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拾遺録4 帰りたい場所
4 明日からの本会合とその裏で考えられている事態について(エミリア視点)
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「大丈夫。私自身の他、私の家や関係場所まで、信頼できる人が警備しているから。宿泊もスリワラ家の王都屋敷に部屋を借りているしね。それにむしろ、この協議会の間で何か仕掛けてくれた方が、私としてはありがたいかな」
私は理解した。
そうなる可能性を充分に考慮にいれて準備はしてある、という事を。
ならリディナについては心配する事はない。
そう思ったところで。
「ただごめん。場合によっては、あえて会議内でイレギュラーを起こすかもしれない。
もちろん向こうが充分賢ければそうならない。でも最悪の場合、協議会は1日目の途中で延期ということになるかもしれない」
少し待って欲しい。
「何をする気ですか?」
「この参加者数だと、意見が別れて議決となった時に危ないでしょ。国王庁参加者が2名裏切ると、ナイケ教会側の意見が採用されてしまう可能性があるから。
こちらがいくらまともな事を言っても、向こうが耳を貸さなければそれだけでしょ。一方、向こうサイドの貴族が、こちらに参加しなければ今後一切協力せず、徹底的に政策に反抗するという姿を見せた場合。自分の職務を荒らされるよりはと、向こうに寝返る国王庁側の参加者が出るかもしれない」
そう、それはこちらの懸念材料のひとつだ。
協議会の結論は指定参加者の合議によって決まる。
なので誰が見ても正しくない意見であっても、多数決を取る事さえ出来れば、協議会の意見となってしまうのだ。
「だから向こうを揺さぶると同時に、出来れば余分な事をさせてボロを出させるつもり。例えば、あえてナイケ教会の教義を持ち出して、ナイケ教会側の貴族を挑発するとか。向こうはちょうど魔法耐性持ちで免状持ちの教会騎士がいるからね。教会はともかく、アシャプール侯爵あたりなら簡単に乗ってくると思うよ」
教義を使って。
魔法耐性持ちで免状持ちの教会騎士。
その2つの条件から、考えられる事といえば。
「ナイケの審判を使う気ですか」
意見が分かれた際、どちらが正しいかを、決闘によって判定するという極めて原始的な解決方法。
それがナイケの審判だ。
ナイケは勝利の女神、故に正しい方に勝利をもたらす。
教義ではそうなっている。
あまりに原始的すぎて、最近では実際にやったという話は聞かないけれども。
それに、そもそも……
「法律により決闘は禁止されている。私はそう認識しています」
「その通りよ。ただし貴族が名誉防衛権を持ち出せば、違法でない形で行えない事はない。もちろん双方の合意が必要だけれど」
リディナが言った方法は、かつて私闘を行った際によく使われた、法律の抜け穴的なものだ。
『王国法第57条 貴族は国と自身と家の名誉を守るため、必要な措置を講ずる事が出来る。ただしその措置は対等な場によって行われる1対1のものに限られる。
その2 本条によって行われる……(以下略)』
王国法にはエールダリア教会とナイケ教会によって、教義に近い内容が一部盛り込まれている。
第57条はまさに『ナイケの審判』的な価値観で書かれた条文だろう。
かつてはこの条文を悪用して、貴族が私闘を行ったり、平民の権利を侵害したりといった事案が多々みられた。
その事から30年ほど前、この条文に新たな項目が付け加えられたのだ。
『その4 この措置にあっては、措置を行う側と行われる側、双方に措置を行うという合意がなければならない。この合意の確認方法にあっては、別に定める』
そして『国法施行令』で、この合意を確認する方法として、国王庁審判局で互いから別々に意見を聴取しなければならないとある。
この際に片方から不正の訴え出があった場合、国王庁審判局が調査をしなければならない。
そして不正が明らかになった場合、一般人側であると貴族側であろうと厳しい処分がなされる事になっている。
以降、この法律を使用した私闘や権限侵害はほとんど起こらなくなった。
だから私も忘れていたのだ。
しかし今でも第57条は生きている。
