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拾遺録5 端境期のオブリガート

4 措置と症状

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 ミメイさんを寝かした3階の客間から、レグアス様の執務室へ移動。
 ミメイさんの症状について詳しい説明をした後、更にレグアス様は仰った。

「当分は3階奥の客間で過ごして貰おう。おそらく当分の間は、年下のメイドだろうと会えば恐怖を覚えるだろう。だから目が覚めたら状況が分かるよう、状況を書いた手紙を部屋の机に置いておく。また食事等は、ベルを鳴らすと部屋の前に置くという形にするつもりだ。今後どうするかについては、帰ってからカレンが相談にのるようにしてくれ」

「私で宜しいのでしょうか」

 身分があってないような存在、事実上はフェルマ伯爵家の居候に過ぎない中途半端な私で。
 レグアス様は頷いた。

「カレン以外では、おそらく無理だ。この子を蝕む魔術は、強烈な対人恐怖を引き起こす。最低でも十日程度は誰とも会話出来ない状態だ」

 そこまで酷い状態なのか。
 そう思ったところで、更にレグアス様は続ける。

「だがこの子は、まだ術が完全に効く前にカレンに助けられた。だからカレンに対しては、術の効きが弱くなっている可能性がある」

「つまり私だけは、ミメイさんと話が出来るという訳でしょうか」

「他の人よりはましな可能性がある。もしそうだとしても効きが弱いだけで、全く恐怖を感じない訳ではないだろうが。本当は術について、より詳しい私が説明する方が正しい。しかし私の外見では、話せる話も話せないだろう」

 レグアス様、結構自分の外見を気にしていらっしゃるのだ。
 この辺、いつも気の毒に感じてしまう。

 ◇◇◇

 そして翌日。
 部屋の外から気配を伺って、ミメイさんがまだ寝ている事を確認してから、私は冒険者ギルドへと出かけた。

 私の現在の職業は、冒険者ギルドの職員だ。
 これは私の従叔父、いや元従叔父であるタウフェン公爵が、魔法が使えない為に王族として公職につけない私の居場所として、斡旋してくれたもの。

 もちろんギルドにとっては、権力から押し付けられた余分な人材なのだろう。
 それは私もわかっている。

 ただ、私は魔法こそ使えないが、免状持ちの剣士で『攻撃魔法無効』のスキル持ち。
 そして冒険者ギルドの職員には元冒険者で、今でも腕っ節に自身がある者が多い。
 そのおかげか、そこそこ認めてもらっている。

 残念ながら立場上、危険地帯の偵察とか冒険者の支援といった業務は、回して貰えない。
 それでも冒険者級の見極めや初心者に対する剣の指導など、私なりに出来る実務はあるし、事務系の業務だってやりがいがある。

 かつての地位や繋がりが断たれた私にとって、この『冒険者ギルド職員』という地位が、唯一の社会との接点だ。
 王都《ラツィオ》における数少ない、私が居て構わないし、それなりに役に立てる場所。
 
 だからどんな場合であっても、仕事は仕事として処理する。受け付けた依頼の確認や、情報水晶による登録処理の管理。
 王都ラツィオの冒険者ギルドは魔物討伐の処理こそほとんど無いが、それ以外の業務は他所の冒険者ギルドより遙かに多い。

 それでも頭の何処かで、ミメイさんの事が気になっていた。
 何故ここまで気になっているのかは、自分でもわからない。
 自分で助けたからだろう、そう自分を納得させてはいるのだけれども。

 結局私は、定時で業務を終了してギルドを出る。
 いつもは当日の業務を一通り終えた後も、少し仕事の整理をしてから帰るのだけれども。

 寄り道もせず、真っ直ぐにフェルマ伯爵邸へ。
 玄関を入って、そして客間の方を伺う。

 ミメイさんの気配があるのがわかった。
 つまり、起きているようだ。
 
 夕食前だが、一度挨拶をしておこう。
 そう思って、私は近くにいるメイドにその旨を告げて、ミメイさんのいる客間へと向かう。

 どう声をかけるかは、此処へ来る前に散々考えた。
 そのうち一番ミメイさんが怖がらないだろう、と思った方法を試してみる。

 まずは普通に足音が聞こえる歩き方で階段と廊下を歩いて、部屋に近づく。
 足音という予告がある方が、いきなりより怖くないだろうと思ってだ。
 
 そして扉の前に立って、もう一度確認。
 部屋の中の気配は、間違いなく起きている状態のものだ。
 剣術の為に気配察知を出来るようにした事が、こういう時に役に立つというのは予想外だ。
 なんて事を思いつつ、軽いノックを3回。

「カレンです。今、冒険者ギルドから戻りました。夕食の後、また来て、同じようにノックします。その時にお話していいのであれば、ノックを返して下さい。まだ話が出来ない状態であれば、ノックを返さないでいただければ、そのまま部屋に入らず戻ります」

 これで次に部屋に行くときまでには、入れていいかまだ無理か、考える事が出来るだろう。
 それとも今回のような予備動作はない方が良かったのだろうか。
 少し迷いつつ、私は廊下をホールの方へと向かう。

 ◇◇◇

 この屋敷にいるフェルマ家の方はレグアス様と、奥様のステファニア様だけだ。
 長男のアノルド様と長女のイオラ様は領地の方にいらっしゃるし、次男のメレナム様はネイプルにある南方領土直轄局にいらっしゃる。

 だから食事の席は、本来のお子様無しで、私だけ同席。
 この辺も仕方ないけれど、申し訳ない気分になったりするのだ。
 お二方とも私に良くしてくれるから、余計に。
 そして本日の話題は、やはりミメイさんの事だ。

「ミメイさんはお昼に起きたようですわ。遠慮しているのか食事のベルを鳴らさないので、シーラに命じて扉の前に置かせて、声をかけさせました。ひととおり食べたので、取り敢えず一安心ですわ」

 シーラは見習いのハウスメイドだ。この家の使用人で最も若く、確かまだ12歳。
 ミメイさんに一番恐怖感を与えないだろうという人選だろう。

「ありがとうございます」

「カレンは気にしなくていいのよ。巻き込まれただけなんだから。それにしても本当に可愛そうよね。うちで何とか出来ればいいのだけれど」

 フェルマ領は、伯爵領としてはそれほど裕福な方ではない。
 しかし当主の役人としての実績や、国王陛下との関係もあり、政治的にはかなり強い家だ。
 カルヴァーナ子爵家はもとより、エールダリア教会が横槍を入れてきても、跳ね返す事が可能な位に。

 ここにいる限り、ミメイさんが襲われるという心配はしなくていい。
 だから問題は、ミメイさんの症状がどれくらい悪いかだ。

 他に問題があるとすれば、どうしてもフェルマ伯爵家の皆さんに申し訳ないと感じる私自身だろうか。
 そう思うからといって、どうしようも出来ないのだけれども。
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