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二章
奪われました④
しおりを挟む部屋に壁掛け時計なんてものは無い。なのにチクタク、チクタクと時計の針が動く音が飛鳥の耳に響いていた。未だ動かないで考え込んでいたシリウスが、やっと飛鳥に視線を向ける。
「……あのさ」
戸惑いながらも言葉を告げようとするシリウスの言葉を真剣に聞こうと姿勢を正した瞬間、ぐぅーーっと激しい空腹音が飛鳥の腹部から流れた。昨日は昼食も夕食も食べ損ね、今日も朝食を食べれず、軽食も結局食べ損ね、体力だけ奪われてしまった飛鳥のお腹は緊急救援信号を発している。シリウスも思い出したらしく、小さく何か呪文を唱え出すと飛鳥の破けてしまったドレスが新品同様に修復され、更に崩れてしまった髪型もキャシーがやってくれたように綺麗に戻っていた。
「先ずは昼食だな。ああ、食事の心配はしなくて大丈夫だから」
昼食と聞いて飛鳥は一瞬不安を感じてしまう。獣人族の食事の主食は生肉なのかどうかを聞くにも偲びなく、戸惑っていたらシリウスがクッと喉を鳴らして笑い始める。さっきまで堅い表情を浮かべていた彼の表情が和らんだ事にホッとして、飛鳥の不安なんて吹き飛び消え去ってしまった。
「ひゃあっ!」
「行こうぜ」
突然、抱き上げられて慌てる飛鳥と違い、何でかシリウスの機嫌はすこぶる良さそうだ。微笑を浮かべ飛鳥を抱えたまま部屋のドアを開けて廊下に出ると、心配そうな表情を浮かべたまま立ち尽くしていたシーザとキャシーに気付く。双子はついさっき約束した飛鳥の安全を脅かしてしまい、シリウスの叱責に怯えているようだった。
「…部屋を片付けておけ」
「「承知致しました」」
双子を一瞥したシリウスだったが簡潔に言葉を紡ぐと、飛鳥を抱き上げたまま廊下を進んで行く。怯えていたシーザとキャシーが、ホッと安堵の表情に変わり笑顔で飛鳥とシリウスの背中に向けて頭を下げ見送った。
***
「今からアスカはリリアス公女だ。聞かれた事は俺が答えるから、相槌だけしててくれ」
(…本物が来るまでの身代わりって事か)
目的地に着いたらしいシリウスに降ろされた飛鳥の目の前で、乱れたドレスを片手で直しながら彼が心配そうに告げる。飛鳥は傷心の中で胸が痛みながらも、シリウスに心配を掛けないように笑顔を向けて頷いた。頷いた彼女の笑みに安心したシリウスがドアに向き直り軽くノックをすると執事のオーランドが静かにドアを開ける。緩慢な動作で室内に入るシリウスの後ろからアスカもゆっくりと大広間に入ると、目の前の長いテーブルを囲んで座っている人たちを眺めた。
「父上、母上…リリアス嬢をお連れ致しました」
「まあ、貴女がシリウスの運命の人なのねっ!」
近くに立ち二人に向けて礼を取るシリウスの真似をして、飛鳥もドレスの裾を持ちながら頭を下げる。待っていましたとばかりに椅子から立ち上がったシリウスの母サラが、飛鳥の両手を握り締めてにっこりと微笑んだ。シリウスの母は獣人ではなく飛鳥と一緒の人間。シリウスの父は彼よりも百獣の王の名前が似合う程、近寄る事も出来ない威圧感を感じた。『運命の人』その言葉を聞いた飛鳥は、バットで頭を殴られたような衝撃に襲われてよろけそうになってしまう。
「お母さま、お父さま、至らぬ娘ですが宜しくお願い致します…」
必死に気持ちを落ち着かせ、姿勢を正して漫画で読んだような王女の口調で挨拶をしてシリウスの両親に微笑む。飛鳥の挨拶に満足したらしい彼の両親の表情にも笑みが浮かんでいた。サラが椅子に座り直すと、シリウスが微笑みながら飛鳥を椅子に座るように促す。促されたまま椅子に座ると、彼女の隣の椅子にシリウスが腰を下ろした。飛鳥のテーブルを挟んで向かい側にランディと別の獣人が二人いる。ランディと視線が合いニコッと笑みを向けるも避けられてしまった。嫌われてしまったのだと、飛鳥は気落ちしてしまうが、実際は睨みを効かせたシリウスの視線から逃れていただけ。しかし、彼の隣に座っている飛鳥にはその様子を見る事は出来なかった。
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