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第4章 秘密と秘密と

第22話 夢見る乙女

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 レアチーズケーキをはじめ幾つものケーキが保管庫に入っている。お茶も遥かバーラトから輸入された最高級の紅茶。
 これってケーキ担当のミランダもお茶担当のフィオナも思い切り自分の欲しい奴を買ってきていないだろうか。

 そんな疑念も無い訳では無いが、とりあえず本日予想される来客は重要人物だ。だからまあ、いいかとも思う。俺もケーキや紅茶なんて久しぶりだし。

 とは言っても仕事は色々山積みだ。のんびり待つなんて事は出来ずに翻訳に追われる。
 食事の片づけ等はフィオナに任せて朝8時の鐘の前から仕事開始。高速翻訳で医学の本を訳していた時だった。
 チーン、チーン。呼び鈴の音が響く。

「はーい」

 ミランダの声と足音。
 来たかな。俺はわかりやすい処で翻訳を止め、原本に『ここまで』とチェックする。

「皆、お客様だ」

 皆を呼ぶようなお客様は今現在1人しかいない。殿下、到着のようだ。
 テディと一緒に応接スペースへ向かう。やはり殿下だった。

「いつも突然お邪魔してすみません。そろそろ出来たかなと思いましたので」

「ええ、こちらになります」

 テディが清書して綴じた紙束入りの封筒を出して、殿下の前に置く。

「ありがとうございます。それではこちらが報酬になります。よろしくご査収くださいませ」

「中を確認なさらないで宜しいのですか」

「ええ、テディ達が出してきたのなら間違いのないものの筈ですわ。それにこの場で内容を確認できる程浅い本でも無いでしょうから」

 封筒よりどう見ても小さいポシェットに仕舞う。間違いなくあれは魔法収納だ。それもかなり高性能な。

「よろしければこちらをどうぞ。ケーキはお好きなものをおとり下さい」

 フィオナがお茶とケーキを出してくれる。紅茶のいい香りが辺りに広がる。

「いい紅茶ですわね。あと見たことのないデザートですわ。これはこちらで作られたのかしら」

「近くの軽食屋が出しているものです」

「作っているのはその軽食屋さんでも、このレシピを提供したのはこちらの皆さんではないかしら。でも本当に美味しそうですわ。ちょっとこれ、選べませんから皆で少しずつ回しながら分け合っていただきませんか。学校時代のように」

 何とも庶民的な発想だけれどいいのだろうか。というか皆に俺も含むのだろうか。テディ達とならまあ間接キスも今更だけれど、王妹殿下とは流石にいいのだろうかと思ったりする。

「良ければ殿下が全部持ち帰っていただいても大丈夫ですわ」

「いえ、こういうものはお友達と食べるから美味しいのですわ。違いまして」

 全員で回し食べする方針、決定のようだ。
  
 そんな訳でまず殿下がレアチーズケーキ、フィオナが苺のショートケーキ、テディがフルーツタルト、俺がベイクドチーズケーキ、ミランダがレモンのムースケーキをまず取る。
 ちなみに今言った順番は今の配置を時計回りに見た順番。長方形のテーブルなので俺とテディとミランダが手前側の長辺、殿下とフィオナが奥側だ。

「それではいただきますわ」

 そんな感じでデザート会、開始。

「ところで殿下、この本はどういう目的で使われるのですか」

「この場では殿下ではなく昔と同じようにロッサーナと呼んで欲しいですわ。
 あとこの本の目的は簡単です。私や殿下を含め、国民全員に対して今の王政以外の制度があるという事を広く知っていただく為です」

 おいおい。

「それでは王政に対する疑問が生じてしまうのでは?」

 俺が思ったのと同じことをミランダが尋ねる。

「ええ、それでいいのです。疑問を持っていただく事もまた目的のひとつです」

 殿下はそう言ってレアチーズケーキを大きめ、ちょうど5分の1くらい取って食べ、次へ回す。俺もあわてて一口分取って食べケーキをミランダへ回す。

「今の国王による中央集権型専制政治は間違いなく効率という意味では一番ですわ。それは以前こちらで出され『想像上で論じる政治体制として可能性のある制度の構造分析』にもある通りです。
 ですがトップの能力と意志に思い切り振り回されてしまう制度でもあります。ですのでその辺が安定した次の制度へとそう遠くないうちに移行させる予定ですわ。今はまだこれまで手を付けられていなかった貧困対策や教育関係、更に経済の再生の為に効率の良い制度が必要ですけれど」

「殿下はそれでいいのでしょうか。それに今まで以上に大貴族の抵抗も激しくなると思いますけれども」

「テディは家を捨ててこちらに来て幸せでしょうか。家を出てよかったと思っていますでしょうか」

「もちろんですわ」

 テディの返答に殿下は大きく頷く。

「それと同じですわ。私も陛下も権力に執着はありません。ですが王家に生まれた以上国民を豊かにするのは義務です。ですから今は義務を果たしているのですわ。今までの王がサボタージュしていた王としての義務を。
 王家に生まれなければお兄様と駆け落ちなんて良かったのですけれどね。もしくはテディ達のようにわざと問題を起こして家を出されたり。話を聞いた時、正直テディ達が羨ましかったですわ」

 うわっ、その件をここで持ち出すか! これで俺達は何も言えない状態になってしまう。
 殿下は4つ目のケーキを口に運んだ後、再び口を開く。

「環境を整えるのには時間がかかります。こちらで今回作っていただいた本も環境を整える布石のひとつです。まだまだ道は遠いですけれどね、夢を夢見る乙女としては常にハッピーエンドを期待しているのですわ。
 そんな訳で今回はこうやってご本を作って頂きました。でも多分またいずれ、何かお願いすることがあると思います」

 殿下は5つ目のケーキを食べて、紅茶を口に運ぶ。

「紅茶もこのお菓子も美味しいですわ。紅茶は輸入の最高級品、ですがこのお菓子はきっと他の世界の知識が元ですわね。違いますかしら」

「わかりますの?」

 テディの問いかけに殿下は頷く。

「私も似たような知識を使う方を知っていますから」

 ???
 その誰かは俺と同じように異世界の記憶があるのだろうか。それとも他の方法で知識を手に入れているのだろうか。

「どなたかお聞きしてもよろしいでしょうか」

「今はまだ秘密ですわ。ですけれどそのうち当人がここに挨拶に来るかもしれませんね。あの方は私より遥かにフットワークが軽いですから」

 そう言って殿下はティーカップを置いて、立ち上がる。

「それでは今回のお仕事、本当にありがとうございました。お茶もお菓子も美味しかったですわ」

 殿下の動きはごく自然に見えるのだが何故か早い。 フィオナが扉を開けに立ち上がろうとする前に既に玄関の扉に手をかけている。
 そう言えば前もそうだったなと思い出した。

「それでは皆様ごきげんよう。また会える日を楽しみにしていますわ」

 すっとその姿が扉の向こうへと消えて行った。
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