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悪役令嬢でも死んじゃだめぇ~!14 トーマス視点

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トーマス・ルキラ
それが今の俺の名前。
ルキラ子爵家の養子になったから。

前は、名字などない平民で、貧しい村で育った。
母親は、妹を生んだ後に体調を崩し、俺もまだ幼く、妹もやっと歩ける頃に亡くなった。
父親は雇われ兵士をしていた。
そのため、長期間、家にいないこともあった。
母親が亡くなった後、幼い妹や俺は、近所に住む祖母が面倒を見てくれて、父親不在でも、何とか暮らしていけた。
母親や妹は、俺と同じ青みがかった髪色だった。
妹は、赤ちゃんの頃は何だか動物のように思えていたが、意味のある言葉を徐々に話すようになり、大きくなるにつれ、人間らしくなってきたので面白かった。
できることも増え、「にぃに」と呼ばれると可愛く思えてきた。
成長するにつれて、妹は、村で一番美人と言われた母親によく似てきて、将来は器量良しになりそうだった。
無邪気によく笑っていた小さな可愛い妹。

「にぃたん!」

外で遊んでいた俺が帰宅すると、妹は飛びついてくる。
にぃたん、にぃたんと家では、よく俺の後をついてまわる可愛い妹。
大きくなったら、外にも一緒に遊びに連れて行ってやろうと思っていた。

ずっと守りたかった。

でも、ある日、妹が倒れた。
体が動かせず、寝たきりになったのだ。
水を与え、普段は買わない果物などを買ってきて食べさせた。
もちろん、村で唯一の医者にも診察させた。
医者が色々と薬を与えたが、効かなかった。
体が動かない原因は、医者でもわからなかったらしい。
父親や祖母は、何かの感染の場合を考えて、俺まで病気になってはと、妹から離れるように言ってきた。

「にぃたーん……」とよく泣く妹。

ベッドに寝たきりで、寂しがって俺をよく呼んだ。
俺も会いたくて、妹の頭を撫でてあげたくてしょうがなかった。
母親もよく寝こんでいたので、同じように妹が寝こんでいる姿は、嫌な予感がして仕方なかった。
こっそり妹のいる部屋に入り、好きな花を摘んできては枕元に飾ってあげ、頭をそっと撫でてあげた。

「ふふ、にぃたん、ありあとぅ」と嬉しそうに笑う妹。

そんな妹は、なかなか治らなかった。
ぷくぷくのほっぺだった妹。
それが、日に日に干からびていくように見えた。
薬を与えても駄目だった。
そうしているうちに、祖母までも体が動かなくなり、倒れた。
気がつけば、村人の半分以上が同じような病におかされはじめていた。
父親も仕事にも行けず、俺と手分けして、妹や祖母の看病に加え、時には近所の同様に倒れた人達の看病も必死でした。
けれども、看病のかいなく、まず妹が亡くなった。
そして、祖母もすぐに亡くなり、倒れた村人達も多くが亡くなり、村は廃村になることが決まった。
しかたなく、俺と父親は、村を離れて町で暮らすことになった。
その後、国の調査で、村の近くの鉱山から有害な物質が一部の井戸に流れ込んでいたとわかった。
それは男性にはあまり影響しないらしいが、女性には有害なものだったらしい。
犠牲者は、妹や祖母、村の女性達、もしかしたら母もそうだったのかも知れない。

村を出た後は、父親と2人で、町で暮らし始めた。
でも、父親は傭兵なので、仕事で長期に家を空けることがある。
だから、俺は一人で掃除、洗濯、買い物、簡単な食事の用意と、できることは頑張った。
町では、嵐がきたら倒れそうなボロい木造の家で暮らし、近所の安いパン屋が俺の命綱だった。
父親がいる時は、父親から剣や体術を習い、父親がいない間は近所の教会で、無料の青空教室をやっていたので、そこで読み書きを教えてもらい覚えた。
そして、今度は、父親が仕事先で賊に殺られ、帰らぬ人となった。
父親も亡くなり孤児になった俺は、すぐにボロ家も追い出されたが、よく通っていた教会の神父様を頼り、町の孤児院に入れてもらえることになった。
将来の仕事の幅を広げようと考えて教会に通っていたが、孤児院を紹介してもらえて助かった。
孤児院の子達は、皆、それなりに可愛いかったが、したたかな子が多かった。
幼い子もいたが、妹のように無邪気に笑う子供はいなかった。
俺のいた孤児院は、貴族のパトロンがいる孤児院だった。
だから、パトロンが訪問する時は、皆で歓迎という名の媚を売る感じだった。
パトロンに興味がなかった俺は、いつも貴族の目に止まらぬように端っこにいた。

けれども、そのパトロンの一人であるルキラ子爵様に、目をつけられてしまった。
その日は、孤児院の皆で絵を描いて、ルキラ子爵様に見てもらおうという企画があった。
好きなものを書いていいと言われたので、何となく、妹が笑った顔を書いてみた。
その日は、丁度、妹の誕生日だった。
だから、ふと、誕生日の日に笑っていた妹の顔を思い出したから……。
深い意味はなかった。
すると、その絵を見たルキラ子爵様に話しかけられた。

