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拾遺録4 帰りたい場所

15 審判開始前(ラツィオ新報 エミル記者視点)

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 エルディッヒの取りだした剣を、僕は知っている。
 まさかこの場に、あれが出てくるとは思わなかった。

 第一級聖剣、クラウ・クムフト。
 通常は年一回の大祭でしか見る事が出来ない、教会の至宝とも呼ばれる代物である。

 騎士団の強者でも扱うのが困難と思われる程の、長さと幅の広さ、分厚さ。
 確かに剣そのものから力を感じる。
 『強大な力を持ち、使用する者が正しければ神の力を分け与える』という能書きが本当なのかは、僕にはわからないけれど。
 いずれにせよ教会側の本気を感じさせるには、わかりやすい代物だ。

 一方リディナ氏の武器も、同じ位の大きさがある大剣だ。
 ただ女性としてはやや大柄とは言え、リディナ氏が扱うには大きすぎるように感じる。

 魔法使いと自称していたリディナ氏が、あの剣を使えるのだろうか。
 そもそも普通に使う筋力があるのだろうか。
 見た目的には無理があるようにしか見えない。

 しかし僕はこういった事には素人だ。
 この辺は専門家の方が判断出来るだろう。
 だから僕は、カーチスに尋ねようとした。

「武器の感想はどうだ、カーチス。聖剣の力というのは……」

「待て、動く」

 僕の言葉は途中で遮られた。
 直後、エルディッヒが剣を振り上げる。
 そして残像が見えそうな速度で前進しながら、振り下ろした。

 演武とは違い外連味の無い、研ぎ澄まされた攻撃の為の攻撃。
 危ない、そう思いつつリディナ氏の方を見る。

 リディナ氏は何でもない表情で、剣を斜め上に掲げて数歩、横へと動いた。
 そのすぐ脇をエルディッヒの剣が通り抜ける。
 すぐ近くのようだが、掠りさえしていない。

 振り下ろされたエルディッヒの剣が横薙ぎに変化する。
 その切っ先は、確かにリディナ氏を捉えたかに見えた。
 しかしやはり同じような何でもない動きで、リディナ氏は後ろへと躱す。

 剣は空を切って、それでも無駄のない軌道で上段の構えへと戻った。
 そして再び、2人は正対。距離はリディナ氏が躱す為に動いた2腕分。

「思ったよりやるな、エルディッヒ」

 えっ!? 聞き間違いかと思って、僕はカーチスに尋ねる。

「エルディッヒの方なのか」

 カーチスは頷いた。

「ああ。教会騎士の剣術は見た目に華麗だが、実は強くないんじゃないか。そんな噂があってな。少なくとも演武や模擬試合では、本当に強いかはわからない。そういった場での剣術は、冒険者の実戦とは違う。アコルタ子爵あたりなら両方とも使えるだろうが。しかし今のは、間違いなく実戦的なやり合いだ」

「それでも通用しなかったぞ」

 リディナ氏の動きに、何か特別なものは感じなかった。
 ただ剣を少し上げて、そして数歩動いただけだ。

「今のはまだ挨拶ってところだろう。お互いに」

 挨拶か。
 僕にはわからない状況のようだ。
 だから単刀直入に、カーチスに聞いてみる。

「なら装備も含めてどっちが有利か、カーチスにはわかるか」

「わからん。まだ判断出来るほど、試合は動いていない。ただ……」

「ただ、何だ?」

「もし勝たなくてはならないとしたら、俺はエルディッヒの方に同情する。本人は知っているかどうかわからないが、相手は南部の生きた伝説の一角だ。それを知っていても知らなくても、真っ正面から感じる圧迫感は、並大抵のものじゃないだろうよ」

 そんなものなのだろうか。
 金色に輝く神鋼の鎧に身を包んだ偉丈夫と、一見ごくありきたりの革鎧を纏った女性冒険者。
 どう考えても、エルディッヒの方が強そうに見えるのは、僕だけだろうか。

 そう思った次の瞬間、今度はリディナ氏が動いた。
 すっと前進するとともに、剣を振りかぶって、振り下ろす。
 ごくごく自然でありきたりな動きだ。
 先程のエルディッヒのような、迫力と速度は感じない。
 
 それでもエルディッヒは腕の振りまで使って、全力という雰囲気で後退した。
 その空いた場所をリディナ氏の大剣が襲う。

 何故か2回、構え直してもいないのに剣が振るわれた気がした。
 それでいて次の瞬間、剣が正眼の構えへと戻っている。
 気のせいではない。

「今のは!?」

「ああ、空属性魔法で剣の軌道を変えている。しかも今の踏み込みは無拍子だ」  

 やはりただの剣捌きではなかったようだ。
 ところで無拍子とは何だろう、技の名前だろうか。

「そんなに凄い技には見えなかったが」

「無拍子とはそういう技だ。前提動作なしに最短の動きをするから、実際の速さに気づけない。よく見ろ。今の踏み出し、あれで3腕6m近く動いている」

 言われて、そして初めて僕は気がついた。
 僕には2、3歩踏み出しただけに見えたのに、確かに3腕6m以上動いている。
 広場は広いが、間違いなくエルディッヒの位置はそれくらい下がっているのだ。

「あれを避けたエルディッヒは流石だ。もっとも、今の一連のやりあいすら単なる挨拶なんだろうけれどな。つまり……」

 カーチスは意味ありげに、そこで言葉を切った。

「つまり、どういう事だ」

「通常の模範試合だの模擬試合だのとは、まるでレベルが違う戦いがこれから始まるという事だ。たかが俺程度の腕前じゃ、どうなるか予測するなんておこがましい。黙って見ているしかないんだろう。見ても理解出来ないかもしれないが、それでも見のがす訳にはいかない、戦いをな」
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