貴族側が申し出て、双方が合意していれば、申し出により第57条に基づいた決闘を行う事が出来るのだ。
つまりリディナがアシャプール侯爵をその気にさせれば、ナイケの審判を行う事が可能なのだ。
そしてこの決闘に対して、あるいはそれ以外でも協議会や意思決定に際して不正が明らかになった場合、相手に厳しい処分を下すことが可能となる。
ただしそこまでするからには、決闘には勝たなければならない。
もしくは決闘前に相手に不正を行わせ、それを明らかにしなければならない。
リディナにそう出来るという、あてはあるのだろうか。
私の知っているリディナは、一か八かの賭けはしない。
だからよほどの事がない限り、勝ち筋が見えているとは思う。
それでもかつてリディナの友人で、今も友人のつもりである私は聞かずにはいられない。
「リディナは、教会騎士エルディッヒに勝てる見込みがあるのでしょうか」
「教会騎士がカレン・ララファス・スリワラだったら、やらないかな。勝率5割ってところだから」
そうか。そう言えばリディナは、スリワラ家の王都屋敷に泊まっていると言ったのだ。
スリワラ伯爵夫人は攻撃魔法無効のスキルを持った免状持ちの剣士で、元々は教会騎士候補だった。
魔法を使えないという事で彼女の存在を王家が消した後、教会騎士候補が今のエルディッヒ・オコーナーに変わったのだ。
今の言葉、リディナはこういう意味で言ったのだろう。
攻撃魔法無効で剣術に優れた相手と、戦う準備は出来ていると。
それでも疑問が残るので、私は尋ねる。
「でも教会騎士なら、スリワラ伯爵夫人と同じ能力を持っている筈です。それに対して勝率5割では厳しいのではないでしょうか」
「確かに『攻撃魔法無効で剣士の免状持ち』という肩書きは同じだけれどね。エルデイッヒ氏はまだ、本来の免状持ちの実力には達していないみたいね、少なくとも今の所は」
えっ!?
「本当ですか?」
「魔法が使えないという事でカレン・ララファスを破門にした結果、教会騎士にふさわしい能力の持ち主がいなくなった。仕方なく祭り上げたのがエルディッヒ・オコーナー。本人は気づいていないかもしれないけれどね、ナイケ教会の担当者と、エルディッヒと直接やりあった人間は知っている事実よ」
言われてみれば、思い当たる事がある。
エルディッヒは教会騎士だが、迷宮の魔物鎮圧業務等を行う事がほとんどない。
出てくるのは、ナイケ教会中央の儀式や祭礼ばかりだ。
「ただナイケ教会シンパの貴族だろうと、エルディッヒの真の実力なんて事は知らない筈よ。私は当事者のカレン・ララファス・スリワラ伯爵夫人と知り合いで、直接エルディッヒと模擬試合をした教え子がいるから知っているけれど」
確かに教会騎士エルディッヒは、何回か模擬試合をしている。
例えば昨年のパンテア祭では、確かA級冒険者の魔法剣士であるカイル・ダヴァ・アコルタ子爵と魔法込みの模擬試合をした筈だ。
そこまで考えて私は気づいた。
アコルタ子爵は、元々南部出身の平民だ。
『迷宮消去者』と呼ばれるパーティのリーダーで、A級冒険者となった後、アコルタ家の長女と婚姻して貴族となった。
南部出身で、魔法剣士という事は……
「だから教会騎士の力を信じている貴族、例えばアシャプール侯爵あたりなら、ナイケの審判にのってくる筈。私は魔法使いだし、教会騎士は攻撃魔法無効の免状持ち剣士だから。エルディッヒも表面上はアコルタ子爵と互角に戦えるとされている筈だしね」
やはりアコルタ子爵はリディナの教え子のようだ。
ならエルディッヒの実力については、アコルタ子爵を通じて知っていても不思議ではない。
一方でその事を、アシャプール侯爵らは知らない。
リディナをただの魔法使い、もしくは教育者だとしか思っていない可能性は大だ。
「そしてそれが決まったら、ナイケ教会の方は何としてでも『ナイケの審判』を成立させまいとしてくる筈よね。なら、余分な事をしたくなるんじゃないかな」
確かにそうだろう。教会はなんとしてでも審判をさせまいとしてくる筈だ。
審判で破れてしまえば、表看板たる教会騎士の実力が白日の下にさらされてしまうから。
しかしその方法論はあまりにも……
「危険ではないですか。貴方自身が。それにそういった事態に動く者ならば、たとえ捕らえても指令系統を明らかにするのは難しいと思います」
