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拾遺録4 帰りたい場所

9 協議会⑸ 悪手?(ラツィオ新報 エミル記者視点)

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「アシャプール貴族院教育担当部会会長の御意見、拝聴致しました。なるほど、貴族院教育担当部会会長たる方が、一教会内で述べるならともかく、このような場でそういった意見を述べた事に率直に驚くとともに、以前の試験実施が何故失敗に終わったのか、その原因を目の当たりにした気が致します」

 リディナ氏、正面からアシャプール侯爵に喧嘩を売った。
 いや、喧嘩を売ったのはアシャプール侯爵で、リディナ氏は喧嘩を買ったと言うべきなのだろうか。
 
 アシャプール侯爵は驚愕の表情を浮かべ、そして固まっている。
 平民にこうもストレートに批判されるとは思っていなかったのだろう。
 リディナ氏の発言は続く。

「此処で述べられている義務教育の目的は、識字率を上げ、生活に必要な計算能力を身につけ、生活に便利な魔法を会得させる。また才能のある者が更に上の知識や能力を身につける事が出来るよう、知識と能力の基礎を形作る事の筈です。一教会の教えを学ぶ事ではありません。
 貴族院教育担当部会会長が仰るような教育を行いたければ、ナイケ教会内で行えば宜しいでしょう。
 正直ここまで見識のない方が、貴族院教育担当部会会長たる地位についているとは驚きです。しかも侯爵は『国立学校や先程の試行教育と同様』と仰った。つまり国立学校の教育も本来目的からねじ曲げていらっしゃるのでしょう。国立学校の学習成果があがっていない原因もここで明らかになった気が致します。
 アシャプール貴族院教育担当部会会長の質問に対する返答は以上です」

 アシャプール侯爵の意見に全力でぶん殴り返した。それも倍以上の力でだ。
 聞いていて正直痛快だが、大丈夫なのだろうかと不安にもなる。
 相手は仮にも侯爵なのだ。

 この場は協議会の席だから、中での発言が不敬罪に問われるという事はない。
 そもそも貴族に対する不敬罪は、13年前に廃止されている。
 エールダリア教会失墜時に、同教会の信奉者である貴族が乱用して領民を押さえつけようとした事が原因で。

 しかし犯罪にはならなくとも、高位貴族にはそれなりの力がある。
 更に今回の件についてはナイケ教会も関わっている。
 普通ならば身の危険を生じてもおかしくない。

 しかしその事くらい、リディナ氏は気づいているだろう。
 なら、やはりリディナ氏の背後には……

 一方、アシャプール侯爵はわかりやすい反応をしている。。
 一方的に平民に馬鹿と言われたようなものなのだ。
 話の内容を考えればむしろ当然なのだが、本人はそうは思わないだろう。
 怒りが表情に、そしてここから見てもわかる震えとして出ている。

「失礼な! 平民風情が! 侯爵たる我に何という無礼な! いやしくも我は……」

 リディナ氏は醒めた目で侯爵を見据える。

「不規則発言である。また本発言は意見では無く単なる侮蔑発言である。これ以上続けると退席処分だけでなく、国法231条で罰するべきものと見做す」

 司会のパナヴィア首席監察官による制止で、侯爵は発言を止める。
 その程度の自制心はまだ残っているようだ。
 その代わり憤懣やるかたないという表情のまま、小さく手を上げた。

「では改めて、アシャプール貴族院教育担当部会長」

 司会はどうやら、まだアシャプール侯爵に喋らせる気のようだ。
 これは貴族院教育担当部会会長という役職を鑑みてなのだろうか。それとも別の意図があるのだろうか。
 判断出来るだけの情報はない。
 
「先程の発言には常識と良識が欠けているのは明らかである。教育において最も重要なのは、敬神の姿勢及び神の教えに忠実に生きる事を教える事である。そのような教育が欠けているからこそ先程のような暴言があるのであろう。ナイケ神の正しき教えに従い、教学と武術を修めてこそ、人は正しく人たる事が出来るのである。先程の妄言のような事を申す人であらざるような考えを持つ者が増えることなきよう、義務教育にあってもナイケ神の教えに従ったものにするべきである」

 アシャプール侯爵の先程からの言葉は、何というか、どうしようもないとは思う。
 しかしアシャプール侯爵が、強気で押しまくる事には意味がある。

『これだけ貴族がこの意見を推しているのだ。もし邪魔した場合はそちらの本来の担当の政策にも邪魔するぞ』
 そんな意思を強く見せつければ、意見を曲げる者が出る可能性があるからだ。

 論理がいくらおかしくてもかまわない。
 気迫で国王庁側の何人かを圧倒すれば、それはそれで勝ちなのだ。
 これに対抗する方法論はあるのだろうか。
 
「リディナ特別報告者」

 どうやらこちらもまだ負ける気はないようだ。
 雰囲気でそれがわかる。

「なるほど、アシャプール貴族院教育担当部会長は、ナイケ神に帰依する事こそ教育の目的と理解しているようです。ならこの国で信仰されている他の神、例えばマーセス教会やセドナ教会の意見を聞いてみたいところです。ここはそういった場ではないので控えますけれど。
 そしてこの場で教育の目的について確認しても、おそらくは平行線になると思われます。国立学校の教育効果の評価さえ、ナイケ教会寄りに歪めてしまうようですから」

 口調はあくまで丁寧だが、出てくる言葉は完全に喧嘩腰だ。
 ただしこれだけでは勝負に勝つことは出来ない。
 この先、彼女はどう出る気だろう。

「さて、そこまで仰るなら当然、アシャプール卿はナイケ教会の教えこそが正しく、絶対である。そう信奉していらっしゃるのでしょう。でしたらここで平行線の議論をなさるよりも、ナイケ神の定めた方法で、己の正しさを神に証明していただくのはどうでしょう」

 えっ、どういう事だ?
 僕は話の行方がわからなくなる。
 リディナ氏は何を言おうとしているのだろう。

「ナイケ教会の正聖書であるパルラス書の第二章第七節にはこうあります。『神は仰った。我が民よ、正義を通すに恐るる事無かれ、我は正しき者の味方であり、力である。我は正しき者に力を与え、力を貸し与える。審判を恐るる事無かれ』。当然ナイケ教会を信仰されているアシャプール卿ならご存じでしょう」

 僕は知っている。
 それは通称『神の審判』、意見が分かれた際、どちらが正しいかを決闘で決めるというものだ。

 原始的だがつい30年程前までは、これを悪用して貴族が私闘を行ったり、平民の権利を侵害したりといった事案が多々あった。
 流石に法律の改正により、滅多に行われる事はなくなったが。

「現在でもナイケ教会の教えの流れを受けて制定された、王国法第57条は生きています。ですからこの議論の正しさをナイケ神の審判により明らかにする事は可能です。
 ただし私は現役の冒険者で魔法使いでもあります。ですから王国法第57条第5項、ナイケ教会の正聖書ではパルラス書第二章第七節にある、助力及び代理人規定は認めましょう。
 審判たる題目は、『学校教育に、ナイケ教会の教義及び指導の必要がある、ない』でいいでしょう。
 勿論この題目は私とアシャプール卿の信念であって、国の方針を賭けるというものではありません。
 ですがナイケ教会の教えに従う事こそが人としてのあり方だと仰るアシャプール卿なら、当然この申し出に賛同していただける事でしょう。それでは返答をお願いします」

 予想外だった。
 リディナ氏、理論では無く、教義と、そして暴力で切り崩しにかかってきた。

 確かに盲信と恫喝に対抗するには、もはや暴力しかないのかもしれない。 
 しかしこれは悪手のように僕は感じる。

 確かにアシャプール侯爵自身が、決闘で勝てるとは思わない。
 しかしその背後にはナイケ教会がいるのだ。
 そしてナイケ教会には……
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