26 / 35
26
しおりを挟む
「今日はもう遅いし、早くお風呂に入っておいで」
「あ、はい」
部屋に入れられてすぐ、お風呂に行ってこいと言われ、それに頷いた。明日からも仕事探しをするなら、きちんとした生活を心がけるべきであると、自分で思ったからだ。
「ゆっくりしておいで。俺は、リビングにいるから」
「わかりました」
笑顔で返事をし、苦しい胸の内を隠す。そして、そのままお風呂に向かい、シャワーを浴びる。
「ニセモノ、偽物、にせもの!」
全て、偽りの世界。今、この瞬間の現実だけが、本物。私が生きてきた今までの記憶は全て、偽物。そのことが頭を支配する。
「おかあ、さん、おとう、さん……」
優しかった両親が、本当は今世のクソだなんて、信じたくない。今でも思い出すだけで震えが来る。病気をして、苦しい思いをしているのに、それを見て高笑いする母親と、見苦しいと言って蹴りつけてくる父親。
幼い日の事だった。その時は苦しくて、両親が優しくないことも受け入れられなくて、ただひたすら、涙を流しながら二人に手を伸ばしていた記憶がある。
当たり前ながら、その手は取られるどころか、踏みつけられたんだけれど。
「生まれてこないほうがよかった、ねぇ……。本当、そのとおりね」
過去に私に直接、そう言った人がいた。最初は、虐待されているのを知っていて、そんなことを言うだなんて最低だと思っていた。だけど、それは事実だった。
私という存在なんて、消えてなくなってしまえばよかったのかもしれない。そもそも、ループしている時点で可笑しいのだ。
「千鶴、髪の毛を乾かしてあげるよ」
シャワーを浴びてもすっきりしない頭のまま、貸してもらっているスウェットを着てリビングへ向かう。ドアを開けたところで、そう声をかけられた。髪の毛は透さんが乾かすと言って、ここへ来た初日から彼がしてくれている。
それを身体が覚えている。習慣とは恐いものだ。
「ねぇ、千鶴。俺に言えるようになったら、教えて。君の悩んでいること、思っていること、全部」
私があえて誤魔化した部分を、彼はそう言うことで終わらせた。まだ私が言えないと分かっていての言葉だ。
「はい、いつか」
前世でよく浮かべていた作り笑いを顔に貼り付ける。そうすればたいていのことは流せたから。今世に入って、理不尽なことばかりあった。でもそんなときは笑った。
笑えば笑うほど、自分が死んでいくのがわかったけど、そうしないと自分を守れなかった。楽しくもないのに笑って、私を否定する人たちにも笑いかけて。
悔しい思いだって何度もした。でも、笑うのを辞められなかった。大丈夫だと自身を誤魔化せるラインなどとっくに超えていたにもかかわらず。
悲鳴を上げている自分の心に嘘をつき、まだ大丈夫だと言い続け。結局は何にもなりはしなかったけれど、なんとか生きているだけ儲けものだと納得した。
「千鶴」
急に透さんが、私の前に移動した。下を向いていた私はそれに気づかず、彼の行動を予測することはできない。そして優しく、そっと抱きしめられた。私の身体をすっぽりと覆うように真正面から優しく。
「えっ」
「ん? 大好きだなって思ったんだ。俺の、大切な女の子」
「……そ、そう、ですか……」
何と言えばいいのかわからなくて、曖昧な返事しかできない。そんなの嘘だと叫びたい自分と、信じてしまいたい自分。どちらも受け入れがたい自分だ。
この人を、普通に好きになれたら、よかったのにね。
「あ、はい」
部屋に入れられてすぐ、お風呂に行ってこいと言われ、それに頷いた。明日からも仕事探しをするなら、きちんとした生活を心がけるべきであると、自分で思ったからだ。
「ゆっくりしておいで。俺は、リビングにいるから」
「わかりました」
笑顔で返事をし、苦しい胸の内を隠す。そして、そのままお風呂に向かい、シャワーを浴びる。
「ニセモノ、偽物、にせもの!」
全て、偽りの世界。今、この瞬間の現実だけが、本物。私が生きてきた今までの記憶は全て、偽物。そのことが頭を支配する。
「おかあ、さん、おとう、さん……」
優しかった両親が、本当は今世のクソだなんて、信じたくない。今でも思い出すだけで震えが来る。病気をして、苦しい思いをしているのに、それを見て高笑いする母親と、見苦しいと言って蹴りつけてくる父親。
幼い日の事だった。その時は苦しくて、両親が優しくないことも受け入れられなくて、ただひたすら、涙を流しながら二人に手を伸ばしていた記憶がある。
当たり前ながら、その手は取られるどころか、踏みつけられたんだけれど。
「生まれてこないほうがよかった、ねぇ……。本当、そのとおりね」
過去に私に直接、そう言った人がいた。最初は、虐待されているのを知っていて、そんなことを言うだなんて最低だと思っていた。だけど、それは事実だった。
私という存在なんて、消えてなくなってしまえばよかったのかもしれない。そもそも、ループしている時点で可笑しいのだ。
「千鶴、髪の毛を乾かしてあげるよ」
シャワーを浴びてもすっきりしない頭のまま、貸してもらっているスウェットを着てリビングへ向かう。ドアを開けたところで、そう声をかけられた。髪の毛は透さんが乾かすと言って、ここへ来た初日から彼がしてくれている。
それを身体が覚えている。習慣とは恐いものだ。
「ねぇ、千鶴。俺に言えるようになったら、教えて。君の悩んでいること、思っていること、全部」
私があえて誤魔化した部分を、彼はそう言うことで終わらせた。まだ私が言えないと分かっていての言葉だ。
「はい、いつか」
前世でよく浮かべていた作り笑いを顔に貼り付ける。そうすればたいていのことは流せたから。今世に入って、理不尽なことばかりあった。でもそんなときは笑った。
笑えば笑うほど、自分が死んでいくのがわかったけど、そうしないと自分を守れなかった。楽しくもないのに笑って、私を否定する人たちにも笑いかけて。
悔しい思いだって何度もした。でも、笑うのを辞められなかった。大丈夫だと自身を誤魔化せるラインなどとっくに超えていたにもかかわらず。
悲鳴を上げている自分の心に嘘をつき、まだ大丈夫だと言い続け。結局は何にもなりはしなかったけれど、なんとか生きているだけ儲けものだと納得した。
「千鶴」
急に透さんが、私の前に移動した。下を向いていた私はそれに気づかず、彼の行動を予測することはできない。そして優しく、そっと抱きしめられた。私の身体をすっぽりと覆うように真正面から優しく。
「えっ」
「ん? 大好きだなって思ったんだ。俺の、大切な女の子」
「……そ、そう、ですか……」
何と言えばいいのかわからなくて、曖昧な返事しかできない。そんなの嘘だと叫びたい自分と、信じてしまいたい自分。どちらも受け入れがたい自分だ。
この人を、普通に好きになれたら、よかったのにね。
0
お気に入りに追加
74
あなたにおすすめの小説
マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました
東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。
攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる!
そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
軽い気持ちで超絶美少年(ヤンデレ)に告白したら
夕立悠理
恋愛
容姿平凡、頭脳平凡、なリノアにはひとつだけ、普通とちがうところがある。
それは極度の面食いということ。
そんなリノアは冷徹と名高い公爵子息(イケメン)に嫁ぐことに。
「初夜放置? ぜーんぜん、問題ないわ!
だって旦那さまってば顔がいいもの!!!」
朝食をたまに一緒にとるだけで、満足だ。寝室別でも、他の女の香水の香りがしてもぜーんぜん平気。……なーんて、思っていたら、旦那さまの様子がおかしい?
「他の誰でもない君が! 僕がいいっていったんだ。……そうでしょ?」
あれ、旦那さまってば、どうして手錠をお持ちなのでしょうか?
それをわたしにつける??
じょ、冗談ですよね──!?!?
