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第7話 クジラ討伐
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僕は部屋に戻る。ドアを開けるころには地面をつたって僕がいることを感じ取っていたのだろうグラシアがこちらに駆け寄ってきた。そのままダイブしてくるグラシア。体に快感が流れ込んでくる。
「あのね、ルティのことお父さんって呼びたい」
グラシアの表情には期待感で満たされていて。突然の頼みで戸惑う僕。後ろから追いかけてきていたユズキがわけを説明する。
「絵本でね。お父さんって言葉が出てきたの。それで、グラシアちゃんに聞かれて」
グラシアがユズキの話に被せて話す。
「一番大事な人のことだって!」
ところどころグラシアの声が上ずっている。
グラシアの出生はまだ分かっていない。『森』に行った調査隊が発見した赤ん坊だから。だから、ユズキはあえてそのような言い方をしたのだろう。
胸が痛んだ。細い針で思いっきり刺されたような感覚がした。
「…………」
すぐには言葉が思いつかなかった。不思議そうな表情をするグラシア。
「どうしたの?」
僕はごくりと唾を飲み込むと、ゆっくりとグラシアの頭を撫でる。
「ありがとう。……でもさ、僕はルティって呼ばれるのが好きなんだ」
固くなった声を無理に柔らかくしようとして白々しさが際立っている。もしグラシアに目が合って、僕の表情を見ていれば簡単に嘘とばれていただろう。それほどまでの表情を僕はしていたはずだ。だって、それを見たユズキの顔は一瞬で悲しげに顔を歪めた。
「そうなんだ……。じゃあ、ルティって呼ぶ!」
一方でグラシアは楽観的にそう言って頷いた。その純真無垢さがより痛みを強くした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~”~~~~~
すぅすぅと眠るグラシア。その様子を眺めながらぼんやりと座っている僕とユズキ。
「私はルティの気持ちも分かるよ」
ユズキはそう前置きをして話し出した。
「でもさ、私はグラシアちゃんも好きだからさ。なんだか可哀そうになって」
そこまで言ってユズキはなぜか黙り込む。僕はどう返していいか分からなくて、考えなくて、その静けさにかまけて無言のまま地面を見つめ続けていた。
少しすると、ユズキは自分の目を抑えて、鼻をすする音が聞こえて。
僕はユズキの方を見れなかった。視界に入れると閉じ込めていた自分の感情が爆発してしまう。
「私も手伝うからさ……、一緒に探そうよ」
うるんだ声でユズキは言う。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~’
「ふざけてるのか!」
机をバンと叩き、軍の最高責任者、アイザック、ホーガンが叫んだ。
作戦の詳細を書かれた紙がその勢いで宙を舞う。
「これでは街に被害が出るだろ! 遠くにおびき寄せて、『翅の樹』を使うべきだ!」
顔を真っ赤にしてホーガンは怒鳴った。それに対して何の顔色も変えず前を向き続ける。バン博士、僕、シーナ、エツィオ。
「トニー博士が作戦を考えました」
博士の声は、ホーガンと対比するように静かだった。
「お前は相変わらず、トニー博士の傀儡か」
バン博士を睨みつけるホーガン、そして、僕たちの顔を見渡すと、
「お前らもこれでいいと思ってるのか」
視界の端でエツィオが顔を背けるのが見えた。ちらりと目線だけ動かしシーナを見ると何の顔色を変えずにいる。
「すでに上からの許可も得ているので」
淡々と話を続ける博士。何を言っても無駄だと気づいたのだろう。
「もういい。こちらも軍を出す。お前たちだけでは信頼できん」
そう言ってホーガンは荒々しく部屋を後にした。
「これで被害出たら、軍が黙っていないですね」
