307 / 323
拾遺録4 帰りたい場所
15 審判開始前(ラツィオ新報 エミル記者視点)
しおりを挟む
エルディッヒの取りだした剣を、僕は知っている。
まさかこの場に、あれが出てくるとは思わなかった。
第一級聖剣、クラウ・クムフト。
通常は年一回の大祭でしか見る事が出来ない、教会の至宝とも呼ばれる代物である。
騎士団の強者でも扱うのが困難と思われる程の、長さと幅の広さ、分厚さ。
確かに剣そのものから力を感じる。
『強大な力を持ち、使用する者が正しければ神の力を分け与える』という能書きが本当なのかは、僕にはわからないけれど。
いずれにせよ教会側の本気を感じさせるには、わかりやすい代物だ。
一方リディナ氏の武器も、同じ位の大きさがある大剣だ。
ただ女性としてはやや大柄とは言え、リディナ氏が扱うには大きすぎるように感じる。
魔法使いと自称していたリディナ氏が、あの剣を使えるのだろうか。
そもそも普通に使う筋力があるのだろうか。
見た目的には無理があるようにしか見えない。
しかし僕はこういった事には素人だ。
この辺は専門家の方が判断出来るだろう。
だから僕は、カーチスに尋ねようとした。
「武器の感想はどうだ、カーチス。聖剣の力というのは……」
「待て、動く」
僕の言葉は途中で遮られた。
直後、エルディッヒが剣を振り上げる。
そして残像が見えそうな速度で前進しながら、振り下ろした。
演武とは違い外連味の無い、研ぎ澄まされた攻撃の為の攻撃。
危ない、そう思いつつリディナ氏の方を見る。
リディナ氏は何でもない表情で、剣を斜め上に掲げて数歩、横へと動いた。
そのすぐ脇をエルディッヒの剣が通り抜ける。
すぐ近くのようだが、掠りさえしていない。
振り下ろされたエルディッヒの剣が横薙ぎに変化する。
その切っ先は、確かにリディナ氏を捉えたかに見えた。
しかしやはり同じような何でもない動きで、リディナ氏は後ろへと躱す。
剣は空を切って、それでも無駄のない軌道で上段の構えへと戻った。
そして再び、2人は正対。距離はリディナ氏が躱す為に動いた2腕分。
「思ったよりやるな、エルディッヒ」
えっ!? 聞き間違いかと思って、僕はカーチスに尋ねる。
「エルディッヒの方なのか」
カーチスは頷いた。
「ああ。教会騎士の剣術は見た目に華麗だが、実は強くないんじゃないか。そんな噂があってな。少なくとも演武や模擬試合では、本当に強いかはわからない。そういった場での剣術は、冒険者の実戦とは違う。アコルタ子爵あたりなら両方とも使えるだろうが。しかし今のは、間違いなく実戦的なやり合いだ」
「それでも通用しなかったぞ」
リディナ氏の動きに、何か特別なものは感じなかった。
ただ剣を少し上げて、そして数歩動いただけだ。
「今のはまだ挨拶ってところだろう。お互いに」
挨拶か。
僕にはわからない状況のようだ。
だから単刀直入に、カーチスに聞いてみる。
「なら装備も含めてどっちが有利か、カーチスにはわかるか」
「わからん。まだ判断出来るほど、試合は動いていない。ただ……」
「ただ、何だ?」
「もし勝たなくてはならないとしたら、俺はエルディッヒの方に同情する。本人は知っているかどうかわからないが、相手は南部の生きた伝説の一角だ。それを知っていても知らなくても、真っ正面から感じる圧迫感は、並大抵のものじゃないだろうよ」
そんなものなのだろうか。
金色に輝く神鋼の鎧に身を包んだ偉丈夫と、一見ごくありきたりの革鎧を纏った女性冒険者。
どう考えても、エルディッヒの方が強そうに見えるのは、僕だけだろうか。
そう思った次の瞬間、今度はリディナ氏が動いた。
すっと前進するとともに、剣を振りかぶって、振り下ろす。
ごくごく自然でありきたりな動きだ。
先程のエルディッヒのような、迫力と速度は感じない。
それでもエルディッヒは腕の振りまで使って、全力という雰囲気で後退した。
その空いた場所をリディナ氏の大剣が襲う。
何故か2回、構え直してもいないのに剣が振るわれた気がした。
それでいて次の瞬間、剣が正眼の構えへと戻っている。
気のせいではない。
「今のは!?」
「ああ、空属性魔法で剣の軌道を変えている。しかも今の踏み込みは無拍子だ」
やはりただの剣捌きではなかったようだ。
ところで無拍子とは何だろう、技の名前だろうか。
「そんなに凄い技には見えなかったが」
「無拍子とはそういう技だ。前提動作なしに最短の動きをするから、実際の速さに気づけない。よく見ろ。今の踏み出し、あれで3腕近く動いている」
言われて、そして初めて僕は気がついた。
僕には2、3歩踏み出しただけに見えたのに、確かに3腕以上動いている。
広場は広いが、間違いなくエルディッヒの位置はそれくらい下がっているのだ。
「あれを避けたエルディッヒは流石だ。もっとも、今の一連のやりあいすら単なる挨拶なんだろうけれどな。つまり……」
