上 下
36 / 95

カリナの不安

しおりを挟む
「アランさんとの決闘、やめなさい」
「え?」
「レオくんには被害が及ばないように私が仲裁するわ。だから、彼と決闘をする意志がないことをこの私に今すぐ示しなさい」

 突然すぎるカリナ様の提案(命令)に僕は目を丸くした。
 
 仲裁。

 決闘する予定の二人のうち一人か、二人が戦いを望まぬとき、二人より位の高い第三者の仲裁で決闘をなかったことにすることができる。

 二人全員が戦いを望まない時は、二人の合意があるから問題は起きない。

 けれど、一人だけが決闘を望まないとなると、話は違ってくる。

 決闘を望む側が、決闘を望まぬ側にとんでもない見返りを要求してくるケースがほとんどだ。

 第三者はその決闘を望まぬ側から金品などをもらい、手数料を引いた全額を決闘を望む側に与える。

 それによって、決闘は起きずに済むのだ。

 つまり、お金のない僕と伯爵家の長男であるアランの決闘を止めるには、カリナ様が、アランの方にとんでもない見返りを与えなければならない。

 その対価として、僕はカリナ様の奴隷になる可能性すらある。

 しかし、被害が及ばぬようにと言ってあるので、僕を奴隷にするつもりはおそらくないのだろう。

 そこが余計に気になる。

 アランのことだ。

 きっとやつはカリナ様にもいろんなことを要求してくるに違いない。

 それは嫌だ。

 僕をいつも助けてくれる良き方が、あんなクズ貴族と……

 けれど、一介の平民にすぎない僕には何の力も権限もない。

 なぜ、カリナ様はリスクを負ってまでここまでしてくれるんだろう。

 カリナ様には頭が上がらない。

 彼女は僕がここに入学してからずっと助けてくれた。

 だから彼女は、立場的にも人間的にも道徳的にも絶対逆らえない存在だ。

 が、

 僕は、聞かずにはいられなかった。

「なぜですか?」
「え?」
「なぜ、決闘をやめさせようとするんですか?差し支えなければ、この下賎で無知な僕にその訳をお教えください」
「……」

 青い瞳を真っ直ぐ見つめながら問う僕にカリナ様は戸惑いの表情を向けてくる。

 しかし、やがて何かを思い出したように彼女は細い手で握り拳を作り、悔しそうに叫ぶ。

「だって……だって!レオくんはずっと努力してきたのに、何も報われず……全てを失うかもしれないでしょ!?そんなの……そんなの、この私が絶対許なさい!何があっても、!!」
「……」