そうぽつりとつぶやくエツィオ。
この国は今『生命の樹』やグラシアで肯定派と否定派で意見が二つに分かれている。それは国の機関までも到達しており、いずれ人を滅ぼしかねないと否定するのは、軍。否定派の中核的存在で、ことあるごとに民意や政治に働きかけ、僕ら肯定派の中核である研究機関を潰そうとしてくる。
今回も被害が出れば、それを使って大々的にネガティブキャンペーンを行われることだろう。
「トニーが何とかしてくれるさ」
バン博士はそう力強くいった。
もう何を言っても無駄だと分かったのだろう。エツィオは何も言わずに部屋を後にした。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
地面から持ち上げられた檻が僕のいる枝の端の方に置かれた。その中で蠢く木々。目算、十数本程度。
檻が開くと、グラシアを中心としてらせん状に広がる木々たち。そして、グラシアが放つ大地エネルギーを享受する。
それが数本あれば街に大きなダメージが与えられるほどに攻撃力が高い。しかし、今から行われることを考えると、物足りなく感じる。
博士とグラシア、そして軍服を着た男が二人。
僕らは人の住む『暴食の樹』の枝に立っていた。高さから考えると八割程度の高さだ。
僕はあたりをちらりと見る至る所からきらりと光を感じる。枝の隙間や、うっそうと生えている葉の中からなど様々な場所からだ。
僕はちらりとグラシアを見た。疲れたのかちょこんと地面に座っているグラシア。
グラシアはどう思うんだろうな。不意に僕は思った。
反射した光、それらは全てグラシアを狙う銃が反射した光だ。おそらくその銃の中には『翅の樹』の苗木が詰まった銃弾を込められているのだろう。
グラシアの体に一度当たれば、根はグラシアの体に張り付き、幹は翅の形に成長するだろう。一度強い風が吹けば、グラシアの小さな体など簡単に飛んで行ってしまう。
グラシアは大地エネルギーを大地だけでなく、大地に生える植物からも得られることが出来る。
だから、空に飛ばす。空に飛ばせば大地エネルギーを発することはなく、植物も助けることが出来ない。
これは全て協定で決められている内容だ。
グラシアの行動もしくは、地面からの高さでグラシアを殺すことに許可される。
地面から離れれば離れるほど得れることが出来る大地エネルギーは小さくなる。
なので、一定の高さであることが条件でグラシアは過ごせる。
それなのに、こういう時はちゃんとグラシアだよりで、それなのにこれだけ命を狙われている。
グラシアは、僕の手を握り、ちょこんと木に腰掛ける。まさか自分が死ぬ危険があるなんて毛頭も思っていないんだろうなと僕は思った。
気づける由もない。グラシアは目がない。未だ、『生命の樹』は人の目に姿を代わることは出来ない。僕やユズキの目はまだまだ完全とは言えない。
その代わりグラシアは地面から湧き出る大地エネルギーを感じることができ、周りの様子を知ることが出来る。
僕は思った。自分の目が完璧に成長した時、グラシアは目を手に入れられる。でも、グラシアが目を手に入れた時、グラシアの目にはこの世界がどう映るのだろうと。もう隠すことは出来ない。いやでも気づく。自分がどう思われているか。そして、自分の境遇の異常さにも気づくのは遠くないだろう。
僕は複雑な気持ちになった。
同時に疑問思った。グラシアの目には僕はどう映るのだろうか? そう不意に思った。
こんな自分という存在が消えることと、グラシアの純真さに挟まれて答えが出せない僕を。
なんなら、その目で見てくれた方が幻滅してくれるか。
結論は出るわけがない。自分がどうしたいのか。自分の気持ちが分からない。
……僕はどうしたいのだろう? じっと自分の手を見つめ続けて。
「来たよ」
バン博士の言葉で我に返る僕。
見ると遠くの方にクジラの姿が見える。小さな点だったものが、どんどんクジラの輪郭を帯びていく。