「この絵を描いたのは、君かい?」
「はい、そうです」
「とても上手だね。
この笑った絵の子は、この孤児院にいるのかな?」
「……えっと、ここにはいません」
「ほう、可愛いから、もう何方かにもらわれてしまったのかい?」
「いえ、俺の妹なんですが、病気でもう……」と言いながら、俺は妹の絵を見て可愛いと言ってもらえて、ちょっと嬉しくなった。

そう、俺の妹、とても可愛いんだ!
にぃたんって雛みたいに、俺にくっついてきた。
まだ忘れていなかったんだ、あの子の笑顔……。

妹のことを想い、絵を見つめていたら、ルキラ子爵様は、残念そうに「そうか……」と言って、俺の頭を撫でてくれた。

「この子の笑顔が、うちの末っ子に似ているから、うちの子の妹にしようかと思ったんだ。
まあ、普段はこの子ほど可愛くない娘なんだがね~」と苦笑するルキラ子爵。
「……似ているんですか?」
「ああ、あの子は、笑顔だけは可愛いくてね」
「そう、ですか」と答え、俺はその子に凄く会ってみたくなった。
でも、貴族令嬢と孤児の自分では、簡単に会えないとわかっていた。
ところが……。

「よかったら、家に来るかい?」
「え?」
「君さえよければ、うちの末っ子のお兄さんになってくれないかい?」
「お兄さんに?
……それは、お家に男の子がいないから?」
「いや、うちには既に息子が1人いるんだが、どうも性格があれでね……。
実は、うちの末っ子が今日、誕生日なんだ。
欲しいものを聞いたら、優しいお兄さんが欲しい!って、ねだられてね。
今いる息子じゃ嫌らしい。
だから、君さえよければ、どうかな?」
「今日が誕生日……なんですか?」
「ああ、そうなんだ。
どうだろう、試しに来てみないかい?
気に入らなかったら、断ってくれて大丈夫だよ」と微笑むルキラ子爵様。
ちょっと胡散臭かったが、その子に会ってみたかったから、頷いた。

こうして、俺はルキラ子爵家の養子になった。
おかげで、エミリーにすぐ会うことができた。
エミリーは、妹に全然似ていなかった。
でも、似ていないのが、むしろ良かった。
エミリーは、とても健康そうなんで、安心する。
そして、エミリーの無邪気な笑顔は、確かに、妹並みに可愛い。
たまにする邪悪な笑顔や、欲望丸出しの笑顔は、キモいが……。
今も、エミリーのあの無邪気な笑顔が可愛いくて、輝いて見えるのは、あの子が、ルキラ子爵家で皆に小突かれながらも、愛されているからだと思う。
そして、俺の妹も、俺や家族に愛されていたからこそ、孤児院の子達と違って、無邪気な笑顔ができて、可愛いかったんだとわかった。
それは、エミリーのおかげでわかった新しい発見だった。

ルキラ子爵家に引き取られた俺には、甘い生活は待っておらず、容赦なく過酷な訓練や任務をやらされた。
あのルキラ子爵を胡散臭いと感じたのは正しかった。
ルキラ子爵は、前から俺のことを養子にしようとしていたと聞いた。
俺は父親から武術を教わり、教会では学問をかじっていたので、基礎ができいてて、孤児にしては、仕込み易く、利用価値がありそうな子供だと目をつけていたらしい。
やらされる訓練や任務の量の多さに、よくうんざりした。
それでも、エミリーに出会えたから、養子になった甲斐はあった。

ああ、そうなんだ。
俺はエミリーを愛している。

これは、妹への家族愛とは違う愛だと、とっくに気づいている。
子供の頃には、エミリーからプロポーズされる位に、気に入られるのに、成功した。
嬉しいことに、俺がエミリーの初恋らしい。
もし、エミリーがデミー家の養女になれば、俺の婚約者にできるかと希望を持ったが、結局、エミリーは養女にならなかった。
まあ、ルキラ子爵よりデミー家の当主の方が、エミリーをそう易々と嫁にやらなさそうで、別な厄介さがありそうだったからいいけど……。
現時点で、ルキラ子爵は、ルキラ子爵家の利益となる高位貴族狙いで、エミリーの結婚相手を探しているみたいだ。
そんな中、どうやったら、俺がその相手になれるか、いまだに悩んでいる。
元平民の俺が、更に他の高位貴族の養子に行くのは不可能だし、エミリーがどこかに養女に行ったからといって、俺と婚姻が許されるか、難しいところだ。
これから、騎士としての実績をつみ、ルキラ子爵が認めるだけの出世をしたら、可能性は高まるだろうか?
エミリーへ、俺の気持ちを伝えたいと思ったが、まだ子供のようなエミリーには通じないかと、大人になるまで待とうと悠長に構えていた。
しかし、最近は、ハロル公爵家のイザークや、アリード公爵令息、デミー家の息子などがエミリーにちょっかいをかけてきて、とても心配だ。
エミリーが年頃になるのを待っている場合ではない。
ましてや、学院に行くなら、高位貴族令息で、自分より下位の女性を慰みものにする輩がいて、危険だ。
最後に奴等を出し抜いて、エミリーを妻にするのは、俺であって欲しいと願いながら、日々、努力している。
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