カーチスは意味ありげに、そこで言葉を切った。
「つまり、どういう事だ」
「通常の模範試合だの模擬試合だのとは、まるでレベルが違う戦いがこれから始まるという事だ。たかが俺程度の腕前じゃ、どうなるか予測するなんておこがましい。黙って見ているしかないんだろう。見ても理解出来ないかもしれないが、それでも見のがす訳にはいかない、戦いをな」
まさかこの場に、あれが出てくるとは思わなかった。
第一級聖剣、クラウ・クムフト。
通常は年一回の大祭でしか見る事が出来ない、教会の至宝とも呼ばれる代物である。
騎士団の強者でも扱うのが困難と思われる程の、長さと幅の広さ、分厚さ。
確かに剣そのものから力を感じる。
『強大な力を持ち、使用する者が正しければ神の力を分け与える』という能書きが本当なのかは、僕にはわからないけれど。
いずれにせよ教会側の本気を感じさせるには、わかりやすい代物だ。
一方リディナ氏の武器も、同じ位の大きさがある大剣だ。
ただ女性としてはやや大柄とは言え、リディナ氏が扱うには大きすぎるように感じる。
魔法使いと自称していたリディナ氏が、あの剣を使えるのだろうか。
そもそも普通に使う筋力があるのだろうか。
見た目的には無理があるようにしか見えない。
しかし僕はこういった事には素人だ。
この辺は専門家の方が判断出来るだろう。
だから僕は、カーチスに尋ねようとした。
「武器の感想はどうだ、カーチス。聖剣の力というのは……」
「待て、動く」
僕の言葉は途中で遮られた。
直後、エルディッヒが剣を振り上げる。
そして残像が見えそうな速度で前進しながら、振り下ろした。
演武とは違い外連味の無い、研ぎ澄まされた攻撃の為の攻撃。
危ない、そう思いつつリディナ氏の方を見る。
リディナ氏は何でもない表情で、剣を斜め上に掲げて数歩、横へと動いた。
そのすぐ脇をエルディッヒの剣が通り抜ける。
すぐ近くのようだが、掠りさえしていない。
振り下ろされたエルディッヒの剣が横薙ぎに変化する。
その切っ先は、確かにリディナ氏を捉えたかに見えた。
しかしやはり同じような何でもない動きで、リディナ氏は後ろへと躱す。
剣は空を切って、それでも無駄のない軌道で上段の構えへと戻った。
そして再び、2人は正対。距離はリディナ氏が躱す為に動いた2腕分。
「思ったよりやるな、エルディッヒ」
えっ!? 聞き間違いかと思って、僕はカーチスに尋ねる。
「エルディッヒの方なのか」
カーチスは頷いた。
「ああ。教会騎士の剣術は見た目に華麗だが、実は強くないんじゃないか。そんな噂があってな。少なくとも演武や模擬試合では、本当に強いかはわからない。そういった場での剣術は、冒険者の実戦とは違う。アコルタ子爵あたりなら両方とも使えるだろうが。しかし今のは、間違いなく実戦的なやり合いだ」
「それでも通用しなかったぞ」
リディナ氏の動きに、何か特別なものは感じなかった。
ただ剣を少し上げて、そして数歩動いただけだ。
「今のはまだ挨拶ってところだろう。お互いに」
挨拶か。
僕にはわからない状況のようだ。
だから単刀直入に、カーチスに聞いてみる。
「なら装備も含めてどっちが有利か、カーチスにはわかるか」
「わからん。まだ判断出来るほど、試合は動いていない。ただ……」
「ただ、何だ?」
「もし勝たなくてはならないとしたら、俺はエルディッヒの方に同情する。本人は知っているかどうかわからないが、相手は南部の生きた伝説の一角だ。それを知っていても知らなくても、真っ正面から感じる圧迫感は、並大抵のものじゃないだろうよ」
そんなものなのだろうか。
金色に輝く神鋼の鎧に身を包んだ偉丈夫と、一見ごくありきたりの革鎧を纏った女性冒険者。
どう考えても、エルディッヒの方が強そうに見えるのは、僕だけだろうか。
そう思った次の瞬間、今度はリディナ氏が動いた。
すっと前進するとともに、剣を振りかぶって、振り下ろす。
ごくごく自然でありきたりな動きだ。
先程のエルディッヒのような、迫力と速度は感じない。
それでもエルディッヒは腕の振りまで使って、全力という雰囲気で後退した。
その空いた場所をリディナ氏の大剣が襲う。
何故か2回、構え直してもいないのに剣が振るわれた気がした。
それでいて次の瞬間、剣が正眼の構えへと戻っている。
気のせいではない。
「今のは!?」
「ああ、空属性魔法で剣の軌道を変えている。しかも今の踏み込みは無拍子だ」
やはりただの剣捌きではなかったようだ。
ところで無拍子とは何だろう、技の名前だろうか。
「そんなに凄い技には見えなかったが」
「無拍子とはそういう技だ。前提動作なしに最短の動きをするから、実際の速さに気づけない。よく見ろ。今の踏み出し、あれで3腕近く動いている」
言われて、そして初めて僕は気がついた。
僕には2、3歩踏み出しただけに見えたのに、確かに3腕以上動いている。