グラシアは空にいるクジラは感じ取れず、周りの反応に不思議そうにしている。
ごぉぉぉおおお
どんどんと大きくなっていく音。
「今だ!」
望遠鏡を覗いていたバン博士が手を挙げた。
至る所から、かすかに聞こえる瓶が割れる甲高い音。僕も同時に檻の中に設置された『暴食の樹』の苗木が入った瓶をたたき割った。
『暴食の樹』そう名づけられた所以はその成長速度と、成長した後の大きさだ。あまりにも早い成長速度と、天高くまで成長するその木は、まるで大地エネルギーを全て食らいつくすように見えた。
苗木はグラシアの放つ大地エネルギーを吸収し、爆発的に成長する。
メキャメキャ
まるで折れるかのような鈍い音を立て、根の部分が膨らんだ。根のふくらみに伝播するように幹が一気に膨らむ。
まるで長細い風船に空気を入れる様子で。
檻一杯に膨らんだ『暴食の樹』、すると向かう先は一つ、唯一開き放たれている側、クジラ側に向かって爆発的に成長した。
いたる場所から爆発的に成長する数十本の『暴食の樹』。その体はお互い絡み合ったり、別れたりを繰り返し、クジラの体向かって成長する。
クジラにぶつかる頃には、幹は人が数十人でも囲えないほど太くなっていた。
ブワォォォワァァァァァ
クジラは大きな口を開けた。クジラの叫び声が辺りに響く。
髭、口の中には、無数の柔らかい突起物があり、まるで巨大な風呂敷を敷き詰めたようだった。
僕は慌てて耳を抑えた。しかし、耳を抑えてもまるで意味がない。
びりびりと体の芯から震え、内臓の位置が分かるほど。体の内から叫ばれていると錯覚すら抱くほどだった。
その間も成長を続ける『暴食の樹』
クジラの体に突き刺さるように成長するもの、クジラの体表をえぐりながら巻き付くように成長を続けるもの。
クジラの至る所から血が滝のように噴き出した。
まとわりつく『暴食の樹』を振り払おうと、クジラは体をくねらせ暴れる。
ゴゥゴゥッという音、風が押し寄せる。その後に『暴食の樹』を通じて振動が。
僕はよろめき、その場にひざまずく。
しかし、『暴食の樹』の成長スピードのほうが上回った。
幹も異常な速度で太くなる。折られてもまたすぐにくじら向かって成長する。
徐々にクジラの周りを覆っていき、縛り付ける。更に幹が太くなることに比例して巻き付く力は強くなる。
もともとクジラも弱っていたのだろう。すぐに抵抗が出来ないほどに縛り上げられた。
クジラを捉えることが出来たと誰の目でも明らかになった。しかし、まだ終わらなかった。
ブルブル。すぐ隣から押し寄せ来てくる強い刺激。
グラシアだった。
グラシアの放つ大地エネルギーがいつもより数段強くなっている。
僕は数秒経って、クジラの体に蓄えられていた大地エネルギーが『暴食の樹』を伝ってグラシアのもとにたどり着いたことに気づいた。
更に増えたエネルギー、それを享受するのは僕だけじゃない。もちろん『暴食の樹』もそのエネルギーを享受して。
ギギギッ
檻からきしむ音がして、
メキャメキャ
そんな鈍い音をたて、『暴食の樹』はさらに成長した。
幹の根本から風船のように膨らみ、それが先まで伝播するように膨らんだ。
そして、クジラの体を締め付ける。
またある枝は、一気にクジラの体の中侵入する。
さっきの数倍以上の血が、その穴から血が噴き出した。
また十数本の枝がズルズルとクジラの体の中に侵入して、血を溢れ出させる。
その時は一瞬だった。
クジラの目が陶器に変わったように見えた。身体中から一切の力が抜けたことが外からでも分かった。そして、無機質のように動かなくなった。
大きさに比べて拍子抜けするほどあまりにもあっさりと絶命した。
その時になって、クジラも動物なんだと納得感を覚える僕。
グラシアはふぅっと体の力を抜く。
グラシアの絶対的な存在として強く認識する。
隣にいる軍人は信じられないという表情で。
新人なんだろう。顔も若い。仕方ない。
