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カリナの不安

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「アランさんとの決闘、やめなさい」
「え?」
「レオくんには被害が及ばないように私が仲裁するわ。だから、彼と決闘をする意志がないことをこの私に今すぐ示しなさい」

 突然すぎるカリナ様の提案(命令)に僕は目を丸くした。
 
 仲裁。

 決闘する予定の二人のうち一人か、二人が戦いを望まぬとき、二人より位の高い第三者の仲裁で決闘をなかったことにすることができる。

 二人全員が戦いを望まない時は、二人の合意があるから問題は起きない。

 けれど、一人だけが決闘を望まないとなると、話は違ってくる。

 決闘を望む側が、決闘を望まぬ側にとんでもない見返りを要求してくるケースがほとんどだ。

 第三者はその決闘を望まぬ側から金品などをもらい、手数料を引いた全額を決闘を望む側に与える。

 それによって、決闘は起きずに済むのだ。

 つまり、お金のない僕と伯爵家の長男であるアランの決闘を止めるには、カリナ様が、アランの方にとんでもない見返りを与えなければならない。

 その対価として、僕はカリナ様の奴隷になる可能性すらある。

 しかし、被害が及ばぬようにと言ってあるので、僕を奴隷にするつもりはおそらくないのだろう。

 そこが余計に気になる。

 アランのことだ。

 きっとやつはカリナ様にもいろんなことを要求してくるに違いない。

 それは嫌だ。

 僕をいつも助けてくれる良き方が、あんなクズ貴族と……

 けれど、一介の平民にすぎない僕には何の力も権限もない。

 なぜ、カリナ様はリスクを負ってまでここまでしてくれるんだろう。

 カリナ様には頭が上がらない。

 彼女は僕がここに入学してからずっと助けてくれた。

 だから彼女は、立場的にも人間的にも道徳的にも絶対逆らえない存在だ。

 が、

 僕は、聞かずにはいられなかった。

「なぜですか?」
「え?」
「なぜ、決闘をやめさせようとするんですか?差し支えなければ、この下賎で無知な僕にその訳をお教えください」
「……」

 青い瞳を真っ直ぐ見つめながら問う僕にカリナ様は戸惑いの表情を向けてくる。

 しかし、やがて何かを思い出したように彼女は細い手で握り拳を作り、悔しそうに叫ぶ。

「だって……だって!レオくんはずっと努力してきたのに、何も報われず……全てを失うかもしれないでしょ!?そんなの……そんなの、この私が絶対許なさい!何があっても、!!」
「……」

 驚いた。

 カリナ様のこんなに取り乱す姿は初めてみる。

 目は今にも泣きそうに潤んでいて、必死な表情だ。

 上気した彼女の頬、そして少し開けられた口からは熱い息が出て、僕の全体を包むようであった。

 他人のために、こんなに熱くなれる人ってすごいと思う。
 
 彼女はメディチ公爵家の一人娘だ。

 こんなに心優しく凛々しく正しいお方が国の中枢を担えば、きっとこのラオデキヤ王国はうまく行くのではなかろうか。

 みたいな感情も湧くのだが、

 彼女の必死な姿は、

 まるで倒れる寸前のジェンガように危うく、

 少し触れるだけでもすぐ溶けてしまうような雪結晶のように儚い存在だと思えた。

 僕がカリナ様のことを勝手に判断すること自体がとても烏滸がましく、分不相応なことだ。

 だが、

 一体彼女は何を抱えているのだろう。

 そんな疑問も湧いてくる。

 カリナ様は本気のようだ。

 が、

 僕にも

 言い分ってもんがある。

 僕は、震えているカリナ様に向かって口を開いた。

「カリナ様」
「……」
「今まで築いてきた全てを失ってしまっても構いません」
「え?レオくん……何言って……」

 口をぱくぱくさせるカリナ様に僕は嘘偽りのない顔で

「全てを失うことより、ぷるんくんが辱めを受ける方がもっと辛いから……」
「あ……」
「だから決闘をやめるつもりは毛頭ございません。それに……」

 と一旦切って、カリナ様の揺れる瞳を凝視して言葉を放つのだ。



!」
 


 と言い残し、僕は躊躇なくぷるんくんのいる方へ行ってしゃがみ込んだ。

「ぷるんくん、行こうか」
「ぷりゅん……」

 ぷるんくんは目を潤ませながら僕をずっと見上げたままだ。

 僕は立ち上がってサーラさんに頭を下げる。

 すると、サーラさんが早速口を開いた。

「ずっとあなたのことを応援しています。女神・ノルン様のご加護があらんことを」

 女神ノルン様か……

 僕は一瞬顔を顰める。

 けれどすぐ笑顔になり

「ありがとうございます」

 と言って僕は歩き出す。

 ぷるんくんは感動したように僕を見上げたまま地面を這って僕の後ろをついて来てくれた。



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