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父は典型的な選民思想がある。貴族は選ばれた人間、貴族でない人間はそれ以下、そんな思考だ。屋敷で働いている使用人にも、当たりがきついのはそういうこと。一つ、父にいいところがあるとすれば選民思想は強いものの、持たざる人間には寛容に、という貴族の教えをきちんと身に着けているところか。

どちらにせよ、いいところはあってもそれを上回る悪い部分があるので、それを含めたとしても上回っている以上、意味はないかもしれないが。

「噂では、ユーニス・エインズワースはとんでもない悪女だと言われている。だが……君の様子を見てそれは違うとすぐにわかった」

「……私は、社交界にも出たことがありません。噂の原因が誰なのかは、さすがに予想がつきますが……」

「噂と同じ銀色の髪にアイスグリーンの瞳、名前もユーニス。実際には悪女とは程遠い姿だったが」

公爵様……じゃなかった、レイフ様が言うことに自然と答えが埋まっていく。なかなかに激しいカミラの火遊びは、どうやらさすがに姿と名前を変える考えはあったらしい。まあ素の自分で火遊びするなんて、リスクが高すぎるから、カミラは考えた方だろう。

「だから、最初に警戒をしていた、と」

「いや、それだけが理由じゃない。立場上、命を狙われる危険性がある殿下を護衛するからな、なにがあっても殿下を守らなければならない。どういう状況であれ、殿下だけでも逃がせるように警戒するのは必要だった」

一瞬、言ってもいいのだろうか、と迷った。レイフ様の立場も皇太子殿下の立場も正確に把握はできていなくても、それなりに高い地位にいることはわかっていたと。それがわかっていたから自分から食事を目の前で食べた、とかも、言っていいのだろうか。

「君は初めて食事を出した時も、先に食べて見せた。その気遣いができるのは、噂の人物では無理だとわかった」

「見れば、わかります。服も上質なものが使われているし、高位貴族だろうということは。ただ……その……すみません。どなたかまでは存じ上げませんでした」

「社交界に出たことがないのであれば、それは仕方がないことだ。俺たちの姿が隣国の国民にまで伝わっているわけではない。それこそ、夜会などに参加できるだけの位がなければ詳しい姿かたちなどわかりはしないしな」

彼はベッドに座ったまま、私もベッドで上半身を起こしたまま。しばらくその体勢で話をしたが、教えてくれる内容は私の知らない世界ばかりで、少し怖くなる。煌びやかで、それでいていろいろな思惑が渦巻く世界。そんな世界にいるレイフ様は、私を守りたいと思った気持ちだけで、なぜ側に置くのか。

「そ、れは……」

もしかすると、何かの利用価値が私にあると思って見出しているのかもしれない。それならば、必要ないと言われるまでは、側にいさせてもらえおう。少しの間、夢見るようなもの。自由な世界を夢の中だけでも、感じたって罰は当たらないでしょう?

「悪い、君は病み上がりだったな。わかっていたはずなのに……気遣いができず、すまなかった」

急に話を切り上げたレイフ様は私をベッドへ寝かせた。不自然な切り方に不安を覚えるが、きっとそれは私が知ってはいけない何かなのかもしれないと思うと、聞く勇気は出ない。

「い、いえ……その、お話をたくさんしていただいて、とても嬉しかったです」

「これからは、たくさん話ができる。また、明日も来る」

「……はい」

彼は退室してしまったので、エインズワース伯爵家では見たこともないくらい広い部屋に一人になった。シンと静まり返った部屋の中の調度品や家具たちは、薄暗い中でもわかるほどの一級品だ。どれをとっても、伯爵家の人間が手を出せるものではない。

「私は、これから先どうなるのかしら……」

ここには、私をいじめる継母もカミラも、疎む父もいない。陰口を叩く使用人たちだっていない。本当に、私は伯爵領から……あの狭い世界から出られたのだ。あれほど、逃げたいと思っていた場所から、意図せずのタイミングと人の手によって。

「おかあ……さま……」

孤独などなれているはずなのに、鼻の奥がツンとする。淋しいと感じている自分がいるのを、必死で考えないようにするのに、心にふたをしきれない。たとえ、あの小さな世界から逃げられたとしても、私が一人なのは変わらない。だって、ここにだっていつまでいられるかわからないのだから。

「私の手のひらにあったはずのものは、みんな……」

こぼれおちた、その言葉は声にならなかった。

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