【完結】帰れると聞いたのに……
ウミ
恋愛
聖女の役割が終わり、いざ帰ろうとしていた主人公がまさかの聖獣にパクリと食べられて帰り損ねたお話し。
※登場人物※
・ゆかり:黒目黒髪の和風美人
・ラグ:聖獣。ヒト化すると銀髪金眼の細マッチョ
甘すぎ旦那様の溺愛の理由(※ただし旦那様は、冷酷陛下です!?)
夕立悠理
恋愛
伯爵令嬢ミレシアは、恐れ多すぎる婚約に震えていた。
父が結んできた婚約の相手は、なんと冷酷と謳われている隣国の皇帝陛下だったのだ。
何かやらかして、殺されてしまう未来しか見えない……。
不安に思いながらも、隣国へ嫁ぐミレシア。
そこで待っていたのは、麗しの冷酷皇帝陛下。
ぞっとするほど美しい顔で、彼はミレシアに言った。
「あなたをずっと待っていました」
「……え?」
「だって、下僕が主を待つのは当然でしょう?」
下僕。誰が、誰の。
「過去も未来も。永久に俺の主はあなただけ」
「!?!?!?!?!?!?」
そういって、本当にミレシアの前では冷酷どころか、甘すぎるふるまいをする皇帝ルクシナード。
果たして、ルクシナードがミレシアを溺愛する理由は――。
愛は重くてもろくて、こじれてる〜私の幼馴染はヤンデレらしい
能登原あめ
恋愛
* R18、ヤンデレヒーローの話です。
エリンとブレーカーは幼馴染。
お互いに大好きで、大きくなったら結婚するって約束もしている。
だけど、学園に通うようになると2人の関係は――?
一口にヤンデレと言っても、いろんなタイプがあるなぁと思う作者による、ヤンデレ物語となっています。
パターン1はわんこ系独占欲強めヤンデレ。全4話。
パターン2は愛しさと憎しみと傲慢俺様系ヤンデレ。(地雷多め・注意) 全4話。
パターン3は過保護が過ぎる溺愛系微ヤンデレ。全4話。
パターン4はフェチ傾向のある変態系あほなヤンデレ。全3話。
パターン5はクールを気取った目覚めたばかりのヤンデレ。全3話。
パターン6は執着心と独占欲の塊だと自覚のある根暗ヤンデレ。全3話。
登場人物の名前は共通、章によりヒーローのヤンデレタイプ(性格)や、関係性なども変わります。
パラレルの世界(近代に近い架空の国)だと思っていただければありがたいです。
* Rシーンにはレーディングか※マーク、胸糞、地雷要素ある時は前書きつけます。(前書き、後書きがうるさくてごめんなさい)
* コメントのネタバレ配慮しておりませんので、お気をつけください。
* 表紙はCanvaさまで作成したものを使用しております。
【R18】婚約破棄に失敗したら王子が夜這いにやってきました
ミチル
恋愛
婚約者である第一王子ルイスとの婚約破棄に晴れて失敗してしまったリリー。しばらく王宮で過ごすことになり夜眠っているリリーは、ふと違和感を覚えた。(なにかしら……何かふわふわしてて気持ちいい……) 次第に浮上する意識に、ベッドの中に誰かがいることに気づいて叫ぼうとしたけれど、口を塞がれてしまった。
リリーのベッドに忍び込んでいたのは婚約破棄しそこなったばかりのルイスだった。そしてルイスはとんでもないこと言い出す。『夜這いに来ただけさ』
R15で連載している『婚約破棄の条件は王子付きの騎士で側から離してもらえません』の【R18】番外になります。3~5話くらいで簡潔予定です。
【完結】お義父様と義弟の溺愛が凄すぎる件
百合蝶
恋愛
お母様の再婚でロバーニ・サクチュアリ伯爵の義娘になったアリサ(8歳)。
そこには2歳年下のアレク(6歳)がいた。
いつもツンツンしていて、愛想が悪いが(実話・・・アリサをーーー。)
それに引き替え、ロバーニ義父様はとても、いや異常にアリサに構いたがる!
いいんだけど触りすぎ。
お母様も呆れからの憎しみも・・・
溺愛義父様とツンツンアレクに愛されるアリサ。
デビュタントからアリサを気になる、アイザック殿下が現れーーーーー。
アリサはの気持ちは・・・。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる