29 / 36
29
しおりを挟む
お披露目と婚約発表が無事に終了し、リリム王国レジスタンスメンバーとのやり取りも大きな問題にならず、日常が戻ってきた。さすがに前と同じ、というわけではないが、比較的落ち着いた日々と言える。
「レイフ様、これは?」
「結婚式を挙げるだろう? 来年とはいえ、今からドレスを注文しなければ間に合わせないからな」
アルと一緒に部屋でのんびりと過ごしていると、レイフ様が部屋にやってきた。いくつかのイメージを用意しているようで、デザインの描かれた紙を持っている。
「オーダーメイドだから、早めに言うと余裕がある。社交界シーズンになるとそちらの方で忙しくなるのもあるしな」
「帝都にあるブティックは、シーズンになると大忙しだと、先日聞きました」
「ああ、あの侯爵家のご婦人か」
「はい、彼女です」
皇女の身分が公になって以降、初めてできた友人がいるのだが、その友人がブティックに行くときは覚悟したほうが良い、と言いていたのだ。彼女は帝国内の侯爵家の一つ、ガードナー侯爵家のご婦人で、名前はリル。
「良き友人に恵まれたと思います」
リルは社交界に変に染まっていないので、柔軟な考えを持っているし、非常に常識的。私が皇女として参加したお茶会などのサロンではリル以外に常識的なご令嬢は見つからなかった。みんな良くも悪くも、特権階級の思考が凝り固まっていた。お嬢様と呼ばれることに慣れている人たちばかりだったのだ。
リル自身も元は伯爵家のご令嬢だったそうだが、彼女の家の方針が貴族の家の常識とは違っていたのもあったのだろう。どこに出ても一人で生きていける女性になれるように、と厳しく育てられたと聞いた。
「リルのガードナー侯爵との出会いは、未だにすごいと思います」
「あぁ、彼もなかなか頑張ったと思うよ」
「ご存じなのですか?」
「侯爵とは、アカデミー時代の友人だ」
一人立ちする予定だったリルは、皇宮の女官になろうと試験を受け、無事に合格。しばらく女官をしていたが、ある日出会ったガードナー侯爵に見初められ、求婚されるようになったらしい。でも、リルが言うには仕事にしか興味がなかったから、その求婚は当時は迷惑でしかなったのだとか。
「リルも、最後は熱意に負けたって言ってました」
「俺も、彼には押して押して、押し切った、と清々しい笑顔で報告されたよ」
結局、侯爵の熱意についに折れたリルは、求婚を受け入れて女官を辞職。今では侯爵とともにガードナー家を守っている。これぞ強い女性、という感じがして私は好きだ。性格が男前で、容姿とのギャップがまたいい、と侯爵に会った時に惚気られたのも覚えている。そのあとは延々とリルの良さを一人で語っていたのを、彼女にドン引きされていたのが面白かった。
「ガードナー侯爵は、面白い方です。リルもなんだかんだ言って、彼のことを愛していますし」
「まあ、貴族社会で一番のおしどり夫婦だと言われているからな」
「素敵ですね」
二人で支え合っている姿は、まさしく理想の夫婦だ。侯爵の愛情表現がかなり行き過ぎているようにも感じるけど、リルはそれに対して普通に「気持ち悪いからやめて」と返すなど、彼の理性の維持に貢献している。彼女も行き過ぎていない愛情表現には素直に受け入れて返しているので、二人の関係性はとてもいい。
「あの二人、別名は面白夫婦だって知っていたか?」
「面白……夫婦ですか? 一体なぜそんな……?」
「仲がいいけど、二人のやり取りは周囲を笑わせに来てるからな。夫婦漫才を社交界でも遠慮なく繰り広げているのもあって、面白夫婦だと言われていることもある」
自分たちは隠すものがない、と素の自分で立つのが二人。それゆえに、彼らには仲のいい貴族もいれば、そうでもない貴族もいる。それでも自信を貫き通すところを見ると、強い人たちだ。
「さて、そんな侯爵夫人からもアドバイスをもらったんだ。見てくれるか?」
「はい」
センスもいいリルにデザインを見てもらったと言うレイフ様から、デザイン画を手渡される。一枚一枚、しっかりと見つめていき、細かな装飾やそれに合わせたアクセサリーなども備考欄にあるので、そちらも確認する。
「これ……」
「それは一番、このデザインの中でシンプルな品だ。その代わり、一つひとつを一級品で作られるようにすることで、派手ではなくとも上品なイメージが持てると思う」
欄外に仔細に記された、ドレスの生地や宝飾品などの指定。皇族の勉強を始めた時、女性に必要なドレスの知識で習ったものが含まれている。皇女たるもの、常に目利きが問われる。その目利きのために覚えたのだが、こんなところでそれらの名前を見るとは思わなかった。
「レイフ様、これは?」
「結婚式を挙げるだろう? 来年とはいえ、今からドレスを注文しなければ間に合わせないからな」
アルと一緒に部屋でのんびりと過ごしていると、レイフ様が部屋にやってきた。いくつかのイメージを用意しているようで、デザインの描かれた紙を持っている。
「オーダーメイドだから、早めに言うと余裕がある。社交界シーズンになるとそちらの方で忙しくなるのもあるしな」
「帝都にあるブティックは、シーズンになると大忙しだと、先日聞きました」
「ああ、あの侯爵家のご婦人か」
「はい、彼女です」
皇女の身分が公になって以降、初めてできた友人がいるのだが、その友人がブティックに行くときは覚悟したほうが良い、と言いていたのだ。彼女は帝国内の侯爵家の一つ、ガードナー侯爵家のご婦人で、名前はリル。
「良き友人に恵まれたと思います」
リルは社交界に変に染まっていないので、柔軟な考えを持っているし、非常に常識的。私が皇女として参加したお茶会などのサロンではリル以外に常識的なご令嬢は見つからなかった。みんな良くも悪くも、特権階級の思考が凝り固まっていた。お嬢様と呼ばれることに慣れている人たちばかりだったのだ。
リル自身も元は伯爵家のご令嬢だったそうだが、彼女の家の方針が貴族の家の常識とは違っていたのもあったのだろう。どこに出ても一人で生きていける女性になれるように、と厳しく育てられたと聞いた。
「リルのガードナー侯爵との出会いは、未だにすごいと思います」
「あぁ、彼もなかなか頑張ったと思うよ」
「ご存じなのですか?」
「侯爵とは、アカデミー時代の友人だ」
一人立ちする予定だったリルは、皇宮の女官になろうと試験を受け、無事に合格。しばらく女官をしていたが、ある日出会ったガードナー侯爵に見初められ、求婚されるようになったらしい。でも、リルが言うには仕事にしか興味がなかったから、その求婚は当時は迷惑でしかなったのだとか。
「リルも、最後は熱意に負けたって言ってました」
「俺も、彼には押して押して、押し切った、と清々しい笑顔で報告されたよ」
結局、侯爵の熱意についに折れたリルは、求婚を受け入れて女官を辞職。今では侯爵とともにガードナー家を守っている。これぞ強い女性、という感じがして私は好きだ。性格が男前で、容姿とのギャップがまたいい、と侯爵に会った時に惚気られたのも覚えている。そのあとは延々とリルの良さを一人で語っていたのを、彼女にドン引きされていたのが面白かった。
「ガードナー侯爵は、面白い方です。リルもなんだかんだ言って、彼のことを愛していますし」
「まあ、貴族社会で一番のおしどり夫婦だと言われているからな」
「素敵ですね」
二人で支え合っている姿は、まさしく理想の夫婦だ。侯爵の愛情表現がかなり行き過ぎているようにも感じるけど、リルはそれに対して普通に「気持ち悪いからやめて」と返すなど、彼の理性の維持に貢献している。彼女も行き過ぎていない愛情表現には素直に受け入れて返しているので、二人の関係性はとてもいい。
「あの二人、別名は面白夫婦だって知っていたか?」
「面白……夫婦ですか? 一体なぜそんな……?」
「仲がいいけど、二人のやり取りは周囲を笑わせに来てるからな。夫婦漫才を社交界でも遠慮なく繰り広げているのもあって、面白夫婦だと言われていることもある」
自分たちは隠すものがない、と素の自分で立つのが二人。それゆえに、彼らには仲のいい貴族もいれば、そうでもない貴族もいる。それでも自信を貫き通すところを見ると、強い人たちだ。
「さて、そんな侯爵夫人からもアドバイスをもらったんだ。見てくれるか?」
「はい」
センスもいいリルにデザインを見てもらったと言うレイフ様から、デザイン画を手渡される。一枚一枚、しっかりと見つめていき、細かな装飾やそれに合わせたアクセサリーなども備考欄にあるので、そちらも確認する。
「これ……」
「それは一番、このデザインの中でシンプルな品だ。その代わり、一つひとつを一級品で作られるようにすることで、派手ではなくとも上品なイメージが持てると思う」
欄外に仔細に記された、ドレスの生地や宝飾品などの指定。皇族の勉強を始めた時、女性に必要なドレスの知識で習ったものが含まれている。皇女たるもの、常に目利きが問われる。その目利きのために覚えたのだが、こんなところでそれらの名前を見るとは思わなかった。
0
お気に入りに追加
86
あなたにおすすめの小説
【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜
七瀬菜々
恋愛
------ウィンターソン公爵の元に嫁ぎなさい。
ある日突然、兄がそう言った。
魔力がなく魔術師にもなれなければ、女というだけで父と同じ医者にもなれないシャロンは『自分にできることは家のためになる結婚をすること』と、日々婚活を頑張っていた。
