている。

それを身体が覚えている。習慣とは恐いものだ。

「ねぇ、千鶴。俺に言えるようになったら、教えて。君の悩んでいること、思っていること、全部」

私があえて誤魔化した部分を、彼はそう言うことで終わらせた。まだ私が言えないと分かっていての言葉だ。

「はい、いつか」

前世でよく浮かべていた作り笑いを顔に貼り付ける。そうすればたいていのことは流せたから。今世に入って、理不尽なことばかりあった。でもそんなときは笑った。

笑えば笑うほど、自分が死んでいくのがわかったけど、そうしないと自分を守れなかった。楽しくもないのに笑って、私を否定する人たちにも笑いかけて。

悔しい思いだって何度もした。でも、笑うのを辞められなかった。大丈夫だと自身を誤魔化せるラインなどとっくに超えていたにもかかわらず。

悲鳴を上げている自分の心に嘘をつき、まだ大丈夫だと言い続け。結局は何にもなりはしなかったけれど、なんとか生きているだけ儲けものだと納得した。

「千鶴」

急に透さんが、私の前に移動した。下を向いていた私はそれに気づかず、彼の行動を予測することはできない。そして優しく、そっと抱きしめられた。私の身体をすっぽりと覆うように真正面から優しく。

「えっ」

「ん? 大好きだなって思ったんだ。俺の、大切な女の子」

「……そ、そう、ですか……」

何と言えばいいのかわからなくて、曖昧な返事しかできない。そんなの嘘だと叫びたい自分と、信じてしまいたい自分。どちらも受け入れがたい自分だ。

この人を、普通に好きになれたら、よかったのにね。

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