「普通はそうね」
リディナは頷いて、そして続ける。
「でも心配しなくていいわ。ここからは言えないけれど、それだけの事が出来る準備はしてあるから。それにこうした方が、膿の部分を徹底して排除できるしね」
私は理解した。
そうなる可能性を充分に考慮にいれて準備はしてある、という事を。
ならリディナについては心配する事はない。
そう思ったところで。
「ただごめん。場合によっては、あえて会議内でイレギュラーを起こすかもしれない。
もちろん向こうが充分賢ければそうならない。でも最悪の場合、協議会は1日目の途中で延期ということになるかもしれない」
少し待って欲しい。
「何をする気ですか?」
「この参加者数だと、意見が別れて議決となった時に危ないでしょ。国王庁参加者が2名裏切ると、ナイケ教会側の意見が採用されてしまう可能性があるから。
こちらがいくらまともな事を言っても、向こうが耳を貸さなければそれだけでしょ。一方、向こうサイドの貴族が、こちらに参加しなければ今後一切協力せず、徹底的に政策に反抗するという姿を見せた場合。自分の職務を荒らされるよりはと、向こうに寝返る国王庁側の参加者が出るかもしれない」
そう、それはこちらの懸念材料のひとつだ。
協議会の結論は指定参加者の合議によって決まる。
なので誰が見ても正しくない意見であっても、多数決を取る事さえ出来れば、協議会の意見となってしまうのだ。
「だから向こうを揺さぶると同時に、出来れば余分な事をさせてボロを出させるつもり。例えば、あえてナイケ教会の教義を持ち出して、ナイケ教会側の貴族を挑発するとか。向こうはちょうど魔法耐性持ちで免状持ちの教会騎士がいるからね。教会はともかく、アシャプール侯爵あたりなら簡単に乗ってくると思うよ」
教義を使って。
魔法耐性持ちで免状持ちの教会騎士。
その2つの条件から、考えられる事といえば。
「ナイケの審判を使う気ですか」
意見が分かれた際、どちらが正しいかを、決闘によって判定するという極めて原始的な解決方法。
それがナイケの審判だ。
ナイケは勝利の女神、故に正しい方に勝利をもたらす。
教義ではそうなっている。
あまりに原始的すぎて、最近では実際にやったという話は聞かないけれども。
それに、そもそも……
「法律により決闘は禁止されている。私はそう認識しています」
「その通りよ。ただし貴族が名誉防衛権を持ち出せば、違法でない形で行えない事はない。もちろん双方の合意が必要だけれど」
リディナが言った方法は、かつて私闘を行った際によく使われた、法律の抜け穴的なものだ。
『王国法第57条 貴族は国と自身と家の名誉を守るため、必要な措置を講ずる事が出来る。ただしその措置は対等な場によって行われる1対1のものに限られる。
その2 本条によって行われる……(以下略)』
王国法にはエールダリア教会とナイケ教会によって、教義に近い内容が一部盛り込まれている。
第57条はまさに『ナイケの審判』的な価値観で書かれた条文だろう。
かつてはこの条文を悪用して、貴族が私闘を行ったり、平民の権利を侵害したりといった事案が多々みられた。
その事から30年ほど前、この条文に新たな項目が付け加えられたのだ。
『その4 この措置にあっては、措置を行う側と行われる側、双方に措置を行うという合意がなければならない。この合意の確認方法にあっては、別に定める』
そして『国法施行令』で、この合意を確認する方法として、国王庁審判局で互いから別々に意見を聴取しなければならないとある。
この際に片方から不正の訴え出があった場合、国王庁審判局が調査をしなければならない。
そして不正が明らかになった場合、一般人側であると貴族側であろうと厳しい処分がなされる事になっている。
以降、この法律を使用した私闘や権限侵害はほとんど起こらなくなった。
だから私も忘れていたのだ。
しかし今でも第57条は生きている。
貴族側が申し出て、双方が合意していれば、申し出により第57条に基づいた決闘を行う事が出来るのだ。
つまりリディナがアシャプール侯爵をその気にさせれば、ナイケの審判を行う事が可能なのだ。
そしてこの決闘に対して、あるいはそれ以外でも協議会や意思決定に際して不正が明らかになった場合、相手に厳しい処分を下すことが可能となる。
ただしそこまでするからには、決闘には勝たなければならない。
もしくは決闘前に相手に不正を行わせ、それを明らかにしなければならない。
リディナにそう出来るという、あてはあるのだろうか。
私の知っているリディナは、一か八かの賭けはしない。
だからよほどの事がない限り、勝ち筋が見えているとは思う。
それでもかつてリディナの友人で、今も友人のつもりである私は聞かずにはいられない。
「リディナは、教会騎士エルディッヒに勝てる見込みがあるのでしょうか」
「教会騎士がカレン・ララファス・スリワラだったら、やらないかな。勝率5割ってところだから」
そうか。そう言えばリディナは、スリワラ家の王都屋敷に泊まっていると言ったのだ。
スリワラ伯爵夫人は攻撃魔法無効のスキルを持った免状持ちの剣士で、元々は教会騎士候補だった。
魔法を使えないという事で彼女の存在を王家が消した後、教会騎士候補が今のエルディッヒ・オコーナーに変わったのだ。
今の言葉、リディナはこういう意味で言ったのだろう。
攻撃魔法無効で剣術に優れた相手と、戦う準備は出来ていると。
それでも疑問が残るので、私は尋ねる。
「でも教会騎士なら、スリワラ伯爵夫人と同じ能力を持っている筈です。それに対して勝率5割では厳しいのではないでしょうか」
「確かに『攻撃魔法無効で剣士の免状持ち』という肩書きは同じだけれどね。エルデイッヒ氏はまだ、本来の免状持ちの実力には達していないみたいね、少なくとも今の所は」
えっ!?
「本当ですか?」
「魔法が使えないという事でカレン・ララファスを破門にした結果、教会騎士にふさわしい能力の持ち主がいなくなった。仕方なく祭り上げたのがエルディッヒ・オコーナー。本人は気づいていないかもしれないけれどね、ナイケ教会の担当者と、エルディッヒと直接やりあった人間は知っている事実よ」
言われてみれば、思い当たる事がある。
エルディッヒは教会騎士だが、迷宮の魔物鎮圧業務等を行う事がほとんどない。
出てくるのは、ナイケ教会中央の儀式や祭礼ばかりだ。
「ただナイケ教会シンパの貴族だろうと、エルディッヒの真の実力なんて事は知らない筈よ。私は当事者のカレン・ララファス・スリワラ伯爵夫人と知り合いで、直接エルディッヒと模擬試合をした教え子がいるから知っているけれど」
確かに教会騎士エルディッヒは、何回か模擬試合をしている。
例えば昨年のパンテア祭では、確かA級冒険者の魔法剣士であるカイル・ダヴァ・アコルタ子爵と魔法込みの模擬試合をした筈だ。
そこまで考えて私は気づいた。
アコルタ子爵は、元々南部出身の平民だ。
『迷宮消去者』と呼ばれるパーティのリーダーで、A級冒険者となった後、アコルタ家の長女と婚姻して貴族となった。
南部出身で、魔法剣士という事は……
「だから教会騎士の力を信じている貴族、例えばアシャプール侯爵あたりなら、ナイケの審判にのってくる筈。私は魔法使いだし、教会騎士は攻撃魔法無効の免状持ち剣士だから。エルディッヒも表面上はアコルタ子爵と互角に戦えるとされている筈だしね」
やはりアコルタ子爵はリディナの教え子のようだ。
ならエルディッヒの実力については、アコルタ子爵を通じて知っていても不思議ではない。
一方でその事を、アシャプール侯爵らは知らない。
リディナをただの魔法使い、もしくは教育者だとしか思っていない可能性は大だ。
「そしてそれが決まったら、ナイケ教会の方は何としてでも『ナイケの審判』を成立させまいとしてくる筈よね。なら、余分な事をしたくなるんじゃないかな」
確かにそうだろう。教会はなんとしてでも審判をさせまいとしてくる筈だ。
審判で破れてしまえば、表看板たる教会騎士の実力が白日の下にさらされてしまうから。
しかしその方法論はあまりにも……
「危険ではないですか。貴方自身が。それにそういった事態に動く者ならば、たとえ捕らえても指令系統を明らかにするのは難しいと思います」
「普通はそうね」
リディナは頷いて、そして続ける。
「でも心配しなくていいわ。ここからは言えないけれど、それだけの事が出来る準備はしてあるから。それにこうした方が、膿の部分を徹底して排除できるしね」
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