しかし、表情を作ることが苦手な彼女の婚活はそううまくいくはずも無く…。
そろそろ諦めて修道院にで入ろうかと思っていた矢先、突然にウィンターソン公爵との縁談が持ち上がる。
ウィンターソン公爵といえば、亡き妻エミリアのことが忘れられず、5年間ずっと喪に服したままで有名な男だ。
前妻を今でも愛している公爵は、シャロンに対して予め『自分に愛されないことを受け入れろ』という誓約書を書かせるほどに徹底していた。
これはそんなウィンターソン公爵の後妻シャロンの愛されないはずの結婚の物語である。
※基本的にちょっと残念な夫婦のお話です
婚約破棄されましたが、天使の祝福で幸せになります
(笑)
恋愛
婚約破棄により孤独に落ち込む令嬢エクセルは、運命的に出会った謎めいた少女リリーを保護することに。しかし、リリーはただの少女ではなく、彼女と共に過ごす日々はエクセルに新たな力と希望をもたらす。失意を乗り越え、エクセルが祝福に満ちた未来へと歩む姿を描く心温まる物語。
虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。
裏切者には神罰を
夜桜
恋愛
幸せな生活は途端に終わりを告げた。
辺境伯令嬢フィリス・クラインは毒殺、暗殺、撲殺、絞殺、刺殺――あらゆる方法で婚約者の伯爵ハンスから命を狙われた。
けれど、フィリスは全てをある能力で神回避していた。
あまりの殺意に復讐を決め、ハンスを逆に地獄へ送る。
ゼラニウムの花束をあなたに
ごろごろみかん。
恋愛
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。
じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。
レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。
二人は知らない。
国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。
彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。
※タイトル変更しました
奥様はエリート文官
神田柊子
恋愛
【2024/6/19:完結しました】
王太子の筆頭補佐官を務めていたアニエスは、待望の第一子を妊娠中の王太子妃の不安解消のために退官させられ、辺境伯との婚姻の王命を受ける。
辺境伯領では自由に領地経営ができるのではと考えたアニエスは、辺境伯に嫁ぐことにした。
初対面で迎えた結婚式、そして初夜。先に寝ている辺境伯フィリップを見て、アニエスは「これは『君を愛することはない』なのかしら?」と人気の恋愛小説を思い出す。
さらに、辺境伯領には問題も多く・・・。
見た目は可憐なバリキャリ奥様と、片思いをこじらせてきた騎士の旦那様。王命で結婚した夫婦の話。
-----
西洋風異世界。転移・転生なし。
三人称。視点は予告なく変わります。
-----
※R15は念のためです。
※小説家になろう様にも掲載中。
【2024/6/10:HOTランキング女性向け1位にランクインしました!ありがとうございます】
婚約破棄されたら兄のように慕っていた家庭教師に本気で口説かれはじめました
鳥花風星
恋愛
「他に一生涯かけて幸せにしたい人ができた。申し訳ないがローズ、君との婚約を取りやめさせてほしい」
十歳の頃に君のことが気に入ったからと一方的に婚約をせがまれたローズは、学園生活を送っていたとある日その婚約者であるケイロンに突然婚約解消を言い渡される。
悲しみに暮れるローズだったが、幼い頃から魔法の家庭教師をしてくれている兄のような存在のベルギアから猛烈アプローチが始まった!?
「ずっと諦めていたけれど、婚約解消になったならもう遠慮はしないよ。今は俺のことを兄のように思っているかもしれないしケイロンのことで頭がいっぱいかもしれないけれど、そんなこと忘れてしまうくらい君を大切にするし幸せにする」
ローズを一途に思い続けるベルギアの熱い思いが溢れたハッピーエンドな物語。
全てを諦めた令嬢の幸福
セン
恋愛
公爵令嬢シルヴィア・クロヴァンスはその奇異な外見のせいで、家族からも幼い頃からの婚約者からも嫌われていた。そして学園卒業間近、彼女は突然婚約破棄を言い渡された。
諦めてばかりいたシルヴィアが周りに支えられ成長していく物語。
※途中シリアスな話もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる