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拾遺録2 イリアちゃんの寄り道

その7 決意

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 連続で高速移動魔法を使い、出来るだけ最速でカラバーラに着けるように走る。
 それでも私の脳裏からは消えなかった。
 残してきたエミリオ君の姿が。

「エミリオ兄、大丈夫かな」

「大丈夫。僕らがいない分いっぱい食べられると思う。イヴァン達もいなくなったんだし」

 ジャン君のこの言葉はきっとジャン君自身に言い聞かせてもいるのだろう。
 少なくとも私はそう感じた。

 ◇◇◇

 途中ピゾの街でテイクアウトのストロンポーを37個購入。
 これはリディナ先生へのお土産も兼ねている。
 本当はローラッテで半月デミデューマを買っておいたのだ。
 しかし昨晩食べたし、残りはエミリオに全部置いてきてしまった。

 物自体はストロンポーも半月デミデューマも似たようなものだ。
 ○ 円盤状の生地を半分に折って中に具を入れたのが半月デミデューマ
 ○ 長方形の生地の上に具を乗せてぐるぐる巻いたのがストロンポー
 大雑把にいうとこんな感じ。
 
「これも美味しい。それにお腹が一杯になる!」

 ジャン君の言う通り半月デミデューマよりパン生地部分が多い分、お腹が膨れる。
 買った店もそこそこ繁盛していたし、味も悪くない。
 だからお土産として問題は無いと思う。

 半月のほかに、寝袋と自在袋も渡したので無くなった。
 これについては理由を話せば先生達は怒らない気がする。
 反応は三人三様だろうけれど、皆子供には甘いから。

 そんな事を考えて、少しでもエミリオ君の事を頭から追い出そうとする。
 もう私が出来る事は多分無い筈だから。
    
 連続で高速移動魔法を起動し続けた結果、昼2の鐘過ぎに農場に到着した。

 リディナ先生だけでなく、出かけていた筈のフミノ先生、結婚して家を出たセレス先生、子供達10人も勢ぞろいしてお出迎え態勢だ。

 フミノ先生は20離40km以上先を偵察魔法で確認出来る。
 きっとゴーレム車に私以外に乗っているところから事態を察したのだろう。

 セレス先生は結婚後も仕事がない時は勉強会等でここへ来る。だからいても不思議では無い。

「大丈夫、先生達は優しいし皆も同じような境遇の子ばかりだから」

 ゴーレム車の中の5人にそう言って、皆の先頭で降りる。

「おかえりなさい。そしてようこそこの農場へ」

 リディナ先生が迎えてくれた言葉で確信する。
 間違いなく私がジャン君達を連れて帰った理由とか状況とかを察しているのだろうと。

「ご飯もお風呂もすぐ用意が出来るけれど、どっちがいい?」

 私の妹のレイナが尋ねてきた。

「ご飯は朝と昼しっかり食べたから、お風呂でお願い」

「わかった。それじゃマリ、皆をお風呂に案内してあげて。一緒に入ってお風呂の使い方を教えてあげて。今着ている服はサイズを確認する為に回収するから」

 更にリディナ先生からこんな指示。

「残った皆は5人の部屋の準備をお願いね。指示はアミ、お願い。3の鐘の後から自己紹介を兼ねた歓迎会をするからね」

「わかった。今来た皆、私がマリです。それじゃ皆、お風呂へ行きますよ」

「お風呂?」

 ジャン君達が? という表情をしている。
 そう言えばお風呂って普通の家には無いのだった。
 ただここで説明するより見た方がきっと早い。

「マリと一緒に行って。大丈夫、私の妹だから。まあここにいるのは皆、妹なり弟みたいなものだけれどね」

「お湯で身体を洗う場所だよ。気持ちいいよ」

 マリの説明の横で黒ラブのエルマくんとルースくんがびしっと待機している。
 2匹とも温泉というかお風呂が好きだ。
 今回も一緒に入るつもりなのだろう。

「大きい犬!」

「大丈夫、エルマもルースも怖くないですよ。お風呂が好きだから一緒に入りたいと言っているだけ」

 ちょっと怖そうにしているビーノ君にレイナが説明する。

「本当?」

「本当ですよ。それじゃ行きましょう」

 これでジャン君達はマリに任せておけばいいかな。

「それじゃイリア、帰って早々で悪いけれど報告、いいかな?」

「わかりました」

 私は先生達とリビングの方へ向かった。

 ◇◇◇

 リビングのテーブルで先生達に説明する。
 ゴーレムは無事引き渡した事。
 帰りでエミリオ君が襲われている現場に気づいて、その結果5人を連れて帰ってきた事。
 帰りに汎用の自在袋と寝袋、食べ物を渡した事。
 
 私の説明を聞いた後。

「措置として正しいと思います。お疲れさまでした」

「自在袋や寝袋は問題ない。在庫はまだまだある」

「あの自在袋はちょっと容量が大きいから、あまり公にはしない方がいいとは思うけれどね。でもまあ大丈夫でしょ」

 自在袋や寝袋についてはその程度で済んだ。
 先生3人とも子供には甘いのだ。
 だからその辺は予想通り。

「あと、今日はゆっくり休んでね。考えたいこともあるだろうし」

 考えたいこと、か。
 リディナ先生が何を言っているのかはわかる。
 エミリオ君のことだ。

 少し考えてリディナ先生に聞いてみる。

「私がとった行動はきっと正しかったと思うんです。それでもずっと何かがひっかかるんです。そういう場合はどうすればいいんでしょうか?」

「そうね。理由は正しいと思ってとった行動と、自分が本当はしたかった行動が違うからだよね、きっと。
 そう言う場合は考えるの。自分が許せる妥協点は何処なのか、どうすれば最低限納得出来るか。自分はどうしたいのか、どうしたくないのか。その為には何が出来るのか。
 私からどうしろとは言わない。厳しいかもしれないけれど答は自分で出すしか無い。そうしないときっと自分で納得できないからね」

「この農場はイリアがいなくても大丈夫です。
 レイナちゃんやマリちゃん、リード君がいれば大体の業務は大丈夫ですし、小さい子の世話はアミちゃんがやってくれていますから。
 此処を出た私が言うのも変かも知れませんけれど」

「必要なものがあったら言って欲しい。ある物は持っていっていいし無ければすぐに作る」

 そうか、私は気付いた。
 先生達にはもう答が見えていたんだなと。

 私が気にしているのは、エミリオ君を置いてきた事。
 私がしたくなかったのは、エミリオ君を今のままにしておく事。
 そしてエミリオ君はテモリの街は離れられない。
 なら妥協点はひとつだ。
 私が行くしか無い。

 エミリオ君はあと半年で12歳になると言っていた。
 ならその半年付き添って、冒険者をやって行けるように鍛えてやろう。
 魔法だけで無く文字の読み書きや簡単な計算も出来るようにして、1人でも生活出来るようにしよう。
 そうすれば私の不安も無くなる筈だ。

「なら御願いです。半年ほどお休みをいただけますか? あと勉強会用のプリントひととおりと筆記用具、リード君サイズで将来成長しても使える冒険者用の道具一式を持っていきたいです。あとで働いて返しますから」
 
「プリントと道具は準備する。でもお金はいらない。私がやりたいからやっているだけだから」

「普通の服と寝袋も今日中に用意しておきますね。子供用に数を揃えてあるので微調整するだけです」

 何と言うか、やはり此処はあたたかいなと感じる。
 此処のあたたかさと同じものを私はエミリオ君に感じさせる事が出来るだろうか。
 独り立ちできる程度まで勉強や魔法、戦い方を教えられるだろうか。

 期間は半年、長いようで長くない。 
 でもやるしかない。
 それが私の出した答なのだから。

 ◇◇◇

 翌日の朝。
 皆に事情を話して、そして私は農場を後にした。
 帰ってきた時と同じゴーレム馬やゴーレム車、装備一式の他に、先生達が準備してくれた大量のグッズを自在袋4つにしまい込んで。
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