まだどこか現実味が湧かなかった。
命の危機を感じるほどの大きさをしているクジラ。弱っていると言え、あっさりと殺した。簡単に。
それをこんな小さな女の子が成し遂げたのだ。
「あのね、ルティのことお父さんって呼びたい」
グラシアの表情には期待感で満たされていて。突然の頼みで戸惑う僕。後ろから追いかけてきていたユズキがわけを説明する。
「絵本でね。お父さんって言葉が出てきたの。それで、グラシアちゃんに聞かれて」
グラシアがユズキの話に被せて話す。
「一番大事な人のことだって!」
ところどころグラシアの声が上ずっている。
グラシアの出生はまだ分かっていない。『森』に行った調査隊が発見した赤ん坊だから。だから、ユズキはあえてそのような言い方をしたのだろう。
胸が痛んだ。細い針で思いっきり刺されたような感覚がした。
「…………」
すぐには言葉が思いつかなかった。不思議そうな表情をするグラシア。
「どうしたの?」
僕はごくりと唾を飲み込むと、ゆっくりとグラシアの頭を撫でる。
「ありがとう。……でもさ、僕はルティって呼ばれるのが好きなんだ」
固くなった声を無理に柔らかくしようとして白々しさが際立っている。もしグラシアに目が合って、僕の表情を見ていれば簡単に嘘とばれていただろう。それほどまでの表情を僕はしていたはずだ。だって、それを見たユズキの顔は一瞬で悲しげに顔を歪めた。
「そうなんだ……。じゃあ、ルティって呼ぶ!」
一方でグラシアは楽観的にそう言って頷いた。その純真無垢さがより痛みを強くした。
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すぅすぅと眠るグラシア。その様子を眺めながらぼんやりと座っている僕とユズキ。
「私はルティの気持ちも分かるよ」
ユズキはそう前置きをして話し出した。
「でもさ、私はグラシアちゃんも好きだからさ。なんだか可哀そうになって」
そこまで言ってユズキはなぜか黙り込む。僕はどう返していいか分からなくて、考えなくて、その静けさにかまけて無言のまま地面を見つめ続けていた。
少しすると、ユズキは自分の目を抑えて、鼻をすする音が聞こえて。
僕はユズキの方を見れなかった。視界に入れると閉じ込めていた自分の感情が爆発してしまう。
「私も手伝うからさ……、一緒に探そうよ」
うるんだ声でユズキは言う。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~’
「ふざけてるのか!」
机をバンと叩き、軍の最高責任者、アイザック、ホーガンが叫んだ。
作戦の詳細を書かれた紙がその勢いで宙を舞う。
「これでは街に被害が出るだろ! 遠くにおびき寄せて、『翅の樹』を使うべきだ!」
顔を真っ赤にしてホーガンは怒鳴った。それに対して何の顔色も変えず前を向き続ける。バン博士、僕、シーナ、エツィオ。
「トニー博士が作戦を考えました」
博士の声は、ホーガンと対比するように静かだった。
「お前は相変わらず、トニー博士の傀儡か」
バン博士を睨みつけるホーガン、そして、僕たちの顔を見渡すと、
「お前らもこれでいいと思ってるのか」
視界の端でエツィオが顔を背けるのが見えた。ちらりと目線だけ動かしシーナを見ると何の顔色を変えずにいる。
「すでに上からの許可も得ているので」
淡々と話を続ける博士。何を言っても無駄だと気づいたのだろう。
「もういい。こちらも軍を出す。お前たちだけでは信頼できん」
そう言ってホーガンは荒々しく部屋を後にした。
「これで被害出たら、軍が黙っていないですね」
そうぽつりとつぶやくエツィオ。
この国は今『生命の樹』やグラシアで肯定派と否定派で意見が二つに分かれている。それは国の機関までも到達しており、いずれ人を滅ぼしかねないと否定するのは、軍。否定派の中核的存在で、ことあるごとに民意や政治に働きかけ、僕ら肯定派の中核である研究機関を潰そうとしてくる。
今回も被害が出れば、それを使って大々的にネガティブキャンペーンを行われることだろう。
「トニーが何とかしてくれるさ」
バン博士はそう力強くいった。
もう何を言っても無駄だと分かったのだろう。エツィオは何も言わずに部屋を後にした。
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地面から持ち上げられた檻が僕のいる枝の端の方に置かれた。その中で蠢く木々。目算、十数本程度。
檻が開くと、グラシアを中心としてらせん状に広がる木々たち。そして、グラシアが放つ大地エネルギーを享受する。
それが数本あれば街に大きなダメージが与えられるほどに攻撃力が高い。しかし、今から行われることを考えると、物足りなく感じる。
博士とグラシア、そして軍服を着た男が二人。
僕らは人の住む『暴食の樹』の枝に立っていた。高さから考えると八割程度の高さだ。
僕はあたりをちらりと見る至る所からきらりと光を感じる。枝の隙間や、うっそうと生えている葉の中からなど様々な場所からだ。
僕はちらりとグラシアを見た。疲れたのかちょこんと地面に座っているグラシア。
グラシアはどう思うんだろうな。不意に僕は思った。
反射した光、それらは全てグラシアを狙う銃が反射した光だ。おそらくその銃の中には『翅の樹』の苗木が詰まった銃弾を込められているのだろう。
グラシアの体に一度当たれば、根はグラシアの体に張り付き、幹は翅の形に成長するだろう。一度強い風が吹けば、グラシアの小さな体など簡単に飛んで行ってしまう。
グラシアは大地エネルギーを大地だけでなく、大地に生える植物からも得られることが出来る。
だから、空に飛ばす。空に飛ばせば大地エネルギーを発することはなく、植物も助けることが出来ない。
これは全て協定で決められている内容だ。
グラシアの行動もしくは、地面からの高さでグラシアを殺すことに許可される。
地面から離れれば離れるほど得れることが出来る大地エネルギーは小さくなる。
なので、一定の高さであることが条件でグラシアは過ごせる。
それなのに、こういう時はちゃんとグラシアだよりで、それなのにこれだけ命を狙われている。
グラシアは、僕の手を握り、ちょこんと木に腰掛ける。まさか自分が死ぬ危険があるなんて毛頭も思っていないんだろうなと僕は思った。
気づける由もない。グラシアは目がない。未だ、『生命の樹』は人の目に姿を代わることは出来ない。僕やユズキの目はまだまだ完全とは言えない。
その代わりグラシアは地面から湧き出る大地エネルギーを感じることができ、周りの様子を知ることが出来る。
僕は思った。自分の目が完璧に成長した時、グラシアは目を手に入れられる。でも、グラシアが目を手に入れた時、グラシアの目にはこの世界がどう映るのだろうと。もう隠すことは出来ない。いやでも気づく。自分がどう思われているか。そして、自分の境遇の異常さにも気づくのは遠くないだろう。
僕は複雑な気持ちになった。
同時に疑問思った。グラシアの目には僕はどう映るのだろうか? そう不意に思った。
こんな自分という存在が消えることと、グラシアの純真さに挟まれて答えが出せない僕を。
なんなら、その目で見てくれた方が幻滅してくれるか。
結論は出るわけがない。自分がどうしたいのか。自分の気持ちが分からない。
……僕はどうしたいのだろう? じっと自分の手を見つめ続けて。
「来たよ」
バン博士の言葉で我に返る僕。
見ると遠くの方にクジラの姿が見える。小さな点だったものが、どんどんクジラの輪郭を帯びていく。
グラシアは空にいるクジラは感じ取れず、周りの反応に不思議そうにしている。
ごぉぉぉおおお
どんどんと大きくなっていく音。
「今だ!」
望遠鏡を覗いていたバン博士が手を挙げた。
至る所から、かすかに聞こえる瓶が割れる甲高い音。僕も同時に檻の中に設置された『暴食の樹』の苗木が入った瓶をたたき割った。
『暴食の樹』そう名づけられた所以はその成長速度と、成長した後の大きさだ。あまりにも早い成長速度と、天高くまで成長するその木は、まるで大地エネルギーを全て食らいつくすように見えた。
苗木はグラシアの放つ大地エネルギーを吸収し、爆発的に成長する。
メキャメキャ
まるで折れるかのような鈍い音を立て、根の部分が膨らんだ。根のふくらみに伝播するように幹が一気に膨らむ。
まるで長細い風船に空気を入れる様子で。
檻一杯に膨らんだ『暴食の樹』、すると向かう先は一つ、唯一開き放たれている側、クジラ側に向かって爆発的に成長した。
いたる場所から爆発的に成長する数十本の『暴食の樹』。その体はお互い絡み合ったり、別れたりを繰り返し、クジラの体向かって成長する。
クジラにぶつかる頃には、幹は人が数十人でも囲えないほど太くなっていた。
ブワォォォワァァァァァ
クジラは大きな口を開けた。クジラの叫び声が辺りに響く。
髭、口の中には、無数の柔らかい突起物があり、まるで巨大な風呂敷を敷き詰めたようだった。
僕は慌てて耳を抑えた。しかし、耳を抑えてもまるで意味がない。
びりびりと体の芯から震え、内臓の位置が分かるほど。体の内から叫ばれていると錯覚すら抱くほどだった。
その間も成長を続ける『暴食の樹』
クジラの体に突き刺さるように成長するもの、クジラの体表をえぐりながら巻き付くように成長を続けるもの。
クジラの至る所から血が滝のように噴き出した。
まとわりつく『暴食の樹』を振り払おうと、クジラは体をくねらせ暴れる。
ゴゥゴゥッという音、風が押し寄せる。その後に『暴食の樹』を通じて振動が。
僕はよろめき、その場にひざまずく。
しかし、『暴食の樹』の成長スピードのほうが上回った。
幹も異常な速度で太くなる。折られてもまたすぐにくじら向かって成長する。
徐々にクジラの周りを覆っていき、縛り付ける。更に幹が太くなることに比例して巻き付く力は強くなる。
もともとクジラも弱っていたのだろう。すぐに抵抗が出来ないほどに縛り上げられた。
クジラを捉えることが出来たと誰の目でも明らかになった。しかし、まだ終わらなかった。
ブルブル。すぐ隣から押し寄せ来てくる強い刺激。
グラシアだった。
グラシアの放つ大地エネルギーがいつもより数段強くなっている。
僕は数秒経って、クジラの体に蓄えられていた大地エネルギーが『暴食の樹』を伝ってグラシアのもとにたどり着いたことに気づいた。
更に増えたエネルギー、それを享受するのは僕だけじゃない。もちろん『暴食の樹』もそのエネルギーを享受して。
ギギギッ
檻からきしむ音がして、
メキャメキャ
そんな鈍い音をたて、『暴食の樹』はさらに成長した。
幹の根本から風船のように膨らみ、それが先まで伝播するように膨らんだ。
そして、クジラの体を締め付ける。
またある枝は、一気にクジラの体の中侵入する。
さっきの数倍以上の血が、その穴から血が噴き出した。
また十数本の枝がズルズルとクジラの体の中に侵入して、血を溢れ出させる。
その時は一瞬だった。
クジラの目が陶器に変わったように見えた。身体中から一切の力が抜けたことが外からでも分かった。そして、無機質のように動かなくなった。
大きさに比べて拍子抜けするほどあまりにもあっさりと絶命した。
その時になって、クジラも動物なんだと納得感を覚える僕。
グラシアはふぅっと体の力を抜く。
グラシアの絶対的な存在として強く認識する。
隣にいる軍人は信じられないという表情で。
新人なんだろう。顔も若い。仕方ない。
まだどこか現実味が湧かなかった。
命の危機を感じるほどの大きさをしているクジラ。弱っていると言え、あっさりと殺した。簡単に。
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