 驚いた。

 カリナ様のこんなに取り乱す姿は初めてみる。

 目は今にも泣きそうに潤んでいて、必死な表情だ。

 上気した彼女の頬、そして少し開けられた口からは熱い息が出て、僕の全体を包むようであった。

 他人のために、こんなに熱くなれる人ってすごいと思う。
 
 彼女はメディチ公爵家の一人娘だ。

 こんなに心優しく凛々しく正しいお方が国の中枢を担えば、きっとこのラオデキヤ王国はうまく行くのではなかろうか。

 みたいな感情も湧くのだが、

 彼女の必死な姿は、

 まるで倒れる寸前のジェンガように危うく、

 少し触れるだけでもすぐ溶けてしまうような雪結晶のように儚い存在だと思えた。

 僕がカリナ様のことを勝手に判断すること自体がとても烏滸がましく、分不相応なことだ。

 だが、

 一体彼女は何を抱えているのだろう。

 そんな疑問も湧いてくる。

 カリナ様は本気のようだ。

 が、

 僕にも

 言い分ってもんがある。

 僕は、震えているカリナ様に向かって口を開いた。

「カリナ様」
「……」
「今まで築いてきた全てを失ってしまっても構いません」
「え?レオくん……何言って……」

 口をぱくぱくさせるカリナ様に僕は嘘偽りのない顔で

「全てを失うことより、ぷるんくんが辱めを受ける方がもっと辛いから……」
「あ……」
「だから決闘をやめるつもりは毛頭ございません。それに……」

 と一旦切って、カリナ様の揺れる瞳を凝視して言葉を放つのだ。



!」
 


 と言い残し、僕は躊躇なくぷるんくんのいる方へ行ってしゃがみ込んだ。

「ぷるんくん、行こうか」
「ぷりゅん……」

 ぷるんくんは目を潤ませながら僕をずっと見上げたままだ。

 僕は立ち上がってサーラさんに頭を下げる。

 すると、サーラさんが早速口を開いた。

「ずっとあなたのことを応援しています。女神・ノルン様のご加護があらんことを」

 女神ノルン様か……

 僕は一瞬顔を顰める。

 けれどすぐ笑顔になり

「ありがとうございます」

 と言って僕は歩き出す。

 ぷるんくんは感動したように僕を見上げたまま地面を這って僕の後ろをついて来てくれた。



しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

隠して忘れていたギフト『ステータスカスタム』で能力を魔改造 〜自由自在にカスタマイズしたら有り得ないほど最強になった俺〜

桜井正宗
ファンタジー
 能力(スキル)を隠して、その事を忘れていた帝国出身の錬金術師スローンは、無能扱いで大手ギルド『クレセントムーン』を追放された。追放後、隠していた能力を思い出しスキルを習得すると『ステータスカスタム』が発現する。これは、自身や相手のステータスを魔改造【カスタム】できる最強の能力だった。  スローンは、偶然出会った『大聖女フィラ』と共にステータスをいじりまくって最強のステータスを手に入れる。その後、超高難易度のクエストを難なくクリア、無双しまくっていく。その噂が広がると元ギルドから戻って来いと頭を下げられるが、もう遅い。  真の仲間と共にスローンは、各地で暴れ回る。究極のスローライフを手に入れる為に。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

無能スキルと言われ追放されたが実は防御無視の最強スキルだった

さくらはい
ファンタジー
 主人公の不動颯太は勇者としてクラスメイト達と共に異世界に召喚された。だが、【アスポート】という使えないスキルを獲得してしまったばかりに、一人だけ城を追放されてしまった。この【アスポート】は対象物を1mだけ瞬間移動させるという単純な効果を持つが、実はどんな物質でも一撃で破壊できる攻撃特化超火力スキルだったのだ―― 【不定期更新】 1話あたり2000~3000文字くらいで短めです。 性的な表現はありませんが、ややグロテスクな表現や過激な思想が含まれます。 良ければ感想ください。誤字脱字誤用報告も歓迎です。

異世界ソロ暮らし 田舎の家ごと山奥に転生したので、自由気ままなスローライフ始めました。

長尾 隆生
ファンタジー
【書籍情報】書籍2巻発売中ですのでよろしくお願いします。  女神様の手違いにより現世の輪廻転生から外され異世界に転生させられた田中拓海。  お詫びに貰った生産型スキル『緑の手』と『野菜の種』で異世界スローライフを目指したが、お腹が空いて、なにげなく食べた『種』の力によって女神様も予想しなかった力を知らずに手に入れてしまう。  のんびりスローライフを目指していた拓海だったが、『その地には居るはずがない魔物』に襲われた少女を助けた事でその計画の歯車は狂っていく。   ドワーフ、エルフ、獣人、人間族……そして竜族。  拓海は立ちはだかるその壁を拳一つでぶち壊し、理想のスローライフを目指すのだった。  中二心溢れる剣と魔法の世界で、徒手空拳のみで戦う男の成り上がりファンタジー開幕。 旧題:チートの種~知らない間に異世界最強になってスローライフ~

5歳で前世の記憶が混入してきた  --スキルや知識を手に入れましたが、なんで中身入ってるんですか?--

ばふぉりん
ファンタジー
 「啞"?!@#&〆々☆¥$€%????」   〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜  五歳の誕生日を迎えた男の子は家族から捨てられた。理由は 「お前は我が家の恥だ!占星の儀で訳の分からないスキルを貰って、しかも使い方がわからない?これ以上お前を育てる義務も義理もないわ!」    この世界では五歳の誕生日に教会で『占星の儀』というスキルを授かることができ、そのスキルによってその後の人生が決まるといっても過言では無い。  剣聖 聖女 影朧といった上位スキルから、剣士 闘士 弓手といった一般的なスキル、そして家事 農耕 牧畜といったもうそれスキルじゃないよね?といったものまで。  そんな中、この五歳児が得たスキルは  □□□□  もはや文字ですら無かった ~~~~~~~~~~~~~~~~~  本文中に顔文字を使用しますので、できれば横読み推奨します。  本作中のいかなる個人・団体名は実在するものとは一切関係ありません。  

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

処理中です...