広場は広いが、間違いなくエルディッヒの位置はそれくらい下がっているのだ。
「あれを避けたエルディッヒは流石だ。もっとも、今の一連のやりあいすら単なる挨拶なんだろうけれどな。つまり……」
カーチスは意味ありげに、そこで言葉を切った。
「つまり、どういう事だ」
「通常の模範試合だの模擬試合だのとは、まるでレベルが違う戦いがこれから始まるという事だ。たかが俺程度の腕前じゃ、どうなるか予測するなんておこがましい。黙って見ているしかないんだろう。見ても理解出来ないかもしれないが、それでも見のがす訳にはいかない、戦いをな」
600
お気に入りに追加
2,925
あなたにおすすめの小説
異世界召喚に巻き込まれたおばあちゃん
夏本ゆのす(香柚)
ファンタジー
高校生たちの異世界召喚にまきこまれましたが、関係ないので森に引きこもります。
のんびり余生をすごすつもりでしたが、何故か魔法が使えるようなので少しだけ頑張って生きてみようと思います。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
30年待たされた異世界転移
明之 想
ファンタジー
気づけば異世界にいた10歳のぼく。
「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」
こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。
右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。
でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。
あの日見た夢の続きを信じて。
ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!
くじけそうになっても努力を続け。
そうして、30年が経過。
ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。
しかも、20歳も若返った姿で。
異世界と日本の2つの世界で、
20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
夫から国外追放を言い渡されました
杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。
どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。
抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。
そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
子爵家の長男ですが魔法適性が皆無だったので孤児院に預けられました。変化魔法があれば魔法適性なんて無くても無問題!
八神
ファンタジー
主人公『リデック・ゼルハイト』は子爵家の長男として産まれたが、検査によって『魔法適性が一切無い』と判明したため父親である当主の判断で孤児院に預けられた。
『魔法適性』とは読んで字のごとく魔法を扱う適性である。
魔力を持つ人間には差はあれど基本的にみんな生まれつき様々な属性の魔法適性が備わっている。
しかし例外というのはどの世界にも存在し、魔力を持つ人間の中にもごく稀に魔法適性が全くない状態で産まれてくる人も…
そんな主人公、リデックが5歳になったある日…ふと前世の記憶を思い出し、魔法適性に関係の無い変化魔法に目をつける。
しかしその魔法は『魔物に変身する』というもので人々からはあまり好意的に思われていない魔法だった。
…はたして主人公の運命やいかに…
夢のテンプレ幼女転生、はじめました。 憧れののんびり冒険者生活を送ります
ういの
ファンタジー
旧題:テンプレ展開で幼女転生しました。憧れの冒険者になったので仲間たちとともにのんびり冒険したいとおもいます。
七瀬千那(ななせ ちな)28歳。トラックに轢かれ、気がついたら異世界の森の中でした。そこで出会った冒険者とともに森を抜け、最初の街で冒険者登録しました。新米冒険者(5歳)爆誕です!神様がくれた(と思われる)チート魔法を使ってお気楽冒険者生活のはじまりです!……ちょっと!神獣様!精霊王様!竜王様!私はのんびり冒険したいだけなので、目立つ行動はお控えください!!
初めての投稿で、完全に見切り発車です。自分が読みたい作品は読み切っちゃった!でももっと読みたい!じゃあ自分で書いちゃおう!っていうノリで書き始めました。
【5/22 書籍1巻発売中!】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。